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夜の欠片/鉄の破片  作者: 関本始
1/10

夜と革命

その奥で折り重なっている。細胞の欠片と錆の鱗。夜と鉄が戦いを淡く悔いている。


汗で濡れた頬が洞窟の風で冷える。


これはわたしの話。立ち止まるわたしと鉄の話。

【名の無い夜】


 星が凍る夜の中途。その彼女(ハイアード)は身を屈めている。大陸地区の洞窟の奥で、革命装置の基盤(PCB)に息が白く落ちる。呼気が礫石(れきせき)の隙間に消える。錆びがランタンの炎に焼かれている。余計なことをした。後悔が腹を押す。ぐっと顎を引く。


 液晶画面が埋め込まれた金属の円筒型の機械、革命装置。白い目が画面の真ん中で光っている。彼女の眉間の影が深くなる。第二世代の故障品だ。直径は30cm弱、高さは60cmとすこし。両手で抱えられる中型の装置だ。夕暮れの藪の黒い影の中で機能を停止していた。はみだした蛇腹の腕が乾泥の先の未来にすがり、朽ちる日を悔やんでいた。


 内外の汚れを洗い流し、乾かして留め金とコードとねじを置き換えた。夕暮の薄光の中で通電させた。読めない白い文字が流れて暗転のあと画面が光った。


「お・・・ああ。俺は起動したのか。自己診断が・・・動くか・・・」

革命装置が呻く。その声は人の発音を偽装している。背筋がこわばる。警戒しても、もう遅い。息を細くする。この装置の”殲滅稼働”が始まったら打つ手はない。敵を膝に抱いている。

「・・・主記憶(メインメモリ)がゴミだらけだ。このまま起動はできないない。・・・スキップと修復か・・・」

装置の音声が乱れる。声にガリガリと音をたてる。空冷機機の音が胴体の内側から聞こえる。汚れた古い布を破るような音だ。


 ブツンと画面が消える。沈黙が床にすべり、やがて室内を満たす。ほっ、と息を吐く。ぐっと握っていた掌をひらく。滲んだ冷や汗に夜が染みている。冷えていく。


 膝に乗せていた革命装置をそっと地面におろす。隠れ住処に集めた荷物を布にくるむ。緑錆の浮かんだ小銭とちぎれた紙幣がすこし。電灯、火起こし布。ナイフ、麻紐。汚れた銃弾。それに幻燈をひとつだけ。ポケットが満杯になる。ランプと焚き火を消す。残り火が縮む。ポケットをなでる。煽った古い軍用コートの影がゆらぐ。隠れ生きた彼女への名残り。一瞬の慰めが熾火と共に消える。


 洞窟の外に十六夜が蒼く揺らめいている。内陸の乾燥した大地。明瞭な冷たい光が補助脳を冷やす。数日か、数ヶ月か。5つ目の隠れ場からあの装置は消えてくれるだろう。

住み慣れた洞窟が後ろ髪を引く。肺の底が泡だつ。振り向いて顔を上げる。視線の先に夜更けの荒野が続いている。研いた鉄のように固く冷えた外気を吸う。細く吐いた息が白く流れる。


 歩き続けて数時間。空気が刺すように冷えている。彼女は小さく肩を震わせる。肌がこわばっている。振り返ると隠れ住処の洞窟は親指ほどになった。目を凝らすと補助脳がそこを拡大する。衝立と焚き火場。炊事場と煙突、明り取りの窓。ベットもつくった。装置の廃材で空調を仕立てて、夏冬を何度か過ごした場所だ。

「おい」

肩を落としたその時、背後の暗闇から声が届く。萎びた果物絞り汁のように苦い声。脊髄にしびれが走って肩が震える。

「修理したくせによ、逃げ出すのかよ。勝手なもんだ。よくわからねぇ」

あの革命装置だ。追ってきた。地面を蹴る。冷えた大地の怯えが厚い靴底に伝わる。


【いつか、壊れた革命】


 取り残された革命装置は漫然とメモリの具合を確かめる。目覚めたばかりだ。自動工場で製造されてたのはいつだったか。どこでアルゴリズム(作戦行動)を実行していた。地域の特別型だったはずだ。が、わからねぇ。起動後のチェックに時間がかかっている。駆動系統の校正が遅い。なにもかも、半端だ。


 画面の上で目を閉じる。映像回路を遮断し、バックライトを消す。処理負荷を環境センサに割り当てる。あたりの探索を優先する。反応なし。足の速い野郎だ。俺は取り残された。虫も敵も誰もいない。死んで乾いた大地だ。センサも信頼が置けない。そうだ、俺はまともじゃない。革命装置の故障品。廃棄された。不用品だ。


「俺はずっと・・・気ままにしてた・・・好きにして。どうして止まった。電池がきれたか?いや・・・遠くに行こうとして・・・たか。ここじゃねぇ・・・目的なんざなかったか?俺は・・・好きにきめたんだ」

装置は目を閉じたままダンパを上げ下げして、飛び跳ねる。円筒の体をはさむ二つの車輪が伸び縮みする。姿勢制御センサの調整が終わる。駆動輪は無事だ。振れも取れた。寸胴体の振動は抑えられている。軸も曲がっていない。装置は車輪の釣りばね伸ばす。あの女、どこへいった。車輪のゴムが外装でこすれる。気難しい老人の咳のように低い音が鳴る。削れて音がやむ。回路の温度が定常に近づいてくる。演算回路がむかむかと熱膨張する。あいつはずっと先まですっとんでいった。人間わざとは思えない。装置は立ちどまりむっつりと腕を組むと踵をかえす。このままでは追いつかない。

「洞窟で手がかりをつかんでからだな。だいたい、正体はわかってんだ。あの態度は」

 

 洞窟に戻ると画面のライトの輝度をあげて暗がりを確かめる。句読点のように慎ましい暮らしの匂いが残っている。岩と土に地下水がしみている。床の土は均されモグラの背中みたいな色をしている。革命装置の部品や駆動ポンプで地下水の流れはコントロールしている。棚には数冊の古雑誌。インテリアのつもりか幻燈機の筒が並んでいる。どれも小型なもの。スイッチを入れる。と、破れた白いドレスの機械人形の映像がぼんやりと浮かび上がる。金属の蛇腹腕を流星に伸ばし、蒼い澄んだ瞳を輝かせる。最後に寂しくほほ笑むと、幻燈は消えて闇が帰ってくる。

拾い物だろう。修理跡がある。底面にサインが刻んである。

「夜野?ヨノか・・・名前だな。ハイヤードは型式がせいぜいだろうが。誰が名付けた?」

だが、悪い名ではない。装置はうなずくと、不意に恥を感じる。指の樹脂の傷を甘くなでるような淡い羞恥心だ。他人の慰みをバカにできるほどほど立派なものか。


 装置は室内のあれこれを体の内に詰め込んで頭の蓋を閉じる。銃弾に傷薬、清潔な布。改めて車輪を回す。調子が上がってくる。画面の上で鼻息をならす。ふん。

どうせ棄てられたものだ。基幹ネットワークから切り離され、巡礼渇望は機能しない。見放されている。


それでも、心根を無視しては生きてはいられない。


【夜野】


 いつ足を止めるのか。装置が起動したとき寒気がした。そのときからずっと、背筋が冷えている。

冷感を忘れるまで離れよう。そうすれば忘れることができれば。ふと、振り返る。

 追いかけてきた装置を認めて手足がしびれる。冷や汗が噴き出て肩が震える。故障した補助脳が過剰反応する。臆病な性質を忘れたつもりでいた。


けれど、心根は変わらない。


 荒野の点だ。視線を遮るものはない。西に2kmも行けば鉱山の跡だ。自動戦争がはじまってからは無人だ。横目で確かめると装置は猛然と土煙をまとっている。いらいらしている。派手に跳ね飛びながら進んでいる。砂利が飛び、土煙は朝もやを押しのけながらたなびいている。地平線に太陽の縁がかかる。装置の背後からあふれた逆光が磨かれた装置の塗装はげをくっきりと浮かび上がらせる。槍のように陽が夜野を貫く。


―逃げろ。それが習いだ。革命装置だろうが人だろうが。お前は、生き物に好まれぬ仕組みだ。そう造られた―


朝の逆光が告げる。ひび割れた土が白く染まる。


 地面を蹴る。足を覆う重い革靴の底がたわむ。手足がしなる。枯れ枝が暴力に折れるように全身がしなる。点々と砂をこじった足跡が残る。

「夜野!夜野でいいのか?違ったら悪いな。なにを怖がってるんだって。壊れてんだ、俺が。故障品だ」

声が夜野を追い越して通り過ぎる。顎引く。首に皺がよる。誰かが声をかけてくれたのは遠い日のこと。自分を追い抜いた名とその振動は仄青い空に混じって消える。足取りが僅かに遅くなる。


 廃鉱山の樹々の根は赤と黄緑が混じり錆びている。腐敗したドラム缶は破れ、廃液がこぼれている。自動戦争の最初の頃の革命装置のノード工場跡だ。今は睡っている。遺伝改造植物が捻じくれた根が地面からはみ出ている。塩ビとビスマス鉱を生産する枝葉。人の暮らせない。必然的にヤツフサの入植民を追い回していた革命装置も近寄らなくなる。夜野は日当たりを探す。息を整える。喉がつまっている。くよくよと首を振る。


―ハイアードは人を超えようとしたわ。変わってしまった。けれど、いじくりまわせなかった部分がある。それが人の本当の願いなんだ―


祥子さんの声が胸の奥に響く。遠い声。ずっと昔の声は風の囁きのようだ。

夜野は日向にうずくまる。膝に頭をのせる。自分の息の音がする。


 どれほど時間がすぎただろう。さえずる甲高い野鳥の声に混じって、金属の車軸のこすれる音が聞こえる。声が混じっている。

「おい、聞こえてんのかよ?・・・話くらい聞けって・・・」

天を上滑っていた声。それが降ってきて夜野の胸に届く。息が固む。

夜野は飛び起きると、地面に堀った採掘穴に転がり込む。太陽光が獣色に汚れた穴の奥へ伸び、夜野の背を照らす。淀んだ暗闇が揺れている。


【革命装置】


 装置は暗闇を覗いて呼びかける。人の声真似だ。外装と内装の間の反響版の補正がすんだ発音は人の声そのものだ。泥の色をした竪穴の奥へと声は転がっていく。暗闇、深夜の影、夜空、深い森、穴。そんなものに不吉を覚えるのは人だけだ。装置はむっと口をへの字に結ぶ。神も獣も呪いも俺は恐れない。革命装置の第二世代から先に備わった意識の偽装。その演算は怖気づいたりしない。


 装置は小さく身震いをする。画面の中で顔をふる。天をあおぎ空の青さを覚える。装置は湿った竪穴の出っ張りに指をかけながら、穴を下っていく。

 たどりついた穴底に車輪をつける。回転ロックがはずれ車輪が重力を取り戻す。地割れが怯えのおように四方に走っている。古い渡し板がかかっている。老人の思い出のように乾燥して揺れている。そこら中で、自分たち・・・革命装置が死んでいる。


 もう動かない。数百と折り重なっている装置達はその第三世代だ。手足は金属だが二足歩行をしてさまざまな武器をもって放浪する。人型だ。

「好きなれないな。でけえもんは苦手だろ」

装置は骸に手を伸ばす。彼女らか彼らか。基礎通信に対する反応を確かめる。認識番号、AS-XXXXと探りあてる。その数値をROMメモリに記録する。覚えておくべきものだ。還れなかった者たち。思い出すものもいない。せめて、同じ壊れた者たちならばその識別だけは連れて行ってやる。


【夜野】


 追いついてくるなら、隠れよう。息をひそめて、じっと暗闇にこもる。隠れることは難しい。誰もわたしを無視できない。造られた性質上そうなっている。だが、やってみなくては。生き物は自分の気持ちに沿わないものを壊すことが好きだ。夜野たちはそう造られた。不快な、不潔な、不浄な。そういう怪物と感じるように設計されている。壊して、すりつぶして、死にざまを楽しむために。発狂したこの国の人をわたしはたちは撃ち滅ぼしてきた。

 あの革命装置も意志をもつ。生き物だ。同じようにするのだろう。装置は人真似をする。ヤツフサの入植民を殲滅するために。夜野は洞窟の底の光の届かない岩影で体を丸める。目を閉じる。黒魔法のように冷たい空気が真実のように足元で揺らめいている。遠くから車輪の音が聞こえてくる。ぶつぶつと独り言を重ねている。

「AS-XXXY、やすらかに眠ってろ。・・・お前らは還れないで終わった。・・・俺は壊れてるんだからな連れてってはやれねぇ。巡礼渇望もなくなっちまったからな。義理はここまでだ」

夜野は薄目で声の方向を確かめる。ため息が聞こえる。声色には生き物の疲労が隠されている。誰もが背負う魂の重みに空気が不随意に震えている。声は遠くなる。

「どこ行きやがった。探さずにいられるか?まったく、まだまだ動けるせいでな・・・」

彼のたてる音が十分遠くなったとこで夜野は引き返す。竪穴を登って外に出るとすっかり日は高くなっている。爪の隙間の泥をこする。装置達の死を飲んだ影の色をしている。

 冬の日差しは白く熱量が足りない。それでも洞窟の闇よりはマシだ。羽織ったカーキ色のコートの隙間におずおずと熱が染みていく。夜野は街並みに目をやる。革命装置の工場が滅ぼした村だ。


 改造植物との戦いに負けた民家がゆがんでいる。涙ながらに謝罪する老婆のように緑の蔦が巻き付いている。樽はわれ井戸は干上がりカーテンは破れている。見慣れた光景だ。人も革命装置も見捨てた。わたしはそういう場所を選んで暮らしている。影からトカゲが一匹這い出す。薄桃色に背中が銀色に艶めく。夜野はしばらくその姿を目で追いかける。トカゲがふいに足を止め振り返る。うなずくような仕草を見せる。ピタリと腹を地面につけると、ミルクコーヒー色の手足を広げうたたねを始めす。夜野もならって街路の崩れた土壁に背中を預け膝を抱く。


【革命装置】


「陳腐なんだよ。先に逃げたふりだろ。やり過ごせるわけあるか?」

肩が寒気を忘れたころ。声が廃材のガラクタの奥から届く。目を開けると革命装置は目の前にいる。円筒の胴体をゆすっている。寝ぼけた蒼白な意識と補助脳の警告に夜野は追い立てられる。跳ねて廃屋を飛び強風になびく布のようにしなやかに屋根を転がる。瞬きの間に豆粒ほどに遠ざかる。その姿を見送った装置はしばらく天を仰ぐ。ふつふつと意地が生まれる。液状の何かだ。腹の内側・・・CPUのワークメモリ・・・を液状の演算が満たしていく。確かに素早い。だが、ハイアードの華麗な足取りに比べると雑でばたばたしている。無駄の多い逃げ足だ。逃げ腰で一本気な反応もわからない。


しかし、このままでは、恩返しの目くばせもできない。


 ぼんやりとたたずんでいるとトカゲが頭の上を這う。顔面のディスプレイにはりつく。乾いてひび割れた舌を見せ口をぱくぱくと動かす。


ーほっておいてやれないか?そっとしておくことだ彼女の心根はハイアードの本質を受け止められない。一人きりを望んでいるー


そう言っている。

装置は応える。

「できない話だ。命の恩人に礼も言えないか。それならなんで俺に心が生まれた?作り物だからってよ、人でなしばかりってわけじゃなぇんだよ」


装置は両輪を揺らす。蜥蜴が地面に落ちる。心を隠すように蜥蜴は軒下に這い込む。


【夜野】


 錆びた指輪が跳ね転がるように夜野は走る。丘を飛び谷底の河を下る。日が暮れる。棺色に黒く錆びた廃工場にたどり着く。夜野が何年か前に隠れ住処にした場所だ。しばらくして、盗賊がすみついた。夜野は彼らに場所を譲った。

 いまは廃工場は暗闇に飲まれている。光は灯っていない。トタン材と鉄骨と錆が疲れている。慰みをもとめる死神のように手招きしている。

 夜野はくよくよと首を振る。盗賊達は消えた。痛めつけてだめにする心無い卑人達。

それでも、一息いれる場所は必要だ。一日の汚泥を乾かすところを夜野は彼らに譲った。今は影が残るだけ。装置達が片付けてしまった。


 廃工場の穴の空いた天井から控えめ星が青く降りている。大きな、十数メートルもあろうかという腕側の運搬機が人の憎悪ように並んでいる。月影が折れ曲がって塗っている。鉄の塊はその駆動しない関節を恥じている。

 夜野はまたくよくよと首をふる。

 腰をおろし火をつけようとあたりを見回す。視界がぼやけてくる。人もどきの作り物のくせに、と誰かになじられた声が脳裏をよぎる。視界がせばまる。瞼が重くまつげがまぶたに弱くふれる。うすれゆく意識の端に、あの革命装置の姿が映る。白い画面が明るい星の発散光のように瞬いている。


【革命装置】


「なんだ。寝たのか。ハイアードってのは都合がわからねぇ」

寝息を確かめながら額に浮かんだ脂汗を装置は布で拭う。毛羽立った繊維だが清潔だ。持ってきて役にたった。装置は車輪を収めて腕を組む。外気センサで眠っている彼女の体温を確かめる。伸び放題の灰色の髪はもつれ肩にかかっている。髪の束はところどころでちぎれている。ホコリと泥がからみついてる。まるで雑音のようだ。下腕には擦り傷が無数に浮かんでいる。コートの下は縛りあわせたボロ布を縫い合わせている。上掛けは軍用コートだ。袖口から骨ばった細い腕が伸びている。その腕が冬にさらされて震えている。革命装置は枯れ木を集める。

「死んだら、恩返しもできねぇからな」

炎が星あかりを追いやり、熱が思い出のように彼女を包み込む。次第に寝息が深く静かに変わっていく。


【先行型 革命装置】


 その革命装置は一世代後期型だ。思考はまだない。第二世代の直前の分類だ。センサ情報に一律に反応する、単純なプログラムの塊です。銃を載せた平らな円盤に三本足が延びている。このあたりでは未だに現役だ。人をもう駆逐したせいだろう。

 工場の窓を塗る炎の色を認めるた一台が脚を止める。獣道の偵察道からカメラを伸ばした一台はその映像を同一ネットワーク内/セグメント工場の装置達に全体配信する。装置達は一斉に廃工場へと脚を向ける。集結し顔を合わせる。整列し足並みを揃える。3本の金属足が岩をこする。その音は鳴虫の声かそよ風のささやきのように聴こえる。人に警戒されずに忍び寄るために獲得した形質の一つだ。ヤツフサの入植民の殲滅を競う装置達の進化の形の一つだ。次第に虫の声は高くなる。


【革命装置】


 貧乏くじだ。装置は腕をほどき車輪の油圧を戻す。しかし、金持ちくじはない。どのくじもどうせ大した当たりはない。博打に乗ったのは俺の選択だ。伽藍堂の金属の体に宿った自分の意思だ。二世代装置は建物の外に目をやる。背後から夜野の寝息が聞こえる。しわくちゃに丸めた紙のように女が控えめな寝息をたてている。

 センサ類が集めた信号を統合しアルゴリズムが総合危険度を判断する。逃げろ、と結論を出す。駆動系がむずむずする。第一世代とはいえ、数が多い。

 入り口から進んできた装置は一列に並んでいる。数台は壁に爪を指して這い登り四方を取り囲む。「理由があってここにいるのか?我々の達成したこの区画は我ら革命装置が達成だ。やがて革命の礎となる」

先頭の1台がスピーカーを鳴らす。モノラル音声。ひび割れた雑な合成音声だ。

「理由だと?あるに決まってるだろ、当たり前だ」

二世代装置は声を低める。人と同じ発声。夜闇と焚き火の音に紛れぬ意志の声だ。

「説明を聞かせてくれないか。この地域にヤツフサ人はいない。平和そのものだ。私達が達成した」

先行型が続ける。装置は黙り込む。沈黙に意味を込める。ヤツフサの入植民だけではない。ここには誰もいない。嘉陽の民もハイアードも誰もいない。


 後期型のカメラがフォーカスが動く。ルビー色のガイドレーザーが伸び第二世代装置を捉える。銃声とともに、銃弾が舞う。二世代装置の危機回避プロセスが起動する。横倒しに転がる。弾が彼横腹をこじる。振動は痛みに変換される。熱が体を駆け抜ける。穴は開いていない。センサの信号が感覚を偽装しているだけ。それが二世代装置の結論だ。人真似をする。人の感覚器すら演算で偽装する。転がりながら装置は腕を伸ばし先行型の頭の拳銃を力任せに引き抜く。

「邪魔だ」

人真似と頑健さ。それが第二世代の特徴だ。一世代の通常弾では装甲は抜けない。あまたの進化の積み重ねと殲滅係数の判定の結果だ。装置は金属音を響かせながら床を跳ね、伸ばした腕で壁に張り付いた後期型をつかむ。彼らを握りつぶしながらも、その製造番号を記録する。弾が外装を揺らす。心が振動する。外装が震える。傷つきはしない。


 長い破壊の末に工場には黒鉄の部品が残る。ねじくれた鉄くずの山が積みあがる。装置は何かを叫んでいた。その声に意味があったのか解らない。背面の排気口から糸くずが舞っている。フィルター素材が悪くなっている。焦げた匂いがする。


【夜野】


 黄金色の朝の陽ざしが玉ねぎスープのように屋根から落ちている。トタン板が裂けている。その光が夜野の頬を温める。オイルと泥と発がん性物質の匂いが混じっている。朝露がそれを洗い、紫外線が毒素を分解している。周り中がらくだだらけだ。だが、夜野のまわりには何もない。円筒の装置が車輪を引っ込めたままじっとしているだけだ。オイルをかぶって画面がにごっている。夜野はくよくよと首を振る。

「おお、早起きだな。てめぇ、ハイアードだろ。どうやらでたらめに壊れてるな。もう仕事もない生き物だろ。もうちっとは寝て過ごしてもいいだんぜ」

装置のディスプレイがうっすらと明るくなる。そこに表情が描かれる。ドットで引かれたかすかな微笑み。

「なぁ、なんで逃げた?生き残ってるわけだろ、礼の一つくらいさせてもらって悪いかよ」

装置が体をゆらす。車輪が踏んでいたねじがプツンと転がる。とてもすまない、と夜野はかすれた息を吐く。

「・・・とても・・・びっくりして。わたしに何かを修理できるなんて思わなかった。生き物を・・・気まぐれで・・・わたしは」

夜野はうつむく。朝露に冷えた首の皮膚がゆがむ。

「わたしは人を・・・生きてる物の心を傷つけるから」

装置は目を△にする。それから蛇腹腕を伸ばし頭からボロ布を引き出すと夜野に押し付ける。そうして、膝の上に飛び乗る。

「てめぇが寝てる間にな。わりと汚れたもんだ。掃除ぐらいしろ」

装置のスピーカーの振動がかすかに膝をくすぐる。

「まったく。俺のどこが生き物と同じさ。人間の気持ちの話だろ。そんなもの俺に通じるもんか」

装置の外装に夜野の鼓動が伝わる。人ではない。ハイアード。ヤツフサの模造人類。壊れるまでずっと戦ってきた敵だ。夜野がボロ布を広げて伸ばす。

「・・・気持ちがあるものはみんな生き物。わたしは傷つける仕組みだから」

夜野の上腕の重みを外装が検出する。

「そんな設計なんざ、信じるこたねぇだろ。壊れた革命装置。廃棄品だ。人が真っ当な頭で考えたコントールなんざ効かねぇだろ」

装置が体をゆする。壊したの後期型のねじが外装の隙間から落ちる。小ねじが地面を跳ねて瓦礫の山に還る。








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