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マルガの手紙の二枚目には、シルディア攻略の作戦が書かれていた。
『シルディアが最大の難所となるのは、もうずいぶん前からわかっていました。
みんなが必死になってその攻略法を考えもしました。もちろん、私も。
骨さんが来る前の皇都の会議で、「ずっと前から言われていることなんだが」と前置きして将軍がぽつりといいました。
それはシルディアは、高い岸壁の上にそびえる要塞であり、長期間にわたる防衛を目的としているにも関わらず、水源がなかったことです。
人間は、あなたと違って生きるためには様々なものが必要になってきます。
食料、衣服、住居、それに水、です。
周囲に川もなく、それほど雨の振るような場所でもないのに、どうやってシルディアは飲み水を確保しているのでしょうか。
答えは一つしかありません。
おそらく、シルディアのそびえたつ岸壁の下に水脈があるのでしょう。
そこが唯一の突破口です。
バルバラ軍に侵入した間者からの情報によると、シルディアの地下に地底湖があるそうです。
シルディア城塞が立てられている岩盤のある部分を掘り進め、地底湖への空洞へと侵入し、内側から城門を開いてしまえば、いかなシルディアでも落ちるでしょう。
たくさんの犠牲が必要になってくるのは目に見えていますが、これしか方法はありません。
骨さんには仲間を率いて、シルディアに侵入していただきたいのです。
そこで夜間など、戦闘が終わった後にこっそりそこの岩盤を掘り進める作業を行ってほしいのです。
この作戦は今まで、バルバラを攻めた国が行ってきた作戦ですが、水脈の存在は予想できてもどこを掘れば良いかがわからなかったらしい。
ただし、エルザには私の占いがありました。
掘り進める場所についてはすでに将軍たちにも通達済みです。
バルバラの妨害が目に見えていますので、大きな音を立てないように。
大きな音を立てずに、岩盤を掘り進めるなんてできないと思われるかもしれませんが、ここで先ほどの私の話につながります。
今、そこにはドレン殿、ワイズさん、オルガと優秀な術師がそろっています。
彼らに岩盤を溶解させる薬品を作ってもらい、それを使って音を立てずに掘り進める作業をお願いしたい。
岩盤を溶かしながら進み、地底湖への道を作るのです。
術師三人は今、微妙な関係にありますが、骨さんが仲を取り持ってなんとか薬品を作らせてください。
ことは一刻を争います。
あなたに頼ってばかりで情けないですが、くれぐれもよろしくお願いします』
手紙はそこで終わっていた。
って、マルガ……。
さらっと難しいこと頼んできたな。
先生と元生徒二人の仲を取り持つって。
オルガはともかく、ワイズと先生の関係はもう修復不可能な気がする。
マルガの手紙にあったみたいに、先生の気持ちは自分にはわからない。ただ、書いてあったことが本当ならあとはワイズの気持ち次第なのか。
いや、でも先生もへそ曲がりっぽいから、素直にはならない気がする。
一番いい方法はどうだろう。
この手紙をワイズに見せて、先生の気持ちを教えてあげることだろうか。
それでもワイズは唾とか吐きそうな気がする。
ペッ、って感じで。
今さら、何言ってるんだって感じだろう。
だけど、これはきっと一つの楔になるはずだ。
オルガと先生にもマルガからの手紙を持って説得に行って、あとは将軍に相談しよう。
素直になれなくても、上から命令で無理やり一緒の作業をさせれば、とりあえず薬だけは完成するはずだ。
自分はその通りに動いた。
まずは、ワイズ。
彼に手紙を見せたら、わなわな震えだして、手紙を引き裂こうとしたので慌てて止めた。
でも、様子を見る限りでは何やらいろいろ考え込んでいる様子。
あるいは、思い当たる節でもあるのか。
たまに自分に何かを言いかけようとして、やめる。
そんなことを何回か繰り返していた。
オルガは素直だった。
「そうだったんだ……」
なんて、いまさら先生の気持ちを知ったようでひどく感心していた。
彼女は彼女で「どうしよう、なぐっちゃった」なんて言ってるところを見ると、先生の事が苦手ではあったけど嫌いではなかったみたい。
そもそも、ワイズが出て行った後もずっと先生の下にいたんだし、思うところはあっても憎むまではいってなかったのかもしれない。
ちなみに手紙を見せたときの反応はこうだった。
「もう、ねえさんたらいつも上から目線!」
ぷりぷり怒っていた。
そして、最後に先生の所に向かった。
彼は将軍の幕舎の近くに、自分の幕舎をもらってそこでおとなしくしていた。
特に拘束されているわけでもなさそうで、自分が訪ねて行ったときは、本を読みながらお茶を飲んでいた。
なんとも優雅な感じ。
「お前か……」なんて、自分を見つめてまたぷいっと読書に戻る。
近くに弟子もいたけど、彼らも自分には特に何もしてこなかった。
「えっと、マルガからの手紙を読んで来ました」
そういって、彼女からもらった手紙を差し出すと、先生は自分の手からそれをひったくるようにとって読み始めた。
そして、「ふん」と鼻で笑って、宙に放り投げた。
自分は下に落ちた紙片を慌ててひろい、きちんとそろえてきれいに折りたたんだ。
そして、それを頭蓋骨の中にしまった。
「ちょっと、なにするの」
文句を言ったが、先生は相変わらずだんまりだ。だから、自分から聞いた。
「読んだ通りです。作ってくれますよね?」
先生は、やはり、何も言わなかった。
まぁ、各人の反応は予想通りというかなんというか。
やっぱり、将軍に頼んで上からの命令で三人で作業してもらうほうがいいだろう。
理由を話すとエルザの将軍は苦笑いしながら、応じてくれた。
「まぁ、君の言うようにやるのが一番いいだろうね。ただし、命令は出しておくけど、三人には君から伝えてもらえるかな」
「えっ……」
その足で命令を伝えにもどった自分が、どれだけみんなから嫌味を言われたり、嫌な顔をされたかを言うのはやめておこう。
次の日から、彼ら三人はどこかの幕舎にこもって作業をし始めた。
最初だけ心配でついていったけど、顔を合わせたときはもう本当に緊張感がすごかった。
自分のあばらにひびが入りそうなくらいの緊張感だった……。
オルガはともかく、先生とワイズはにらみ合ったままずっとそこから動かないし、かといって声をかけられる雰囲気でもない。
しょうがないから、ここは自分が一発冗談を飛ばして場を和ませようと渾身のギャグ「行き倒れた旅人のむくろ」をやって見せたが、みんなクスリとも笑わない。
地面にうつぶせて寝転ぶだけじゃ、だめなのか。
ミザリはけっこう喜んでくれるんだけどな。
自分がうつぶせで倒れている間に、みんなはさっさと幕舎に入って薬を作り始めていた。
その場に一人、自分だけが取り残される。
さ、さみしい……。
エルザ軍は、シルディアへの攻撃をずっと続けていた。
おとりの意味もあるけど、自分たちが何をしているか悟らせないためでもあった。
攻撃の手を緩めると、バルバラの勘のいいやつに裏で何かしているのがばれるから、全力で攻撃を続けるらしい。
勘のいい奴と聞いて、ファルクラムの顔が思い浮かんだのは、内緒の話だ。
彼はただ強いだけじゃない。確かに強いんだけど、どこかずる賢いとこがあるように思うし、人の思惑を見抜くのも上手そうだ。
結局、それから二日くらいで薬は完成した。
その間、幕舎の中からは怒鳴り声や、何かが壊れる音などが漏れてきていたらしいが、この際、感情は後回しにしてもらいたい。
だって、このままじゃエルザが滅びちゃうからね。
薬はオルガが持ってきてくれた。
すごく疲れた顔をしていたが、理由を聞くのはよそうと思う……。
ちなみにワイズは自分の顔を見るたびに舌打ちするようになった。
まぁ、確かにマルガが計画犯で、自分が実行犯なんだけどさ。そこまで、怒らなくてもいいじゃない……。
さて、あとはこの薬で、シルディアの土台になっている岩壁の一か所に穴をあけるだけだ。
侵入メンバーの選抜もしないといけないし、やることはいろいろある。