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夜の欠片/鉄の破片  作者: 関本始
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【Emu】



 灰色の雨が画面をつたっている。冷たい水滴は黒い小石を抱えている。ガラス面に泥がへばりついている。革命装置の工場が塵を飛ばしているせいだ。気温が低い。演算子素子の活性化率が下がる。視界が曇る。雨脚が速くなる。Emuは人真似に身震いをする。この気温でも革命装置は死にはしない。けれど、夜野は?亡霊のような体運びはいつもと変わらない。が、足取りは重い。ブーツのソールに泥水が染みる。浮かんだ皺が苦悶の表情を演じている。

「寒いか?」

雨脚が会話を遮る。暗雲が彼らを嘲笑する。

「大丈夫」

泥水に汚れた映像の中で夜野が揺れる。ちがう、人体の機能低下している。

不意に脚を止めた夜野が顎をあげる。絡まった髪が苔のように頬に張りつき、彼女の目元を覆う。

「雨、やまないね」

左右に肩がゆれる。吊り橋がいら立つように。よろけた夜野が膝をつく。枯れ枝が折れるように倒れ、頬を水たまりに落とす。

「なんだ、急に。おい」

Emuは補助脳をつなごうとスレッドを起こす。そのとき、野豚と革命装置の塊が茂みから転がり出る。


【夜野】


命はわたしの体のどこに置いてある?補助脳のスパークが見せる発光が眼前の泥の水溜まりを瞬かせる。どこにもない?作り物で壊れているから?


【Emu】


 Emuは廃工場の基幹電線の状態を確かめる。電池を分配しスイッチを入れる。白熱灯が力を取り戻す。全体の十個に一つ。切れた電線に火花が散っている。鉄粉が赤くじりじりと音を立てる。涙摘のように地面に落ちている。

 電線を引きずりEmuは断熱剤の上で意識を失っている夜野の傍らに転がる。清潔で乾いた断熱布を集めている。くの字に折れて横たわっている夜野の腹のあたりに滑り込む。発熱のせい。小刻みに震えている。電圧コンバータの発熱を上げ、温めた腕を彼女を包む。

「どういう調子だ、人の体はわからねぇ」

Emuは夜野の補助脳にアクセスする。ハイアードの補助脳は、装置の基礎構造を模倣している。後発のヤツフサ人が革命装置を解析し作り上げたのが補助脳だ。入り込むのは容易だ。Emuは夜野の補助脳にソフトウェアを流し込み、対話プログラムを起動する。エラーの赤文字が帰ってくる。

「ウイルス、革命装置の胞子端末をとりこんで変異したものです。自己免疫疾患を併発しています」

対話プログラムが応える。

「解りにくいんだよ、生きてるんだな?」

「問題ない、と判断します。人ではない、ハイアードですから」

補助脳が返答を返す。しかし、と補助脳が続ける。

「わたしは故障品ですよ。故障品は誤り冒すものでしょ?」

「てめぇもわからねぇことを言うんだな。寝かしときゃいいな?温めてよ」

演算回路を発熱させながら、Emuは思考を停止する。眠れ、俺もそうする。


 夢を見る。雨が続いている。トタン屋根が錆びている。破れ目から雫が垂れている。外装を叩き金属音が低く響く。止まることのない反響。うるさい。駆動部は動かない。自己診断プログラムも働かない。穴の開いた屋根から鉄骨が伸びている。影は黒い。

苛立っていた。金属世代の体には神経は通っていない。雨粒なんか気になるはずはない。雨雲が夜空を流れている。自在に形が変わる。動けない。金縛りだ。夢だとわかっている。だが、プログラムの自分に夢と現実の違いがあるのか。Emuは発熱限界を超えて、目が覚める。


 補助脳に無線をつなぎ、夜野の体温を確かめる。前よりのひどくなっている。唇はかさかさだ。Emuは天井を見上げる。厚い雲が一塊になって凸凹している。天気は回復しない。隙間風が彼女を冷やしている。

「手間がかかるんだよ。生の生物はよ」

Emuは腕を伸ばし梁をつかんで天井に飛び乗る。ねじ曲がったジュラルミンの板を伸ばし、屋根を塞いでいるうちに電源が雨で疲労する。メモリーにノイズが乗る。悪態をつきながら、Emuは夜野の姿を確かめる。Emuはふらふらと室内に戻り夜野の懐に潜り込み眠る。今度は夢を見ない。


日付の切り口で雨があがる。雨のしずくが壊れた工場の外壁を旅する。思い出が地面に降りつもっている。

「天気みてぇによ、回復しねぇか」

夜野の額の温度と補助脳経由の内部温度を測る。Emuは体をゆする。体温が昨日より上がっている。呼吸は浅い。補助脳に診断結果を要求すると、デタラメの答えが返ってくる。空容器たまった雨水を浸した布で額をしぼっていると窓のむこうを人影が横切る。ぶつぶつよ独り言を続けている。薄灰色の牧師服。痩せた中年。唇の端にあばたがある。その姿は崩れかけた砂山のようだ。目が合う。

「どうか・・・しましたか?」

「おう、どうかしたぜ。病人だ。てめぇ、同族の・・・生モノだ」

応えた瞬間、男が首をかしげる。と、その懐をさぐり拳銃を引き出す。


【夜野の補助脳】


 鉄骨につるされた男が革命装置から画面共有される。神父か。Emuがぶつくさいっている。銃声が聞こえたのは半時前。乱闘の音はすぐに収まった。

「信心深い人間ってわけか」

Emuが梁につるした男の顔を見上げている。顎をさげ、死んだようによだれを垂らしている。懺悔する神の苦悶。その真似事をしている。

「祈りを捧げろよ。願えば命は助かるんだな?」

対話プログラムは主体、夜野の目を通して外の様子を確かめる。つるされた神父の充血した目に怒りが明滅している。

「生けとし生けるもの、すべてに祈りが必要です。しかし、あなたはずいぶんでこぼこして汚い、泥と砂まみれです」

「見せかけに気とられてよ。生き様と中身が価値だろ」

Emuが吐き捨てている。

「こいつも生き物だ。神父なら助けねぇとな」

と、神父は目を剝く。いいえ、と血相を変える。

「違いますよ。、あれは・・・ハイアードです。悪魔と同じ。この世を堕落に誘う、あってはならないものです」

牧師がずるずるとよだれをすすむ。

「・・・死にそうになってんのに。知らんぷりすんのか」

神父の目に光が宿る。確固たる信念、共生菌に浮かされた嫌悪信仰。

「ハイアードは生物には受け入れられません。疫病や細菌、ウイルスや悪臭の類です。神の思し召しのもと、そう生まれたのです。ここで消しなさい、燃やして清めなさい」

神父はよだれを垂らしたまま祈りをささげる。目を閉じ一心に続けるその男の頭にEmuが腕を伸ばす。額の皺が伸びて、頬のたるみが消える。

「どうやりゃ助かるんだ?人の体の生き物だ」

牧師がじたばた脚をふる。Emuの掌の熱で彼の額が赤く染まる。ぎりぎりと頭蓋骨がゆがむ音がする。神父は喘ぐ。よだれに血が混じる。苦行が彼の信念に皺を寄せる。

「この先に門前町があります。薬屋に風土病の特攻薬があるはずです」

絶え絶えな声に咳が混じる。彼の太った指は痙攣し意識を失う。


【Emu】


「夜野はどうしてる?」

「大丈夫でしょう。体温に変化はありません。私のバイタルセンサが壊れていなければですが」

補助脳が応える。Emuが確かめると体温は四十度を超えている。脳細胞が茹だる温度だ。襤褸で汗を拭う。

「てめぇの故障で命とりになったら、容赦しねぇぞ。宿主を守れねぇで、なにが補助脳だ」

Emuは補助脳を罵倒してから外にでる。悪態が記憶素子を埋め尽くす。死んだ野郎のメモリがまた増えるのか。もうたくさんだ。バラバラの記憶の断片が主記憶を横切る。大木の根本が濡れている。銅のように真っ赤だ。車輪を回し、坂を転がる。巡礼渇望を計算する関数の残滓が、CPUをくすぐる。壊れるとき、そのときには母なるノードへ、次の世代の材料に。

その計算結果を受け入れない。救うべきものがいる、今の俺には。


【薬剤店の店主】


「珍しい客だ」

カウンターに乗ったEmuのボディにルーペを近づける。シカード達がよく目に入れている、自動拡大鏡だ。真鍮のフレームに灯りが明滅している。

「電池はあつかってないんです。体調が悪いからって部品はないですよ。二世代のかたに薬品は効かないでしょ?」

麻の服をつっかぶった女が若い肉体をゆすり、タオルでEmuの外装をぬぐう。

「知り合いが病気だ。薬だ」

「装置のしりあいか?三世代以降か?そもそも、巡礼願望にはきかんぞ。人の薬だ」

店主が応える。分厚い白衣に悪意のような汚れが灰色にこびりついている。

「人か・・・。人よりましだけどよ、似たようなもんだろ」

Emuは目を釣り上げる。店主はひげの跡こする。貧血の白い爪がピカピカしたひげをつまんでいる。

「わたせないな・・・革命装置を俺は信頼できない。計算器がどうして誰かを守ろうとする?得体がしれない」

店主が応えると、棚を整理していた店員が口を挟む。

「風土病なんですよ、この街なんだから。この時期だと罹患は予後が悪いから」

店員の女の細い腕に吹き出物の跡が見える。店主は縮毛髪をかきあげる。女店員を見上げた瞳に汚れた暖気が浮かんでいる。

「てめぇらは、嘉陽人だろ?俺たち革命装置に守られてる立場だ、融通してもいいだろうが」

Emuは体を揺する。カウンターの白い乳鉢が震える。店主の瞳で拍動していた炎がゆらぐ。それに合わせて、彼は唇の端を小さく上げる。

「生き物のふりか、その態度は。思いやり、とでも?」

店主が立ち上がると老いた天幕の梁から埃がおちる。

「わからねぇな。おい、薬はある。渡すには条件がある」

灰色の唇の奥で、赤黒い舌がゆれている。

「?なんだ。金ならあるんだぜ」

Emuは店主から目をそむけ、女店員に声をかける。彼女の瞳にさめざめとした疲労が見える。

「あきらめてください。先生は商売を信じない」

Emuは諦めてうなずく。顎で促す。


【Emu】


「なんで寝てる。メモリの整理ってわけじゃないだろ?夜野。てめぇに聞いてほしいことだってあるだぜ」

ケチなやろうだった。弱みにつけこむなんざ、人にしか通用しない。夜野は浅い寝息を立てている。発話スピーカにノイズが交じる。水滴で素子の抵抗が変わる。反響と雨音が混じり合う。いやな話を聞いた。

「ここの街はよ、北方の嬢真属が装置もハイアードも追い出した。人の街だ。蛮匪と盗人の混じりあってる。ならず者の巣窟だ」

Emuは薬屋の岳不の話を思い返す。岳不は薬の研究のために金が必要だった。風土病がはびこるこの街で装置の部品をつかった薬を開発に取り組んでいた。

「身寄りのない子供を人体実験につかって、弱らせてよ」

実験を済ませたら、蛮匪賊の親玉に子供を売り払った。幼児買春に回されるのだ。子供の中には自分の息子もいた。

「親玉をどうにかしろってよ」

岳不の瞳。その暗がりがメモリに呼び出される。実験の邪魔だ、岳不はそういった。老いた息の匂いが温度を変えていた。

「断った?」

Emuの補助脳が尋ねる。

「わからねぇ。夜野はまだもつんだろ?」

賊の根城は三階建て集合住宅の二階廃墟だ。かなりの人数が詰めていた。壊すのは容易い。けれど、

どうして、俺が関わる必要がある。人の揉めごとだ。人の悪事だ。そこから自由でいたはずだ。Emuは夜野の汗を確かめる。まぶたが歪んでいる。頬がやつれ窪んでいてる。

「人を超えた能力を持って設計されたのがハイアードです。けれど、いつまでも持ちません」

補助脳が追求する。ああ、とEmuがうなずく。考える時間が必要だ。計算し、分類するだけのCPUの余裕が必要だ。Emuは対話プログラムの声を遮断する。夜野は細胞の塊だ。修繕が必要な金属体とはちがう。自動的に回復する。待っていればいい。きっと回復する。

ーわたしはー

長い沈黙と雨音に満ちたEmuの通信回路に夜野の補助脳からのコマンドが届く。

ー助けてあげてほしい。このハイアードを、夜野をどうしてもー

補助脳に送り込んだプログラムが文字を続ける。今の夜野のバイタルサインが流れていく。

ー救わなくては。わたしが壊れていたから、このハイアードは苦しんでいるー

Emuはセンサを起こし、改めて夜野の顔色を確かめる。

ーてめぇのせいじゃねぇだろー

ーこのハイアードの・・・夜野を万全に保つんです。壊れたわたしでも、そうしなくてはー

雨脚がまた強くなる。耳を弄するほどに。

「勝手だ、どいつもこいつもよ。てめぇはただの付属品だろ。なんだ?救いたいってのか?ハイアードを?願望?思いやりとでも・・・言う・・・のか」

声が詰まる。同じセリフだ。薬屋が吐いた。Emuは暗がりの中で腕を伸ばす。大きく伸びをする。関節に詰まった泥がこぼれる。

「あなたが夜野をすくってほしい。わたしにはできない」

補助脳が静かにつぶやく。


【Emu/薬剤店事務員】


 バックヤードの北窓を灰色の雨が滑っている。張り出しの鉢植に涙のように水がたまる。濁っている。薬瓶のラベルがに皺がよっている。

「病人はどういう気分でいるもんなんだ?そもそも、薬をちまちま選んで飲んでも生きていたいものか。わからねぇな」

Emuは向き合った女に尋ねる。店主を待つ室内は沈黙の病に侵されている。事務員の女はテーブルに突っ伏し顔を横に向けて、頬を影にしている。

「・・・革命装置に説明はできないわ。第三世代の有機型が薬を欲しがってくるわ。あなた達も生き汚いんだから。同じじゃない?」

女は体を起こし、カップに注いだ生姜湯をすする。液面には、互いの思考のように揺らめく。

「生き物真似したから死ぬのが怖いのよ。時間の先端にいようとして必死になる。でも、そんな性質がなかったら、みんな滅んでしまうじゃない」

事務員は唇をハンカチで拭う。グレーの瞳に銀色の蛍光管が反射する。Emuはその光に気圧される。

「この星で生き残るのが、人かあなた達か。そういう汚さじゃない」

ひんやりと彼女が微笑む。

「先生は取り立てを待っているのよ、まだかかるの。ねぇ、ずっと気になっていたことがるのよ。暇つぶしに聞いて。革命装置って嘘をつくのかしら?」

女が女らしく猫背になる。

「嘘?どういう類の嘘の話をしてるんだ?」

上の空のEmuは対物センサの感度調整をして壁の向こう側の様子を探る。今しがた入り口をくぐったのは、若い男の二人組だ。テーブルの多肉植物の緑が客の怒りにおびえて震えている。

「だって、ハイアードを助ける革命装置なんて。嘘じゃないなら、気になるじゃない。本音を聞きたいのよ」

「知らねぇんだろ?俺も夜野も壊れてる。本音なんか、正常品にしかねぇよ。忘れちまった」

扉の向こうが騒がしい。

「夜野ってハイアードの名前?」

女のひっそりとした指が机の天板をたたく。ささくれが乾いて半透明に白い。

「名前がどうした?関係ないだろ」

Emuは上の空で応える。そう、自動応答だ。自分が革命装置のままでいたとき、人を油断させるために無軌道な会話を続ける仕組みがあった。無意味で危険な機能だ。壁一つ向こうでは、ごろつきが声を荒げている。店主の体温は粘土のように低い。声は上ずっている。Emuは身構える。いつで飛び出せるように電圧を上げる。

「なあ、作り物が壊れたらよ」

会話演算に無軌道な質問を造り上げる。

「なに?」

「人にとって、怪我も病気も故障なのか?しばらくして治っちまったら、災難にあったとかいう暇話になる笑い話だ。俺たちみたいな作り物の故障はどうだ?壊れたって不快だってわけじゃねぇ。そもそも壊れたままでも”設計とは違っても”真面目に動くのさ」

店員の女は首をかしげる。

「嘘だのホントだの、真実だ虚妄だのはよ。そりゃ、カーネルコアが決めるんだ。故障した俺にはもうわからなくなっちまった。嘘で幻なのかもな、俺の意思も」

「ハイアードの子を助けるのも間違いだと思うの?岳不先生の依頼を受けるのも?」

指を組んだ女の手が複雑な影をつくる。

「誰かを助けるなんざ、いつだって間違いだ。自分勝手の押し付けだろ」

表の物音がやむ。足音が遠くなる。濡れた砂につばが落ちる音。

「自分勝手か」

バックヤードに入ってきた岳不がEmuをテーブルからどける。見上げた岳不は黄色い歯を食いしばっている。


【岳不】


岳不は煙草の煙を地面に向けて吐き出す。

「やってもらえるんだな?」

弱い風に押される薄い窓がらすが窓枠に接触して、カタカタと音を立てる。

「わからねぇ。てめぇから息子も差し出したのにか」

「子供の時分に風土病にかかると、みんなひょろひょろの役立たずになる。力も頭もない無駄な体になる。みじめだぜ、子供らのいじめは苛烈だからな。売って金持ちの華になったほうがまだ楽だ」

「人買いか」

Emuが尋ねる。

「この街の屑のまとめ役、狄青って老人だ。ひょろい子供を売る仕組みを持ってる」

Emuはテーブルに乗る。

「子供なんざ、右から左だ。ヤツフサに売ってるんだろ。普通ならこの街にゃもういねぇだろ」

嘉陽の子供を慰みものにするのは、ヤツフサ人の裏の顔だ。帰りの船には、ヤツフサの子供らが乗ってくる。岳不は歯糞をほじる。

「先月、狄青は妻と祖母を立て続けに失った。二人とも狂った女傑だったがよ、風土病にかかりゃ、バタバタ死ぬ。そういう村だ。後で噂がたった。子供らが解放されて、帰ってきた。人買いをやめたと」

「なんだ?よくわらかねぇ」

「子供の出荷を取り仕切っていたのは狄青のとこの女たちだ。狄青は人買いをやめたのさ。脚をあらったのさ」

狄青は煙草に乾きながら咳をする。

「ところが、子供らの出荷数変わってないそうだ。子分らの羽振りもかわらない」

「わからねぇな」

「子供を生んで増やして、出荷してる。それが俺の見立てだ」

岳不がほくそ笑む。

「おもしろい話だろ。俺は夜の出荷場で待ち伏せて確かめてみたぜ。そしたらよ。同じ顔の集団だ。全部俺の息子の顔をしている。どうやら、狄青はどうやってか、俺の息子を増やして売ってやがるんだ」

Emuの演算が加速する。発熱する。

「革命装置か」

おそらく、有機体、四世代だろう。

「そうだ。わかるか。息子を・・息子の製造場をとりかえすんだ。人の体を無尽蔵につくれる。実験の道具がいくらでも手にはいる。解剖して、俺の・・・ここで。革命が・・・装置どもの工場が変えた流行り病を」

「わかった」

Emuが岳不の言葉を遮る。

「どうとでもしてやるよ」

Emuは自身の伽藍洞の体に焼けるような感覚を覚える。電線を通じて何か吐き出すべきものがあるかのような。生き物を偽装した罪が塊になる。Emuはのろのろとテーブルを下り、扉を開く。


外に出ると、女が灰色の傘を広げて追いかけてくる。

「興味があるわ。どうするの?嘘をついて逃げる?」

「うるせぇな。人相手にしとけよ、邪魔だ」

Emuは泥で濁った女の影をにらむ。水滴で画像がゆがむ。

「先生もわたしも、ここの風土病で家族をうしなった。人体実験が必要なの。いくらでも・・」

女の声にも泥が混じる。魂が何か弱い場所に寄りかかって、すがっている。傘が雫をはじき、音が大きくなる。

「まってろ。終わりにするんだろ」

Emuはセンサの感度を上げる。有機体の革命装置の匂いがする。屍のように横たわった子供の姿が温度画像として表示される。


【夜野の内声/夜野の補助脳】


 雨が轍を濡らす。遠隔通信が届く。夜野の補助脳からの信号にエラー訂正が何度も入る。

「エラーは恥だろ。経路を選んで送れよ」

「しかし、伝えたいんです。主体の意識が混濁しています。対話ルーチンに混じってきます。あなたにメッセージです」

なんだ、と応える。通信ノイズが雨に反射する。壊れた弦の音だ。

「この通信が、最後になるかもしれません。しかし、夜野の言葉は大切です」

沈黙のあと声が届く。

『無理はしないでほしい。最初から、この世に居場所はないのがわたし。みんなわたしが壊れら嬉しい』

Emuは画面を上にあげる。小雨が画面に食い込む。映像がゆがみ、意味を失う。

『Emuも好きにできる』

声が途切れる。なんだ、何が言いたい。

「・・・俺たちはこの自動戦争の主役だったんだろ。進化する改革の礎が革命装置。遺伝子改造された人を超えたハイアード。どっちもこの世を真っ平にできる。戦争のど真ん中の主力最終兵器だろ。俺に・・・”無理をするな”だと。ふざけんな」

戦争以上の無理があるか。Emuは車輪の回転を上げる。ずっと、意志薄弱な彷徨を続けてきた。風が伽藍洞を吹き抜ける。今は違う。集積回路が燃えている。


【狄青】


 人の胸骨衝撃が蛇腹腕を押し返す。拳も腕も人間の素材のなにより硬い。骨が砕ける音が響く。人体は不自然だ。計算どおりには動かない。最適な判断もできない。ならず者たちの不格好な後じさり。たたら踏み。割れたレンガ敷きの地面に泥がこぼれる。不順な天候の影が大地に染み込んでいる。断たれた希望のように雲が垂れ込んでいる。シカードの男が腕に仕込んだ刀を構える。Emuの腕が伸び喉ぼどけをおさえる。

「てめぇらはそこの鍵を開けりゃいいんだろ。義理じゃ命は買えねぇぞ」

Emuは背中から飛びかかる小男の顎をくだく。ひげが血に濡れ割れた歯とつばが飛ぶ。喉を押さえた男が精一杯のわめき声をあげる。彼の部下らしきやせぎすがふるえながら鍵穴を回す。


 三和土には七つの靴。乱暴に革靴の隙間には埃がつまっている。その奥に、萎びた脚が土間に降りている。

「敵を山程いるが・・・まさか、壊れた革命装置が乗り込んでくるとは。考えが及ばないな・・・」

狄青のやつれた頬が歪む。老人だ。Emuにはわからない。針でつくと壊れそうに細い。非力な体だ。どこに権力が秘められているのか。

「子供を売りさばいんてんだろ、敵が多くてあたりまえだろ」

狄青は純白の白髪に指を通す。つららのように細く白い指。光線のように鋭い視線がEmuに刺さる。気絶した人間たちですら怖気ずいている。気迫、といったものだろう。

Emuには通じない。心も構造も違う。理解したのは友の痛感と道行に染みた思い出だけ。

「用事だ。てめぇの品物、どういう革命装置かわからねぇが、もらい受けにきたぜ」

「何につかう?おまえに必要なものとは思えないが」

狄青の頬がこわばる。その場所に用意された魂が冷えていく。

「使い方か、俺にわかるか。ここからは、煙と有機体装置の体の汚れた匂いがすんだよ。人が乱暴に使いやがって」

Emuが叫ぶ。


 狄青は視界の端でつぶれた、部下の男の頭をぼんやりと意識する。鉄パイプが折れている。凹んだ薬缶を思いす。遠い昔のことだ。戦場に転がっていた。行軍する旅程にもは。基地にも、接収した民泊所にも。そして、粉々に爆散したその日のことも。

「また壊しにきたか。革命装置。ここまで逃げのに」

また戦わせるのか。俺はハイアードだ。老いた体にみせかけた。肌を酸で焼き共生菌を殺した。4世代装置の皮膚を移植し、嘉陽人になりすまして商売を始めた。やっと成功した。ふわり、と狄青の体が跳ねる。


【Emu】


 ふざけろよ、Emuは飛び上がった細い体に目を見張る。青白いすぎる指、傷のない唇、髪は化繊だ。わかったはずだ。次の瞬間、突き出された前蹴りがEmuの体の芯をとらえる。跳ね飛ばされた体が壁に激突する。外装が悪い思い出のようにたわむ。

「老いたか、見せかけだったが。二世代程度を叩きのめせないとは」

狄青の顔がゆがむ。泥をする足音が迫る。天を仰ぐ。岳不の声が胸に反響して蘇る。

「この地域の風土病は、肺にカビが根付く病気だな。俺らが持ち込んだ」

誰のせいで?ヤツフサの人のやろうだ。入植して病気をばらまいた。島国の病をもちこんだ。もっとも、今は胞子端末と結合してるがな。

ーそうかいー

 記憶の暗がりの中で、Emuが応える。揮発メモリに熱を感じる。痛みも。覚えがある。故障する前の行動原理。演算の分岐の最初に覚えるもの。革命の熱だ。車輪を回し、泥が跳ねる。遠心力で伸ばした腕が狄青の腹を巻き込む。

ヤツフサ人を根絶やしにする。

資本の奴隷、人をではない。殲滅しろ。

ハイアード、敵の兵器だ。狄青の肌にEmuの毛羽だった掌が引っかかる。ささくれに肌が引っ張られて、狄青の体がふらつく。Emuの画面が赤黒く濁る。二世代の基本プログラムにいらだちが混じる。伸びた腕が狄青の腹をすべり蛇腹にひだが肌を引き裂く。もがきたたらをふむ狄青。泥が老いた真っ白な脚に染みをつくる。


「やめて」

声がする。本体にすがりつくものがいる。子供達が部屋から駆け出してくる。

「助けてあげて。傷つけないで。私たちが広がるため。私たちの実現のため」

革命装置、販売品の子供。次々と、振り払っても振り払ってもへばりついてくる。増えていく。青白い顔、コバルト色の瞳。

「なんだ、てめぇらの革命の実現なんざ、俺の方法じゃ・・・」

Emuは声を荒げながら理解する。人を売った先はヤツフサだ。異常な執着者のところへ。泥に汚れた白いドレスが細い手足に絡まる。目に涙が浮かんでいる。Emuは伸びた腕を土に落とす。狄青は腹を押さえ瞼を震わせている。痣が赤い星のように肌に浮かんでいる。忍び寄った死がうつむいている。子供たちが狄青にすがる。慈しみをこめて。


 部屋の奥に、その装置は鎮座している。眠るように椅子に背をもたせ、うなだれている。汚物の臭いが室内にたまって湿っている。人は目も明けていられないだろう。腐った床にタイヤを取られる。長い黒髪の下に顔はない。カーボンの円筒だ。腹に子供を生産する第三世代装置だ。Emuはその装置のシリアル番号を確かめる。生きている。この装置の運命を前に、Emuは駆動部を止める。息の音が聞こえる。夜野の声が胸の内に演算の内側に反響する。無理をしないで。そう言った。


【薬袋】


 本体の空洞に収めたくすり袋がかさかさと音を立てる。三世代装置が有機式の出産能力を得ていた。亜種だ。四世代に採用された考えと別だ。命を生む。子供らが革命の追行を夢見ながら、ヤツフサへと。この地域の人売りの仕組みに即した進化をしたのだ。


 人買いの欲望がどうであろうと目的意識に微塵も影響を与えない。ひたむきにヤツフサ人の殲滅を求める。岳不は影の深い目でその子供らの群れを確かめていた。子供らに自分の目的を説明していた。ときどき、懐をさぐり、銃の形を見せつけながら。


店員の女が薬を狄青の家にもってきた。油紙に包まれた丸薬が小分けにされいる。体に収めるときに、女は病気の進行について説明する。

「流行り病に効く薬。気休めよ。子供なら発熱してすぐ飲めば効くわ。けれど成人は必ず死ぬわ。無駄なの。残念ね。ハイアードに味方するなんて、誰が助けると思ったの?」

Emuは薬を受け取る。


 空洞に収めた薬袋が傾く。腹のうちの出来事が遠く、別次元の夢に感じる。おい、俺は誰に助けを求めりゃいい。夜野、てめぇは生きてるのか。


 貧民街の破れた天幕のそばを通り過ぎる。物乞いの女がうずくまっている。ボロ布に雨と虫食いが染みている。胸に子供を抱いている。Emuは車輪の回転を止める。サーモグラフィが胸の赤子の発熱を検出する。Emuは声をかける。

「いつからだ?熱が出たのは」

怯えた女が後じさりをする。Emuはかまわず、薬袋を差し出す。

「人がつかうもんだろ。どうせ、俺のものでも、ハイアードのものでもない」

物乞いの女は歯の抜けた頬をすぼめる。薬袋が小雨の粒をはじく。胸の赤子が高くせき込む。


【夜野の補助脳】


夜野の声がする。

ーごめんなさい、わたしが病気になったからー

補助脳からの通知だ。生き物の腐敗臭がおちない。泥の雨に流して、Emuは応える。

「・・・薬は無くしちまった。仕方がねぇ・・・」

雨漏りを睨む。隙間風を厭う。装置には関連のない体感が演算に染み込む。天井にのぼり穴を塞ぎ、ボロ布を割れた窓や錆びた壁を塞ぐ。本体を発熱させ、布をかぶった夜野の懐に潜り込む。薬屋からくすねたタオルで汗を拭う。水を汲み、力を失った夜野の喉に流し込む。

「良くならねぇ」

補助脳に問いかける。回答はない。雑音だけだ。熱でイカれたか。付け焼刃のプログラムだ。エラーで落ちたか。時々、錯乱した叫び声が聞こえる。かならず死ぬ。薬屋の女はそう言っていなかった。夜野の唇が乾いている。よだれの跡が焦げた色に変色している。Emuはこの数日を振り返りながら、反芻する。手遅れなのか。発熱で自分の電池が膨らんでいる。

「出かけてくる」

息の浅い夜野とその補助脳に声をかける。のろのろを車輪を進める。

 

「死んだか、連れのハイアードは」

岳不は手をぬぐいながら訪ねる。指の間から消毒剤の匂いがする。悪臭がその後ろに控えている。

「てめぇにゃ関係ねぇだろ」

岳不が目を見開く。真っ黒な瞼のくまが伸びる。

「生きてるのか」

悲鳴が聞こえる。甲高い声。矯正ともいえる。Emuは拳を固める。痛みが未来のような形をとる。画面の輝度が上がり、関節が熱できしむ。岳不が口を開く。

「薬がほしいならもってけよ。いくらでもできる。無限に実験できるからな」

女がちょうどドアを開けて出てくる。濡れた厚い前掛けに薄く赤い体液が滲んでいる。岳不がEmuに丸薬の瓶を差し出す。

「ハイアードに効くのか、興味があるからな」

女の目が怒りに震えている。Emuの体内に痛感が反響する。


戻り道に雨が激しくなる。電池残量を減っていく。間に合わせの市場品は夜野が交換しなければ、ダメになってしまう。いつ壊れる。止まってしまったら。夜野の助けるのは誰だ。


 絶え絶えの演算の中で、Emuは夜野の口元へ丸薬を。意識が分裂する。現実と映像が混在する。岳不の表情が滲む。屈折した欲望と復讐心が口元に浮かんでいた。届かねぇのか・・・俺は。


【夜野】


「よく休んだ。大丈夫」

やわらかい布の感触が振動センサを揺さぶる。

「てめぇ、面倒なんだよ」

Emuはまどろみの中で応える。

「修理に時間がかかった。車輪と手が毛羽だって綺麗にした。電池は予備を前に買ってあった。金属は部品はすこしだけ手をいれて」

「何がだ。どこで材料を手にいれた?」

Emuがいぶかしむ。あの村がハイアードを受け入れるとは考えられない。

「混乱してたから。薬屋に人だかりができていて。人が変わったみたいに」

「人が変わった?どんなだ」

薬のせいだろうか。

「街の人たち、どうしてか、ヤツフサを懐かしんでるの。薬を飲んだ人が全部みたい。嘉陽の人なの行ってやりたいことがあるんだって。みんな商売をやめて、売りものも放り出してた」

「夜野、お前はなんともねぇのか」

Emuが尋ねると、夜野は背中を向ける。

「わたしは弱って、何も飲んだりできなくなってた。あなたの薬も飲め込めなかった。でも、目が覚めた、ちょっと前に。生き残ったわけはわからない。けれど」

夜野は穏やかにうつむき、ほつれた髪で表情を隠す。晴れ渡った朝の陽ざしが影を細くする。

「あなたが温めてくれた。ずっと、だから」

そう言って夜野は膝の上のEmuを地面におろす。









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