第40話 救世主(メシア)
僕もお腹が空いてきたが、しかし今食堂に行くのは怖い。木原さんたちに絡まれるような面倒ごとは避けたいので、多少の空腹は耐えて本を読むことに努めようと思う。昼休みが終了する手前になったら、購買で菓子パンでも買おうかな。
さて、先ほど読んでいたライトノベルの続きを読むか、それともミステリー物を最近は読んでいないので、館シリーズでも読もうか。なんて、窓辺のポカポカした日差しに当たりながら僕はくつろいでいた。
「お隣、失礼します」
すると、男の人が隣に座る。
「はい、どう……ぞ?」
……誰?
席はたくさん空いているはずなのに、なぜか僕の間隣に座った、なんか白い人。
見覚えのない顔、だがすごく美形だ。ヨーロッパの人のように、鼻が高く、肌の白い、超イケメンな男の人。彫刻級に整った顔立ちというやつか。
髪の毛が白い。そして着ているスーツも白い。履いている靴も白い。頭から足先まで、汚れ一つない真っ白。それは厳かな上品さや清潔さを感じる。
そして座っていてもわかる高身長。真隣からこちらを優しい眼差しで見つめてくるが、こちらの感覚としては見下されているよう。
男として、何もかもが僕より勝っている、魅力的な男性だ。うっかりしたら同性の僕でも惚れてしまいそう。
うちの大学に、こんな目立つ人がいただろうか?
……いや、この容姿には何やら覚えがある。見たことはないけれど、言葉として聞いた、あの人の特徴そのものではないか。
「初めまして、木野星也さん」
「は、初めまして……」
困惑する僕をよそに、その人は朗らかな雰囲気で話す。
「自分は、メシアといいます」
「あ、あなたが、メシアさん……」
すごく優しい笑顔で語る。
どこか胡散臭く、けれど悪意を感じない笑顔を見せるこの人が、メシアさん。日和さんに教えてもらった特徴と同じ容姿だ。
この人が、日和さんや戌子たちに、不思議な宝石を渡した張本人なのか。怪しさはあるし、何をしてくるか分からないというのに、あまり警戒心が働かない。
「な、なんでこんなところに」
「本日は、あなたとお話をしに来ました」
「お話、ですか?」
「ええ。栗村日和さんから、ラバーズの戦いについての説明は受けたとは思いますが、それでも疑問点、自分に聞きたかったことが、あるのでしょう?」
聞きたかったことだって? そんなの、たくさんあるに決まっている。
でもその前に……
「……あの」
「はい、なんでしょう」
「いろいろ質問したいことはあるんですけれどその前に、なんでもっと早く僕の前に現れなかったんですか」
これは質問というよりは文句だ。
「僕は、ラバーズの戦いの中心にいるんですよね。なのになんで、最初に僕へラバーズの戦いのことを説明してくれないかったんですか」
宝石を持っている、僕のことが好きだという人たちはみんな、この世界にカオスがやってくることも、僕をめぐって争いが起こることも先に教えてもらっていたというのに。なぜ、当事者の僕は何も聞かされなかったのだ。なぜいきなり争いに巻き込まれなくてはいけなかったのか。
「……細かいことは気になさらないでください。ハゲますよ」
は、ハゲる?
「まあ、あなたのことを好きな人たちが、宝石の能力で変身して、あなたを奪い合うのでご了承ください、なんて前もって話したところで、あなたは絶対に信じなかったでしょう?」
「それは、そうかもしれないですけれど」
「そうそう、だから幾度かラバーズの戦いを経験している今の方が、納得のできるお話ができるはずです」
……なんか、囲気は変わらないが、けれど最初に感じた厳かな印象が薄れた。
「さあさあ、時間は有限です。午後の講義も控えているのに、まだお昼をいただいていないのでしょう? 食事をする時間を残すためにも、もっと自分に質問してください」
「は、はい……」
声のトーンは朗らかなのに、謎の元気が伝わる。中途半端な言葉の砕け具合は、なんだか気持ちが悪い。
「そ、それじゃあ最初に聞かせてほしいのですけれど、あなたは何者なんですか?」
僕がまず質問したのは、メシアさんが何者なのかということ。日和さんたちに不思議な宝石を渡したことや、真実なのかはわからないがカオスがこの世界を滅ぼしに来るということを知っていること。どれも普通ではないため、何者なのかを知らない限り怪しさはずっと伴う。
「自分はメシアです。その名の通り、救世主ですよ」
いや、聞きたいのはそういうことではない。
「わかっています。どこから来て、なぜ不思議な宝石を持っていたのか。そんなことを聞きたいのですよね」
と、優しい笑顔でニヤける。わかっているならボケを入れるな。厨二じみたその名前も気にはなるけれど。
メシアさんは窓の外に羽ばたくツバメを眺めるように話し出す。
「……自分は、こことは違う世界から来ました」
でた、別の世界という概念。
「その、違う世界とはなんなんですか?」
日和さんからカオスの説明を聞いたとき、世界はいくつもある的なことを言っていた。それはつまり、例えば創作でよく見るような、多次元宇宙とか平行世界とか、そんな言葉を使って表されるような別の世界が、本当にあるということなのだろうか。
「大体、あなたの考えているとおりだと思います。この世界とは違う世界、並行世界や異世界と呼ばれているような、別の世界は無数に存在しています」
世界が無数に存在している。ピンとは来ないが、これはまた壮大な話をされている。
「自分のいた世界は、こことは様々な理が違いますが、人々の暮らしはさほど変わらないところでした」
世界によっては理も変わる。ということはもしかすると魔法が存在していたり、怪獣が生息していたりするような世界もあるのだろうか。
「自分は何不自由のない平和な世界に生きていました。しかしある日、突如として自分のいた世界にカオスが訪れました」
「メシアさんのいた世界にもカオスが?」
「そして一瞬にして自分のいた世界、星が、宇宙が、生命が、全てカオスに飲み込まれて崩壊しました」
メシアさんのいた世界も、カオスによって滅んでしまった。淡々と説明されたが、それはとても壮絶で絶望的な過去である。
「幸い、自分たちは次元を超える技術を持っており、自分を含む一部の人間は、別の世界へ逃げ延びることができました。そしてその逃げ延びた先で、自分たちは決意したのです。こんな理不尽なことはあってならない、ほかの世界の人たちが自分たちのような残酷な目にあってほしくはない。だから自分たちは、これからカオスによって滅ぼされる世界を救いにいこうと」
優しい声質にしては、力がこもっているように感じた。
「そのため自分たちはカオスに狙われた世界の救世主となるため、メシアと名乗って、仲間たちと様々な世界へ赴き、カオスを撃退するための活動をしています」
それはなんて規模の大きな救世主活動だ。
「ちなみに、栗村日和さんや瀬根戌子さんに渡した宝石は、その自分たちが退避した世界に存在していたものです」
宝石とはラバーズの変身アイテムであるわけだが。
「すでに知っているとは思いますが、宝石は所有者が触れた状態であなたへの気持ちを強く想うことで、心を具現化し、衣類や人体に変化を与え、身体能力が大きく上がる、といった特別な能力を持っています」
その宝石により、日和さんは騎士に変身した。それに猫俣さんは猫獣人のような姿、鬼頭さんは鬼に、そして戌子は犬獣人のような姿へと変わった。が、ここにちょっとした疑問があった。
「日和さんが騎士の姿に変身したのは、日和さんが心の中で騎士になりたいという思いを抱いていたから、なんですかね」
本人に聞けばいい質問でもあるが、しかし話の流れでメシアさんに聞いてみる。
「そうですね。しかし、彼女は別に、騎士に憧れがあったわけではないです。初めて宝石が彼女の心を具現化させようとしたあの夜、彼女はあなたを守りたいと強く抱きました。その守りたいという気持ちから、彼女は騎士というイメージを連想したのです。そして宝石はそのイメージを具現化させた。だから、たまたま騎士へ変身した、と言った方が正しいのかもしれませんね」
たまたま騎士に変身したと言うには、あのとき日和さんは「木野君を守る騎士になる」なんて口にしてから変身していた気がするが。
聞いておいてなんだが、なんで日和さんの気持ちをこの人は知っているのだろうか。本当に聞いておいて申し訳ないが、気持ち悪さを感じた。




