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幕舎の中で受け取った手紙の封筒がどこか薄汚れていたのは、ここまで長い旅をしてきたからだろうか。
エルザからバルバラに入って平原を走り、森林を越えてようやく自分のもとに届いた手紙。
これを運んできた人も大変だったろうと思う。
自分はその封をおもむろに破ってマルガの手紙を読み始めた。
『骨さん。
お元気ですか、などと聞くのは愚かな問いかけなのでしょうね。
あなたが必死に戦っているのは知っています。
戦場を監視していた宮廷の筆頭魔術師ドレン殿が、勝手にエルザ城を出たためそちらの詳しい戦況はわかりません。
ですが、おおまかなところは星が教えてくれるので、ある程度の事はわかっているつもりです。
まずは身内のお礼を。
オルガの件については、ありがとうございました。
妹が自身の壁を乗り越えるお手伝いをしていただいたことに深く感謝します。
骨さんには、ご迷惑をおかけしたと思います。
ただし、ドレン殿がしてきたことについては彼自身だけの罪とは言えないことは知っておいてください。
特に妹が少女だった時代は、まだエルザが発展途上の時期でもありました。
早急に人材を育成するために、体罰も辞さない厳しい教育が望まれたのが当時の風潮だったのです。
ドレン殿が中心人物だったため、彼がその権化のように思われていましたが、国を思っての事だったのは、当時、それを見ていた皇様や私も知っていました。
結果として、言われたことをこなせる優秀な人間は育ちました。
しかし、自分の意志と責任をもって何かに取り組むことのできない子が大勢育ってしまいました。
優秀な手足にはなれても、頭脳にはなれない子供たちです。
今回の件で妹が大きく変わることはないでしょう。
彼女はまだ人に自分が何をしたらいいかを求めてしまう人間です。
自分が今何をすべきかを考えられるほど成長してはいないのです。
ですが、いずれ長じてこの国を背負って立つ人間になるのは間違いありません。
今のままでいてもらっては困るのです。
これが彼女が成長するきっかけになれば、と思っています。
それから、ドレン殿についてもう少しだけお話しさせてください。
もちろん彼も自分の生徒たちにしてきたことについて自覚はあります。
実は私にも何度が相談がありました。
しかし、ドレン殿は「自分をいい人だと思われたくない」人で、私が「生徒のことをよく考えてらっしゃいますね」と言うとものすごく嫌そうな顔をする方です。
本心とは逆の態度をとってしまう、そういう子供のような癖がある方です。
あの方も悩んでいたようです。
前はただただ厳しく生徒に教育を施す方だったのですが、そのうちそれが失敗であることに気が付き始めました。
彼は言いました。「ほめて伸ばすことも考えたのですが、それでは私に依存してしまうかもしれない。私に褒められるために頑張る人間にはなってほしくない」
そして、いつからかわざと生徒たちに反感を買うような態度をとり始めました。
突き放す教育です。
なんとも不器用なやり方ですが、それで自らの生徒たちの自立を促そうとしたようです。
ですが、それは失敗に終わりました。
先に施した教育が厳しすぎたのか、生徒たちはすっかり心を折られていて、ドレン殿がどんなに嫌味な態度をとっても顔を青くしてうなづくだけの人間になってしまっていました。
これは妹に関しても同じです。
しかし、一人だけ気骨のある子供がいました。ワイズさんです。
骨さんは周囲の人から何を聞かされているかは知りませんが、ドレン殿はワイズさんには大きな期待をかけていました。
ですが、心のどこかでドレン殿に依存していたように思います。
星が教えてくれました。ワイズさんは骨さんの舞台にいるそうですね。
その証拠に、今でも、まだドレン殿の事がふっきれずにいるのでは?
もう自分とは関係ないという態度をとっても、心のどこかで複雑なものを抱えているはずです。
研究を奪った件については、当時から私も皇様も把握しておりました。
少々やりすぎとは思いましたが、我々はそれを黙認しました。荒療治が必要だと思ったからです。
彼はあからさまにワイズさんの研究を奪うことで、ほかの生徒たちの自立も促そうとしました。
ワイズさんを中心にして、ほかの生徒たちも自分に反旗を翻すことを望んでいたのです。
そして、弾劾されたときはご自分も今の職を辞して宮廷から立ち去る準備もされていました。
ドレン殿は心のどこかで自分の生徒たちが間違っていることは間違っているといえる人間に育っていると信じていたのです。
しかし、結果は散々でした。
あからさまにワイズさんの研究が奪われたことに対して、ほかの生徒たちは全員口をつぐみました。
ワイズさんはそれでも多少抵抗はしたようですが、思ったよりもあっさりと引き下がり宮廷から出奔しました。
それを知ったときのドレン殿の姿は今でも鮮明に思い出せます。
膝から崩れ落ちた彼を見るのは初めてだったのです。
そのまま、ドレン殿は辞職を願い出ましたが、皇様はそれを許しませんでした。
「責任をとれ。最後まで面倒を見ろ」
皇様はそれだけおっしゃってドレン殿を重用し続けました。
また、災厄器を奪おうとした件についてもいくつか知っておいていただきたいと思います。
どんな人間でも、目の前に大きな力があると正常な判断力を失ってしまうものなのでしょうね。
災厄器については、こちらもある程度把握しています。そして、それをドレン殿が骨さんから奪おうとしたことも。
骨さんも知っての通り、現在、エルザ=マリアはバルバラとマトレンと交戦状態にあります。
物資も少なく、国としては正直、詰む寸前です。
しかし、ドレン殿はまだ道を模索しておられました。そして、災厄器の事を知った時、目の色を変えてエルザ城を飛び出していきました。
慌ててあとを追った私に、彼は叫びました。
「これでエルザは救われる!」
ただ、彼の事ですから骨さんにはなんと言ったことやら。
たぶん、自分のために災厄器を研究するのだ、とか言ったのではないでしょうか。あるいは、口をつぐんだか。
少々、重たい話ばかりでごめんなさい。
本当はもっと楽しい話を書きたいのですが、時期が時期なので私の心も荒んでいるようです。
ですが、このような手紙でも、すごく楽しんで書いているのです。
連日、私を狙ってバルバラやマトレンの暗殺者が宮廷に忍びこみます。私は誰が暗殺者なのか、事前に星に知らされているので大事には至りません。
しかし、人に命を狙われ続けるというのは精神的に堪えます。
取り押さえられた暗殺者が私をにらむたび、心がつめでひっかかれたような気分になります。
自慢ではないですが、エルザがここ数年で強国として台頭したのは占星術師マルガがいたからだと、バルバラの人間も、マトレンの人間も思っているようです。
私にもその自負はあるのですが、たくさんの人から命を狙われるのは自分の存在が否定されているようでやるせない。
正直、とてもつらいです。
この手紙を書いている今日も、来ました。これで三十八人目です。
さて、長々と申し訳ありませんでした。
では、本題に入りたいと思います。というのは、すでに予想はついているかもしれませんが、シルディアの攻略についてです。
戦争が始まる前から、シルディア城塞は大きな懸念事項の一つでした。
ここで足止めを食うこともわかっていました。
シルディアは、その名のとおりバルバラの盾です。ここを抜いて帝都に迫った国は今までにありません。
まさしく、難攻不落の要塞です。
骨さんは、なんで私が急にドレン殿の件について手紙を出したか、不思議には思いませんでしたか?
ようやく占いの結果がでました。
シルディアは三日で落とせます。
今からシルディア攻略の作戦をお話ししましょう。
作戦の成功には、ワイズさん、オルガ、そしてドレン殿の協力が必要です』




