第23話 申し訳ない気持ち
ここがグラウンドだったなんてわからないほど、地面には大穴があいた。周りの木々や、電灯のポールも折れている。
土と共に散る光や火はチカチカしながら消えていき、綺麗だと思ってしまった。
キラキラと視界が輝く中、砂煙の中で地面に倒れたその人の元へ駆け寄る。
「鬼頭さん!」
鬼頭さんは目を腕で隠すように、仰向けになっていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ああ」
良かった、意識がある。生きている。
ブラはチリのようにボロボロとなって、張りのある胸があらわになってしまっている。短パンも敗れて中の黒いショーツが見えてしまっていた。
いや、まじまじと見てしまうのは申し訳ない。
だが筋肉の浮き出る綺麗な体には切り傷のような跡があちらこちらに残っており、痛々しさを感じる。
「オレは……オレは、もう……」
こちらを見るなり大粒の涙を流す。悔しそうに、悲しそうに、絶望したように。
「生きていけねえよ……」
そしてすぐに立ち上がり、その場から走り去ろうとしたところを。
「ちょっと待って!」
僕は呼び止める。
僕は来ていた開襟シャツを脱ぐと、鬼頭さんの方へ投げ渡した。
その姿で外を歩くのはまずいだろう。先ほどパーカーを脱ぎ捨てていたが、それを探すよりもこうした方が早い。
「その、生きる希望を失わないでください。告白を断っておきながら、こんな勝手なことしか言えないけれど。でも、僕は……」
「……ありがとう」
一瞬、笑顔を見せてつぶやくと、シャツで前を隠しながら走って行ってしまった。
正直あのがっちりした身体と、大きな胸を僕のシャツを着たところで覆い切れる気はしないが、大丈夫だっただろうか。
「優しいね、星也くん」
僕の肩を、変身を解いた日和さんがポンと叩く。ジャージ姿の、丸縁メガネ。可愛らしい部屋着の姿。
「あれだけひどいことをされたのに、あの人のことを心配するなんて」
「……ごめん」
「謝る必要はないよ。私は君のそんな優しいところが好き。大好き」
そうして僕にぐっと力強く抱きつく。殴られたところが痛むが、彼女の腕からは震えが伝わってきた。
「私、怖かった。あの人にひどいことをされていた君を見つけたとき、血の気が引いて……」
僕は彼女を抱きしめ返した。優しく、ゆっくりと。
やわらかいフローラルな匂いと、汗の匂い。顔に触れる彼女の髪はシャンプーの香りもして、なんだか僕の心が落ち着く。
それと同時に思い出した。日和さんの鬼頭さんに向けた殺意を。
殺意がむきだしだった日和さんを思い出すと、正直に怖い。この間の、猫俣さんとの時にも感じた日和さんの持っている怖い部分。僕の持つ日和さんのイメージとはかけ離れた印象。
それでも日和さんは、僕が人を殺してほしくないと願ったから、今回も鬼頭さんにとどめを刺さないでくれた。
「日和さん、怪我は?」
「私は大丈夫、変身してるときの痛みは少ししか残らないからさ。私なんかより、君の方は?」
そういえば、興奮によって出ていただろうアドレナリンが切れてきたのか、身体中の痛みが目立つようになってきた。
「いててて……」
足の神経に鋭い痛みを感じて、彼女にもたれかかってしまう。
「ちょ、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい、結構痛いかも」
僕の両腕に痣ができていることに気がついた。胴体にもできているだろう。我ながら痛々しいので、あまり見ないようにする。
また情けない姿を見せてしまった。
こんな僕に、日和さんは頭をなでながら抱擁をしてくれた。
なんて優しいのだろう。
◇◇◇
トートバックを右手に持ち、左手側は彼女の肩を借りながら、マンションまで送ってもらってしまった。
太もも辺りにピキッと痛みが走り、一人で歩くには少し厳しかった。僕に肩を貸してまた家までついてきてもらてしまったこと、そして助けに来てくれたことと。何から何まで大変申し訳なかった。
「でも、一人で帰らせるわけにはいかないでしょ」
僕は、ごめんと、ありがとうしか口にできなかった。
道中、日和さんはずっと悲しそうな表情をしていた。それが、本当に申し訳ない気持ちが増幅して辛かった。
エレベーターで昇り、何とか自宅の部屋前までたどりつく。
「今日は私も上がらせてもらうわ。怪我の治療したいし」
「本当、ありがとうございます」
鍵を取り出し、鍵穴へ指しこもうとしたところ。
ガチャッと、内側から鍵が開けられた。
「え、誰かいるの?」
今、僕の両親は出張によりここにいないはずだ。だというのに、内側から扉が開けられた。ということは……
「まさか……」
ゆっくりとドアが開き、中からそいつが出てくる。
「お……お兄、どうしたのその怪我!!」
戌子だ。合鍵を持つ戌子が待っていたのだ。
「き、君は?」
「あんたが、お兄の彼女さん?」
戌子が鋭い目つきで、怖い声で、日和さんを睨む。
「こ、こちらは、彼女の栗村日和さん。で、日和さん、こいつは隣に住む戌子」
「お兄の幼馴染」
とボソッと言いながら強引に、戌子は僕を彼女から奪うように腕を引っ張った。
「ちょ、戌子?」
そして戌子は僕の腕を抱きしめて言う。
「この間は泥だらけだったし、今日はこんなに痣だらけで。いったい、あんたは何をしてたの!!」
玄関を開けたまま浴びせる大声。夜中のマンションに響く。
「ひ、日和さんは何もしてないよ。僕がちょっと転んだだけでさ……」
「あんた、ラバーズなんでしょ!」
「……え?」
なんで、戌子の口からラバーズの単語が……
まさか.……
考えてもみなかったその可能性が脳によぎった。
「お兄の彼女なら、ちゃんとお兄を守ってよ! こんなに怪我させるなんて、あんたは彼女失格だ!」
「い、戌子やめろ。日和さんは僕のことを守ってくれたんだ。命掛けで、必死に。それに今回の怪我は、僕が悪いんだ」
「お兄は黙ってて!」
今までに見たことのない戌子の喧騒。思わず僕は固まってしまう。
「いつどんな時でも、お兄を見守ってよ、守ってよ。あたしはそれができなかったから、せいぜい真夜中にしか見守ることしかできなかったから、あんたに任せるしかなかったのに」
夜中に見守るって、はあ!?
「戌子ちゃん、私は……」
「たやすく名前を呼ぶな!!」
敵意むき出しの戌子は僕を玄関の中まで引きこむと、威嚇するように日和さんを追いやる。
「おい、戌子」
「戌子ちゃん……」
「帰って!」
狂犬のように食らいつき、取っ手に手をつける。
「……わかったわ。今日のところは帰るわね」
「ひ、日和さん」
「戌子ちゃん、星也くんの怪我の治療、お願いね。それじゃあ星也くん、またね」
日和さんがさみしそうに手を振ると、戌子は遠慮なくガチャンッと、強く戸を閉めてしまった。




