第1話 合コン?
大学生に進学して、早くも一年と二カ月が経過しており、季節は真夏の手前、雨のよく降る六月の梅雨に突入している。
一か月ほど前にお酒を飲める年齢になった僕、木野星也は、今年も相変わらず湿気で髪の毛がくるくるになることへどうしようもない憤りを感じていた。
「だからさ、気になるなら縮毛矯正をすればいいじゃんか」
ガヤガヤと騒がしい大学の食堂。隣の席で野菜ラーメンを食べながら、佐藤賢はそう言った。
僕はうどんに手を付けず、スマホのカメラ機能を鏡のように使い、うねった前髪を触っていた。
「だって、あれカットとかトリートメントとか全部込みで二万円くらいはするでしょ。僕の一ヵ月のバイト代から半分くらい使うじゃん。さすがに出費がデカいよ」
僕はコンビニでバイトをしているが、一カ月に稼げる額は精々多い月でも四万円ほどである。それほどしか稼げないのに、その半分を髪の毛に使うのは、流石に躊躇してしまう。
「じゃあ、市販の縮毛矯正剤はどうだ?」
「もうこれまでに何度も試した」
試した上で、こううねっているのだ。
「なあ、俺からすると、そんなに悪い髪型じゃあないぞ。別に度が付くほど天パな頭はしていないし」
「毎朝時間をかけて、ヘアアイロンで曲がった髪を伸ばしているから、なんとかましな髪型にしているつもりだけれど」
僕は髪を触るのをやめて、わかめの出汁が効いたうどんに手を付ける。
「まあ、それだけ見た目に意識をしているんだ、別に悪いようには見えないぞ」
「男から悪くないって言われてもなあ」
「でも実際俺は良いと思ってる。服装と合わせて清潔感があるし」
今日の僕の服装は五分丈の白いシャツと黒いズボンといった、すごくシンプルな服装だ。
「なんだお前、僕を口説いてるのか?」
「ちげーよ」
賢はプシュッとコーラのペットボトルを開ける。
「お前、それだけ見た目を意識して、どうしたいんだ?」
「どうしたい?」
どうしたいなんて、そりゃ、人として身なりには気を付けたいのだが。
「なぜ、身なりをよくする必要があるのかだよ」
「なぜって……」
「モテたいからだろ」
まるで諭したかのようなキメ顔を浮かべてから、賢はゴクゴクとコーラを飲む。
「モテたいっていうか……そりゃ、男としてモテはしたいけれど……」
「で、そんなモテたいお前に朗報だ」
「朗報?」
「猫俣かりんさんたちから今夜、合コンのお誘いだ」
「猫俣さんから?」
猫俣かりんと言えば同学年の一軍陽キャなギャルだ。学部も違うし、たまに同じ講義を受けることがあっても、話したことはない。いや、少しだけあったような気もするような。
「なんで猫俣さんから?」
「なんでも、俺の連れの大樹達が同じ学部の女の子に合コンに誘われて、三対三で合コンをすることになったらしい。猫俣さんはその子の友達なんだと。で、数合わせとして俺が誘われたわけだが」
「でもお前、彼女いるだろ?」
「そうだ。俺には知ってのとおり、遥香という彼女がいる」
遥香は賢が高校のころから付き合っている彼女だ。遥香は美容の専門学校に通っているためこの学校にはいないが、二人は放課後や休日に会うなどしており、その関係はずっと続いている。
ちなみ僕も賢と同じ高校出身だ。高校生の頃はあまり話すことはなかったが、同じ大学に進むとなって、つるむようになった。
「まあだから、彼女がいる俺が数を合わせるためだけに行くよりは、彼女がいないやつが行った方がいいと思ってな」
合コン。明るいノリが必要となる、出会いを求めた男女の会合。
「で、僕が行くべきだと?」
「ああ」
「いや、やめておくよ」
そのようなところに行くのは、ちょっと僕には無理である。だって、はいじめましての人と話すのが苦手だから。それに、明るいノリが苦手な僕が行ってしまうと、場の空気も崩してしまいそう。
「お酒慣れてないし、そもそもノリについて行けなさそう」
「もうお前が代わりに行くって伝えたぞ」
「は?」
な、なぜ?
「いや、いいかげんお前にも春が訪れたらいいなって思って」
「いや、勝手に参加させるなよ」
「いや、お前がいつまでも栗村さんの幻想を追いかけるの、見るに堪えないんだよ」
ズキッとする。
栗村さん……栗村日和。
その人は、高校生のころ、僕がずっと片思いをしていた相手だ。
「厳しいことを言うが、トラウマがあるからとはいえ、もういい加減忘れたらどうだ」
「別に、トラウマなわけじゃないよ」
ただ、頭の中から彼女のことが、彼女のあの光景が忘れられないだけなのだ。それに、彼女以上に気になった人がいないというのもある。
「ふーん。ま、後で大樹の連絡先教えるから、そこから今夜の詳細を聞いとけ」
「いや、まだ行くとは言ってないし。というか、そこまでして僕を合コンに出席させたいのか?」
「ああ、まあな」
賢は別に、強引な人間ではない。周りのことをよく見てるし、困っていたらめっちゃ助けてくれる、そんな優しい男だ。だというのに、いったいこの横暴はなんだというのか。
「なんで?」
「秘密だ」
賢はラーメンを完食していた。スープまで飲み干す徹底ぶりだ。
「んじゃ、俺はサークルの奴らにちと用事があるから、先行くわ」
と、食器のトレーを持ち上げ、そそくさと行ってしまった。
今日の賢は、なんだか変な感じがする。
◇◇◇
外は雨が降っている。小雨程度の雨ではあるが、風に流されて屋根の下にまで入り込んでくる。
建物沿いに作られた花壇には、色鮮やかな紫陽花が咲いていた。青紫色の花弁が、しずくで輝いているように見える。
僕は食堂のある校舎とは別の建物へ移るため、屋根がある部分を伝って移動する。
高校の校舎は三棟、授業を受ける本校舎、課目別に授業を受ける別校舎、そして体育館と少なくて移動が楽だったな。
しかし大学は敷地がとても広い分、建物がたくさんある。ありすぎて未だに慣れない。この大学に来て一年以上経っているが、僕には用事のない講義室も多いため、めったに立ち寄らない校舎もある。
土足で移動できる分、外に出て目的の校舎に一直線に向かえば、移動は楽なのだが。今日のように雨が降る日は、唯一と言っていいような校舎がつながっている部分を移動する必要がある。
しかし、校舎内の廊下を通っていけるところもあれば、外に出て屋根になった部分を伝わなくてはいけない部分もある。だからなんとも移動が面倒くさい。何なら、僕の目的の場所は食堂から最も遠い建物内にあるのだから、特に面倒くさいのである。
五分ほど歩き、やっと目的の建物に到着すると、肩に付着した雨粒をはらった。そして入り口を入ってすぐの階段を上り、二階にある図書室へと入る。
カウンターに座る司書さんに会釈をすると、僕は図書室特有の紙の匂いを嗅ぎながら、本棚をかいくぐって、奥の方に設置された席へと向かう。
図書室は明るいが、しかし角の方には光がしっかりと届いていないのか、薄暗い印象だ。太陽が出ていないため外からの明かりもない。静寂なことと相まって若干不気味な雰囲気だってある。
隅の方にある、窓を向いて設置された、横に長い席。そこの一番端に一人で座っている女性がいた。僕はその人の隣の席へ腰を掛ける。
窓の向こうからは、ポタポタと雨水が垂れる音がした。
「こんにちわです、大井先輩」
「こ、こんちわ……」
本を読んでいた大井先輩は、僕の方を向くと、いつものようにひきつったような、慣れない笑顔で会釈をした。
暗めな緑色のトップスと、黒のスラックスを履いた、目立たない印象の服装。ジトッとした目と丸い淵の眼鏡は、彼女の素朴な印象を際立たせている。
大井先輩は本を読みながら、無造作な髪を手櫛で整える。髪をゆするたびに、ウッディな、ちょっと落ち着く匂いが漂ってくる。
「何を読んでいるんですか?」
「き、今日はこの本を読んでいます」
大井先輩は表紙をこちらに向けた。
「あー『八十日間世界一周』、渋いですね」
たしか百年以上昔の海外の小説だ。僕は読んだことはないが、八十日間で世界一周を目指して旅をする、という内容であることは知っている。タイトルにそう書いてあるから。
「そ、そうですよね、とても今時の若者が読むような本じゃないですよね」
「いや、いいと思いますよ。僕も古い小説はたまに読みますし、古い小説を楽しんで読める先輩はカッコいいですから」
「う、うん……」
先輩はこっそりとにやついていた。
すぐに卑屈な発言をしてしまう彼女は大井成美という。僕の一つ年上、三年生の先輩だ。
先輩と知り合ったのは去年の夏ごろである。課題に使う本を借りるため、初めて図書室を利用しに来た。目的の本を見つけて、カウンターの司書さんに借りるため渡そうとした際、基本二人は在中しているはずの司書さんがおらず、これでは借りられないと、本を戻そうとしたとき。
「あ、あの、本……借りられますよ」
と、先輩が話しかけてきたのだ。
「え?」
「あ、いや、すいません何でもないですごめんなさい」
「え、いやいや、そんなに謝らなくても」
その時は話しかけられた瞬間にすごく謝られて、とてもびっくりしたな。
「あの、えっと、本、借りられるんですか?」
「は、はい、借りられます!」
オドオドした様子で大井先輩には、司書の人がいなかった際は、本の裏に貼ってあるバーコードをセルフ貸出機でスキャンしていけば良いのだと教えてもらった。教えてもらってすぐ、僕が「ありがとうございます!」と伝えると、先輩は「いえいえ。そ、それでは」とうつむきながら、そそくさと図書室から去ってしまった。
彼女は人と話すことが苦手だ。それは見てわかったのだが、しかしそんな先輩が勇気を出して、初対面の僕に本の借り方を教えてくれたのだ。だから、せめてもう一度お礼くらいは伝えようと思い、後日図書室にて、この隅の席にひっそりと座っていた先輩を見つけて話しかけた。
その時の先輩はすごく驚いて、戸惑っていて、そんな彼女を見ていると、僕も話しかけたくせにどんな話をすればよいのか分からなくなってしまった。そんなときに目についた、彼女が握っていた本が、話を作るきっかけとなった。
「『アルセーヌ・ルパン』じゃないですか、僕も昔読んだことがあって、結構好きなんですよね」
「そ、そうなんですか!?」
その場で作った話題に食いついた先輩。そこからはお互いに読んでいる小説の話題になり、それが意外と弾んで、それから昼休みにしょっちゅう図書室へ来ては、先輩とお話しするような仲になったのである。
「そ、そうそう木野君、昨日の最新話見ましたか?」
「見ましたよ、すごかったですよね!」
「うん! ま、まさか、あの子が告白するなんてね!」
昨晩の深夜に放送された恋愛アニメの話をする。
僕と先輩の会話は、半分が本と、もう半分はアニメの話で埋まる。つまるところ、大井先輩は僕のオタク仲間で、オタク同士たわいもない話ができる相手。だから僕は大井先輩を良き友人のように思っている。
「告白までの展開が素敵で、良かったですよね」
昨日の内容は、ヒロインの一人が主人公に告白をするというものだった。その告白の結果は次回の話に持ち越しになったのだけれど。何となく、まあ振られてしまうのだろうなと予想してしまう自分がいる。だって、まだ残りの話数が残っているし、原作の小説も続いているらしいから。
「うん、すごく素敵だったね。わ、わたしも、あんな告白ができたらいいのに」
悩みを持っていたヒロインを、主人公が助けた。そこで抱いた思いのたけを主人公に精一杯伝えていた。たくさん助けてもらって、だから好きになってしまって。
雨空での告白。だが曇った空が開き、太陽が顔をのぞかせ、光に照らされていたヒロインが、すごく美しく描写されていた。
「憧れますか?」
「う、うん。やっぱり、わたしってなかなか気持ちが伝えられないから、ああやって想いを口にするの、あ、憧れかも……」
確かに先輩は、相手になかなか自分の意思を伝えられなかったり、話すにも言葉に詰まってしまったりするところがある。
「でも、僕と話していくうちに、先輩も結構自分の意見を言えるようになったんじゃないですか? それに、楽しそうにお話しされてますし」
「そ、そうだけど……そういうことじゃないよ……」
先輩は口をムッとさせた。
それから一通り、いつものようにアニメの話をした。そして、ある程度話を続けたところで。
「……先輩は、合コンとか行ったことありますか?」
僕は合コンの話を先輩にふってみた。
「ご、ごごごごごご合コン!?」
聞いたことのない先輩の大きな声が、静かな図書室に響き渡る。
眼鏡の奥の薄く細い目がぎょっと開いた。先輩が今までに見たことの反応をしていて、怖い。
「お、大井先輩?」
「合コン、行くの?」
顔をぐっと寄せてくる。大井先輩と言えば、人と話すときはちょっと広めのパーソナルスペースを保つし、何よりこちらと目を合わせようとしないような人間だ。
そんな先輩が、僕の目を見つめ、真正面に顔を持ってきて、声を荒げたことにびっくりする。
いつもの先輩からは感じないような気迫だ。
「は、はい。なんか、強制的に行くことになりまして……」
「そ、そう……行くんだ」
先輩は顔の向きを正面に戻した。
「わ、私、大学生になってから一回だけ合コンに行ったことにあるの。ぴかぴかの女子集団に誘われて」
「行ったことあるんだ」
聞いておいてなんだが、本当に行ったことがあるとは思わなかった……。
「で、でも、自己紹介以外何も話せなかったし、誰にも何も話しかけられなかったし、ただただ居づらかった。会話についていけず、一人でずっとウーロン茶を飲んでました。だからわたし、あの人たちのの引き立て役にされたんだなって気がついて……」
「か、悲しいすね……」
「ま、まあ、合コンなんてそもそも性欲に支配されたヤリモクの集いみたいなところだからね。清くて優しい君には行ってほしくないですが……」
先輩は合コンが大嫌いなようだ。
「まあ、僕が行ったところで先輩と同じ結果になることは目に見えてますけれど」
「い、いやいやいやいや、そんなわけがない!」
先輩はめっちゃ否定する。
「君が合コンにいたら、女なんて獲物を見つけた肉食動物のように狙いに来ますよ!」
「まさか。これまで一度も彼女がいたことのない僕なんですよ、そんなわけがないじゃないですか」
「冗談じゃないよ、割と本気でそう思ってます。わたしだったら......」
言いかけたところで、先輩は口を閉ざした。
「や、な、何でもなです……」
先輩は頬を赤らめて恥ずかしがっている。
「結局、行くのかな?」
「まあ、一回くらい行ってみるのもいいかなと思います。興味本位で」
正直なところ、新たな出会い的なものは、特には求めていない。けれど、せっかく行くことになったのだからと、ちょっと興味に惹かれている部分はある。どんな雰囲気、どんな空気感なのだろうか。
「そう……い、一夜の過ちとか、犯さないようにね」
先輩は冗談のようにへへっと笑う。
「大丈夫ですよ、僕モテたことないですから」
「だ、だから、そんなことはないと思うよ……」
大井先輩はどこか不安そうな顔を浮かべていた。




