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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
ただの骨 VS 腐蝕竜
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 派手な音を立てて竜が横倒しになった。

 初めて目にする光景に、体が震える思いがした。

 むき出しの腹が、すぐ手の届く位置にある。

 一瞬、マルガの言葉を思い出す。

 臓器の位置などはほとんどほかの生き物と一緒らしい。

 と、いうことは胸に肺と心臓、下腹部に腸と臓器などがあるはず。

 大体の位置も見当がつくが、竜は四肢と尻尾をばたつかせて必死にもがいている。

 めちゃくちゃに振り回された足で跳ね飛ばされそうだった。

 あの中に飛び込んでいってまともに攻撃できる気がしない。

 腹側はあきらめる。

 なら。

 逆鱗。

 やはり逆鱗を狙うのがよさそうだ。

 神経の集中している場所。

 背中側の首の付け根にある、一枚だけ向きがさかさまになっているうろこ。

 あまりの痛みからか、首も尻尾も、ものすごい勢いで振り回されている。

 危ないので、少し距離をとりつつ横倒しになった竜の頭のほうから背中側に回り込んだ。

 背中には体の構造上尻尾も首も届かないようだ。

 逆鱗はすぐに見つかった。

 ただ、すでに酸の入ったフラスコは使ってしまっている。

 本当だったら、ここでも逆鱗に酸をぶちまけてから攻撃しようと思っていたのに。

 竜は横倒しになったまま、まだ、もがいている。

 もう立てない?

 わからないが、あんまり悠長なことをやってるわけにはいかない。

 残りの武器は、剣、斧、連弩。

 多少使ったが、今回は連弩の矢はまだ二十本ほど残っている。

 まだ、このまま斧で攻撃したほうがよさそうだ。

 分厚い鉄の刃を持つ斧。

 瘴気にさらされて

 多少痛んではいるが、メッキ加工されたおかげでまだ全然使える。

 竜のアキレス腱を叩き切った、今、一番信頼できる武器。

 それを握りなおして、目標を定める。

 竜はバタバタ暴れているので、多少、動くが逆鱗はたたきやすい位置にある。

 おもむろに斧を振る。

 肉厚の鉄の刃が、唸りをあげてうろこを叩く。

 ガキィッ。

 聞いたことのない音。

 足首のうろことは違う音がする。

 固いのか、柔らかいのか、いまいち感触がわからない。

 ただ、逆鱗に斧を叩き付けた瞬間、竜の体がさっきまでとは違う感じでびくりと跳ねる。

 そして。

 竜が、本当に、本当に、苦しそうな声で咆哮した。

 悲痛な叫びに聞こえる。

 マルガが言うには、逆鱗は神経が集中している場所だという。

 うろこの上からでさえ、これなのだ。

 砕いて、内部を攻撃したら倒すことだってできるはず。

 斧を持つ手に力が入った。

 逆鱗を攻撃するたびに、竜は叫び声をあげた。

 夢のような光景だ。

 イメージだけはしていた。

 が、やはり想像するのと、実感するのとでは何もかもが違う。

 斧は実によく仕事をしてくれた。

 木を切るために生まれてきたのに、竜のうろこをたたき割るという無茶ぶりによく耐えてくれた。

 徐々に、逆鱗に斧の刃の先が食い込んでいくのがわかった。

 体のほかの部分よりも柔らかいのかもしれない。

 そうして、何回か斧を振るった後で、異変に気付いた。

 ぐわっ、と。

 目の間にあった逆鱗が頭上に、高い位置に移動して離れていった。

 え……。

 おきあがって……。

 急いでその場から離れる。

 竜の体全体が見える位置まで。

 竜は。

 立ち上がっていた。

 二本の脚で、ではない。

 三本の足で。

 右の後ろ足だけかばうように。

 二本の前足と、一本の左後ろ足で。

 まじか。

 四つん這い。

 起き上がると、首をもたげてこちらをに見つけてきた。

 竜の顔は表情がわかりにくい。

 ただ、これまでにない殺意が感じ取れた。

 不意にかみつきがくる。

 二本脚よりも安定するのか、食いちぎるようなかみつき攻撃が高速で襲ってくる。

 さっきまで、あんなにふらふらだったのに。

 体力だって削りきったと思ったのに。

 なのに、なんだ、この勢いは。

 ガツッ!

 ガツッ! 

 目の前で、何度もかみ合わされる、竜のあぎと。

 横倒しにしたら、そのまま逆鱗を叩いて竜を倒せると思っていた。

 だが、まだ甘かったようだ。

 想像力が足りていなかった。

 使えるすべての足を地につけた竜の攻撃を躱しながら観察する。

 三本足のほうが安定するのか。その態勢での連続のかみつき攻撃。

 まだ、見てないが、おそらくこれにブレスも混ぜてくるだろう。

 だけど、こちらに顔を向けている以上、尻尾の攻撃を繰り出してくるのは難しそうだ。

 あれは二本足で立ち、体をねじって遠心力で尻尾を振る。

 だけど、今の状態だとそれは無理だろう。

 さらに、爪での攻撃ももはや難しいと思う。

 足が四本揃っていたら、前足を一本つかって爪で攻撃もできそうだ。

 だが、三本足だと、前足一本と後ろ足一本で体を支えなければならない。

 確かめる必要もあるだろうが、警戒の優先順位は下げていい気がした。

 と、思った矢先。

 ごばっ。

 周囲に砂埃が舞い上がった。

 竜が羽ばたいたのだ。

 なんで…!?

 風撃でこちらを吹き飛ばすのが目的ではないと思う。

 目の前から、竜の姿が急に消えた。

 混乱する。

 どこ……!

 なんのために羽ばたいた。

 翼は地面を向いているので、「空を飛ぶ」という本来の目的のため羽ばたいたと思う。

 空中!

 とっさに上を見上げた。

 竜の巨大の体が自分の頭上を覆っていた。

 必死で走って、足りない分は横っ飛び。

 どぉおおん!

 爆発音? 衝突音。

 羽ばたいて飛び上がってからの、体全体を使ったボディープレス。

 あ、あぶねえぇぇぇぇ!

 食らえば一撃でぺしゃんこだ。

 

 竜はかみつきとブレス、そして思い出したようにボディプレスを繰り出してきた。

 怒りで疲れを忘れたのか、倒れる前よりも激しく攻撃を繰り出してきた、

 あるいは、竜も必死なのかもしれない。

 また、待ちの戦法に戻ろうかと思った。

 だけど、それは装備が許さなかった。

 鞘にしまってあることが多い剣は無事だった。

 だが、鎧も、盾も、斧も、連弩も、腐蝕が進んでダメになりつつあった。

 これ以上、時間を長引かせるわけにはいかない。

 どうにかしなければ。

 もはや、出口はふさがれている。

 逃げることはできない。

 決着をつけるしかないのだ。

 それにわかっていた。

 エミリの状態、ランバートの街の状況。

 もう、次なんてない。

 これが最後のチャンスなんだ!

 考えなければならない。

 何か、思いつかなければならない。

 竜の逆鱗は後、数度、斧で叩けば砕けると思う。

 だけど、今の起き上がった状態では叩けない。

 もう一度、横倒しにしなければ!

 足をもう一本?

 だめだ!

 斧がもう持たない!

 なら、何か、何か。

 バランスを崩すには……。

 支えを取り除く……。

 感覚を失わせる……、感覚、感覚器管……。

 ……。


 三半規管。


 竜の体がほかの生物と同じなら、耳の奥に三半規管があるはず。

 それにダメージを与えられれば、感覚を狂わせて、もう一度竜を横倒しにできる!

 でも、方法が……。

 いや、ある!


 連弩に矢を装填した。

 かみつきに来た竜の頭部。

 耳もそこにあった。

 情報処理の関係上、センサーは処理中枢に近いほうがいいのだろう。

 生物の共通点。

 さっきから、聞いたこともない言葉が頭を掠める。

 記憶……? 

 記憶……。

 どうでもいい!

 今はそれどころじゃない。

 弧を描いて、竜のあぎとが自分に迫る。

 ものすごい速度で、空を切りながら。

 それを一瞬後退して躱す。

 暴力が通り過ぎた一瞬。

 描く弧をそのままに、竜の側頭部が見える。

 耳も。

 わずかな穴。

 そこに連弩で矢を射かける。

 びす、びす、びす。

 だめだ。

 当たらない。

 耳の穴をねらって矢を射かけるなんて、そんな器用な真似、自分にできるはずもない。

 しかし、ほかに方法もない。

 今はこれしか。

 かみつきがくるたびに、連弩で矢を射かける。

 残り矢の数はどんどん減っていく。

 撃ちきって装填する。

 残り、十本。

 そこで奇跡が起きた。

 いや、三半規管を破壊できたわけではない。

 放った矢が、竜の目に刺さった。

 刺さった瞬間、激痛のあまり、竜はかみつこうと伸ばした首をそのままに、地面に倒れた。

 痛みで動けず、わずかに震える竜はあごを地面につけたままだ。

 チャンスはここしかない!

 狙いやすい位置にあって、しかも全く動かない!

 慌てて駆け寄って、連弩を構え、耳の穴の入り口で連弩のレバーを全力で回した、

 びすびすびすびすびすびす!

 いままでにない回転率で矢が飛び出して行った。

 そして、すべての矢を打ち切ると自分はその場から飛び退った。

 耳の穴に直接打ち込まれた矢は確かに効果があったはず。

 人間だったら、鼓膜や三半規管、果ては脳にまでダメージを与えられたはず。

 ただ、それにしても頭蓋の形が違うのか。

 激しく体を震わせたが、死にまでは至らなかった。

 

 でも。

 バランス器官を破壊できたのか、竜は再度、倒れた。

 そして、感覚を完全に失ったのか。

 起き上がろうとしては足をもつれさせてまた倒れた。

 行け!

 行け!

 何かが叫んだ。

 再び、竜の背後に回り込む。

 先ほどと同じようにそこには壊れかけた逆鱗があった。

 多少、暴れているが関係ない。

 斧を何度も打ち込む。

 数十回。

 逆鱗が砕けた。

 同時に斧も限界だった。

 肉厚の刃も、同時に砕け散った。

 連弩の矢ももうない。

 あるのは、腰の鞘に刺した剣だけだ。

 砕けた逆鱗の下に、肉が見えた。

 そこに向かって抜き放った剣をおもいっきり突き立てる。

 ずッ……!

 思いのほか、深く突き刺さる。

 さらなる激痛に見舞われたのか。

 竜がやはりじたばたもがいた。

 何度も無理に立ち上がろうとしたが、無理だった。

 自分は剣から決して手を放さなかった。

 竜が体を起こそうとしたときに、刺さった剣もろともに体が宙に持ち上げられる。

 だが、もう武器はこの剣しかない。

 放すわけにはいかなかった。 

 少しでも。

 少しでも、深く剣が突き立てられるように。

 ねじったり、体重をかけたり、えぐったりした。

 そのうち。

 どれくらいたったのか。

 気が付いたら、竜は全く動かなくなっていた。

 そのころになると、洞窟の天井の吹き抜けから、太陽の光が差し込み始める。

 何日戦ったか、もう覚えてない。

 二日? は、戦ったように思う。

 それとももっと?

 何日も、何日も。

 そして、また夜が明けた。

 勝った。

 の、だろうか。

 全身を激しい虚脱感が襲った。 


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