12
待って! 待って! 待って!
久しぶりに頭が真っ白になった。
もう、なりふり構ってなどいられなかった。
でも、どうすればいいのかわからない。
わからないなりに、それでも力いっぱい叫ぶ。
待って! 待って! 待って!
「待って!」
小屋の中に、大きな声が響いた、ように思った。
それは確かに自分の声で。
ミザリはピタリと泣き止んだ。そして、棺桶の中にいる自分をのぞきこんだ。
あ、あれ?
棺おけのふちに手をかけて、自分の顔を見つめているミザリと目が合った。
他の人たちも、次々と棺桶をのぞきこんでくる。
あ、あら?
えっと……。
えっと……。
えっと……。
「みんな、聞こえる?」
数秒の沈黙の後。
ミザリがこくりとうなづいた。
そういえば、体もなんか動かせるような?
そんな気がしただけだったが、腕をあげると、あ、やっぱり上がった。
棺桶のふちをつかんで起き上がることができた。
…。
……。
………。
おぃぃ!
まじか!
なんか、復活。
立ち上がって棺桶からでると、ミザリがぎゅっと抱きついてくる。
それを抱きしめ返す。
胸もおなかもないからうまく抱きしめてあげられない。
けど、背骨と肋骨でミザリの頭を包むように抱いた。
子供の高い体温が骨に染み渡る。
それにしても。
あぶなかったー。
もうちょっとで人生?詰んじゃうとこだった。
エミリが目に涙をためたまま、唖然と言う。
「あ、あんた……?」
「えっと、なんか、復活しちゃったみたい」
てへぺろ(うまく舌が出せない)
「でも、みんなの声は聞こえてたんだよ?」
しばらく、呆然としていた一同だったが、だんだん状況が飲み込めてきたらしい。
彼らの顔は青から、赤や黄色に変わっていった。
「あんたの死んだふりはシャレにならないんだよ!」
ぱこんと頭を殴られる。
脳みその入ってない頭蓋骨は乾いたいい音がした。
ゲンさんは、肩をばしばし叩いて来る。
あまりに強くたたかれたもんだから、肋骨が一本ぽろっと落ちた。
が、拾ってもとの場所におしつけてたらなんかくっついた。
えー。
この体、適当すぎる……。
我が事ながら若干心配になったが、そういうものだとあきらめるしかない。
ロイ君は、大きな舌打ちをしながら小屋を出て行った。
エミリもすぐに小屋を出て行った。後を追ってみたら、いろんな人に頭を下げているようだった。
多分、葬式の準備をしていた人たちに謝りにいっているのだろう。
ところで、自分はそういえば仕事の途中だった。
「ゲンさん、仕事に戻ってもいい?」
そう言うと、なぜだかゲンさんはこっちをあきれた目で見た。
そして、わははと笑って「いいぜ」と言ってくれた。
自分はふたたび斧をもって森の中に入っていった。
ゲンさんと、それからミザリも一緒だ。
ミザリはいまもずっと自分の腰骨にひっついたままだ。
仕事の邪魔にならないかな?
ゲンさんに目で確認すると、苦笑いしながら許してくれた。
ミザリを安全な場所にある切り株に座らせて、自分とゲンさんは仕事にとりかかった。
一本目より二本目、三本目のほうが確かに早く切り倒せるようになった。
けど、自分はやっぱり非力なのか。
一日の間に、ゲンさんの三分の一、普通の人の半分の仕事しかこなせなかった。
でも、あきらめない。
半分の速度しかだせないなら、倍の時間、働けばいい。
皮膚も筋肉も内臓もない代わり、自分には精神的な疲れはあっても、肉体的な疲れは全くない。
気持ちが張っているときは何日でも連続で働くことができた。
もちろんミザリと遊ぶのも忘れない。
彼女は相変わらずしゃべることができなかった。
が、自分といるときはいつも子供らしくきゃっきゃと笑った。
笑顔が戻ってから変わったのか。
そのうち村の子供たちとも駆け回る姿が見られるようになった。
そうなると、ミザリはエミリにまかせ、自分は仕事に打ち込んだ。
一週間、一瞬も休むことなく働いた。
自分の分を終わらせるとゲンさんの分まで一気にやった。
予定よりもだいぶ早く注文の木材を出荷できた。
「骨、お前、すげぇな」
ある朝、ゲンさんが仕事場に現れたとき、あたり一面切り株だらけになった場所をみてつぶやいた。
そうそう。
仕事が早く終わった分、お金も早くもらえた。
手渡された皮袋の中には、聞いていたよりもたくさんのお金が入っていた。
「ゲンさん、これは?」
ゲンさんは何も言わず、たくましい背中を向けると一言。
「とっとけ」
ああん、惚れそう。
そういえば、自分は男か女かもわからなかったっけ。
もらったお金はエミリに渡した。
ミザリの食べ物と服を買ってきてもらうためだ。
エミリは近くの町に下りていって、かわいらしい上着とスカートを買って来てくれた。
それを着てミザリはまたきゃっきゃと喜ぶのだった。
子供は小さな器みたいだ。
注げば、こうしてすぐに溢れる。
ところで、あまったお金で自分は中古の斧を買った。
自分の仕事道具がほしいと思ったからね。
エミリに小言を言われ。
ロイ君ににらまれ。
ゲンさんに肩を叩かれ。
ミザリは毎日、肋骨にぶら下がってくる。
毎日が幸せだった。
でも、良くも悪くも自分は特殊な存在だった。
だから、目をつけられた。