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夜の欠片/鉄の破片  作者: 関本始
8/10

窪地

【夜野】


 紙の折り目をなぞる。破れ目ができている。端から変色がはじまっている。砂漠の太陽と血がそうした。地図に残された手書きのイラストと景色を見比べる。小高い丘から見下ろすその街は整然としている。これまでの道行では見かけなかった光景だ。木造の家屋はなく、コンクリートとアスファルトに覆われている。

「作りもの都市だな。模型か、再現かしらねぇが」

Emuがつぶやく。二国間の自動戦争は空と水、山野と都市を壊した。


 嘉陽の土地は革命装置の苗床だ。有機細胞と鉄の混じった土地に突撃して死んだハイアードの肉がまじっている。大地は防腐剤混じりの植物と工場のまだら模様だ。


だが、この土地は違う。薄葉に光が通じて霧に煌めいている。


夜野が足元のEmuをつま先でこずく。

「ここの人たち?・・・集まってる」

「俺が見てもわからねぇ、なんかの訓練だ。隊列を組んでやる。ハイアードだってあったろ?訓練は、戦争の仕組みだ」

夜野は首をふる。拾った革命装置のレンズをポケットから取り出すと遠眼鏡代わりに覗き込む。

「命令に従うことができればよかったから、しらない」

ピントを回すとレンズが歯切りのような音を立てる。

「子供の部分だけ、親に従うのが当たりまえのところ。その部分だけを記憶に彫り込んで。・・・ハイアードはみんな同じ過去を生きてる・・・その女の子の」

夜野は明滅する自分の過去を反芻する。研究者の娘だ。金髪だった。都市の風景が思い出と重なる。

「昔の風景みたい。年号が違って、モルタルのアパートがたくさん」

「カーネルコアが旧式な街を造った?目的の場所なんだろ?」

Emuがしわがれ声で言う。夜野は地図を確かめてからうなずく。座標をEmuと相互参照し間違いがないことを確かめる。

「考えてたのと違う」

「いや。こんなもんかもしれんねぇ。進化は無軌道なもんだ。おい、どこいくんだ」

ポケットにレンズを戻した夜野があるき出す。

「ここからだと、よく見えない。もっと上」

側道の坂道へと脚をむける。Emuの車輪が乾いた車輪の溝をたたく。


「五世代だろうな」

Emuは坂を登りながら、暇のついでに自己診断を始めながら応える。夜野の頬には汗が浮かんでいる。雑木林が眠たげに日差しを遮っている。若い葉が伸びている。季節が巡っている。汚れた土にあらがう命だ。腕の錆び。古くなった。こすり合わせると塗装がはげる。ばらばらと粉が落ちる。

「四世代から戦略を変えねぇわけはねぇんだが」

擬態する四世代は内陸の戦場を抜けて生きている人に紛れて、その集団を破壊し次に移動する。ヤツフサの植民都市に入り込み芽吹けば、粛々と殲滅を続ける。今度は海を越える。それが大方の予想だった。それが、姿を変えずにいる。

「集まって暮らしているから。人かも、装置はあんな風にしない」

登りきった丘の上から全景を確かめると練兵所らしき広場に人影が集まっている。何人が組になって訓練をしている。体力つくり、行軍、木製の架台につまれた高射砲がいきている。しばらく眺めているうちに、昼時になる。ちりじりになると練兵所の門から出ていくと、入れ替わりに別の集団が入ってくる。それぞれにぺこぺことお辞儀をすると、門から出た集団は次第にばらけて、消えていく。Emuが画面をひねる。

「群体化?したのか。わからねぇ。二世代でやめた戦略だ。三世代から先はまとまってはいられねぇ」

そう、と夜野は応える。疑念が中空に浮かんだそのとき、二人は同時に足音に気がつく。


【夜野】


 夜野とEmuは各々に草陰に身を潜め、様子をうかがう。ボロをまとった陽に焼けた小男。農夫らしく見える。ふうふうと荒い息をして、額の汗を拭う。と、その袖口の汚れを気にしている。目が血走しっている。と、背中を丸めて呻くと、短い悲鳴を上げて白目を向く。

ーおい、装置の故障か?カーネルコアの近場で?人なのか?ー

Emuが通信で捲し立てる。故障すれば、自死願望にとらわれが、Emuのように放逐される。倒れるような革命装置はありえない。なら、人か?

ー気の毒。助けないとー

補助脳経由で夜野がつぶやき、腰を浮かす。

ー4分まて。蘇生すりゃいいー

装置なら、罠だ。病の偽装、同情心の利用。Emuは夜野を制する。

ー・・・時間、測るー

 応えて夜野はじっと男を観察する。喉がヒューと音を立て、眉間の紫波に汗が染みている。祈る時間を確かめながら、雑草が揺れている。鼓動が高くなる。こめかみが痛む。


 気を失った男の傍らに膝をつくと小石が膝を指す。脈を取ろうと手首をとる、そのとき。気配はない・・・唐突に。天気雨のように・・・気配もなく。野良服をまとった男が坂が坂の上に顔出す。その瞳のゆらめきより速く、地を這うように夜野は低く走り、男の腹を蹴り上げる。続けて顎を掌で突き上げられた彼はうめき、卒倒する。


 夜野は立ち尽くし、気を失ってた二人の農夫を確かめる。首をかしげる。掌をかざして呼吸を確かめる。補助脳が解析したバイタルの結果を確かめる。

「病気じゃない。何も問題ないから。寝てるだけ?・・・」

夜野は二人をひきずって地面に並べる。


 水を飲ませると二人は瞼を震わせ喉を鳴らす。物置小屋の割れ窓の外に目をやり、昼の光線を確かめる。澄んだ空を白雲が思い出のように流れている。胸が締めつけられる。心を取り戻してからの三度目の春がやってくる。疑問が浮かぶ。

「静か。綺麗で」

夜野はうつむく。革命装置の匂い。有機細胞の酸えた甘い香り。機械油の苦い香り。人に擬態し信頼を得るための媚態の匂い。人工的な匂いがここにはない。漂白され大気は澄み渡っている。自動戦争の匂いが消えている。

「実験準備品だ。初めて見たが。擬態機能は無くなってる。群れて行動して、多様な容姿と能力を持つのが特徴だそうだ」

Emuが鼻をならす。夜野はうなずく。

「変身しないの?」

「ああ。世代間基礎情報によりゃなあ。どういう理屈かわからねぇが、もともとを多様な姿で製造されるらしい。工場にしちゃあ損失だぜ。一品ずつ別物だぜ、効率は落ちる。何考えてるだが、ついていけねぇな」

Emuは顔を上げる。

「なんにしてもよ。生かしといて意味があるか?カーネルコアをぶっ壊すのがお前の目的だろ?邪魔になる」

Emuは三和土の済みにつもった埃をいじってまとめる。

「ここまで来た。この先は選択なしに進めるなんて思うなよ」

息を吐く機能があれば、少しは楽だろう。Emuは自分の発熱を逃がそうとして回るFANの無味乾燥な音を聞いている。

夜野は二人の額に手を触れる。体温を確かめる。革命装置。ハイアードに敵意は持っても、嫌悪をしないのだろうか。いや、心に御しきれない侮蔑と怒りを覚えるか。

「わからない。考える」

「長くは待ってられねぇぞ、じきに目を覚ます。後悔なんてしないで済む方法なんてないんだ。悔やみ続けろよ、どう選択しても同じだ」


 用水路から水をくんでいるうちに、霜が立ち上る。山おろしに導かれた、眼下のくぼ地に雲が落ちていくる。トーチカがちかちかと、熟れすぎたくだものように暗く光っている。どれも故障しそうな弱く瞬いている。完全なカーネルコアが作り出した進化の突端だというのに。

水の粒が夜野の髪を濡らす。

「霧雨だ。戻れよ。コア近くだ。胞子端末に何を探られるかわかったもんじゃねぇぞ」

補助脳通信が繋がる。いつの間にか耳のうぶ毛に水玉がたまっている。

「大丈夫、わたしには、探られて困ることなんてない」

「そういうのは大丈夫だっていわねぇんだよ。違う話もあるな。太めの野郎が目を覚ました」

Emuはそう吐き捨てて、通信を閉じる。


【SB01/LL01】


「二世代の先輩でありますか!その・・・動いて・・・いらっしゃるのがもう」

目を覚ました男は土間で正座をして膝頭をいじる。固太りした、短躰だ。年季が入った上着は袖口から破れている。かすかな緊張、小さな目が充血している。夜野はひび割れた腕に水を汲んで手渡す。Emuは不満げに車輪を地面にこすりつける。

「先輩?人じゃあるまいし。そんな考えあるか?目上の考えは装置には無い話だろ?」

旧世代は次の世代の材料。自死願望、巡礼渇望はそのための心理だ。世代間には原料と完成品の関係があるだけだ。脳裏に過去の映像がロードされる。鉄くずの山。夕日が差し込み、胞子端末が薄緑に揺らめいている。三世代のノード工場の墓場だ。失敗作、母のもとへとたどり着いた廃品、材料。閾値を出ることができなかった失敗作。男は口角をあげてニコニコとしている。

「その、だって。わたしたちだって懐かしいじゃないですが。知らない昔でも・・・こう胸がグッと」

目を閉じ空想に浸る男の顔から夜野は顔を背ける。わからないこと。

「悩みなんてない、誰もがおんなじ気持ちだった第二世代の先輩方。整然と整列して突撃していく革命の従。俺ら半端ものとは違う、憧れですよ、仲間と力を合わせて戦うんです」

「他人の過去が懐かしいのかよ。自分の手足でふれて稼ぐのが思い出ってもんじゃねぇのか」

Emuが混ぜ返すと、男の顔色が曇る。霧がよけ、一瞬の晴れ間に照らされた男の白目がきらりと銀色に光る。彼が作り物だとわかる。

「・・・わかりませんか?消えない思いが。この胸が高鳴って熱くなる。血潮があるんですよ」

夜野は唇をかむ。人造の血か。わたしの血も同じ。作り物。わたしにも血のたぎりはあるのだろうか。インストールされたあの子の思い出と、一つの約束の中に。

「そりゃ、人真似するからだろ。革命の遂行、殲滅係数はどうしたよ?」

板間に上がり、両手のほこりをはらい、夜野に通信をつなぐ。

ー要領がわからねぇ。どういう戦略だー

ー元気になった。よかったー

ーいいもんか、人に取り入る仕組みか解らねぇぜー

あたりの林がゆれる。葉が霧の煙を吐く。

ー街の人と同じ人?故障品?ー

と、うーん、と長身の男がうなり、目を覚まし、ぐいと体をおこす。夜野は即座に腰をかがめ自分の目的を思い出す。敵か。それとも。

「盗み聞きはできますよ。二世代の先輩、私たちも革命装置なんですから」

しなやかな体を伸ばした男の腕には産毛が光っている。起き抜けの息に胃弱の匂いがまじっている。薄い肉が官能的にへこむ。

「基地の連中とはちょっと違うかもしれませんが、俺たちは故障とは違うみたいです。どうもみんな士気が高くてついていけません」

と、細身の男は太目の男を顎でしゃくる。

「そこSB01も力持ちではあるんですがね。いざという時には意気地がない」

ひきとって、太目の男が続ける。

「そういうんです。LL01も結局は同じで、戦争なんてばかばかしいと冷めてますから」

「なんだ?仲間内か。じゃあ、何を考えるかわかるんだな?下の連中が」

Emuは腕を組んでいる。

「戦争のやり方を教えてるです。熟練の兵士をつくって、士気を上げて戦う。それがこの進化の実験だと」

「先祖帰りか。馬鹿らしい。脳死か収斂進化だな。同じことの繰り返しだ」

革命装置達は裏で何か通信をしている。夜野は首筋に手をのせる。補助脳が淡く反応している。

「しかし、連帯が必要なんです。心から一丸となって目的を達成する。その喜びこそが、殲滅の原動力になる。そういう世代を産もうとしている」

LL01が応えたあと、不意にだまりこむ。

「みんな勇敢なのは結構です。けれど・・・私たち二人はどうも・・・仲間たちに死んでほしくはないもので。滾るものはあるんですが」

痩せた男は、腰に下げた手ぬぐいを取り、口もとのつばを拭う。泥汚れが頬に伸びる。目の奥は架空の星座を探すようにおどおど彷徨っている。SB01も目を泳がせている。夜野は彼らから目をそらす。本心か、それとも、共感の偽装か。

ー戦争を厭うか。ますます人の見せかけだな。そんな人間は嘘つきだぜー

人は戦争をやめた。罪と喪失からも逃れるために、自動戦争を必要とした。そして、ハイアードと革命装置をつくった。この世から消えるべきものたちの争いは、他人事の娯楽に見える。

ーこいつらの本心はわからねぇ。信用はしねぇなー


 井戸から組み上げた水で顔を拭う。冷えた血が胸に隙間をつくる。濡れた髪を通り過ぎる空気が体のあちこちの炎症を冷やす。物置小屋のほうから二人の革命装置が言い争う声がする。食事の用意で揉めている。ハイアードの好みがなにかと言い争っている。Emuも加わって話は混沌とする。夜野は小屋を離れて、北側の斜面に回る。丘を挟んで、反対側には小さな農村がひろがっている。下り坂を進みながら、一人、苦く微笑む。石畳にその表情が落ちる。考えがまとまらない。まさか、

自分が考えごとに迷う日が来るなんて。思い悩む余白が自分にできるとは、信じられなかった。湿った道に轍が残っている。夜野の思考を導くようになだらかに坂を下っている。


【夜野】


 下りきった先は農村が広がっている。夕暮れ時だ。煮炊きの煙が天になびく。夜野はあぜ道をとぼとぼと歩く。帰路を歩く農夫たちが夜野に会釈し、張り付いた愛想笑いを見せる。彼女を普通の人間と見間違え、ハイアードとわかると、遠巻きに彼女を確かめる。共生菌の嫌悪反応が生まれるまでの、かすかな違和感にのまれて沈む夕日に怯える。視線が夜野の服の下につきささる。心のように冷えた視線。肉体に感覚に偽装した胸の痛みに耐えきれず夜野は肩をすぼめる。忘れていたわけではない。平穏で穏やかな場所では生きれない。

 あぜ道を抜けて、村を抜ける通りに差し掛かると老人と荷車を引く女に出くわす。すれ違う直前、老人が脚をとめ、おう、と顎をあげる。夜野にも覚えはある。だが、声をかけられるとは思わなかった。人間だ。ハイアードは疎ましいものだろうに。

夜野は上目に老人のえりもとを確かめる。数年前、もっと南の土地で会った。その時には祥子さんも一緒にいた。

「ひさしぶりだな。その節は世話になった」

老人は足を止める。青年も荷車を止めて肩を回す。老人が胸のポケットから煙草を引き出す。みじろぎ、彼の脚が金属音をたてる。革バンドで止めた作り物の脚。革命装置の部品を神経接続した義足だ。

「足はだめになったの?シカード・・・になった?」

夜野は思わずつぶやく。老人が短く、低く笑う。

「別口でいじったもんだ、人助けに必要ならなどんなものでも使うさ」

老人はかすれた声でつぶやく。その声が夜野の心臓を刺す。かつて、救うことができなかった彼の仲間たちの影とその脚を見つめる。

「お知り合いです?ハイアードですか」

荷運びの女は夜野の空気に気が付くと数歩距離をとる。

懐をさぐり、ハイアード拮抗薬の錠剤をかみ砕く。

「南方の国からヤツフサ奴らが攻め込んで、装置が暴走してな。人助けに手を借りた」

「ハイアードです、敵ですよ。危険です」

「手段を選ぶ余裕はないのが俺たちだ。お前、祥子はどうした?」

老人は自分の腰の皮ベルトを探っている。義足のソケットが腰骨にあたって肌が黒ずんでいる。夜野はよろよろと数歩あとじさりする。人だ。老人の眉間に皺がよる。

「・・・変わらないものか。そういうビクつきが。人は老いて鈍くなるんだよ。愚鈍になる。ハイアードの心理操作も共生菌のホルモン操作にも反応が鈍くなる。心そのものがすり減ってるのさ。習い性に従って生きてる。胸の奥のやわらかいところは、消える。それが老人だ」

彼の名は清風といった。小さな村の自警組織を率いていた。

「弟子がこの村にいた。それが殺された。墓を見てやりにきたのさ。お前はどうした?」

「わからない。ここに・・・目的があった。でも平和だった」

「・・・まあいいさ。手伝え。俺の一番弟子が簡単に死ぬわけがない」

夜野はぐるり、とあたりを見渡す。この村は人の村だろうか。それとも、革命装置のなり替わり結果だろうか。清風が続ける。

「河沿いに進んできたがな。どの村もバラバラの死体ばかりだ。虐殺された。理不尽だろ、たとえ革命装置の混じった村だろうとよ。何も命を奪う必要なない」

「シカードがやった?」

革命装置の部品をつかった改造民だ。夜野が上目に確かめると、清風は深くうなずく。

「お前が必要だ、夜野。人に勝る、その命が」

清風がついてこい、と夜野を促す。荷運びの女があからさまに顔色を変える。灰色の目の奥に老人に対する不信が浮かぶ。

「孤児院に連れていくんですか?ハイアードを」

清風の瞳が鋭くとがる。その瞳には毒が浮かんでいる。装置の部品を体に取り込んだ人間のもつ、破裂するような怒りが滲み、やがて消える。

「陽名、力が必要だ。人では足りない」

吐き捨てる清風の息の周りを胞子端末が飛び淡い緑の光を放つ。


【陽名】


 鉄骨の骨組みが黒く煤けている。装置の三世代の金属の骨を組み合わせて幾重にも重ねて補強している。外の争いを拒絶している。その扉に守られた敷地に低いエンジン音が響いている。石油発電機に荷車から赤いポリタンクを下ろした陽名は燃料を移している。

「孤児院です。畑も仕事も子供たちがやってます。親はみんなハイアードが殺した」

荷物を運んだ夜野に陽名が吐き捨てる。夜野は後じさりをする。やせぎすな陽名が曖昧にほほ笑んでいる。影が顎にさす。夜野はよろよろ彼女から離れ、肩をすぼめる。陽名は夜野の心の溝を探るようにしばらくその態度を見つめてから、背を向け仕事を続ける。

「・・・ハイアードがここまで来。カーネルコアはみつからなかった」

人を壊しただけ。孤独な子供たちを造っただけ。夜野はとぼとぼと、門へ向かってあるく。

「逃げるんですね?」

陽名の声が地の岩を這うように低く、夜野に届く。夜野はくよくよと首をふる。

「・・・人にはよくない。わたしは・・・いつも」

夜野の胸の底を痛みが横切る。カーネルコアは見つからない。また何もできずにここにいる。肩に時間が塊なって触れている。

「いいえ。あなたはここにいるです。無様に死んで、笑われながら、人を守るために。人を超えたの力があるのだから」

陽名の声が背中からぶつかる。後ろ手に夜野は腕をつかまれる。あかぎれが彼女の肌をこする。

「離れの納屋で休んでください。子供たちにはふれさせたくない」


【夜野】


 耳が嘘をつく。遠くで話している声が補助脳で増幅される。夜野はぎゅっと目を閉じる。

「わたしは自分が・・・もっと、冷静なものだと。心底、気にいらない・・・反吐のように不潔で邪悪なものだと思えて」

陽名の声は低く沈んでいる。夜野の内側に声が浸透する。木の根ように乾いた心にヒビが入る。

「島国のやつらが心血を注いで作った人造体だ。あいつらは戦争の罪悪感から逃れる方法を探した。愉快な戦争を求めた。悪の消滅、罪人への天罰、嫌な奴の死。どれも人の暮らしの救済だ。毎日の喜びだ。お前の反応も計算した結果だ。気にするな」

「清風、あなたはちがう。わたしは薬だってつかったのに」

陽名が声を荒げる。

「蜥蜴の心だ。感情を無い身体。刺激と反応、命令に従う性質。そんなものしか残りゃしないのさ。一人きりのせいで猶更だ・・・弟子どもを失ってからは・・・」

低い沈んだ声が雨音のように濁っている。

「歓びも悲しみもない。夜野、お前にも聞こえてるな。いいか、生き物は考えすぎることはないんだ。誰も彼も腹底は同じだ。差はない。出てきて、ガキどもの相手をしろ。野良作業をさせるんだ」


【Emu】


 寝返り。なんで横向きに転んだのか。Emuの99.9%が金属だと電気部品だ。横になる意味もない。気まぐれだ。夜野がどこかに消えれから、やることがなくなった。ただ夜になった。

 伽藍洞の胴体。砂と小石がこすれる音。錆びの塊が体内に落ちる。ころころと左へ右へところがる。壁、天井。星と胞子端末と他の光を観察する。命は腐敗する。細胞が化学反応を起こす。その煙が発光している。人には見えない、革命装置のセンサだけが知る青白い燐光だ。

「しかしですね、先輩、話がありまして」

SB001が言う。Emuはああ、と素気なく応える。SB001か。

「名無しじゃ困る。そうだろ。だから、てめぇはストライク・バックだ。いいな」

Emuは彼が口ごもっているいるうちに、体を起こす。

「なんだ」

「いや、この国の名じゃないもんで」

「そりゃ、裏切りものだからだろ。しっかりしろ」

Emuが早口で応える。

「私らあの街でいつかの戦争に向けて、毎日活力にあふれてましてね。しかし、戦争なんてやらないんです。ただの実験なんですから。実験が終わったら自死願望に魅かれてカーネルコアに戻る」

「それがどうした。革命装置には何が起こってもおかしいことはねぇだろ。決まり事だ」

ストライク・バックがかぶりを振る。

「いいえ。だから、平和なもんで。あそこには、革命装置のほかにも人も住んでまして。装置と人で所帯を持ったり。商売したり畑つくったりしてるものもいるんです」

ストライク・バックはおどおどと指先を祈るように合わせる。

「要点を言えよ」

Emuは画面の輝度を上げ下げして心理の明滅を表に逃がす。

「・・・あなたたちは、カーネルコアを壊しにきたんですね。けれど・・・ここの仲間たちは誰も戦いたいなんて思ってない・・・そう伝えたくてですね」

「わからねぇ。革命装置の近場だ。廃棄物で汚染されるぜ。人は住めねぇだろ」

「コアの実験場は違います。意図を持って装置を作り出す。殲滅係数だけでは測らない。実験世代を作り出しています。革命の本懐をなす意思を持って改造される」

地べたに置いた椀を手にとる。霧のしくずをがLL01が舐める。皺だらけの喉がゆれる。

「意図を確かめながらの実験は進みが遅いんです。私達は平和を望んでいる。このままを。その気持ちが今の実験結果の一つでしょう。ですが、ここ平和も脅かされている」

脅かされる?何にだ。ハイアードか?

「私らは弱いんですよ。戦いの訓練をしようが、突撃の号令を掛けるものはいない。訓練して疲労して眠る。そう言う繰り返しを選んだ進化です。そこに、毎晩、シカードがやってくる。仲間たちをさらっていく。自分達の資材に使うために」

「どうして戦わない。何のための訓練だ」

Emuは自分の声が大きくなったことに気がつく。音量と心情の関連をいつの間に知った。この旅のどこで?

「人の暮らしを再現するのがこの場所です。戦略も戦術の真似事も、誰の自力にもなってない。だからシカードに殺される」

いつの間にか居を正したLL01が応える。

「俺たちは、墓を掘るんです。丘のどこかに打ち捨てられた仲間たちの遺体を探しだして。腕や足、胸を切り取られたものを」

その声は病を患った鳥の咳のようにかすれている。Emuは夜野に通信を送る。吐き出すべき悪態が電波に変わる。彼女の居場所を探る。


【夜野】


「俺は認めるわけにはいかない。忘れるものか。家族を・・・兄を燃やして殺した」

若い男の声が裏返える。喉を痛める短い叫びだ。

「相手は故障品だ。怖がる必要はないだろ。操作と命令がなければあいつらは役立たずだ」

「子供たちにもよくないわ。この近くにいるだけ、自閉化が始まっているの。自己不審も出てる」

夜が始まる。数人の大人たちが室内にあつまっている。夜野は納屋を離れ、庭の端でその声に耳を傾けている。背中を向けることはできない。改造民、シカードが来るのだ。装置とハイアードの部品を取り込んで自らを改造する集団。新しい進化を標榜する信仰者だ。常人は、生存競争に敗れた人類の荷物。襲い、奪うことに躊躇を持たない。


 宿舎の扉が開く。夜野は肩を震わせる。砂利がこすれ、男の足音が迫る。

「ハイアードは俺たちにかかわらるな。お前が壊れていて、たとえ害がなくても結論は変わらない。俺たちは貴様に消えてほしいと思っているが、見逃してやる」

男がほおり投げた短刀が地面に転がる。

「貴様が自殺する分には好きにしろ」

月光が反射する。骨折した子供のように不自由に光が跳ねる。その刃にうかぶうろこ錆びに反射する星明りを確かめている。夜野はうなずく。が、短刀は拾わない。

「子供たちはきっと助ける。戻ってくる。戦う時には」

影の目立つやせた男の目がにわかに血走る。胸を押さえている。、

「貴様が孤児にしたんだ・・・ハイアード。量産したその姿、瞳。・・・俺の子は死んだ」

男は小さな、つぶやきだけを残して背を向ける。生き残ったものを包む罪悪感が暗がりを熱している。


ーごめんなさいー


夜野は声を作れない。男の肩が震えている。


 夜半の月がかすんでいる。霧か。それとも補助脳の神経エラーか。空腹の野良猫のように歩く。

 荒らされた倉庫、装置の残骸の山。足跡。シカードたちの痕跡が村のいたるところにある。あぜ道をえぐった足跡。夜野はぐっと奥歯をかむ。顔を上げ、孤児院の灯りを確かめる。人の灯り。ただ一つ残った橙光。明日を夢想する命。

ー人の灯りが、愛おしくてどうして悪いの?ー

自分を支える過去の声が聞こえる。祥子さんの声だ。

「やれるだけのことを、やるんだ。できることを」

暗がりが声を聞いている。笹の葉擦れが揶揄する。夜野はそのあざけりを振り払う。

「そうやってここまで来た」

そうする、これからも?

ーできるもんかよー

補助脳を通じてEmuの声が届く。

ー一人きりじゃなー


【Emu】


 金属の外装が夜に冷える。真夜中が凍えている。ストライク・バックとLLBの息が白く燃えている。星明りに誰もが青く染まる。Emuが低くつぶやく。

「規定通信のポートを開け。お前らの情報を探らせろよ」

戦いを嫌う二つの革命装置。平穏を願う魂をもった革命装置。彼らが吐露するその意志は鏡に映した人の建前だ。本心とは思えない。革命装置は信念すら、殲滅係数のために偽装する。そう進化した。リクエストに応答が戻ってくる。二人の基礎情報が細切れに流れてくる。くみ上げて、解読する。身体構成はほとんど理解できない。有機装置だ。わからない。が。

「無駄なものが残ってるんだな」

首筋と膝に金属欠片が残っている。

「なんで残ってる?」

Emuは朦朧としながら訪ねる。煩雑な通信が処理負荷圧迫している。ストライクバックの屈託なく笑っていう。

「冷たい夜には軋んで痛むんですがね。邪魔っけなもんですよ。しかし、進化はそういうものでしょう?ままならない、邪魔だからって消せない。完全にはなれない」

Emuは天井の梁を見上げる。埃が舞っている。夜半を撫でるように。だからか。Emuは彼らとの通信を打ち切る。不完全な部品の実験装置。故障した旧世代装置。壊れたハイアード。

進化もまた、ままならない。故障と同じだ。どうにもならないことだ。ただ、ここにいる。ここにある。

 規定の情報共有のやり取りが続く。暗がり、地下窟を歩くように。目をつぶる。意思の本質がゆがむ。孤独と冷血がCPUにしみこんでいく。ふいに、LLBが口を開く。

「あなたは、・・・戻ろうとして・・・来たんですか。仲間の製造番号を集めながら?」

Emuの通信が乱れる。戻る?巡礼渇望か?

「うろうろしているだけだ。理由なんてねぇよ」

Emuは口をつぐむ。声がいる。こいつの声じゃない。


【夜野たち】


引き戸が開く。真夜中の亡霊を背負った夜野がそっと入ってくる。

「日がくれたぜ、何があった」

Emuは発話機の音量を絞っている。耳なじんだ声が、彼女にまとわりついた亡霊が怯え去っていく。背中ごしに、ビロードの夜が星を抱いて瞬いている。

「考えた。わたしきりじゃできない。手伝ってほしいから、ここに」

夜野は乾いた唇に皺を舐める。浅い呼吸の音が暗がりを照らす。


 革命装置の二人が目をあける。Emuは鉄の体の責任を感じる。故障する体。自己修復するかわりに、壊れやすい肉。鉄はちがう。壊れない。

「丘を挟んで装置の都市の反対側に村が・・・孤児院があって」

夜野が言うと、彼らは居をただす。夜野は続ける。

「シカードに襲われてるから」

LLBとストライクバックが顔を見合わせる。

「そうです。わたしらも門の補強の手伝いに伺ったことがあって」

夜野は二人を確かめる。この二体は革命装置だ。ストライク・バックが歯をみせる。

「シカードはひどい連中じゃないですが。わたしたちだってほっておけない」

LLBがうなずく。瞳がいっとき煌めく。その奥に重低音のような決意が見える。

「助けないといけない」

夜野は吐く息に混ぜてつぶやく。彼らの心底の隙間に彼女の決断の息が通じる。LLBが腕時計を確かめる。

「シカード達の本隊は今夜です。まだ、時間はあります」

と、夜野はがくり、と膝をおってうつ伏せに倒れる。そのまま、のろのろと仰向けになる。腹を手のひらですさすってしかめ面をしている。

「まったく・・・電池ぎれよりたちがわりぃな。何も食べねぇでいるからな。おい、てめぇら、なんでもいい、食い物を探してこい」

二人を促したEmuは目を尖らせ鼻を鳴らす。夜野が力なく、しかし穏やかに微笑む。


【ストライク・バック】


 川魚の緑銀うろこが焦げ反り返る。熱くはじけている。鉄板の下でEmuの掌が発熱している。LLBがしっぽをつかみ夜野にさしだす。その腹を夜野はかじる。痛みと空腹がまじりあい、同時に呪いのような喜びに満たされ、目が光る。塩を探していたストライクバックがあきらめて、もどってくる。車座に向き合い押しだまる。夜野が飲み込み川魚のすがたに注がれている。装置達の空腹は人の偽装に過ぎない。ハイアードは別だ。空腹に倒れ、餓死する。

「手を貸すのか、ストライクバック。革命以外に興味がねぇはずだろ」

Emuが低く、重たい金属がこすれるような声で問う。機械の怒りだ。二人の革命装置が顔を見合わせる。細長い顔と丸い顔が互いの息遣いを確かめている。

「夜野。お前はどうして目的を違える?お前はカーネルコアを壊すためここに来た。今更寄り路か?」

Emuのスピーカーが揺れる。砂が体の隙間から落ちる。その粒の一つ一つが疲労に似ている。夜野は口元のぬぐう。顔あげ、Emuの画面をじっと見つめる。銀の瞳が画面を射抜く。長い沈黙が続く。

「訓練ばかりのわたしらで、本当に戦えるもんでしょうか・・・」

ストライク・バックがぼんやりと口を開ける。しかし、とLLBが続ける。

「あの村は故郷なんです。見捨てられない。そこで生まれた・・・そういう記憶がある。村の出の兵隊です」

「故郷まで設定されてるのか?」

Emuは歯の根を合わせる。幻想の体の感覚。夜野とさまよううちにプログラムが編まれた。装置の故郷は巡礼渇望の行きつくところ。母の元。工場、再生産される材料プール。スラグの匂いがするところ。

「Emuの故郷はどこ」

夜野の瞳がまっすぐにEmuを射抜いてる。

「忘れたよ。出るんだろ、準備と見張りだ。作戦は・・・無くはねぇ」

Emuの画面が明滅する。電熱と魚の焦げた匂いの中、各々は立ち上がり、居住まいを整える。


【シカードのアルタハン】


 夜に白い飴が溶け流れる。投光器の群れが過ぎていく。シカードたち。改造馬とトラックに分乗し暗夜を進んでいる。革命装置を自然の一部としてとらえる狂信者集団。その教義は、人工生物との生存競争だ。身体に革命装置をとりつけ、接合部を縫い合わせる。無知な手術を繰り返し、膿と発熱を誇る。ハイアードの肉と臓物を喰らい、消炎鎮痛剤を取り込んで生きている。彼らの皮膚はたるみ、体中に茶色いシミが浮かんでいる。

先頭をいく男が馬上で腕をあげ、隊列をとめる。アルタハンは馬に並乗する『目』の声に耳を傾ける。その声の間に咳が交じる。アルタハンは彼女の病的な反応に苛立ちを覚えながらも、胸に高鳴りを感じている。餌がある。集団で暮らしているのだ。

「新しい世代の革命装置の街もわかりました。戦いに備えています。懸命で」

アルタハンは、浅くうなずく。『目』は貴重だ。脳に革命装置のセンサを埋め込み、生き残った。発狂するものが多い。が、この女は適用した。アルタハンはその少女の頭を撫でる。盛り上がったギザギザの縫いあとは蛹の腹のように柔らかく、しかし、噛みつくように熱い。鉄の指がうずく。三世代の腕を移植したその指先に感覚はない。だが、『目』の女、アリの傷は熱い。埋め込んだ補助脳が生み出す幻の感覚だ。アリが首をねじって、彼を見上げる。

「他に、壊れたハイアードが近くに」

アリはその薄赤い瞳を濁らせる。膿んだ白目に涙がうかぶ。アルタハンは、彼女の身じろぎと同時に吹き抜けた深夜のつむじ風に顔をしかめる。

「俺たちの進化の糧だ」

アルタハンは馬の手綱を引く。隊列がゆっくりと動き出す。

「ハイアードも革命装置も俺たちの材料だ」

アルタハンは背後に続くものたちの怒りにも似た願いを夜気と一緒に吸い込む。濃厚な希望の匂いに血が沸騰する。誰もがさまよった。俺は、俺たちの王国を約束した。シカードの国だ。ハイアードの体液をとりこみ、装置の部品を追加して生きる。作り物達を家畜にする。その農場を生み出すための行軍だ。弱体化した人の村と、近場に装置の施設がある。『目』と偵察隊が探った。

「アリ、俺たちはここを目指していた」

アリの肩を抱くアルタハンの鉄の指が月光を白く反射する。


【夜野】


「銃はどうします?」

にこにことストライク・バックが灰色の歯を見せる。夜野はぎゅっと深夜を睨んだまま首をふる。

「いらない」

ストライク・バックは笑顔を貼り付けたままでいる。ハムシが蝶の死骸にむらがっている。壊れやすい虫の体には、微笑みも涙もない。ストライク・バックは人の微笑みを作る。わたし記憶の中の微笑みを造れない。

「どっちから来ると思います?シカードは」

ストライク・バックが尋ねる。北の山道を下り、人里に向かうか。それとも、南に回って革命装置の実験場に侵入するか。

「知らない。どっちでも、足止めして駆け付ける」

Emuを信じ出る。時間を稼げば、勝ち目はある。十分に敵を引きつけろ。それだけ残してEmuは装置達の実験場に向かった。夜野とストライク・バックは南のあぜ道に潜んでいる。胞子端末が肌にさわる。

「こっちですよね?予想はしてるんでしょ?ハイアードはとても賢いんだらか」

賢い。人を超える。違う。夜野は首をふる。ハイアードの名前の由来を祥子さんは教えてくれた。より高きもの。気高き魂。けれど。

「いつも、誰も助けられない。力も知恵も足りない」

「・・・わたしらはそうは思いませんよ、あなたはよくしてくれた」

彼の語尾がかすれる。夜風に虫が鳴いて消えていく。

「あなたも人の真似事だから、そのうちにわかる」

夜野は痛みを飲み込む。その血の脈動をストライク・バックの丸い瞳がとらえている。

「いいえ、わたしらは人の真似はしない。あなたたちです。わたしらはハイアードの仕組みを取り込んだ。コアがあなたを観測して興味を持った。どうしても捨てられぬ、生き物の優しさを抱えたあなたに」

ストライク・バックが顎を引く。と、二つの作り物の体が、鋭敏に匂いをとらえる。血と鉄と膿の匂い。

「来ました。彼らです」

ストライクバックが両脇に銃を構える。マガジンがこすれる音が冷たく夜に傷を描く。



【Emu】


「夜野は無軌道でいい。有機物の塊はそういうもんだ。けどよ、俺は電気演算機だ。計算して勝ち目を探る」

LLBに背負われたEmuがディスプレイスタンバイから復帰する。夜野の補助脳からの通知で起き上がる。目をハの字にする。シカードは間抜けだ。本能と自然淘汰を信奉するあまり知恵を捨てて生きている。貪婪に装置の部品をとりつけ、体を拡張し、デタラメに襲い掛かってくる獣だ。そこに付け入るスキがある。知らねえだろ、俺たちの原理を。

「何がです?私たちはどうして丘の上に向かうです」

「だから、勝ち目をつくってるんだって」

革命装置の体は暴力のために造られた。ヤツフサの島人を狩りつくすために。望もうと望まざると、与えられた力だ。組み入れた本能に従う。俺は嫌だ。争うのも戦うのも。

電池が切れるまで、ただ、さまよって。空と華を見て、鳥と獣の声を聴き、月と風を知るんだ。

「てめぇらがよくねぇんだ、シカード。進化だ?人殺しがか?壊しあいがか?そんなもの誰も望まねえ人も物も華も獣も・・・勝手に俺たちの部品をつかいやがって」

Emuは待機させておいた演算装置に過クロックを供給する。通信範囲を広げ、部品たちの応答の処理を始める。シカードの部品たちだ。

「俺たちも生きて、自分なりに部品を大事して暮らしてたんだぜ。シカード、てめえらにはわからねえだろうが」

部品を経由してシカード達の視界の覗き込む。荷車の運転手の腕と脚は装置の部品だ。それに、馬たちも改造品だ。人間の村の裏の崖に終結している。


【シカードのアルタハン】


 誰の入れ知恵だ。アルタハンは叫ぶ。喉の限りに声を張り上げているはずだ。視線が中を泳ぐ。放り出されたアリの体に手を伸ばす。視界の傍らを背骨を痙攣させた馬が落ちる。その鉄の脚がアリの背中をかすめる。ローブの背中が破ける。アルタハンは血液の沸騰を感じながら、アリを抱きかかえ体を丸める。”目”を失うわけにはいかない。知恵を。カーネルコアの演算につながった脳を。

 荷車に乗った信者たちが地面にたたきつけられる。傷ついた体から、血と消毒液と酩酊薬の匂いが漂う。

 アルタハンは打ち付けた背中から伝わる熱を確かめる。しばらくの間、天を見上げながらアリの体温を確かめる。発育不良の小さな体からざらついた信頼が伝わってくる。津波のように神経が彼女の熱を吸収する。

 革命装置の部品がちぎれて、うごめいている。人の頭はつぶれている。

 起き上がるものたちがいる。二人。馬の異常に気が付き、飛びのいた者たちだ。”目”が改造したた新規品だ。革命装置の全知が彼女の中にある。改造できる。清潔な部屋と器具をそろえ、牧場を造るのだ。


【清風】


尖った瞳に灯りが反射する。轟音、裏の崖だ。清風はすっと立ち上がる。

「裏手に回る。お前は表を見張れ、陽名」

深い夜を切り裂く不吉な衝撃に怯え、胸を押さえていた陽名がうなずく。清風は沸騰する心臓を自覚する。老齢の体に液状の興奮が流れている。肌に活力が戻り、空間の暴力に反発する。心臓が高鳴り口からこぼれそうになる。金属の脚を跳ね、走る。軽やかだ。足が匂いに向かって走っている。鉄、肉、埃、土。鉛電池の液が地面にこぼれている。炎の中でシカード達が数人、立ち上がる。

だが、ほとんどが倒れ気を失っている。瓦礫の下敷きになって痙攣している。


 怪訝な顔であたりを確かめる清風の脇を空気が通り抜ける。熱風がその後をすり抜ける。背後で鉄塊の影が、腕を振り上げている。


【夜野】


 音と同時に飛び出す夜野のあとを、ストライク・バックが追う。固太りした体が汗の中で、お先にどうぞ、と叫ぶ。

ー戦いなんて人並み以下ですんでー

夜野のつま先が大地を蹴る。耳を風が撫でる。彼女の作り物の体が夜を流れる。かかとが塀の瓦を割る。

 Emuの予想通が当たる。裏手から。人の村を狙ったなら、高台から襲い掛かかる。骨がばねのようにしなる。女の体だ。しなやかにデザインされた跳ねる骨。シカード達のうめき声は、Emuのハッキングが功を奏したことを意味する。

 村の奥。清風が立ち尽くしている。水底に沈んだ石のように。その背を割こうと鉄の腕が掲げられている。鋳造鉄の塊を削った爪の腕だ。女だ、筋肉に覆われた。

ー間に合わないー

補助脳の計算が正しさを訴える。額の奥が熱い。胸の裏側で心臓が肋骨を打つ。

ー間に合ってー

祥子さんとの約束を。反対側へ、人の方へ。


【清風】


 鼓動の輪郭。こめかみの痛み。乾いた喉が痛む。臓器が口からこぼれそうだ。振り下ろされる爪の磨きが跡がぎらぎらしている。鋳造した部品を磨いた無骨な鉄だ。訪れる痛みと死の連鎖を想像する。恐怖が寒気を作り出す。瞼が痙攣する。体が震える。と、音が消える。神経に青い炎が走り、背骨がしびれる。


【鋳造鉄の女】


 跳ね飛ばされた清風の体が地面をころがる。彼の腰のベルトが外れ、機械の補助脚がはねとび、踏み固められた土をこじる。泥が飛ぶ。小石が夜野の頬を打つ。老化した皮膚のように、大地にヒビが走る。

 跳ねた夜野の気配を捉えたシカードの女が振り返る。暗夜に月明かりと炎に照らされた白布がはためく。瞬きのごとく、満月の光を遮り、長い髪が煌めく。瞬間。

 女はそこに強い憧れを覚える。強い命。しなやかな体。シカードが焦がれている姿そこにある。奪え。手にしなくては、丸ごと。闘争本能が燃える。ショベルの腕を構えなおそうと力を込めたそのとき、ハイアードの唇わずかに動く。

『間に合って、約束を』

そう言った。

その声に、興味を惹かれる女。躊躇の一瞬に、彼女の懐にハイアードが飛び込んでいる。女の腕に絡みついた体がそりかえり、腕に鉄を移植した肘を壊している。


 流れるように脇腹を蹴って彼女が飛びのく。膝を折り身をかがめる。たたらを踏んであとじさりする女から目を離さない。

「邪魔をするのかい」

女がしわがれた老婆の声を吐く。女はひじ関節を確かめている。腕の跡から流れる機械油と血滴を確かめる。乾き始めている。

「ヤツフサの兵器には関係ないだろ。誰の差し金だい?」

信徒たちが死んだ。農場を夢見てついてきた仲間たちだ。わたしは女達を集めた。力なき故に壊れ続けてきた者たちを。夢を目の前にして。

ハイアードがまた、唇を動かす。老人傷に腕を伸ばす伸びる。陥没した胸。だらりと垂れ落ちた舌。鋳造鉄の女は薄ら笑いを浮かべる。死人を気にしている暇があるのかい?ハイアード。


【夜野】


 息がある。まだ。死が迫っているにせよ彼の魂はここにある。夜野は震えながら、傷に掌を押しあてて止血を試みる。自分の鼓動が補助脳のアラームに混じる。砲撃の音がその後ろにいる。

誘導弾の風切り音が迫る。夜野は、天に赤光を認める。対処できない。

また、間に合わない。暴力にも爪にも。爆発にも。人を傷つけようとする意志の前に、ハイアードの心は追いつかない。届かない。

閃光が揺れる。閉じた瞼の奥で心が暴発し、暗闇に皺がよる。


 耳鳴り。汚れた髪を揺さぶる轟音。ばらばらに壊れた思考が虫のように這いまわりながら一つになろうとしている。痛みはどこに。傷は?仰向けだ。怯えた体を起こす。目の前に背中が見える。両腕を広げ左半身がえぐれている。黒ずんだ傷は消しずみになっている。骨盤が残っている。そこに破れた上着が垂れ下がっている。


麻生地に赤黒い跡。


 下半身から不定形の短い脚が何本も生えている。清風の老体は赤銅色に筋肉が盛り上がっている。人の姿とは思えない。悪鬼のような肌だ。腹から飛び散った血が円弧を描いている。

「・・・俺は・・・そうか・・・もう」

清風がつぶやく。声に合わせて、息が割れた肋骨の間から漏れている。


【清風】


 夜野は砂をつかんで立ち上がろうとする。足が自分のものではないみたいに力が入らない。清風が四つ這いになる。背中が遠ざかる。その体がしだいに膨らんでいく。熱か、炎か。それとも土か。気味の悪いその塊を恐れた誘導弾がつぎつぎと、彼に襲い掛かる。焼かれ、炭に変わるたびに、彼は膨れていくからだ。原型をとどめないイボの塊にかわっていく。鋳造鉄の体に腕が伸びる。

「お前は・・・五世代か?」

震えた声がする。誘導弾の嵐が止まる。女が右腕を突き出し清風を突っぱねる。汚れた爪が炎色に濡れる。その腕は清風の肩の肉に吸いついて溶けていく。融合していく。女は首を大きくそむける。

「どうした、シカード。貴様らの求めていたことだ。装置との融合だ」

清風の声が変異した体の奥から聞こえる。姿はない。ただ、赤銅色の塊がうごめいているだけ。女は折れた左腕をふりあげる。バケットの磨いた爪が振り下ろされる。

 ぐにゃり、と鉄の塊がゆがむ。そのまま肉に飲み込まれる。あとは、叫び声が続く。清風の声が混じっている。ぶつぶつと、女をなだめている。その背を炎が襲う。硫黄弾の黄色の炎がしたたりおちている。狂い火だ。もがきながらそれは清風の体を焦がし、赤くし、灰色にする。清風は革命装置に乗っ取られたのか。それとも、もともと、革命装置だったのか。夜野にはわからない。けれど。


【狙撃手】


 狙撃手は女が塊に飲み込まれている姿に舌なめずりをする。唇がの皺が粘膜をくすぐる。融合のための仕組みだ。俺たちはあいつを取り込めば、余計に強くなる。誘導弾を確かめる。散弾と油弾はいくつも撒いた。生きている。狙撃手は頬の病的なニキビをこする。

殺していいものだろうか。毒はだめだ。食えなくなる。屋根の上で弾倉をさぐったそのとき、背筋に寒気を覚える。ハイアードの姿が見えない。狙撃手はフードをかぶり、背中を丸める。影にまぎれようと、そろり、そろり、と脚を運ぶ。

ーごめんなさいー

吐息だ。振り向く間もなく衝撃が走る。吹き飛ばされて背骨が折れる。天を仰ぐ。奈落がせまる。背骨がくだけ、意識が薄れていく。


【アルタハン】


 腕に幻の痛みが走る。幻肢痛、そこにない幻の痛みだ。移植腕に触覚はない。肌感覚は視覚情報で偽装している。アリが補助脳に組み込んだプログラムだ。アルタハンは胸のポケットをまさぐる。布が破れ、個包装の飴玉がおちる。飴玉が油溜まりの黒いシミに埋まる。しびれるほどの興奮が体中を駆け巡る。弱いものが死ぬ。まさに進化に必要な選別だ。敵がいる。ハッキングされた馬に荷車が暴走した。完璧な選民だ。俺とアリが生き残る。牧場に最適だ。アルタハンは、抱き留めたアリの青い白い顔に強い欲望を覚え、下半身に宿る力に心地よさを覚える。改造しても俺は性欲を失わなかった。融合して変位した体だ。壊すなら壊せ。俺とアリがいれば、いくらでもシカード達は増えていく。人が、革命装置に勝るまで、俺たちは止まらない。イボに老人の顔を浮かび上がる。真っ赤な、肌のない顔がにたにたとほほ笑む。

「俺たちこそが生き物の未来だ。お前たちを食うものが」

奪い返すのだ。進化を。アリが彼にすがりつく。


【清風】


 人を吸収する肉の中で、清風の意識は自身の体から離れていく。うごめく粘膜の心地よさは感じる。若々しい肉のうごめきだ。老体では感じなくなった、瑞々しい弾力だ。制御できない体だ。何かを話している。俺の声だ。くらがりの中にふつふつと怒りが沸き上がる。

 暴力衝動、生き残ろうとする意志が解き放たれる。体が縮む。女の肉を吸って変化の方針が変わる。目の奥に青白い稲妻が走る。そして、次第に楽になる。解放されたのか。うずきと鬱屈からから。

「俺たちが生き物の未来だ」

シカードの声が聞こえる。振り返ることはできない。俺は、俺の脳髄に取り残された。俺は・・・革命装置だ。コアの興味、意志を持ったハイアードに対応する確認。夜野の過去から造られた。

その両腕をシカードの肩に伸ばす。肌が赤く腫れ膿んでいる。俺の肉が繰り返す。

「シカード。貴様らの求めたことだ・・・」

シカードの男の灰色の目が揺らめく。

「お前も俺たちの体の一部になる」

シカードが迫る。彼の金属の腕が肉塊の双肩をつかむ。平爪の指が食い込む。万力式の指だ。関節のボルトがまわり次第に奥へとすすんでいく。

 清風の意識が輪郭を失っていく。波打ち際に捨てられた漂流物のように。寄せれは返す感覚に溶けていく。その中で、清風は歯を噛んでいる。喰いしばっている。なぜ、俺はここに来た。

 人を護ろうとした。それが間違いか。夜野の情報を飲み込んだ塊となるのが目的か。脳髄が痙攣している。溶けた肉になってこの一体の生き物を飲みこむ。俺は・・・何のためにここに来たのか。俺の思いはただの有機装置の演算か。目的が作り出した偽ものか。魂が惨めにつぶれていく。叫ぶこともできない。ただ、肩から血が流れる。土のひびに体液がしみていく。


【夜野たち】


 夜野の心理は本能の内側で暴発している。南の塀を飛び越えたLLBが合流する。目くばせ、Emuとの通信が確立する。二人は変化した老人の目の奥に悲しみを認める。理屈ではない。夜野は左から回りこみ、LLBがEmuをシカードの右腕に投げつける。Emuの目が赤く光りその腕が炎を押しのける。

「部品泥棒がこの世をあらしてんじゃねぇ、シカード」

叫び声はかすれている。スピーカゲインを超えたノイズが空間を割っている。


【アルタハン】


 吊り下げた老人の体から、体液が流れ落ちる。滝のように流れている。透明で粘り気のあるリンパ液。その一つぶがアルタハンの頬に飛ぶ。

「聞きたい。なぜ、抵抗する。ヤツフサの殲滅が貴様らの目的だ」

アルタハンがけだるく尋ねる。装置は俺たちに見向きもしない。老人があんぐりと口をあける。僧帽筋が波打つ。彼を飲み込もうと変化しているのだ。アルタハンは腕に力を込める。

「人が設計した貴様ら進化の突端に立つ権利はない。せめて、俺たちの役に立て」

夜の風が袖口をゆする。自分の金属部品が匂う。物陰からアリが彼の姿を覗いている。血にまみれた彼を恐れている。目だ。アリは生き残った。彼女と自分があれば、農場は手に入る。


 アルタハンの微笑みを引き裂いて、二つの影が両脇に絡みつく。次の瞬間、両肩の関節がねじ曲がる。力点を支えた細い体。ハイアードだ。鉄の骨を反った背と脚で強引にねじ切る。

「部品泥棒がこの世をあらしてんじゃねぇ、シカード」

赤い目が叫ぶ。赤熱した機械の腕が鋼鉄の移植椀を焼き切る。アルタハンの腕が落ちる。

 次の瞬間、彼の制御はずれた腕が空中にはねあがる。くすぶる炎を反射する鉄の腕。アルタハンはその場ひざまづきながらその腕をみあげる。

アリだ。

彼女の目が、腕の制御を続けている。革命装置の電子制御を人として使いこなすもの。その腕がハイアードの首を狙う。飛びのいた彼女の髪の束が千切れる。ハイアードは目をむく。灰銀にその瞳が染まる。指で土をこじっていた左腕が跳ねる。ゆらり、とその姿が風になびく。長い脚が跳ね上がり、その瞬間、腕は大地に縛り付けられている。

ーごめんなさいー

ブーツのかかとで踏みつけられた腕が潰れる。反対の腕は二世代の革命装置に抱き留められ、赤く溶けている。


 敗北を前にアルタハンはうつむく。目の前の老人が立っている。肩から流れる落ちる体液が止まらない。それが彼の足元から吸い吸い上げられていることに気が付く。あえぐように、アルタハンは顎を上げる。老人が傷口に触れる。命が消えていく感覚。痛みはない。だがこの老人も元は人だ。装置との癒合した。ならば、シカードと同じだ。これは、敗北ではない。融合し進化する。アルタハンもほほ笑む。


 アリが彼の傍らに現れる。老人とアルタハンを交互に確かめている。青白い顔にうかんでいた苦悶の表情が消える。控えめにほほ笑む。

「あなた達は、お二人とも、よくここまで」

アリのつぶやきと同時に、老人の体が崩壊する。赤黒い液体に変わる。細胞がうごめき、波になって溢れおちる


【夜野とEmu】


「逃げるぞ」

Emuが叫ぶ。

「子供たち、助ける」

好きにしろと応える。広がる体液の波が腕をつくる。意思が液状化して飢えている。染み出たものが地面を溶かす。宿舎に達したその波が柱を溶かす。怯えた子供たちがちりじりに走り出す。夜野は滑るように走り、子供たちを抱えるては、屏の外へと往復するう。ストライク・バックもまた太ったからだが揺らす。贅肉を捻ってはね飛ぶその姿は夜野に引けを取らない速度だ。Emuも長い腕にまとめた子供たちを掲げる。誰もが命に手を伸ばす。血は死だけどをとりこんで行く。


【清風】


 なあ、俺はどうしてここへ来た。助けるためか。違う、拾った脚だ。俺に侵入した。そして、求めた。何か?帰ろうとした。元の場所に。次の世代の材料になるために。俺は・・・帰りたかっただけだ。進化したいわけじゃない。失敗だ、やめろ。もう動くな。生きようとするな。還るんだ。溶けた意識の中で、俺は手を伸ばす。体が固まっていく。なおも、蠢く、シカードの女の意識を閉じ込める。腕が伸びる。山の中腹へ。故郷へ。


【夜野】


「ほっとけって。シカードだろ」

シカードの誰もが溶けた血にのまれた。シミと服と、影が残っている。夜野は穴を掘る。土に溶けた影を埋める。シカードたちの心の跡を。

「しかし、どうして老人の姿にもどったんです?」

ストライクバックが誰となしに尋ねる。老人の声が最後に聞こえた。

「わからねぇが、最後に残りのが欲望ならよ」

Emuが応える。ヤツフサ人を殲滅を目的とする進化の指標。それが、人もどきを選択し、やがて心の偽装品を作り出した。

「殲滅と巡礼渇望。それが俺たちの本能だろ。あいつも、戻りたくなったんだろ」

後ろでに指を差した先に、乾いた材木色の老人の姿がある。腕を宙にあげ、どこかを指さしている。何かを求めた。行き先を、眠る場所を。

「吸収して生きようとしたのがシカードだ。融合に融和、理解と協調。その先はあの装置にはわかっていた。自分を保てない。自分が消える。殲滅は?巡礼渇望は?どうなる」

その結果があれだ。老人の姿で故郷を求めた。

「まあ、結果だけでいったらよ。よかったのかもしれねな、夜野」

Emuが尋ねると、夜野は首を横にふる。泥と汗が落ちる。

「そういう言い方はできないでしょう。この人には」

LLBが墓標を立てる。清風が革命装置だった。ここを目指した理由は。伸ばした腕の先にあるものは?カーネルコアへ続く道だ。混じり合った革命装置の部品達が求めた。母の胸を、次の世代の想像を。


 無心では墓穴を掘る。骨を埋め、土を落とす。すべてがすんだときには日は高くなっている。夜の冷え込みが記憶のように消える。墓標に手向けた野花が乾いてしおれていく。

「このさきどうするの?」

墓石に手をあわせていた夜野が立ち上がり二人に尋ねる。ストライクバックとLLBが顔を見合わせる。

「わたしらも、生まれたものです。全うするのみです」

雲の流れがその隙間をそわそわした沈黙が流れる。日が陰りまた戻る。Emuの円筒の陰が薄く濃く変わる。

「お二人も、きっとそうでしょう」

ゆっくりと夜野はうなずく。

「ここでお別れです。わたしらも、仲間のところに行かなくては」

ストライクバックが頭をさげる。夜野もそうする。

二人が村を去るまで、夜野は立ち尽くす。背中が消えたあと、夜野はEmuを抱き上げる。



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