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夜の欠片/鉄の破片  作者: 関本始
4/10

兵站


【夜野】


 乾いた空気。磨いた鉄のように澄んで張りつめている。古代王朝の城壁で囲まれた一帯がヤツフサの督府の兵站だ。枯草に覆われ緑は身を潜め、藪にらみに夜野を見ている。壊れた門の脇に見張りが一人。かがり火の隣で顔をしかめ背筋を伸ばしている。少し後ろにもう一人、待機している。有機ストーブの脇に腰をかけている。見張りの男の肩がピクリと動く。


ーいいか、普通にしろ。わかるかー


前の晩のEmuの忠告を反芻する。この大陸国の普通。行商人、山師、内陸浪人のふり。夜野は不遜を装う。顔色を変えずに歩を進める。その虚勢も長く続かない。ハイアードは普通じゃいられない。常人を装う姿。それこそが不合理で不自然だ。

 見張りの兵が怪訝に身構える。一息を吸いこむ。共生菌の嫌悪作用が彼の心理を掌握する。血走った目でとびかかる彼に組み敷かれ後手に手首を押さえられる。振り下ろされた銃把が視界の端をなぞる。


【Emu】


 夜更け、金型で圧した暗がりが伸し掛かる。人には不気味だろうか。月に見捨てられた新月の夜更けだ。蟻の腹のように濁った曇り空。Emuの演算が王朝時代の幻影を見せる。人か亡霊か。Emuはイメージセンサの感度上げ、補正をかけて闇を追いやる。亡者を見るのは人の性質だ。死の闇のむこう側の幻影に祈る。俺は見ない。夜野は見るだろう。

 Emuは民家の影から影へと潜み、かがり火をさけて進んでいく。目貫路の突き当りの北の柵をよじ登りEmuは基地内に侵入する。


ー不用心だな。2世代に狙われたことがねぇかー


 1,2世代は特定の地域病のように残っているだけ。今は4世代の侵入型が主流だ。地下の懲罰房の階段を下ると夜野の補助脳と回線がつながる。Emuはバイタルサインを確かめる。


【Emu/懲罰牢】


見張りはいない。

ー野ざらしよりはましだな。怪我は大丈夫かー

Emuが夜野の補助脳に呼びかける。鉄格子の向こうに夜野は依れたコートの下でうつ伏せに倒れている。脇腹に血の汚れ。

ー補助脳によりゃ、体は修復済みだとよ。痛みは?ー

心拍が低い。すぐには動けないのだろう。だが、ここまできた。この臆病で壊れた、卑屈な命が。

たどり着いたわけだ。俺が忍び込んでもよかった。夜野は譲らなかった。手紙は受け取ったものが渡すもの。そう言った。

ー動くなって。休んでなー

Emuは廊下のすみで手足をまとめ、ただの筒になる。天井につららが伸びている。生命の営みを終わらせようと尖り濡れ、黒い雫を垂らしている。

戦わない、と夜野は言った。手紙を渡すだけ、話を聞いてもらえるまで。

面倒な野郎だ。


 Emuは底面から腕を伸ばす。鉄格子の隙間を通し電気を流して手を熱する。夜野のコートの内側ににもぐらせる。頑丈だ。革命装置の無尽蔵な増殖と渡り合うヤツフサの主力兵器。そう簡単に夜野の命は消えない。無様に死ぬことを望まれても、それでも生きる魂だ。夜野の鼓動に耳を澄ます。生き物の真似事をして眠る。回復と亡霊の生きる時。それが夜だ。目を閉じる。


【夜野】


 目覚めは綺麗ごとではない。腐った沼の匂いがする。生き物の特性。全身が痛む。ハイアードの傷の回復は人より速い。血管と肌の破れは体を流れる添加剤がふさぐ。残っているのは痛みだけだ。

 補助脳で苦痛を遮断し突撃する無様な姿こそがヤツフサの人たちの娯楽。そう造られた。だが、故障した補助脳は傷の痛覚の調整が効かない。痛みが夜野を抱いている。

「よう」

夜野はEmuと鉄格子をはさんで向かい合う。

「命と取られてないだけましか?ヤツフサの兵隊は味方だろ?」

思考にぷつぷつと泡立っている。心理の坂道を頭痛が転がっている。

「そういう理屈は、ヤツフサの人には通じない」

体を起こし、夜野は唇の端をこすりかさぶたを落とす。

「人が来る、隠れろよ」

夜野はコートをかぶる。奥の通路でカンテラが揺れる。影が伸びる。足が遅い。意識を澄ませ息を細くする。


 男の顔を上着の隙間から確かめる。頬が欲望のように赤く染まっている。

黒いウールコートを羽織った恰幅のいい中年だ。女もの袖口は毛羽だっている。男は何かを言いかけてやめる。恥じ入って、小さく会釈する。右手を腰のあたりにあげて、よお、と低い声で呼びかける。

「昼間にあんたを見かけてよ、おれは・・・腹減ってねぇかなってな。俺、食事の当番だで」

耐熱袋に詰めたスープを見せた男は、ポケットから皿を引っ張りだすと格子の隙間から差し入れる。夜野は身じろがない。共生菌の作用がでればヤツフサ人は暴力衝動に飲まれる。男はサイズの合わない上着のすそを伸ばす。白い毛羽が星のように瞬く。

「わかってるって。学校で習ったからよ。共生菌の心理操作だろ。えらい学者さんの計算だ。ホルモンを出してその気にさせる菌だ。けどよ、俺は薬もらってんだ。児島大隊長がくれたから。俺がハイアードに飯をやれねぇと戦いに出す前に・・・飢えてだめにしちゃうからよ」

男がしゃがみ込み、袋をあけ、乳白色のスープを皿にそそぐ。

「俺はヤツフサの南端諸島の出でよ。食い物しか楽しみなんかなかった。戦争の最初に田んぼも村も全部やけちまった。それまでは食料には困らなかったのによ。腹が減ってな。・・・食うものがねぇのはつれぇよ」

男はどしんと腰を下ろし格子に背中をあずける。夜野はおずおずと這い出し、皿にさした銀の匙をとる。

「自動戦争になってからは島には爆弾は飛んでこなくなったな。けどよ、今だけだろ。そのうち空飛ぶ革命装置も出るそうじゃねぇか。南端にゃまた爆弾積んで飛んでくるんだろ。俺だって・・・故郷は守らねぇと」

夜野は男の声を聴きながら、スープをぐっと飲みこむ。つぶれた喉に低い痛みは染みる。

「・・・俺も昼間はお前さんが蹴られてんのが楽しくてよ。今になって・・・薬が効いているからよ・・・すまねぇ。気持ちが張り裂けそうになってよ」

塩味のある液が喉を落ちていく。腹の底で魂が揺れている。ありがとう、夜野は呻く。

「小島隊長が謝りたいそうでよ。周りの目があるんでよ、夜中に俺につれて来いって」

夜野は目を細める。考えがバラバラに砕けて消える。計画と合わないけれど、目的にはあっている。

ー手間が省けたな。さっさと済ませなー

Emuの通信が飛んでくる。男が鉄格子の間から鍵を差し出す。夜野は身を潜めたトカゲのように身を固くする。

「悪かったなみんなあんたは傷つけてよ」

鉄格子の天窓から南十字星が覗く。

「傷はみんな、塞がる。時間が来れば。大丈夫」

夜野は牢の鍵に手を伸ばす。

「悪かったからで、それでも。そいで、勝手な話で。俺が逃したってなるとリンチになるで、殴り倒してくれよ」


【夜野/大隊長】


 土壁の半地下の部屋が明かりを隠している。意気地のない建物の外観を恥じている。ぬるい空気が床を這っている。夜野はしょざいなさげに、暖炉の炎を確認している。息が詰まる。老化した空気だ。

ーここが終着。手紙を渡すー


 手紙を渡すべき相手は目の前にある。腹の奥をくすぐる。息を吐く。肺の奥の冷えた空気が逃げる。記憶が溶ける。夜野は壁に目をやる。地図がテーブルに載せられてる。押しピンが刺されている。嘉陽の内陸、南西部。密集するピンの影がランタンの光で揺れている。

 夜野は自然と指を折り、拳を固める。男はテーブルを挟んで対角にいる。地図をじっと見つめている。猫背のまま首を前にやっている。口を半開きにしている。暖炉の慰みを拒絶し、小じわだった頬が乾いている。

「遅かったな。わたしに用事があると聞いた」

たくし上げた冬服の袖を直し、背筋を伸ばす。

「小島だ」

口元を強く閉じた男の頬に若々しさがよみがえる。夜野はそっと歯ぎしりをする。

「食事・・・ありがとう」

小島はうなずく。彼の胸に枯れ枝のような恥が宿り、奥歯を合わせ、顎の筋肉が固くなる。

「君らを相手にする拮抗薬だ。ある女が残してくれたものだ」

小島は脂ぎった猫毛の髪をなでつけ、地図をにらむ。

「戦場の跡だ。敗北の記録。ピンの数は犠牲になった兵に君らの数だ」

肩を丸めた泉の姿が縮む。畳んだ上着のように。

「昼間はすまなかった。人の兵站は取り残されただけだ。時期に革命装置に制圧されるだろう。4世代に蝕まれている。排除する方法はないよ。憲兵が消え規律を失い住民を逃がさぬよう、閉じ込めている。壊れた兵站だ。兵は略奪を繰り返している」

夜野は彼の声に耳を澄ます。ぽつぽつと屋根を叩く雨のような声。慰めの言葉を探す。見つからない。息の音だけが残る。

「冷静に対処すれば状況は変わったろう。君らを兵員と見ればな。だが、今となってはそれも追いつかない。兵は略奪になれてしまった。魂は消えてしまった」

夜野は地図を指さす。かつて、さまよった道行き。内陸の激戦区だ。

「私たちと装置が焼けてた。たくさん」

批難はできない。設計通りの死に様。この世の浄化、正義の執行。ヤツフサの民は共生菌の反応と教育で調整されている。

と、小島は顔上げ夜野の目をまっすぐに見返す。

「他に方法があったというのか?二度の世界戦争に敗北し戦いを恥じた我が国民を徴兵はできん。罪悪感から逃がれらん。よき国民ではないか。兵卒一般の無残な死は受け入れられない。英霊の誇りでは国体を保つことは、もはやできんのだ」

小島は息を深く吸う。空気で心理を薄めようとしている。

「だからこその、お前たちだ。犠牲に畏敬の涙も持たない。死ねば、汚物をふきとった清潔な世界が生まれるだけだ。痛快だ。わたしも君らを使った!」

 暖炉の塊木が崩れる。炎が揺らぎ夜露に濡れた夜野のコートを温める。土の匂いがする。

「だが、それも終わりだ。すでにこの場所の敗北は決まった。秩序は戻らない。過ぎていく時間におびえながら、日々の糧を略奪する飢えた獣の群れだ」

指さきが震えている。空を掻くその指先が夜野を腹のうちを揺さぶる。


【Emu/大隊長】


 夜野はだまって耳を傾けている。傷ついた人を救う言葉は夜野には作れない。同じ人が追悼しなくては。ハイアードには言葉はない。鎮魂の言葉を人に伝えることはできない。

ー考えすぎんな。好きにさせたらいいのさ。人間なんざー

Emuが通信を送ると夜野は眉間をよせる。足元のEmuを睨めつける。つけてきたのだろうか。

「革命装置の故障品か。君が何を連れていようが構わないことだ。第二世代のはぐれ者など脅威ではない」

ー気にいられねぇな。すかした野郎ぜー

Emuが短くつぶやく。

「さて、君たちは何をしにきた。わたしに用事があったのだろう」

そうだ。お前にはここまで抱えたきたものがある。


【夜野】


 岩のように重かった。胸のそれが発熱していた。ずっと、鼓動を同じ意味をもっていた。言葉を閉じ込めた紙の束に人の心がしみ込んでいる。

『・・・あなたはわたしと違う道を選んで。そう進んで・・・』

祥子さんの遠い声が聞こえる。

約束した。わたしはそうする。

「手紙、あなたに宛ててあった。届けに来た」

胸から引き出した手紙のぬくもりが離れていく。テーブルに乗せる。夜野の体重が数グラム減る。補助脳がその変化を検知して警告が胸を打つ。

「中は?読んだか?」

小島が尋ねる。夜野は乾燥した唇をかみ、短く首を振る。


【穴倉】


 夜更けの城壁街から、ほのかな灯りが漏れている。丘を上がった外壁の穴倉から女が顔をだし、夜野の手を引く。崩れた城壁の隙間に暮らす売春婦だ。夜野は小島からもらった金を渡す。入れ墨眼球の目は濁っている。女はなめるように紙幣の金額を確かめている。法陣模様が白濁した目に電熱ランプの光が照りかえっている。人を幻惑する模様。粗悪な遺伝子改造でダメになった彼女が夜野の手を引く。

 発熱布をかぶり夜野と女は肩をよせる。重量を持った温度に包まれながら、夜野はうなだれる。感受性を失った穴蔵の女にハイアードの共生菌は作用しない。束の間の休息が闇と吐息の中に訪れる。夜野は夢を消すために眠る。現実を抱えるために。


【Emu】


 明け方の冷気が発熱布の隙間から忍び入る。女が目を覚まし顎をあげる。体温がそっとにげていく。

「夜のうちになんで街を去らなかった?危ねぇだろ。また捕まってもおかしくないぜ」

Emuが横にいる。画面をちかちかと白くする。

「疲れてた。休みたかっただけ」

「嘘つけ、休んでないだろ。意識が張り詰めてる。凍った水道管だ」

夜野は聴覚増幅をかけて目を閉じていた。何かに耳を澄ませていたのだ。

朝日の元に這い出たEmuは夜野を手招きする。

「俺だってよ。気にならなったわけじゃねぇ。あの隊長さんの考えがよ。壊れた部隊をたたまずにいた。何かを待っていた。てめぇの持ってた手紙だ。疲れて絶望しながらよ」

Emuが吐き捨てる。夜野はうなずく。諦めの言葉が聞こえた。他に何もなかった。

「けどよ、そりゃ人様なら当たり前の苦しみだろ。腹からたたきだされて、親のへそをちぎられたら誰も無償じゃ助けてくれねぇ。善人が手を貸そうにもカッコつけて振り払われちまう。誰も彼も不幸自慢だ。声もあげねぇよ。人にゃわからねぇんだよ、自分が何をしたいのかも。人のことなんざ、無視しちまぇ」

Emuが城門のほうを指差す。霜の道が冬の苛烈さを説明している。

亡霊のように部隊が揺れ進んでいる。カラスの羽音のような足音が低く続いている。

部隊の先頭を進む痩せ馬。夜野はその馬上を凝視している。

「ハイアードはいなかった。みんな普通の人。昔からの兵隊。戻れなかった人たち」

「兵隊なんざ異常だろ。忘れろって。いこうぜ。あいつらとは反対に歩けばいいんだ」

Emuは進軍する彼らに背を向ける。夜野はよつばいのままでいる。小島の伸びた背が馬上で揺れている。枯れた枝が北風に揺れるように。


【夜野】


 3日が過ぎる。荷運び馬の市で夜野は噂話を耳にする。その真偽を夜野は無視する。電池を物色するEmuを抱えて市場をあとにする。

 市場のはずれで、夜野は拾ったしわくちゃの新聞を伸ばす。風の無い昼の太陽が夜野の骨を伸ばす。淡い痛感が指先に走る。太陽が傾きを変えるまで、夜野はただその場に立ち尽くす。だらりと下げた腕から新聞紙が滑り落ちる。涙の音をたてて紙が地面を滑っていく。

「所詮、無理な話だったんだ。人間じゃ進めない道だ。わかっていたはずだ」

「うん」

夜野はうつむく。あの夜、手紙の内容を夜野は盗み聴いていた。目指す場所は遥か先だった。革命装置のカーネルコア。革命装置の進化の方向を定める基準施設。感情とそれに似た涙があふれる。頬を伝い、息が詰まる。

「戻らないといけない。助けにいく。生き残りだっている」

「違う。全滅だ。そう書いてあったろ。行きたいなら・・・勝手にいけ。けどな、そんな風だとてめぇの心まで壊れちまうぞ」

夜野は拳を握りしめる。Emuはその手を機械の手でつつむ。震えている。言葉が続かない。

ふらふらと歩き出す。

「くそったれ。知らねぇぞ」

車輪が向きを変える。

「知らねぇか・・・。だから、付き合うんだろ。俺だってよ・・・」

のろのろと回る。夜野は数歩よろめく。喉が鋭く痛む。奥歯を噛み夜野は肩を震わせる。


【Emu】


「俺たちがよ。おんなじ気持ちでいるかどうかなんてな・・・夜野。まるきりわからねぇ。こっちは革命装置の故障品だ。そっちは人の体をいじった模造品だ」

 見渡す限りの焼け跡だ。吐くべき言葉は見つからない。何度、こうしてきた。心が小さなコップに満ちている。声にならない。俺の心はどこにあるのだろう。有機部品に?それともシリコン回路のアルゴリズムに?記憶素子か。もどかしさを覚えている部品はどこ?

 民家の壁は爆風でくずれ、考え違いのような大穴が開いている。雨水で廃炉に汚れたふちがぬめっている。足の入ったままの革靴が転がっている。

 鼻の奥を刺す、化学薬品の刺激臭。防腐剤を含んだハイアードの体は腐らない。血も肉もみな黒く乾いていく。化学薬品の焼ける刺激臭がする。ハイアードの体は長く細い煤をあげ燃え続けている。とっくの昔に敗北し、残骸が今も自然に帰らず散らばり燃えている。それは、古い死だ。その上に・・・

 人の死が折り重なっている。焦げて固まっている。天を仰ぎ掌をひろげたまま炭になっている。腐敗臭が風に巻かれている。夜野は両脇から垂れる長い髪に顔を埋めている。しかし背筋は伸ばしたまま歩き、煤けた目抜き通りを進んでいく。教会の尖塔が折れ天を仰ぐ狼のように崩れている。レンガの堆積に人と革命装置の3世代が押しつぶされている。


「用事を済ませるからよ。ちょっと待ってろ」

Emuは夜野に背を向ける。夜野は通りを少し行ってから振り返る。Emuに駆け寄ると、ほとんど聞き取れないような声でつぶやく。大丈夫?と。

「大丈夫じぇねぇよ、俺もお前も。全然だめだ。まるっきり、どうにもならない」

Emuは言い捨てる。車輪が焦げた石をつぶす。夜野のブーツに跳ねる。


 あてどなく戦跡を歩く。役所や運動施設、ダンスホール。遺骸を見つけるたびに夜野は手を合わせる。穴を掘り、できる限り命は大地に戻す。煤が手足にこびりつく。その晩、Emuは壊れた革命装置の型式を記録を終える。星の夜の下、夜野は小島の亡骸に対面する。廃墟の壁に背をあずけ、足をなげだしている。怒りを奪われた唇は灰色にくすんでいる。影が木の皮の模様をおとしている。歪んだ雲。胸のポケットに差した真っ白な便箋が星明りを反射している。夜野はその手紙にふれる。


【夜野】


「目的のところは、ずっとさき」

一夜明け、夜野は懐から取り出した手紙を確かめて言う。紙面に散った血は乾きすぎた時間のように黒く変色している。血滴が砕け粉が散らばる。黒い星ように。

「そうかい」

Emuが車体を上げる。

「どっちだ」

「南西。内陸の・・・入ってから・・・」

夜野は口をつぐむ。カーネルコアへ向かう。隠されたそこへ向かうことは、革命装置に反駁するということ。

「いいって。乗りかかった船だろ?その場所だ」

ゆっくりとEmuが車輪を回す。砂利が跳ね、乾いた砂塵がレンガの壁の炭に混じる。Emuの後を追って、夜野は歩き出す。コートの内ポケットの中で封筒に鼓動が混じる。




































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