第231話 国産車誕生秘話
マイケルはメルダ自動車に勤務する設計者である。メルダ自動車はメルダ王国の自動車製造メーカーであり、その規模は世界でも有数の大きさであった。
彼は仕事に行き詰まり、休暇を取って国立自動車博物館に来ていた。
そこにあるのは一台の古い車。国産第一号車であり、その名前を『シェリー』といった。
マイケルは仕事で行き詰まるたびに、およそ百年間に作られた、この車を見に来ることが習慣となっていた。
展示される車の横に、小さな部屋がある。そこでは、この車を開発した当時のエピソードをまとめたビデオが繰り返し上映されていた。
その部屋に入り、椅子に腰かけると、丁度ビデオの冒頭が流れ始めた。
「排気量3.0L、出力40馬力、最大速度60km/h。今では考えられないほど低いスペックであるが、当時としては革新的な技術であると称えられた車がある。『シェリー』、王妃の名前を与えられた純国産第一号車である。これは今から100年近く前に国産第一号車開発に関わった若者たちの物語である――――」
ナレーションが始まると、マイケルはスクリーンに集中した。
――――
メルダ王国はカスケード王国に敗北した。国土の多くを割譲され、軍を持つことが禁じられた。そして、国王は退位し、新たに即位した王の妃はカスケード王国からの輿入れだった。
国民の誰もが、この国は植民地になるという絶望の中にあった。
しかし、王妃は良い意味で期待を裏切る。
戦争により多くの貴族がその地位を失ったことで、封建的な社会を改革するチャンスが訪れた。
王妃はすぐさま役人の採用を縁故主義から、試験による実力制度に変えた。これにより、平民にも役人の道が開かれる。
しかし、そもそも平民は教育を受けていないため、役人になったのは優秀であるが、家格の低い貴族の出が多かった。それでも、教育の無償化を段階的に進め、平民にも機会を与えることになる。
また、職を失った軍人が大量にいたが、彼らには公共事業により職を与えた。
国は急速に活気を取り戻していった。
そして、その活気に比例して、王妃の人気は上昇していった。
ところが、ある時王妃が外国訪問中に襲撃され、監禁されるという事態が発生した。神の奇跡により、王妃は無事に帰国。健在ぶりを示すパレードが執り行われることになった。
その時、王妃の弟から送られた車両があった。当時としては画期的なショックアブソーバー付きサスペンションの馬車である。
王妃はその乗り心地に感激すると、すぐに一計を案じた。
予備として、もう一台を要求したのである。
実は、これが分解のための追加の一台であった。予備の馬車が送られると、王妃はすぐさま産業大臣を呼んだ。
「10年以内に同じものを作れるようにしなさい」
王妃の命令が出た。
王妃は直感で、将来的にこれが爆発的に広まると考えたのである。
産業大臣は首肯するが、内心では戸惑っていた。カスケード王国の技術の粋を集めた馬車である。それと同じものを10年で作るのは難しいからである。
10年といえば長いようではあるが、研究開発とは一朝一夕では出来ぬものである。
すぐさま予算が組まれ、王立研究所で開発チームが組織された。
出身のしがらみにとらわれず、実力で集められた若者たちであった。
しかし、開発は難航した。
直ぐに折れるばね。
薄くならない鋼板。
収まらない揺れ。
分解し、採寸したものがありながら、中々同じものは出来なかった。
こうして時間が過ぎ、5年もしたころには、国内でも予算に疑問の声が上がるようになった。
「公共事業の予算に回すべきだ」
「低所得者向けの診療所の予算を優先すべきだ」
成果の出ない研究への風当たりは厳しかった。
それを抑えたのは王妃であった。
「この研究は種です。空腹を満たすため、来年の作付けのための種を、今の空腹を満たすために使えば、来年もっと窮することになるでしょう。しかし、ここで我慢をすれば、来年にはもっと多くの食糧を得ることが出来るのです」
王妃のこの言葉で研究予算は継続したが、研究チームが要求していた増額は出来なかった。
そして、この年研究チームに転機が訪れる。
カスケード王国に留学していたジム・クライマーが帰国し、研究チームに加わったのである。
研究者として優秀であり、留学先のカスケード王国からは、主任研究者待遇で残ってほしいと言われた人物であった。
彼の参入で研究は前に進んだ。
しかし、やはり予算が足りなかった。
車両に使用されている数種類の鋼の成分が正確にわからず、何度も試作を重ねることで、予算の多くを消費していた。
翌年、ジムは財務官のペーター・タッカーと衝突した。
「もっと予算をつけてくれ」
「駄目だ。王立研究所を優先するわけにはいかない。他にも重要な案件がある」
「王妃陛下肝いりの研究なんだ」
「その王妃陛下が、この研究のせいで苦しい立場にあるんだ」
二人ともシェリーを心から敬愛しており、立場の違いから研究を成功させたい、予算編成で苦しい立場にしたくないという対立があった。
「この分からず屋!お前は研究をしたことないから、どれだけ金がかかるかわかってないんだ!」
ジムはそう言うと、休暇を申請した。
怒りの感情に支配されていては、研究に差し障りがあると判断したからである。
そして、初めての休日。
彼が街に出ると、街頭に立つペーターを見かけた。
遠くから何をしているのかと眺めると。寄付を募っていたのである。
「王立研究所の研究予算が足りません。余裕のある方は寄付をお願い致します」
頭を下げて、そうお願いをしていた。
気がつけば、少し離れたところでも同じことをしている男たちがいた。
ジムは慌ててペーターに駆け寄る。
「何をしているんだ?」
ジムはそう問いかけた。
「国家予算はどうにもできないが、寄付金ならそちらに回せる。財務官たちに声をかけて、休日にこうして街頭に立っているんだ。それと、寄付をした者たちについては、税を優遇する法律も策定中だからな」
ペーターは照れくさそうに笑った。
すると、そこに少年がやってくる。
「お父さんにもらったお金、少しだけど」
「ありがとう」
「これで国が良くなるの?」
少年がそう訊くと、ペーターは頷いた。
「勿論だよ」
そう言って、ジムに向かってウインクした。
その光景を見たジムは、胸にこみあげてくるものがあった。金がないことを理由に考えることを止めていた自分を恥じ、休暇を取りやめて研究所へと戻る。
ほどなくして、魔法使い管理局から、計測の魔法使いを発見したとの連絡を受けた。
この時代の計測機器はアナログであり、また、正確に測定できているかの検証も不十分であり、計測の魔法使いは各国とも、喉から手が出るほど欲しかったのである。
これによって研究は加速した。
そして、王妃の命令から9年と5か月。ついに馬車は完成した。
王妃の前でのプレゼンテーション。王妃は非常に満足したが、それと同時に新たな課題を提示した。
「カスケード王国では、馬の代わりにエンジンで車を動かすといいます。それを完成させなさい」
こうして次の研究が始まった。
そして、最初の研究開始から22年が過ぎ、ついに自動車が完成した。
王室から許可を得て、尊敬する王妃の名前を関した自動車である。
その披露の場で、王妃は誇らしそうに語った言葉がある。
「この成功は研究者のみのものではありません。成功するかどうかわからないうちから予算をつけることで、我慢してくれた国民。足りない研究費をねん出するために、無償で街頭に立った役人、寄付をしてくれた人々。その全ての人たちのお陰で、こうして国産第一号車が完成しました。この成功こそが、メルダ国民の力なのです」
その日のジムの日記にはこう記してあった。
『誰よりもメルダ国民を信じてくれていたのは、外国から来た王妃であった。私たちはこれからも、その信頼を裏切ってはならない』
それから、自動車は量産されて、今ではメルダ王国の主要産業となった。また、この時の研究から、素材、工作機械、測定機器、工作油などの分野も発展し、今では多くの雇用を生んでいる。
あの時、翌年の種を食べなかったことで、大きな実がなったのである。
ビデオ上映が終わると、マイケルは立ち上がる。
そして、博物館を出たところで、後輩のジェームズの顔を発見した。
「ここだと思いましたよ」
「何故分かった?」
「仕事で行き詰まったら、自動車博物館に行けっていつも言っているじゃないですか」
「そうだったな」
その後、ランチを近くのカフェで採りながら、ジェームズの相談にのると、午後は休暇を返上して会社へと向かった。
こういうのを書きたかったのに、いつの間にか先物相場や株式相場で戦う話になっていました。




