その11
今度は、サラサである。
バルディオン艦隊本隊に近付くにつれ、漸く嵐の中心が自分にある事を実感しつつあった。
呑気なものである。
と言うか、これまでは自らは何も出来なかったので、致し方がない事である。
うぉぉぉぉ!!
サラサが乗艦している帰還が艦隊に近付くと、歓声が大きくなっていった。
帰還に乗艦した時もそうだったが、やはり、サラサはルディラン艦隊のアイドルだった。
サラサはそれに対して、手を振りながら笑顔で答えた。
まあ、アイドルの自覚はあるので、それくらいはいつもしていた。
とは言え、懐かしさを感じていた。
艦隊を4ヶ月あまり離れていた事になる。
大した期間ではないのやも知れないが、それだけの事があった。
旗艦は、艦隊の定位置で止まった。
「閣下、侯爵閣下から、現海域を直ちに離脱するようにとの命令です。
殿は、第1艦隊が務めるとの事です」
バンデリックは、今入った命令書を読み上げた。
「了解。
で、現状はどうなっているの?」
サラサは承諾はしたが、直ぐに質問をした。
「現状は、こうなっております」
バンデリックは、地図上に駒を配置しながら、視覚的に答えた。
「……」
サラサは何も言わなかったが、とっても嫌な顔になったのは言うまでもなかった。
ある駒を睨み付いていた。
「……」
バンデリックは、無言で苦笑いをする他なかった。
とは言え、安心した。
復帰早々指揮するのは問題がなさそうだと確信したからだ。
「全艦に司令!
進路そのまま、現海域を離脱する」
サラサは、真東に進路を取るように命令した。
現状は、理に適っていた。
なので、バンデリックは、直ぐに命令を全艦に伝えるべく、伝令係に指示を飛ばした。
命令が行き渡るのは一瞬で、艦隊はゆっくりと加速し始めた。
綺麗な艦隊陣形のまま、いつも通りの動きだった。
だが、東進すると、その先にはエリオ艦隊が布陣している海域があった。
サラサが嫌な気分になるのは、当然だった。
今、一番会いたくない人物がその先にいるからだ。
今回は海戦する機会はないだろう。
だが、しかしなのだ。
(今回は、戦う事はないだろうけど……。
どう考えても、不吉よね。
こういう巡り合わせは)
サラサは、暗い影を見ている気分になっていた。
サキュス沖海戦からここまで、怒濤と言う言葉が当てはまるほどの事だった。
そして、再び巡り会う事になる。
どう考えても、この場面でこの位置にいるのは、悪意しか感じられなかった。
「『漆黒の闇』って呼ばれているんだって……」
サラサは、呟く様にそう言った。
「えっ、ああ、はい……」
バンデリックは、突然の事に戸惑ったが、何を言っているかは理解していた。
「……」
バンデリックの肯定に、サラサは無言だった。
腕組みさえしていた。
(あなたも『銀の魔女』になっていますが……)
バンデリックは、サラサがエリオの2つ名を口にしたので、ちょっと揶揄いたい気分になった。
場面は緊迫しているのに、こう言った遊び心が芽生えてしまう。
これは油断ではなく、サラサへの絶対的な信頼感に他ならなかった。
「本当に闇ね……」
サラサは、更に呟くように言うと、珍しく溜息をついた。
「!!!」
バンデリックは、驚くと共に、笑いだそうとするのを必死に堪えた。
(大丈夫、お嬢様は戦場にすんなりと入り込めたようだ)
バンデリックは、そう思いながら口に出す事はしなかった。
『漆黒の闇』……。
サラサは、この言葉を恐れではない方に、解釈したようだった。