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ゲンさんに仕事を増やしてもらえないかどうか聞いたけど、無理だった。
そもそも食料の物価が上がって余裕の無い時に木材が売れるわけがない。
衣食住のなかで人間に一番必要なのは、食べ物だ。
極論するなら、家が無くても着る物が無くても、食べてさえいれば人は生きてはいける。
「すまんな、骨」
ゲンさんは申し訳なさそうに言った。
それは、朝すれ違ったあの母親と同じ顔だ。
子供に腹が減ったと訴えられて微笑むしかないあの顔だ。
何とかできないのかな。どうすればいいんだろう。
考えたって、何も思い浮かばない。
そもそも、自分は何にもわかってないのだから。
その日の仕事を終えて村の入り口にまで戻ってくる。
すると、急に道の脇に腕を引っ張られたので見てみると、それはロイ君だった。
「え、何?」
日ごろから可愛らしい恨みをかっているのはわかっている。
ひょっとして小言の一つでも言われるのかな、と思ったがそうではないらしい。
ロイ君は真剣な顔で言った。
「いいか? あんまり物音たてるんじゃねぇぞ」
「う、うん」
なんだろう、何をしたいんだろう。
彼は、骨で皮すらない自分の細腕を引っ張っていく。
でも、なんでこんな家の裏手ばかり通るんだろう。
ついた先は自分が最初に住んでいた小屋だった。
「エミリに頼まれて、お前をここに隠しに来た。頼む、絶対でてくるなよ? ろくなことになりそうも無いからな」
「え? え?」
突然、何を言い出すんだろう。
わけがわからない。
「とにかく、絶対出てくるな。すまん、わけを話してる時間も無い」
ロイ君は自分を小屋に置き去りにすると、さっと立ち上がって出て行った。
慌てて自分も外に出ようとしたが、小屋の外から荒々しい声で誰かが叫んでいるのが聞こえた。
「おい! さっき便所に行ったやつはどこいった?」
それにロイ君が大声で答える。
「はいはい! 今、戻りますからね!」
どうやら村の広場のほうで何かがあったみたいだ。
でも、何が?
いや、考えたってわからない。
ただ、なにかしら変なことになってることだけは確かなようだ。
うん、どうしよう……。
ロイ君は絶対出てくるなって言った。
そして、多分、それが正解なんだろう。
でも、何かが起こっているときにただじっとしているなんてできない。
もし、できるなら、自分はずっとあの廃墟で三角すわりをして空を眺めていただろう。
とりあえず、何が起こっているかだけでも確認しよう。
言われたとおり隠れながら。
でも、それも事と次第による。
仮に何かが起こったとき。
こんな自分でも何かできることがあるんじゃないだろうか。
いや、こんなときだからこそ、何かしたいんだ。
小屋の戸を少しだけ開けて外をうかがう。
まだ、日は落ちきっていないのに誰も歩いていない。
でも、やっぱり村の広場のほうからざわざわと不安そうな村人たちの声が聞こえてくる。
慎重に周りを確認すると、家や木の影を転々と移動する。
人目を忍んで移動するなんて、廃墟で目覚めた最初の夜を思い出す。
そして、誰にも見つからずになんとか村の広場にたどり着いた。
そこには自分以外の村人たちが全員集まっている。
向かいには鉄の剣と鎧で武装した男が数人。
一番奥に守られるようにして、濃い紫のローブを着た女の人がいた。
フードも被り、口元もベールで覆い隠していてわからないが、整った鼻筋と綺麗な瞳が見えた。
武装した男たちは兵士か傭兵だろう。
一番、体格がよくて偉そうな男が隊長らしい。
隊長が紫のローブの人に確認する。
「ここで、間違いないんですよね?」
はい、と紫のローブの人は言った。
「私の占い、ピタリと当たります」
隊長はうなずくと集められて不安そうにしている村人たちに叫んだ。
「村長はいるか!」
ドスの聞いた声だった。有無を言わせない迫力があった。
その声を聞いた大人たちは一瞬びくりとし、子供の中には泣き出してしまう子もいた。
しばらく、どよめいた後、村人たちを割って村長が前に進み出る。
「私です」
隊長は村長を見下ろして言った。
「お前に聞きたい。村人はここにいるので全員か?」
村長は集まった村人たちを全員、丹念に見回した。
そして、もう一度、隊長に向き直って落ち着いた声で答える。
「全員ですな」
その答えは意外だったのだろうか。
「マルガ様?!」
隊長はどういうことかと若干責めるような口調で、マルガ、紫のローブの人を振り返る。
マルガは「そうですか」とため息をつく。
「見たところ、探している人物は見当たらないようですね」
「それでは?」
ここにはいないのですか、と隊長は続けた。
だがマルガは首を振った。
「いいえ、どこぞに隠しているのでしょう。みなさん、お願いできますか?」
その言葉を聞いて、隊長が合図を出した。
剣と鎧をで武装した兵士たちが、手近な家に入ろうとする。
鍵がかかっているのを見るや、その戸をけり壊して中に入っていく。
水の入った大きな瓶は倒され、道具の入った大きな木箱は叩き壊された。
人の隠れそうな場所には無遠慮に入り込んだし、人の隠れそうなものは片っ端から壊していった。
村の男たちは一瞬、怒りに顔を染めたが、兵士たちの腰の剣を見ると悔しそうに下を向いた。
村の女たちは悲鳴を上げた。
それを聞いて、また頭が真っ白になってしまった。
あいつらが何者かは知らない。
そして、自分みたいな怪しいヤツが村にいることが見つかったらろくなことになりそうもない。
わかってる!
わかってるんだけどさ!
「やめろ」
今まさに家の戸をけり破ろうとしてた兵士の一人を後ろから羽交い絞めにした。
「なんだ? お前?」
村人の一人がささやかな抵抗でもしたと思ったのだろう、うっとおしそうに振り向いて自分のしゃれこうべと目が合った。
兵士は悲鳴を上げて、仲間を呼んだ。
視界の端でロイ君が見えた。
その顔が「バカ!」と責めているように見えた。