第二話『仏壇』
仏壇に線香を立てて小さな遺影を見た。
小さな頃の、私そっくりの子供が笑っている。
「行ってきます」
(もう少しこぉ、明るく出来ないかな?)
「お弁当忘れてるわよ」
「あ…ごめんなさい、お母さん。じゃあ」
────────
「小テスト返すぞ~!安東、市原、上田…」
数学の先生が皆の席を廻りながらプリントを返して行く。
普通なら教壇に私達が取りにいく場面だけれど、先生はそれだと教室がバタバタして嫌なのだそうだ。
「坂田は満点。菅原、瀬田、但馬…」
「坂田さんまた満点かぁ…凄いな」
「……たまたまよ。正人君だって点数悪くないでしょ?」
隣の正人君が私のプリントを覗き込む。
それから上目遣いに私を見て微笑んだ。
顔が火照るのを感じる。
(軽薄そ~な笑い方、イケメンて信用出来ないな~)
そんな事は無い。
少なくともキモヲタデブの黒田よりずっとマシ。
────────
放課後の部室、ハッキリ云って私は行きたく無い。
アニメとか興味無い。
(小テスト…満点)
私は部室の扉の前で溜め息をついた。
視界がぼやける。
────────
「やっほ~♪黒田チン、一日振り~♪」
ぅう、その喋り方!
自分の口から出たとは思えない……
『黒田チン』と呼ばれたキモヲタデブはパソコンのモニターから顔を上げると、だらしない口許を更に弛ませた。
「おは、はお、おぅ!さ坂田殿ぉ、おはようでござるぅ」
…いや、もう放課後。
「ぃやん、黒田チンたらぁ、二人だけの時は『リナ』って呼んでくれなきゃメッだぞぉ!?」
ちょっと!止めて、こんな脂っこいのにしなだれかからないで!
「は、はふうぅ~ん!『リナ』殿ぉ~♪な、ならば!某も武士と」
「タケシ様ァ~ん♪」
き、気持ち悪い!
止めてお願いだから、バカップルみたいな真似しないで!
っていうか、『様』って何よ『タケシ様』って!?
ちょ、ちょっと?顔が近い!
…え!?ホント止めて理奈、それ私の唇!!
キモヲタデブと唇が触れた瞬間、私の意識は暗転した……
────────
〔理奈ァ!……私のファーストキス!〕
(いいじゃない、減るもんじゃなしって謂うでしょ?苦手科目替わってんだからそれくらい)
〔冗談じゃないわ!なんでよりによってあんな…〕
(ケーハク正人よかマシですぅ!見た目こだわり過ぎ!武士様は心から私を愛してくれてるのよ!)
私は自分のベッドの上、毛布を頭から被って震えていた。
涙が溢れる。
いくらなんでも酷い、酷過ぎる!
理奈はあのキモヲタデブと出逢ってから私の身体を好き勝手に使う様になった。
確かに私の苦手科目を今まで理奈は替わってくれている。
少しくらい身体を貸して、羽を伸ばして欲しいとも思う。
……でもだからって!
────────
「坂田ァ~ずいぶん調子悪かったな?」
返された小テストはさんざんだった。
「ちょっと…ヤマが外れて」
「そういう時もあるよ坂田さん」
正人君が慰めてくれる。それはそれで嬉しいけど……
(だいたい同じ脳ミソ使ってんだから、出来ないってのがおかしいのよ)
耳許で理奈の声が聴こえる。
私が黒田の事をさんざんこきおろしたせいで、理奈はヘソを曲げて小テストの時に入れ替わろうとしなかった。
〔それをいうなら理奈だって文系苦手でしょ!〕
(二人で身体を使ってるせいよ、だから上手く繋がらないのよね)
あの日、理奈が死んでから私達は一つの身体を共有して生きてきた。
子供の云う事を真に受ける大人はいない。一つの身体に二つの魂が入っているなんて誰も信じなかった。
今まで二人三脚で生きてきたのに…
(はあ、武士様今ナニしてるかな~♪ちょっと教室を覗きに)
〔駄目!絶対駄目よ!〕
きっと理奈は周りの目を気にせずにラヴラヴバカップルを演じるに違いない!
────────
仏壇の中で小さな理奈は楽しそうに笑っている。
あの日から十年になるだろうか…
線香に火を点し、御鈴を鳴らす。
(いったい誰に手を合わせてるワケ?)
〔仏様によ、早く成仏します様にって〕
(ふ~ん…)
私は理奈を無視して立ち上がると、お風呂に入る為、脱衣場の洗面台まで歩いた。
洗面台の鏡に映る私の顔は…
…理奈の目をしていた。
────────
「坂田さん、僕と付き合って下さい」
正人君からの言葉を聞いて胸の鼓動が早くなる。
きっと耳まで赤くなってるに違いない。
「う、嬉」
「しいけど…ごめんなさい。私好きな人がいるの」
……え!?
「そ…そっかぁ、残念だなぁ」
「本当にごめんなさいね?正人君にはきっともっと良い人がいると思うわ」
〔り、理奈?〕
なんで?
なんで勝手に理奈が喋ったの?
なんで勝手に歩いているの?
……身体の自由が利かない!?
ちょっと理奈!?
「武士様ァ~ん♪リナ告られちゃったぁ~♪同じクラスの菅原君にぃ」
「おおぅ!なんと!?す、菅原氏と謂えば学校一のイケメンんん!?」
「でもフッちゃったぁ~♪私には武士様が居るも~ん」
どうして!?
「……どうして!?」
…え?
黒田、なんで私と同じ事を?
「そ、某などよりよほど黒田氏の方がさわやかイケメンで勉強も運動も出来るではないですかあぁ!何故ェ~!?」
言っている途中から黒田はポロポロと涙を流していた。
「泣かない泣かない、武士様がリナだけを想ってくれるから、リナは武士様を選ぶんだよ♪」
────────
(そう…武士様は見た目じゃなく私そのものを愛してくれてるのよ?私の魂を)
〔い…いい加減にして!私の身体なのよ!もう返して!〕
(美奈…)
理奈は…私を憐れむ様に言った。
(…これを見て)
仏壇に納められている位牌を手にするとくるりと裏返す。
【美奈 享年六歳】
(…十年も経つと忘れちゃうのね?)
────────
「ただいま~!」
「おかえりなさいア・ナ・タ♪」
「リナ殿ぉ!お腹は大丈夫でござるかぁ!?」
「もお♪まだまだ産まれるまでかかるんだからぁ、心配し過ぎよぉ!」
キモヲタデブは私の入っているお腹を厭らしく撫で回す。
次いでいつもの様に仏壇へ両手を合わせた。
「お義姉様、なにとぞ!なにとぞこの子が無事産まれます様にお護り下され~!」
(良かったじゃない、いいお父さんになってくれるわよ……美奈)
子宮の中で私はうずくまり…
…消えていく自我を必死に掻き集めている。
誕生の時に忘れない様に。
…私の……
…………私の…身体よ……
…………………返して…
─────第二話 終。
楽屋裏
美奈「私の性格悪過ぎじゃない?で、今回も私死んでるワケ?」
理奈「……『タケシ様ァ~ん♪』って…私のキャラじゃないわ」
正人「ん~、ちょい役&振られ役は滅多に無い経験かな?」
武士「名前が武士だからってこの喋り方変でしょ。モテモテなのは嬉しいけど」
美奈「せっかくの双子なんだからシーン一つくらい一緒に出たいよね?」
理奈「まぁ次に期待しましょ」
美奈「そういや私、今回理奈以外から名前で呼ばれて無いわ…身体が理奈だったって伏線?」
理奈「…あー」