第44話 ラタトゥイユ
帰宅すると早速、晩御飯の準備に取り掛かる。
ラタトゥイユ。小さなころに見た、某ネズミの会社の、某ネズミが料理をするアニメにこの料理は登場し、そこで存在を知った。そしてあこがれを持ち、母さんとこの料理をたびたび作るようになった。
今から僕が作るラタトゥイユは、あのアニメで見たやつほど華やかではないし、おしゃれ感もない。それでも、味は確かなものであると自負できる。
炊飯器のスイッチを押して、お米の準備は完了。ラタトゥイユの材料や調味料、そしてもう一品用のブロッコリーもキッチン上に揃え、いざ調理開始だ。
まず最初に野菜を適当に切る。適当でいいのだが、ちゃんと食べている感覚が欲しいので、溶けてしまわないように、細かく切らないように注意する。
ズッキーニ、ナス、ピーマン、パプリカ、玉ねぎ。それらを切り終えたら、しめじをばらして、すべてボウルにまとめる。
深めのフライパンに、オリーブオイルを適当にひいた。コンロを点火させると、刻んだニンニクを温める。ニンニクの風味がオリーブオイルに移るよう、じっくり炒めてやったら……
「切った野菜を投入!」
戌子がボウルに入った野菜を、フライパンへ投入した。
「いや、なんでお前がいるんだよ」
僕は野菜を炒めながら聞くと、制服姿の戌子は背後から抱き着いてきた。
「ちょっと、危ないって」
「……だって、日和さんに負けてられないから」
どうやら日和さんへ対抗意識を燃やしているようだ。
「手伝ってくれるの?」
「まあ、あたしにできることならなんでもするよ」
「それなら、ブロッコリーを茹でておいてくれないか」
「おっけー」
と答えながら、いきなり僕の首筋に鼻をくっつけてきて。スウ~と匂いを嗅いでくる。こそばゆくて、背筋がビクビクとした。
「お前、何してんの?」
「もうお兄吸いを我慢しなくていいんだもん。吸えるときに吸っていいよね」
「なんだよお兄吸いって」
変態かよ。
こいつが匂いフェチなところは、以前からなんとなく気がついてはいたけれど、僕への思いを告げてから、ここまで堂々と匂いを嗅いでくるようになってしまって。嫌、とは言わないが、恥ずかしいんだよ。
「てか、本当に危ないからどいてくれ」
「あ、ごめん」
と、強めに胴体に巻きついていた腕を離してはくれたが。
「ねえ、お兄」
「なんだ?」
「お兄から複数の女の匂いがしたんだけど、学校でナニしたの?」
と、目を細めて聞いてきた。
「ふ、複数の女の匂いって?」
まあ、何人かの女の人とは話したが。
「なんかお兄から、甘ったるい尻軽そうな匂いと、湿っぽいジメジメした匂いと、スッキリしたかっこいい匂いと、疲れたスパイスっぽい匂いと、清潔感のある石鹸みたいな匂いがしたんだけど」
あー……
多分こいつは僕から、猫俣さんと、大井先輩と、鳩島先輩と、弥先生と、百地の匂いを嗅ぎ取ったようだ。
なんで、近くにいただけの人の匂いを嗅ぎ取ることができるんだよ。
「なんだ前、こわっ!」
「あと、お兄に敵意むき出しの有象無象の匂いもする」
多分、木原さんたちの匂いも感じ取っている。
というか、どうして相手の感情まで匂いから読み取れるんだ?
「で、この女たちの匂いは何?」
「何って、大学なんだから女性と話すこともあるだろ? そんなのいちいち指摘されても困るって」
「ふーん。特に、この石鹸っぽい匂いが気になるんだけど」
「あー、そいつは男だ。高校の後輩の」
「あ、そうなの。じゃあ、あいつじゃないのか」
あいつ?
なにやら意味深なことを言いながら、戌子は小鍋に水を張り、湯を沸かし始めた。
僕は野菜を軽く炒め終えると、いったん火を止める。そして二つのトマトを細かく刻み、フライパンに投入し、再び点火。
ここからはトマトの水分で野菜を煮込みながら、コンソメで味を調えていけばいい。以外に簡単な料理だ。
「茹で終わったよ」
それから少しして、戌子は茹でたブロッコリーを、冷水を張ったボウルに入れた。
「ブロッコリーは何にするの?」
「母さんがよく作ってくれたやつを作ってみようかと」
茹でたブロッコリーを小房に分けたら、浅めのフライパンにまたオリーブオイルを引いて、ニンニクも炒めて匂いを移し、そして袋入りの輪切りになった鷹の爪も加えて温めたら。ブロッコリーを投入して風味をまとわせる。
「これってペペロンチーノの作り方に似ていない?」
「そう。ペペロンチーノのブロッコリーバージョン」
「おいしそう。お兄やるじゃん」
そう。意外と僕は料理ができるのかもしれない。ブロッコリーのペペロンチーノは初めて作ったが、意外とうまくいった。
「ねえ、あたしたち二人でキッチンに立ってて、なんだか夫婦みたいじゃない?」
と、戌子はウキウキしたようにつぶやく。そんな話を昨日も日和さんとしたような気がするが。
「お前とじゃあ、やっぱり兄妹にしか思えんな」
「えー、まあ一日二日じゃあ、あたしへの気持ちも変わらないよね」
別に、全く変わってないわけじゃない。戌子のことは以前まで、ただの妹としか思えなかったが。今では血のつながらない、可愛らしい女の子なのだと認識している。さっき抱きつかれたときも、内心ドキドキしてしまったし。
なんてやり取りをしながらお勝手を進めていたら。
「ただい……お邪魔しまーす」
と、日和さん帰ってきた。
「おかえりなさい、日和さん!」
「けっ。ただいまって、住んでるわけじゃないのに」
と、戌子は何かぶつぶつと嫌みを言っている。
「いやー、星也くんの作ってくれた料理、楽しみだなー」
日和さんはワクワクしながらキッチンに入っては、僕の作った料理を確認する。
「これは、野菜のトマト煮込みかな?」
「一応ラタトゥイユって呼んで。その方がおしゃれだから」
「それと、ブロッコリーのペペロンチーノだ!」
日和さんはこのブロッコリー料理を知っていたか。まあ調べたらすぐにレシピが出てくる料理だ、結構メジャーなのだろう。
「とまあ、今日はこの二品になります。僕、結構やるでしょ」
と、自慢をするも。
「でもお兄、これバランス悪くない?」
なんて戌子は茶々を入れてきた。
「そうか? おかずはどれも野菜だぞ」
「野菜だけじゃん。肉は? 魚は? タンパク質は?」
「あー」
確かに、バランスは良くないのか? お腹が満たせればいいや、野菜メインだから健康的でしょ、と雑な考え方をしていたが。
「私は別に気にしないよ」
と、戌子の細かい口出しに日和さんは返した。
「いや、あたしが気にする」
だが、戌子は噛み付いてくる。
「いやなんでお前が気にすんだよ」
「え、だってあたしも食べるし」
「え、お前一緒に食べるの?」
「手伝ったんだし当然でしょ」
「え、えー……」
せっかく日和さんと二人きりでご飯を食べられると思ったのに。
「わ、私はいいよ。一緒に食べよう?」
と、優しい日和さんは戌子を受け入れるが。
「いや、普通に阿奈さんも家でご飯作ってるでしょ。そっちを食べなよ」
「ええー、嫌だ!」
「嫌だじゃなくてさ……」
そこまでして、僕らの間に割り込みたいのか。
僕が拒否を続けるも、とたん戌子は蓋をしていたラタトゥイユを開けて、ブワッと旨味の溶けた湯気を浴びる。
「な、なにしてるの?」
「あたし、普通にお兄のラタトゥイユ食べたいの」
なんて意地を張る戌子。こいつは僕のラタトゥイユの美味しさを知っているのだ。それはすごく嬉しいのだけれど。おかずが二人想定で作っているから……
「三人だと、ご飯が足らないかもしれないんだよ」
「だったら、お母さんも呼んできて四人でご飯にしよう。お母さんが家で作ったものを持ってこれば、食べる量だって減らないし」
「……は?」




