君を想う(10) 新たな出発
ポポの指示が効いているおかげで、周辺には人外の気配はない。先ほどのホテルデッド内の喧騒が嘘のようだ。
時折人界とを繋ぐ穴から落ちてくる、荷物の落下音しかしない。
「……急だな。もう少しゆっくりできねぇのか?」
「私が指示したとはいえ、あまり長時間だと怪しまれます。ましてや今日は人界とを繋ぐ穴が通じている日。荷物の運搬がありますから、作業を滞らせるとオーナーたちの機嫌も損ねることになります」
ポポはウミの方を向くと、肩に手を置いた。
口元を緩ませにこやかに口を開く。
「ウミ。私はそばにいることはできません。ですが、いつも貴方のことを思っています」
「父さん……」
「私の心配はしなくて大丈夫です。貴方が生きていた――それだけで、私にとっては生きる希望です。……いつかまた、顔を見せてください」
「……うん。絶対、また来るから……絶対、生きてて……」
涙を堪え顔をしかめるウミに、ポポは軽く抱き寄せ背中をさする。
「……一生会えないわけじゃありません。貴方は精一杯、今を生きてください。私と美羽が掴めなかった幸せを、貴方はちゃんと掴んでいてください」
「うん、うん」
一生懸命頷くウミを見たポポは微笑み、ようやく身体を離した。
そして続いてライスを見つめる。
「ライス。頼みましたよ」
「あぁ。また金貯めて来るから。絶対死ぬんじゃねぇぞ」
「……楽しみに待っていますよ」
ライスは頷いて答えると、ウミを抱き上げ――お姫様抱っこ――背中の白い翼を広げる。
ライスは平然としているが、抱えられているウミは顔を真っ赤にしていた。その様子を微笑ましくポポは見つめる。
「ちょ、ちょっとライス! 私背中に乗るよ!?」
「……お前、小さいならまだしも、もう身体でけぇんだから。背中に乗られると翼を動かしずれぇんだよ。これでいいんだろ? 絶対落とさねぇから」
そういうと翼を大きく羽ばたかせ始めた。
「……じゃあなポポ。死ぬんじゃねぇぞ」
「会える日を楽しみにしています」
ポポの言葉を聞き終えて、ライスは一気に駆けだし始めた。
と同時に翼を力強く羽ばたかせ――飛び立って行った。
あっという間に上空へ舞い上がり、寄り添うシルエットが見える。
どんどんと小さくなるシルエットを見つめながら、ポポはポケットにある小瓶を握り締めた。
「……美羽。娘のあんな幸せそうな顔を見るだけで、私自身、とても幸せな気持ちになりました。……貴方にも見せてあげたかった。……美羽。貴方のおかげで娘は、幸せに暮らしています。……これからも一緒に、見守りましょう」
シルエットの消えた空に向かって、ポポは独り言を呟いた。
美羽のかけらと共に、ポポは再びホテルデッドへと戻って行った。
◇ ◇
ライスは、この状況と似たことがあった、と少し昔を思い出していた。
初めてウミを拾った日――まさしく今と同じ状況で、ホテルデッドから離れるためウミを抱えて飛び去っていたのだった。
当時、言葉もまともにしゃべられない子どもだったウミ。それが今や、立派な女性となっている。
「……た、高いよライス!」
腕をライスの首に回し、怖いのだろう身体全体が力んでいる。
――昔とは大違いだ。そんなことを思い、フッと笑みをこぼした。
「昔のお前は笑ってたぞ」
「え? 何のこと?」
「いや……忘れてるなら別にいい」
眼下には建物や人外が小さく見える。あまり低いところを飛ぶと、バレてしまう可能性があるし、何よりも今から超えなければいけない壁が高い。
キリング区画とアナザー区画へ分けている黒い壁だ。
「ライスって……飛ぶの得意じゃないんでしょ? 大丈夫?」
そう言っている間も、どんどんと壁に近づいている。
得意じゃないとしながらも、羽ばたく力は変わっていないし飛ぶ勢いも衰えていない。
「お前を抱えたまま落ちるわけねぇだろ? それよりしっかり掴まってろよ」
「え? ……うわっ!」
ライスはいきなりスピードを上げて、一気に壁を乗り越えた。
壁の上にも有翼人外が警備をしているが――キリング区画から出ていく者に対しては素通りのようだ。
上を飛んでいくライスたちに視線を向けるものの、追いかける気配は見せなかった。
「……よし。ひとまず、大丈夫だな」
「これから……どうするの?」
不安げに見つめるウミに、ライスはいつも通りの笑みで答えた。
「民宿で金稼ぐんだよ。それで、貯まったらポポに顔を見せに行く。当面はこの繰り返しだ」
「ライスは……それでいいの?」
「……ん、どういう意味だ?」
「だって……」
ポポはウミの父親であって、ライスとは直接何の関係もない。
そのポポに会うためだけに金を稼ぐ――ライスにとっては何の得にもならない話のように思えた。
視線を落とし申し訳なさそうな俯くウミを察し、ライスはわざとらしく大きくため息を漏らした。
「……ウミ、分かってねぇな」
「何が?」
「ポポがお前の父さんということは、俺にとっても父さんなんだよ」
「……どういうこと?」
「……。もういい」
「え!? 教えてよ!」
「あーわかったわかった。いつか教えてやるよ。ひとまず、民宿に戻るぞ」
家畜たちと再会したライスたちは、再び民宿営業を再開させる――。
やがて――民宿にまつわる新たな噂が町に広がった。
気持ちの良い露店風呂がある民宿は、美しいヒトと乱暴な人外が仲睦まじく経営している――と。
ここまでお読み下さりありがとうございました!
これにて本編は終了です!
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