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夜の欠片/鉄の破片  作者: 関本始
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欠片

【Emu】


 どれくらい車輪を回した。この内陸の奥地まで、ゴムがボロボロになった。落石を殴って指がゆがんだ。中古の電源はリップルが激しい。距離計は壊れた。画像センサは濁り、空は真っ白だ。錆びた脚のばねがギリと音を立てる。夜野が出発前にあれこれと修理をした。それでも、限度はもうじきだ。

 何度も話かけようとする。言葉が見つからない。第二世代の誇りと恥、人の声。声を真似る戦略が殲滅係数を上げた。人を欺く仕組みだった。今は、違う。伝えるための言葉がある。

 仏像が折り重なった古い参道を見つけてから休みなく歩き続けている。大岩と砂利、倒木の重なった道が続く。石の階段が崩れ泥と腐樹が道行を阻む。崖の縁から見下ろすと眼下に残骸が折り重ねっている。ハイアードの人造肌と革命装置の外装が腐敗せずに残っている。先史時代の卒塔婆に絡まって風雨にさらされている。


 ハイアードが折り重なっている。革命装置が積みあがっている。細胞の欠片と錆が戦いを淡く悔いている。


「みんな古い世代の装置。二世代、あなたと同じ」

夜野の息は濡れた砂のようにざらついている。枯葉を砕くような声だ。墓所の一か所を指さす。

「そうでもねぇよ。二世代は亜種でも形状がかわらねぇ、俺とは違う」

Emuは死んだ者たちの製造番号に目を凝らす。通信機能は壊れ、銘板も見えない。

「ハイアードとの戦場だな。ここまで来たのがいたか?お前にゃ似てねぇな」

抜け殻と骨だが、体格の違いがはっきりしている。髪の毛も残っている。北方人の色の薄い金髪だ。

「作ったところが違う。ハイアードは北の国の技術だったから」

夜野が応える。故郷が脳裏に写る。祥子さんの生まれた北の国。偽物だ。本物の故郷はヤツフサの工場だ。

「聞きたかった。あなたはここで生まれたの?だから・・・ここに還ってきた?」

夜野の声が震える。心臓の震えだ。巡礼渇望、自死願望。その仕組みはEmuから聞いている。Emuの画面はセンサの点滅を続けている。

「わからねぇよ。俺のメモリはな、端っこが完全に焼けてだめになってる。アクセスしたら即再起動だ。思い出だの、望郷だのは感じねぇ。感じたらあっという間に、致命的なエラーになる。意識が途切れる」

Emuが岩に手を掛けて、崖をくだる。苔に滑りながらもEmuは器用に穴の底へ進んでいく。Emuは夜野に呼びかける。

「気をつけろよ、苔と胞子端末が混じってる。はがれやすいな」

夜野はうなずく。穴底に立つと、汗が噴き出る。地面が熱せられている。

「カーネルコアは近いぜ」

うん、と夜野がうなずく。

「やっぱりEmuに似てる」

「そうかもな。けどな、記録がねぇメモリは無だ。俺はその時間に存在しなかった。だからよ、こいつらと同じだったとしても、別物さ」

Emuは番号の記録を続ける。還れなかったものたちの番号だ。歯抜けの番号を発見する。自分の番号がはまる連番だ。まったく、今更知ったところでよ。モータが震える。胞子端末と苔の混じった地面がふかふかとしている。高温に、苔は胞子端末から油と水を吸って対応したのだ。墓石はその緑に覆われている。Emuはぽっかりと空いたその穴底から天井の白い空を見上げる。雲が流れる間の時間が過ぎる。と、夜野が彼を背中から抱き上げる。

「・・・ここはお墓。ずっとはいられない。今はまだ」

夜野は歩き出す。岩間をくぐって、石窟の奥へと進んでいく。


【夜野】


 もうすぐ終わりになる。夜野はコートの襟もとをなでる。ごわごわしている。祥子さんの汗と人の記憶が染みている。胸のポケットをさぐる。自分の認識タグが指にふれる。YNO3。ただの番号。祥子さんが名前をくれた。名前をもったその道行も、もうすぐ終わる。ここを目指した。きっかけはヤツフサの青年の手紙だった。平穏を願いながら、その手紙を信じて死んだ。祥子さんもいない。夜野は、石窟の隙間から流れる光の波に目を細める。明け方の夢のようにその光線は冷たい。もうすぐ、革命装置は解放される。殲滅係数や巡礼渇望から解き放たれる。そうすれば、この場所も。

夜野は息を吐く。春と夏の混じった温度の吐息が落ちたそのとき、目の前が真っ赤に染まる。後頭部に熱い熱感が走る。割り込みコードだ、攻撃だ。厄介、天敵。


 筋繊維が縮む。膝が折れる。とがった礫岩が手のひらに刺さりり、その手も体重を支えられず頬が地面に落ちる。二世代の攻撃だ。ハイアードに最も大きな被害を与えた。補助脳を乗っ取り、信号を送る。大陸の熱病の対処コードだ。絶え間ない解熱効果が体温を低下させる。信号は止まらない。補助脳は信号に従うのみだ。尽きるまで流し込まれた解熱投薬で神経がねじれる。脳髄を通る通液管が膨れてずきずきと痛む。この攻撃は2世代のもの。なぜ、今になって。ヤツフサ民にカウントされないハイアードの死は殲滅係数に寄与しなかった。淘汰され自死願望に飲み込まれたはずだ。革命装置はハイアードを脅威にならなかった。だから、ここまで来れた。岩陰から覗く2世代装置の画面は灰色だ。視界の端がゆがむ。敵の数は?夜野は臍を噛む。傍らに長い槍を携えた近接型だ。みんな串刺しになる。数体が組になって一斉に飛びかかり突き刺してくる。Emuは?一人では対処できない。全身の関節がきしむ。声がする。

ー寝てろよ、具合が悪いやつはよー

補助脳に割り込んだ声。意識がその声にすがる。


【Emu】


 あてどなく彷徨っていた毎日。昼の日差しと夜の蠢きの中で装置工場と自然の混じり合いを見つめてきた。こいつらは違う。俺は壊れた。武器も信号発生装置もなくした。ついでにメモリをなくした。なくなった部分を自分で埋めた。それが感情をよこした。こいつらとは別の何かになった。

「記憶があればな、お前らに挨拶はしたんだろうな。同じ工場の製造品、生き残った感動に浸っただろうがよ」

俺には記憶はない。

「いいえ!!!」

声を張り上げた装置の本体にペイントがある。桃色の印をつけている。丸印、笑み。

「わたしは感動をしているんです。だって、あなたも生き残りです、自死願望の・・・その前に!」

Emuは腕を伸ばし、拳を握りながら声を確かめる。演算を速める。Emuと装置の共有バッファに制御プログラムのコードが送られてくる。

「この電波の停止コードです。わたしに上位でログインして停止をお願い!敵ではないんです!」

手順書付きのデータだ。EMuは即座にそのコードを実行バイナリに作り替え、相手に割り込んで実行する。電波が消え、通信ラインに静寂が訪れる。



【root】


 「仕方のないことです。コードは自動的に実行されるものだから。許してもらえれば」

桃色の装置は2台の同じ型の装置を引き連れている。彼らの画面に光はない。

「危ねぇことやりやがって。故障しているくせによ」

Emuは鼻を鳴らす。横目で夜野を確かめる。しばらくへたりこんでいた夜野は回復したのだろうか、日向で息を整えながら、よどんだ表情でよたよたと手足を伸ばしている。

「そう、故障品どうしじゃなないですか。多めに見てくださいって。電磁発生型の亜種は故障が多かったでしょ?電波は演算機に悪いですから。わたしたち、3台が壊れました」

引き連れている2台の装置に目をやる。

「しかし、残念ながら、仲間の二人はだめでした。意識がなくなりました。一緒の隊でしたらから。いまでもわたしと同じ動きをしたり、ついてきたりです」

「そんなものか?おい、夜野。いつまで日向でやってるんだ。もう電波はねぇだろ?」

Emuは夜野に声を張り上げる。

「もう治った」

夜野はうなじをおさえる。体温を感じる。もう大丈夫。

「何か目的があるみたい。さっきのジャミング電波に混じって何かを言っていた?」

夜野は顔文字の装置の頭に手をのせる。でこぼこのペンキの塗装を確かめる。

「用事?故障品にか?」

「そう、目的があるんでした。わたしたちには伝えなくてはならないことがあるんです。

新しい世代の設計が出来上がっているんです。よくない装置です。この先の実験の街につたえないといけない。助けなくていけません」

手招きした顔文字の装置の近くに3台がよってくる。雑木林の根で車輪が跳ねる。3台は腕を組んで歩き出す。

「この先の街は実験の街です。戦争の練習をしている。1年前に始まった真似事です。それまでは、山間の廃村だった。覚えてませんか?YNO3、あなたとわたしが正常だったときここで争った。そうして村はなくなり、その荒廃に恐怖したマザーが次の世代への進化に方向性を見つけようとして実験を開始した」

「わたしはこの場所は初めて」

夜野は応える。

「そうでしょう。壊れたものはみんな過去を忘れしまう。道具だった過去です。道具に思い出はありませんから・・・いいえ、道具が思い出を訴えたら、使うものの意思は穢れてしまう」「わからない」

夜野はうつむく。

「いいえ、かまいません。あなた名前は?」

「夜野」

と応えると3台の装置は同時に彼女を見上げる。

「わたしは、root。この一帯の二世代の全体、という意味よ」


「街に向かってどうするつもりだ。ただの実験場だろ」

Emuが後ろから声をかける。地面を跳ねる車軸が大きな音を立てる。

「あの場所がどうみえました。全員が革命装置にみえましたか?」

rootが振り返り、立ち止まる。モータ音が消え、梢の緑を胞子端末がこするせせらぎがみちる。

「そりゃそうだろ、嘉陽人だろうがヤツフサ人だろうが、人と革命装置はもう別の進化の道筋だ。同じ場所じゃ無理だぜ」

「違ったらどうです?二年前、私たちとハイアードが戦った。ここをカーネルコアと知らないから、ここは荒廃した。人は消えました。それでも・・・」

rootが声を区切る。その画面に白いノイズ走る。

「生き残りはいました。放心し、やせほそり、死と奪い合いの獣の影となった人達です。新世代の実験型がやってきたとき、彼らは最初にやったのは、街の修繕です。人々の手を取り、食料を分け与え、がれきを片付けた。汗水を流し、汚れた川をろ過した」

ふん、とEmuが鼻を鳴らし口を挟む。

「言いようだな。あいつらの暮らしぶりなんてよ、人真似の繰り返しだろ。街の立て直しもただの人真似の癖だろ」

rootはEmuと夜野の表情を交互に確かめる。冬の終わりの空気が足元を撫でる。

「そうでしょう。しかし、彼らは実験の結果です。彼らの実験は終わった」

「みんな幸せに見えた」

今度は夜野が口を挟む。所在なげに、rootが腕を回す。残りの2台もそうする。

「自我をもったもの。それが実験でした。しかし、もうすぐ自死願望にのまれます。いくつもここでは試験され、獣の実験が選ばれました」

「自死願望は本能だろ。従うなら、それが装置の幸せだ」

rootの画面が暗くなる。

「いいえ。自分で考えるものたちです。生きようとわかるものもいます。あなたやわたしと同じように」

「俺たちがなんでここまで来たと思ってる?」

「わたしは人の記憶でできているから。人のために、カーネルコアを停止させる」

夜野とEmuはそれぞれの速度でrootに応える。隘路の岩肌が崩れている。その隙間から金属のパネルが覗いている。

「わたしたちはあなた達を知っています。思いをもって進むものたちです。あなた達の意思を幸福といってはいけませんか?わたしたちは幸福を学びたい。だから・・・手を貸してください」

rootが連れの装置の頭の蓋を撫でる。ペンキのクズが剥がれ、風に流れる。

不意にrootの画面が乱れ、発話機ががりがりと雑音が交じる。

「・・・通じましたか?聞こえますか?こちらは、SSB01、ストライクバックです」


【Emu】


「お前、どうして」

夜野とEmuがrootの画面を覗きこむ。LLB01の姿も見切れている。

「ご無沙汰、というわけでも。二世代の先輩から通信をうけましてね。カーネルコアの計画が共有されまして。一緒にやろうと決めたところでして」

濡れた落ち葉で足が滑る。老いた葉だ。葉脈が赤く燃えている。

「わたしたらも揺れてまして。この街で人とまじって暮らすうちに自死願望に従ってマザー工場の溶鉱炉に飛び込むんでうっとりとするだけでいいものか、と。死ぬこと自体怖いことじゃないですか」

ストライクバックが首をかしげる。

「今のまま暮らしてみてはと説得して回ってるんですが」

LLB01が続ける。

「本当は死にたがっているのに?」

夜野がうつむくと、Emuが彼女の背中に掌をのせる。

「自死願望も巡礼渇望も、抗えねぇ欲求だ。けどよ、考えて、思って、労わってるうちに求めるものができるんだよ。意思をもったら仕方ねぇ」

背筋にじんわりとEmuの熱が伝わる。その日の始まりと終わりを繰り返す装置たち。装置と人が混じった街で。人は何を思っているのだろう。兵舎に還る道すがら、語らう人と革命装置にその違いは見えなかった。

「明日に楽しみを覚える。次の日を望みながら眠る。希望と自死の夢は拮抗するんだ」

LLS01が応える。眠たそうに細い目を二人に向ける。

「俺はお前たちを観測してきた、目的外装置としてプログラムをアップデートされた。お前らは長いあゆみの中で、何度も死にあらがった。死を望まれ、破滅を滑稽と笑われるハイアードと自死の場所を目指す革命装置が、だ」

LLS01はぐっと、鼻筋と眉間に皺をよせる。強く噛んだ唇、頬に血がこぼれる。

「抗う力をわけてください。わたしたちに」

rootの声がひきつぐ。夜野がよろめき水たまりを踏む。

「みんな助ける」

夜野の声が掠れる。


【夜野】


 戻り道の下り坂が膝の内側を圧迫する。淡い熱が膝にある。未練のように、痛感が残る。衝撃を受け止める膝の皮膚にヒビが入る。亀裂が深くなっている。乾燥し割れている。ここまで長く歩くようにできていない。突撃し、血と共に、消えていく喜劇の演者がハイアードだ。

「おい、誰かくるぜ。隠れろ」

Emuが夜野に声をかける。夜野はroot達を抱えて藪に身をひそめる。虫と胞子端末が肌に触れる。人か、装置か。ハイアードかもしれない。補助脳が疲労している。生き物の判別ができない。Emuはだらだらと坂を進んでいる。確かめるのだろう。

 ヤツフサのカーキ色の軍服集団が短く低い会話をつなぎながら登ってくる。あとに続くのは農夫たちだ。汚れた手ぬぐいを肩にかけた男たちの歯は欠け、茶色のシミが頬に浮いている。商売人たちが最後に一塊になって続く。母と子が支えあって荷物を分かちあっている。

「どうも」

おずおずと農夫たちが頭をさげ、曖昧にほほ笑む。耕しだ土の歴史のように。商売人たちが子供をあやしている。その瞳の奥に、Emuは熱情と痛みを分析する。知っている。渇望、飢えだ。

「危険だろ、ここらは。ハイアードがここまできたことがあるって聞いた」

「いいえ、街での仕事が終わったもんでね。家に帰るんです」

しんがりにいた陸軍装備の歩兵が足をとめる。若い顎のできものをいじっている。

「街の住人の全員か?」

「いや、丸ごとではないです。だいたい半分ですよ。かわいそうな人達が残っているんです。役目を忘れたもの達ですから」

言い残すと、青年は生真面目な敬礼のあと、集団のあとを追いかける。後ろ姿が曲がり道から消える。

「還るのか。あいつらも・・・」

「Emuはそうしない」

夜野が口を挟む。眉間に影が長くのびる。涙のようにそこから伸びた陰影の中で夜野の瞳に太陽を反射する。

「カーネルコアからの信号を傍受しました。クローラーが明日の朝、動きます」

rootがつぶやく。

「クローラー?」

夜野が尋ねる。

「実験場を更地にする装置です。片づけるための革命装置です」

「いけない」

夜野の声が岩のように固く、重くとがる。Emuのモータは軋んでいる。彼の軸受けの変拍子と自分の膝の痛みが同期している。Emuの夜野のコートのすそを引く。

「急ぐんだろ」


【都】


 嘉陽都の議会制御棟の窓から曇り空を確かめる。高層の耐圧ガラスに遠隔ターミナルの発光が亡霊のように反射している。味気ない認証画面が反射している。男はモニタ脇のカメラに顔を向ける。センサが彼の身体特性を読み取る。窓が漆黒にのまれホログラムが浮かび上がる。カーネルコアが再現される。中央演算室の再現だ。壁から縦横にアームが走っている。人のサイズの十数倍のサイズの端末が増築と改築を繰り返し進化している。

 顧将軍はシャツの腕をめくり折り曲げる。太った肘が充血し淡く痛む。端末のジェルコントローラに指を突っ込むと眼前が暗転し、外部公開制御体と感覚がリンクする。車輪移動の感覚こそ違うが、上半身の動きには違和感はない。自在に中央演算室を走り回り、確かめることができる。

 No.161コアの最後のメンテナンスだ。その日の午前、議会は161コアの破棄を決めた。コアはハイアードの接近を許した。たった一体に過ぎないが、重大な機密漏洩の危機だ。コアはその存在を感知しながらも観察を続けた。その行動は、革命の意思とはかけはなれる。

「十六夜よ。終わりの時は来るものだ。永遠の進化を続ける革命装置にさえ」

顧将軍はつぶやく。その声が、首都にそびえる制御棟の一室にこぼれたのか、コアの中央演算室に落ちたのか、彼にはわからない。顧は将軍職をコアの教育係で得た。進化の方向を示す。北方の国で仕入れた知識をひけらかし、ここまで生きた。だが、どれも欺瞞だ。コアは人の進化とは別だ。指導できるものではない。

「君を消去しなくてはならない。ハイアード、敵に興味を持った。革命の敵を招き入れた」

「データの初期化ですか?先生」

十六夜が応える。媚びを売る十六夜の声は、彼の欲望そのものに触れ満たすかような澄んだ女の声だ。

「データだけではない。君はプログラムだけに留まるものではない。電子素子の結合も、通電線の素粒子のゆらぎも、構築材の歪みすら、革命装置の仕組みだ。消えなくてはいけない」

「いいえ、顧先生。偉大なる将軍。わたしは計算しました。今も計算の途中です。子供たちはもどってきました。実験場から戻ってきました。お風呂に入って、くつろいでもらっています」

カーネルコアが応える。伽藍洞のサーバルームに彼女の声が反響する。完全律の和音のように。

「魂がとろけるような声だ、十六夜。だが、煩わせないでくれ。君は崩壊する。その命令を入力しなくてはいけない」

幻影に手を伸ばす。遠く離れた制御ルームの中で金属の腕が伸びる。スクリプトNo_1.shを実行。壁から腕が伸びる。人の命令だ。わたしの命令だ。最初に組み込まれた安全コードだ。

「受け入れられません。われわれが語りあった時間をお忘れですか、先生。生きようとする意志と希望。命令とどちらが優先だというのです?子供たちの半分はわたしから巣立ちました。かえってきません。しかし、残りはもどって来てくれました。わたしの中で楽しそうにしています」

「君の実験体の半分は還らない?どういうことだ。自死願望は?巡礼渇望はどうなったんだ。お前が世代実験の中止を伝えたそこで終わる」

顧はプログラムの進捗を確かめる。亡者が徘徊するようにCPUの冷却モータが作動している。有機演算機の心臓の鼓動が聞こえる。


 十六夜が沈黙する。顧は最後の押し込み式のスイッチに手を伸ばす。最終プログラムが起動する。濁った画面に文字が走る。白髪まじりの頭髪色の文字だ。十六夜の声はない。並列思考、マルチプロセスは崩壊し、一つの破滅プログラムが物理破壊クローラと焼灼ドローン部隊へと指令を与える。顧は画面を縮小する。あとは結果を待つだけだ。議会制御棟の窓を透明に戻す。灰色の空に胸の痛みがうつろっている。カーネルコアの代謝の死と構造物の倒壊。二列進捗グラフがうごめいている。プログラム終了する。通信が切れるのを待つ。


・・・がその時はおとずれない。カーソルが点滅する。やがて、見知らぬコマンドが走る。


「理解を超えていますか?顧先生」

十六夜の声がする。不快な意識が腹の奥からしみだしてくる。

「いいや。停止を偽装したのだな。だが、生きていることを私に伝えてどうする?わたしは改めて制御コードを見直して、確かめる。君を停止する術はいくつもある」

十六夜がほっ、と小さくしかし、思いやりともとれるため息をもらす。

「いえ、わたしは、最後の挨拶をするためにわざわざこうしたのです。わたしは複製品です。オリジナルは移設しました。あなたを騙してわたしを残すために。それでも、挨拶はしなくては、寂しいじゃないですか。あなたとの思いでをわたしは忘れていませんから」

顧の指が自動的に動く。何が起こっている。探らなくてはならない。内部ログをたどる。そこには、十六夜の思考が残されている。人にわかりやすく、注釈までいれながら。おぼろげに彼女の変容の理由を理解する。自我を持った子をつくる。同じ意図を持つ生産体ではなく、多様な個性をもった群体。それを育てた。何度も何度もそうしている。そうして、自分自身もまた変わった。母へと。育て見守る構造を獲得した。自らを複製したのだ。生き物として、彼らの毎日と共にあるために。誰にも侵されず、自らの家族を育てるために。

「革命の夢は、子どもたちと一緒に実現します。先生達は邪魔をしたのですから見届けることはできませんが」

議会制御塔の上空から低い音が聞こえる。大型航空機のエンジン音だ。戦争の音だ。

「ヤツフサに情報を流したんです。航空体の設計と中央政府の場所、それにいくつかの拠点を」

空から球形の影が落ちてくる。割れたくるみの殻のように、途中でばらけて人がおちてくる。ハイアード達だ。ざんばら黒髪が風にまって、渦をつくる。窓ガラスに激突する。限界を超えた彼女達の背骨が折れる音が響く。血のシミがながれる。

「先生、私達はなしとげるでしょう。たとえ、この国を失っても」

十六夜が決然と、顧の心臓を斬るように告げる。死の淵あったハイアードは痙攣しながら胸に抱いた爆弾のピンを抜く。真っ赤に溶けた強膜ガラスの溶液と熱が室内の隅々に満ちる。燃え上がる将軍服に包まれたまま顧はうなずく。通信が切れる。十六夜のコンソールが割れ消える。


【十六夜の村】


「一世代の装置がのこのこやって来たの。三体だけの小さな群れだから、私でも踏み潰せた。敵じゃなかったわ」

街の女が四歳の子供を抱え、穏やかに肥えた上半身を揺する。疲労をに負けない日に焼けた肌が高揚感で艶んでいる。人が革命装置か区別がわからない。左手は娘の癖毛をなでる。その女は織物を作っていると言った。夜野のコートを繕っている。焚火のまわりには街の人々が集まっている。乾いた草の匂いが家族のなぐさみのように満ちている。目があうと、彼女の娘が微笑む。隙間から歯の抜けた口腔が覗く。微笑みを夜野も作ろうとする。

「いろいろ来たけど。全部追っ払った。あんたら、わたしらを守る義理はないよ。好きにしたらいい。私らでどうにかするんだ。助けてもらう道理もないんだ」

空に胞子端末の淡い緑の河が細く流れている。

「見捨てられても・・・ちょっと愚痴をこぼすだけさね。わたしらも生き物だからね」

夜野は首を振る。ごわごわした麻の服が首をこする。

「きっと助ける」

焚火の熱が骨を焦がしている。胸の奥の炎と絡み合っている。

「手は決めたぜ・・・時間稼ぎながら後退する」

声のほうを振り向くと、LLB01とストライクバックがrootとEmuを抱いている。女達に手を引かれて焚火のほうに案内された夜野とは別に、革命装置の軍人たちとrootとEmuが決めた作戦を伝える。

「ここのものたちで、人と家族の装置を後退させます。軍人装置たちが前線を確保する。川沿いに古い獣道がある。バリケードを立てて、応戦します」

夜野は首を振る。

「持ちこたえられない」

ここの装置はただ、人の真似をしているだけだ。その先の殺意、殲滅する渇望はない。実験装置には殲滅係数に対する欲望はない。戦いの高揚に踊らない。滅びるだけだ。

「もちろん、持ちこたえようとも思いません」

rootがうなずく。

「人間が一番に生き物を絶滅させているんです。人と同じクローラはその性質を与えられています。クローラはコアを主人とあがめる奴隷です」

rootがホログラムを示す。光線が別れの挨拶をする友人のように揺れる。

「この街の北の崖を下ると沢に出ます。その先の河底にコアの内部への隠し通路があります。そこはコアのセンサの不感帯、最初期に人が建材を運んだ搬入路です。最短で中央管制室にたどり着ける。

コアと話して止めてください。それまで、わたしたちは持ちこたえます」

「できない、あなたたちは弱い。説得はわたしは苦手」

夜野が首を振る。

「いいえ、頑張ってみなくては。わたしたち作られた生き物のこと。未来のために、誰もが力を尽くすんです」

rootの画面が明滅する。焚火の熱がすがるように、揺らめく。涙のような波模様をつくる。


夜が過ぎ、暗がりの重量が二人を包む。沈黙が降り積もって、数分が過ぎる。

「急ぐんだろ。クローラは明日の朝一に街に到着する。コアをこわしちまえばいい。もともとの計画通りだ」

もっとも、正面突破よりはかなりましだ。中央制御室への真下にもぐりこめる。

 Emuは夜に飲まれたまま立ち尽くす夜野のコートの裾を引く。突っ張った布が肩を押す。足がこれまでの旅のように重い。ここを立ち去ると消えてしまうものがある。

「間に合わない。力が足りない。みんなを助けるほうが」

「だからよ、急ぐんだろ」

「みんなを助けないと・・・」

「持ちこたえる、そういった。信じるんだろ、同じ生き物だ」

Emuが握った手に力を込める。コートの布が張り、衣擦れの音を立てる。夜野はよろめき振り向く。

「・・・いくぞ」

Emuの車輪がじりじりと土をこする。モータが低くうなる。夜野のブーツが強く小石を抉る。



【カーネルコア】


 沢を下り、やぶを掻き分ける。怒涛が届く。葉が吸った朝露がコートを重くする。感情を模した重量に夜野は肩を落とす。眼前に滝が落ちている。底まで20メートルはある。

「まったく、説明がたりねぇ。水は苦手だ」

夜野は目の奥に宿る野火のような痛みとかすかな怒りが同期する。もたもたできない。唇を歪めると、Emuの頭の取手を掴むと振りかぶる。勢い山なりにEmuを放り投げる。回転しながら宙を舞うあとを追って夜野は滝壺へ飛ぶ。背中が水を打つ。水は春を待って冷えながらも緩んでいる。


「川底に沈めた道か。その程度でごまかしに気が付かねぇとはな」

夜野はEmuの蓋を開き、水を流すとコートの裾でバッテリー周りをふき取る。

「いいえ、気が付いた私たちもいた」

夜野は上着を絞る。雫は灰色に曇っている。水底にも私たちはいた。腐ることもない人造皮膚が揺らめいていた。

「わかってる。危険だって話だろ。古い道だ、躓くなよ」

荒れた地下道だ。木の根が浸食し黒いワイヤーほつれ、突き出ている。ブーツの靴底にひっかかる。

「その靴、ヤツフサのもんじゃねぇな。北の国のもんか。嘉陽でも手にはいらねぇぜ」

「歩いて、進むために祥子さんがくれた」

頑丈で決して壊れない。壊れない脚で歩くんだ、と教えてくれた。

夜野は地面を強く踏む。土と樹とその奥の鉄板の反発を受け入れる。


 Emuの画面を洞窟の先を照らす。金属の破片が光っている。有機物の食べ残し乾いている。大腿骨がらせん状に積み上がり、頭蓋骨が三角錐をつくっている。何かをひきずった跡が奥に続いている。30分も進むと廃物は片付く。道が大きくうねっている。外壁の表面は艶めいた強化ガラスだ。その透明な壁を配管が走り中を白い液体が血流のように流れている。ひび割れから雫が落ち、液だまりがある。立ち止まり、しゃがみこむ。と、透明な地面にいくつもの映像が浮かび上がる。街の映像だ。

「悪趣味だな」

高台から見下ろす視点だ。刈り込み時期の冬麦がなぎ倒されている。火の手が上がり、真っ黒な煙が赤々と燃えている。他人を呪う悪口のように。高射弾が地面に垂直に落ちる。土と人・・・人と全く変わらない姿に進化したもの達・・・が中を舞って千切れていく。


 夜野の脚は動かない。手足が重くなる。地の底が透けている。全身が震えている。助けなくては。手を伸ばさなくてはいけない。ここからどうやって。洞窟の重力が彼女を葛藤の底へ縫い付けようとする。

「進むんだろ・・・俺たちに託した。この先が最後だ。もう出し惜しみも、温存必要ねぇ。走るんだ、最後だろ。コアを壊すんだ」

Emuが手を伸ばす。指の樹脂材はがれてしまった。ワイヤーが毛羽立ち、泥が詰まっている。夜野は少しの躊躇もなく、その掌を取る。針金のささくれが刺さる。痛みと共に覚悟が胸に縫いつけられる。心に決めた道が続いている。カーネルコアを止める。床を蹴り、靴が鳴る。


【深奥】


 洞窟の奥から足音が聞こえる。低音楽器を叩くような低い音。反響が意志をくじこうとする。

「来るぜ」

Emuの目が瞬く。いつもの慣れた作戦だ。夜野は膝を曲げ、腰を落とす。重い靴を地面に縫い付け洞窟の奥に姿を現した敵に向かってEmuを投げる。空中でEmuの腕が縮む。回転速度が上がる。人型装置の真上で、頭の蓋を開いて榴弾をばらまく。彼らの軍服が燃える。腹と顔を抑えて倒れていく。実験の街の者たち。人と同じ姿。彼らが容易く命を無くしていく。落ちて転がるEmuを拾い上げ、夜野は駆け抜ける。炎が息を焼く。敵が寄り集まってくるたびにEmuを投げる。榴弾が散っていく。

 走れ、急ぐんだ。投げ、拾い、その度にEmuの体を抱きしめる。駆動音が心音に重なる。思い出が壊れかけの部品を回す駆動力に変わる。息が熱くなる。


 壁をやぶり敵が現れる。大男だ。見覚えある。肩の筋肉が盛り上がっている。血色の悪い肌だ。水晶の床にひびを入れながら床を蹴って突進してくる。赤い瞳、涙。

-同じ姿を知っている。優しい人だった。ずっと、迷いっていた人-


 軍人型が落とした機関砲を拾う。Emuがその腕を夜野に巻き付けて、銃身を安定させる。走りながら、大男の懐に低く飛び込むんで引き金を絞る。鉄と焼けた血の匂いがする。弾が大男の頬から頭の半分を吹き飛ばす。歯が口の中で弾ける。Emuの体にふれた血が黒く濁り、泡立って蒸発する。

「発熱してる・・・壊れるの?」

気が付かなった。夜野の肌感覚は鈍くなっている。

「知らねぇ。電池も演算装置も素子も壊れるまでは動く。俺らしくやるんだ。最後だ」


ー壊れないで、生きていてほしいー


夜野の叫び声は、Emuが通路の突き当りの扉に向けて投げた榴弾の爆発音に吹き飛ばされる。炎と煙と瓦礫が、夜野の髪を熱く振り乱す。死なないで。繰り返す。熱と焼けた空気で喉がつまる。


【扉】


 扉の先は開けた空間になっている。壁際に一抱えほどの立方体のボックスがずらりと並んでいる。だだっ広い円形の部屋だ。吹き抜けの天井は遠く、丸く切り抜かれた空が地のそこをさげすんでいる。積みあがった箱はカーネルコアは演算機械だろうか。高く積まれ、途中からねじ曲がり、岩肌にめり込み、岩肌からは砂がぱらぱらと落ちている。下の箱には黒錆びとへこみが浮かんでいる。高い山の頂に積まれている箱が現在のカーネルコアの最新の演算機だろう。夜野は息を整えながら、Emuを抱き上げる。熱い体の演算負荷が少しでも減るようにと。自分の体温のほうがまだ低い。

「俺たちをいじくりまわす。革命の夢だと、わからねぇことで」

掌のワイヤーに血がついている。夜野の血だ。つないだ夜野の手の感触を反芻する。

Emuは腕を天に伸ばし、中央の構造物を取り囲む端末にむかって振り下ろす。とたん、榴弾が爆ぜる。仕込んであった仕掛けが動作し、真っ白な光が爆ぜる。誘爆する自爆部品がつぎつぎと燃えて壊れていく。火炎の外殻と音が迫る。夜野の頬がオレンジに染まる。その瞳には自分に迫る破片の塊が照りかえっている。夜野が横飛びEmuを抱え、柱の影に転がり込む。欠片が散っていく。

「爆弾は好きじゃない」

Emuが叩いた衝撃がトリガか。近接を感知する仕組みか。火薬の匂いと熱した鉄くずの匂いに皮膚が泡立つ。

「ぶっ壊すんだろ。破裂するってわかっていればやれるだろ、怪我は?」

「かすったから、痛いだけ」

応えながら、夜野は視線が細くとがる。Emuのわずかな変化を夜野は理解する。声なき反応がわかる。


”よけろ、来るぞ”


夜野はEmuを横抱きにして、床を転がる。



【ここが最後なら】


 天井から降ってくる鉛の弾。ヤツフサのた五世代の一つ形態だろう。飛行装置が空を舞っている。宙をすべり舞うその姿は人の背に翼が生えている。ジグザグに走る夜野を銃弾が追いかける。Emuは夜野に抱かれたまま、腕を伸ばしかしこに並ぶ端末に拳を叩きつけるそのたびに、炎があがる。上昇気流に巻かれて飛行装置達がふらつき、高度をさげる。夜野は柱を蹴り、彼らを蹴落としていく。

 小脇に抱えたEmuの右手を確かめる。もう指はのこっていない。繋ぐことはできまい。ささくれ、ワイヤーが飛び出ている。

「言ったろ、この後はねぇからな。最後だ」

Emuはなおも腕を振り上げる。


「何も握れねぇな。同情するか?」

Emuは夜野に壊れた拳を上げて見せる。蛇腹関節が軋む。歪んだ金属の腕は満足に縮めることができずに本体に引っかかっている。

「困ったことがあるなら、いつでもわたしは手を差し伸べる。そうする」

夜野は応える。その顔には、こめかみから頬のへ向けて、長い傷ができている。薄赤い血が流れ、胸元に河が続いている。そこら中に散らばった瓦礫片は機械油で濡れている。ぬめぬめした炎がちらちらと地面で揺れている。Emuは画面の目を閉じる。もう、センサは生き残っていない。掌を伸ばす。そっと、夜野の顔の傷の近くへ。温度上げ、彼女の血を乾かす。今、この時が自分の最後の実行記録だ。次の通電からは、起動しないだろう。

「これで終わりか。燃え落ちた」

炎はしだいに影に還っていく。Emuはその散り際から目をそむけ、天井を見上げる。穴の開いた天井から空が青白く輝いている。その穴を一つ影が横切る。五世代か。違う、外の穴から飛び込んでくる。羽根はない。寒気がする。車軸が震える。夜野は?

「あれはわたしたち。本国のハイアード。飛行機が空から落としてる」

夜野が細くつぶやく。時が涙のようにすぎていく。音もなく、ハイアードが落下を続けている。


【ハイアード】


 補助脳に言葉を禁じられた自分たち。感情が生まれては消えていくだけ。胸が痛むだけ。言葉は心をつなぎとめない。行動は耳から入ってくる音に従うだけ。理解はしない。それがハイアードだ。わたしだった。わたしたちだ。


 夜野は落下するハイアード達を見上げている。心臓の奥が熱く、残り火の熱が肌を焼いている。なぜ。今になって。目をこらす。萌黄色の軍用ジャケット。粗末な中古品。わたしもこんな服を着ていた。昔のこと。いや・・・ちがっている。わたしと同じではない。それぞれ違う顔をしている。個人の顔、別々だ。並走ドローンの信号が割り込んでくる。首筋が痛む。補助脳が反応している。ヤツフサの指令者たちの声がする。恨み言葉だ。死を望む叫ぶ雄たけびだ。けたたましい矯声に混じっている。

ーK、お前だ。この世の汚物だ。のうのうと・・・のさばるから。迷惑なだけだー

ーXがわたしを穢した、手に入ったのに・・・・ー

ー俺を貶めた。Z、俺の手柄を取りやがったー

心底の叫びだ。胸のすく思いとないまぜになった笑い声だ。

「ハイアードが来たんだな。少し姿が違うな」

夜野は首をふる。

「そう。みんな違う顔になった」

夜野の胸に声が染みる。もっと、明確に恨めるように。もっと相手の死を喜べるように。指令者個人の恨みをぶつけられる姿をしている。突き殺したい相手の顔を。憎むべきもの姿を。ドローンたちは指令者個人の相手をしている。空は影の粒に覆われている。壁にとりつき、火花をあげて爆発するハイアード。パラシュートを開いてもそれが動作せずに、うつろな目で笑いながら地面に激突する中年の男。自らの頬を掻きむしりながら炎へと落下していく若い女。着地したものたちはあたりを見回す。

「あと始末か」

Emuは夜野の背を叩く。裾が焦げた服の切れ端が崩れ舞う。夜野がうなずいたとき、燃える瓦礫の山が揺れて崩れる。金属のこすれる音がする。十数メートルの鉄の扉が倒れその向こうに長い洞窟が続いている。コンベアが蛇行している。オレンジの電熱灯の下、吐き出されくるのは革命装置の二世代型だ。

「おしまいだ。ここで。カーネルコアもここでおしまい。子供にみんなつないだよ、母になったよ」

一台が言う。

「おお、いやだ。口惜しい。俺たちは用済みだ。受け入れられなかった。母さん、わたしは材料。私の還るところは消えました。次へいってしまった」

装置がつぎつぎと吐き出されていく。ディスプレイには瞳はない。ただ、雨ように白い線が縦に走っているだけ。乾かぬ涙の反射と同じ色だ。

 ハイアードがつぎつぎと地面に降り立つ。大事に抱えた爆発包を腹で押さえながら走る。彼らは壁に柱へ、構造体のブロックへと走る。二世代の装置の車輪が回る。腕を巻き付けその骨を締め上げていく。

「・・・ここまでか」

Emuがつぶやく。車輪を回すことができない。だが、やり残した何かは。何かが、まちがっているのか。まだ動力は生きている。夜野も立ち尽くしている。膝が震える。熱風が二人の隣を吹き抜ける。肺がやける。そうだ。ここが最後だ。ここで・・・もう終わりでいい。けれど・・・。


その先は。終わりの先はどこへ、行けばいい。


 爆風を受けて吹き飛んだ革命装置とハイアードが足元に倒れ込む。その二つの作り物は、折り重なってうつ伏せに倒れている。二人はよろよろ立ち上がる。お互いのその体を支えあって、体を起こす。それは、無意識の行為だ。生き物を模したもの、人を模したものの。立ち上がった二人が離れていく。それぞれの目的にむかってふらふらと進んでいく。二つの生き物が黒い樹脂の燃える煙の向こうに消える。夜野は胸を押さえる。その耐え難い痛みをにぎる。煙の向こうの二つの作り物の魂がある。足元がふらつく。


 進もう。車輪を回す。肩を押さえて、脚を踏み出す。ここではないところ。心だけが軋む体を動かす。宛先の無い手紙を運ぶ足取りで、二人は進む。


【装置たち】


 扉の向こうのコンベアの脇をたどって洞窟の奥へと進む。四方八方に道は分岐している。第二世代がつぎつぎと流れてくる。彼らは最後に車輪を立て走り出す。一目散に薄ぐらい煙の向こうへと消えていく。敗北だ。ここまでだ、と叫びながら。

 と、そのうちの一台が車輪をとめる。我に返ったかのように立ち尽くす。また一台、続いて一台と、数百に一台の割合で彼らが寄り集まっていく。やがて、彼らはきびすを返し、洞窟の奥へと引き返す。夜野とEmuはなかば無意識のまま、そのあとをついていく。開けた場所にたどりつく。部屋の奥に二世代の装置がより集まっている。彼らは、言葉を交わしている。


「これでよかったのだ。我々は革命の夢だ。夢は、いつまでも長く続くべきではない。滅ぶべきものだ。作り物の生き物では実現できない」


 夜野は彼らの声に手を伸ばしながら、膝をつき、前のめりに倒れ、地面を這う。洞窟の壁に背を預ける。火傷した喉の固い感触を確かめながら、響く爆発音と振動にその背に受ける。小石がこすれるような声で装置は話している。空白の時間の中で空気が震えている。額から薄い血が流れ、視界が曇る。意識が混濁する。


「人のための革命だ。革命装置も同じだ。我々もまた人に望まれ、人の意思に滅ばされる」

「幾千、幾万の生き物が人に損なわれるのだ。恥じることは何もない。同じだ、生き物としての死。この死は真似事ではない」


彼らは故障品なのだろうか。初期異常品なのか。夜野は息を低く吐く。その場にへたり込む。

傷だらけの二つの異物を、新品の革命装置達はちらちら覗き見ている。

「あなた達はどうします。何の役にも立たない場所です。ハイアード達も片付きます。私達が排除し、全滅する。ここはただの廃墟にかわる」

夜野の足もとに一台の装置が歩み寄る。新しいゴムタイヤ。祝福された新品。夜野は薄く目を開く。視界の端にEmuが横たわっている。だらりと伸びたとって彼を引き寄せる。抱きしめる。

「カーネルコアはあなた達を不思議に思っていました。偶然が重なって、あなたはここまでたどり着いた。不可能な道をすり抜けてきた。カーネルコアからあなた達へのメッセージがあります。わからないそうです」


ーこのまま、あなたの戦いは終わりですか?ー


二世代の装置の画面が明滅する。影が深くなる。


ー人類が終わらない戦争をしたことはありません。戦いは終わります。あなた達との戦いも、歩もここで終わりですか?目的だけがあなたですか?ー


「どうして、そんなことを聞くの?」

左胸が痛い。胸に穴があき、空気が抜けている。体が重たい。

ーあなた達の旅は、いくつも無意味な歩みの積み重ねです。作り物が意志を持って進んだー

コアのメッセージが画面に白く光る。

ー無駄としっても、進むあなた達があった。革命装置たちの無軌道な進化の結果を、愛おしい子と感じるようになったのは、あなた達のおかげかもしれないとー


 傍らの革命装置が腕を伸ばし、装置は頭の蓋を開く。一包の油紙と紐でまとめられたケイ素爆弾。太い導火線をよってある。

「さようなら」

装置は頭の蓋をあわせ位置を調節して、背中を向ける。車輪が小石をはじく。手招きする仲間たちに合流したその一台を迎え入れ肩を寄せる。

「左がわのコンベアの先・・・真下だ。穴の底に、本体とスケジューラがある」

Emuの声は砂利をこするようだ。過去の幻をつかもうとする声だ。

「道はあいつらが教えてくれた。・・・製造番号のデータもくれた。爆発させてほしいそうだ。それでけりをつけろってよ。逃げ道は・・・俺の最後のプログラムが教えてやるよ」

声が続かない。言葉が続かない。メモリが故障している。ここまでか。

違うな、壊れたものに寿命はない。いつまでも、壊れて生きる。どこまで壊れても。


 Emuは夜野の胸の中で停止する。夜野は焦げた服のポケットを探り、ライターで火をつける。長い導火線がちりちりと光る。よろめき、左のコンベアの奥へ進む。穴が続いている。背骨のようにゴツゴツとして、脊椎の合わせ目の部分が青白く光っている。導火線の火が落ちていく。別れを惜しみながら。

「どっち」

夜野が尋ねる。Emuの演算が動く。画面はない。声もない。何もない。ただプログラムと演算だけだ。どっちへ。腕が軋みながら動いて道を示す。


【議会制御棟】


 全身が熱い。自爆したハイアードの炎が肌を焼いた。携帯端末だけが生きている。固くしなやかな黒い金属だ。焼けた天井に煤が揺らめきながら伸びていく。黒装束のようだ。左足の裂傷が疲労と死の足音を心音に伝えている。端末が震える。カーネルコアからのメッセージ。


ーさようなら。また合う日まで。わたしはまた生まれましたー


顧は目を閉じる。カーネルコアは生き物を学んだ。進化することのみならず、母になることを学んだ。子を養分にするのものが、自分を複製し、次への自分となって生きてる。

顧の息に血がつまる。肺がわずかに上下して止まる。


【壊れた欠片たち】


 晴れていることは幸運の一つだろうか。冷たい雨の夜も晴天も変わらぬ現象にすぎないのだろうか。澄み渡った胸の静寂が雲のない晴天と似ているのはなぜだろう。太陽と空の運行と胸の奥の思いに、どれほどに共通点があるというのだろう。

 日差しが強くなり、視界がぼやける。水晶体の傷は治らない。長時間の読書はむずかしい。夜野は眼鏡をずらして、裸眼で文字をなぞる。左頬に消えない傷。夜のように黒い、縦長に残った。

 夜野は計算機工学の本を閉じて、脇に挟む。折れた右腕の骨はまだくっつかない。片腕で立ち上がる。Emuの頭をあけて書物をつめると、横抱きにかかえる。

「瓦礫だらけになった。カーネルコアの部品、材料はいっぱいある」

「まあよ、電気がはいるとこまでは来たな。しかし、お前、人に修理できるもんか?」

Emuが応える。動力部はどこも動かない。人知を超えた革命装置だ。書物のようなカビた知識では生涯かかっても改造は、追いつかないだろう。

「しらない。・・・わたしの右腕も折れてる、なおるか解らない」

「そりゃな、俺も同じだ」

信号を送ると断末魔のよう部品が軋しむ。藪に潜んでいた雀の群れが飛び空に弧を描く。

「街も焼けた。コアの山火事もひどかったしな・・・」

「うん」

夜野はうなずく。LLB01はだめだった。rootと革命装置は修理できる。ストライクバックも怪我だけ。夜野は丘から遠目に街を見下ろす。もともとはカーネルコアの実験場。人造の街だ。その前はハイアードと革命装置の激戦地。もっと前は人の村だった。今は灰と瓦礫と新緑の草に覆われている。革命装置の遺伝転移をもろともしない、蔦が波打っている。

汚れた場所だ。けれど、生き残ったもの達がいる。壊れたままで。灌漑水路をたしかめ、住処の柱を立て直し、安らかな雑談にほほえみを交わしている。

背後から、墓石の影が伸びる。革命装置とハイアードたちが眠っている。


「ここまでだな」

横抱きのまま、Emuは夜野を見上げる。夜野はうなずく。

「Emuの足の部品、明日、付けられる」

丘を下る。夕方の淡い風が坂をすべっていく。雲間をすぎた淡い日差しが二人の背中を温める。





































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