1-13『安全至上主義』
武器が無い。
一見高い性能を誇る檜の棒+10だが所詮は只の棒切れでとにかくリーチが短く、対人戦ならともかくトカゲのような足元を四足で這うような動きの敵には攻撃しづらい。
《火球》も文字通り火力がまだまだ足りない状態で、仮に《火球》のみでトカゲを仕留めようと思ったら十発は撃ち込まないと駄目なんじゃなかろうか。連射すれば良いじゃん? 的な指摘は的外れで実状を知らない奴の意見である。あれ、一発撃つのにけっこう本気で集中するから速射は不可能なのだ、しかもちゃんと狙わないと命中しない、ホーミング機能とかは付いてないので真っ直ぐしか飛ばないし動き回るタフな相手なら直接ぶん殴る方がダメージ稼げる。
「と言う訳で、撤退」
無理、やだ、怖い。あんなん小さいドラゴンですよまともな攻撃手段が無いのに近寄りたくないよ刃物をくれなるべくリーチが長いやつを!
不用意に近付いて指とか食い千切られたらどうしてくれる、野郎、木刀をバリバリ咬み千切ったんだぞ!
そんな訳で俺には第三階層は早い。安全マージンもっと取らなくちゃダメだと強く認識する。
腰抜け野郎とかでは無いんだから、只の純然たる危険予測行動つまりKY活動なんだからっ! 空気読めない方の略称とはぜんぜん違うんだからねっ!
注意一秒怪我一生と言うじゃないか、たぶんダンジョンなら一生物の怪我も治る方法ありそうだけど痛い思いをしたという心の傷はずっと残るんだぞ。犬に噛まれて犬が嫌いになる人が居るように、モンスターにやられてダンジョンにビビる人になってしまったら困るじゃないか。
なので、せめてトカゲに有効な武器の入手、《火球》のレベル上昇による威力アップ。もしくは有効な戦術を発見出来ないと。
そう考え、俺は一旦ダンジョンから撤退する事にした。
◇◆◇
「……と言う訳でな、武器が欲しいんだ」
「いや、わたしに言われても」
ダンジョンから離脱後、リビングで妹がだらしない格好でテレビを観ていたので、雑談がてら話をしてみた。
「て言うか、お兄ちゃん貧弱」
「安全思考と言え」
「貧弱貧弱ゥ」
「うるさいよ」
無理に真似るのはよせ。
「だいたい武器が無いって言われてもさ、当たり前じゃない? 木刀とかも持ってる人なんてそんな居ないって」
「いや、木刀ぐらい持ってるだろ……」
「そんなのヤンキーの人か厨二病拗らせた人のどっちかだけだから」
え、そんな馬鹿な、だって定番土産だぞ木刀。
「……まあ、良い。納得出来る発言じゃないがそれは本題じゃないしな」
「納得しようよ。修学旅行の時に木刀買っていってた男子なんてそんな多く無かったから」
「それはもういい! とにかくな、その木刀もかじられてぶっ壊れたから他に何か武器になるような物無いかなと聞いてるんだよ」
「んー……包丁?」
「リーチ短くない……?」
いや、確かに刃物だしナイフにはなるだろうが。
「包丁が最強の投擲武器だったゲームだってあるんだよお兄ちゃん」
「ゲームじゃん」
にんじゃが投げる一品物アイテムの話は要らない。
「じゃあ、お兄ちゃんの靴下」
「てめぇはっ倒すぞ!?」
臭いってか、そこはせめて親父の靴下じゃね!?
「いやいやそーじゃなくて、えーと、靴下に砂を詰めて振り回すと鈍器に……」
「女の子の発想じゃないよねそれ!?」
何処の愚連隊の人だよ。即席鈍器とか普通考えても出て来ないよ。そもそもトカゲをぶん殴るのに使用したら一度で破けて使用不能じゃないですかね?
「なら、ダンジョンって密閉空間でしょ? なら小麦粉を充満させて粉塵爆発……」
「定番だなっ! でも俺も只じゃ済まないんだが!?」
お兄ちゃん肺が焼きつくされて死んじゃうんじゃないかな。だいたい粉塵爆発って言うほど簡単に発火させられないぞ。
「ウォッカとかテキーラに火種くっ付けて投げる」
「残念、火炎瓶にするにはアルコール度数がウォッカとか辺りでは足りないしそもそも未成年じゃ酒買えない!」
ついでに只のアルコールじゃ火力も足りねぇよ。
「もうっ! 何か無いって聞くから考えてるのにダメ出しばっかりしなくて良いじゃん!」
「いや、だって、なぁ?」
だって由芽の出すアイデアがどれひとつ取っても現実的じゃないんだもの。
「もういい知らないし。素手で戦えば? 己の拳こそが最強の武器なのだー的な事言えるようになるまで鍛えれば武器なんて必要ないよー」
「お前はお兄ちゃんに何を求めているんだ」
やだよ、素手とか絶対痛いじゃんか。
「だいたいさ、贅沢言い過ぎだよお兄ちゃん」
「ああん?」
「お父さんから一応最初に武器貰ってるんでしょ、それ以上の武器が必要ならダンジョンで頑張って見つければ良いじゃん」
「…………」
そうは言っても武器なんてそうそう落ちて無いだろ、宝箱すらまだ見つけてないのに。
いや、由芽の言い分も分かるのだがね。武器を調達しようにも高校生の身分では大それた物は年齢的にも金銭的にも事前に調達など難しいのだ。
銃などの重火器なんかは当然日本では所持禁止だし、猟銃なんかも免許が必要だし入手は不可能。
刀剣の類いだって同様だ。銃刀法に違反するような刃物はアウトな訳で。
まあ、ダンジョンに持ち込んでしまえばどうとでもなりそうではあるが、持ち込む迄がね。
そもそも、俺は法律に反する物を所持するつもりもないのだが。
「……まあ、なんとかしてみるよ、すまんな聞いて貰って」
由芽に軽く礼を言ってからソファーから立ち上がり、床下収納へと向かう。
「あれ、またダンジョン行くの?」
「まだ寝るまで時間あるしな、多少訓練ぐらいはしとこうかなと」
第三階層へは今日はもう向かうつもりは無い。それよりは第一階層で訓練の真似事でもした方が良いと思うんだ。
新しいモンスターが出没する度にビビって攻めあぐねてもね。なら安全マージン取る意味も含めて持ってる攻撃手段を多少でも鍛えたい。
「ま、武器はその内なんとかするわ、悪いな相談させて貰って」
「別に良いけどさ、そんなに進むの難しいの?」
「……んー、難しい訳ではないんじゃね?」
たぶん、負傷覚悟、死亡覚悟のいわゆる“死に覚え”を繰り返して進む前提ならそこまで難易度高く無い。
第一階層というチュートリアルも合わせて難易度調整を徹底しているように感じるし、まだ第三階層だがようやくマッピングが必要かな? と考える程度の緩さだし。
ダンジョン攻略系のゲーム、つまりローグ系のゲームは数える程度しかやった事は無いが、マッピングが必要になるのが第三階層から、加えてド素人が無傷で進めるようなダンジョンとか低年齢向けの物でもそうそう無いと思うぞ。
まあ、第四階層以降はわからんが。
「ま、親父が調整したダンジョンなんだし、是が非でも多数の人間に潜って貰いたいみたいだし、序盤はアミューズメントパークに毛が生えた程度って所なんじゃね?」
「ふーん?」
たぶん、痛い思いするのを受け入れるなら現状でもサクサク進める筈である。
ただ俺は安全思考なのだ。RPGで最初の町の最強装備が揃わない内に次の町へは絶対行かないタイプなのだ。
「せっかく優遇されて先行してるのに、お兄ちゃん後から始めた人にどんどん追い抜かれそうだよね」
「うっさい、高速攻略は性に合わないだけだし」
由芽の呆れ顔を横目で確認しつつ、俺は逃げるようにダンジョンへ向かった。
くそう、人の事ビビりだと思ってバカにしやがって。