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怨念との対峙

凍てつくような冬が訪れていた。


境内の木々は枝を落とし、冷たい北風が骨まで凍みるような季節。


だが、由紀にとってその寒さは、彼に触れることの口実でしかなかった。


放課後の鐘が鳴れば、由紀は反射的に足を寺へと向けた。



それはもはや欲求というよりも、呼吸に似た生存本能だった。


霊が見えるという呪いは、彼という圧倒的な「真空」に身を投じることでしか静まらない。



毎日、毎日、彼女は蓮を求め、その冷たい身体に縋り付いた。





性交渉は儀式となり、彼女はそのたびに自我を彼へと預けていく。


身体を重ね、吐息を共有し、彼という色に染まりきることで、ようやく彼女は「自分」という輪郭を保てた。



由紀は彼に、肉体も精神も、その忠誠心までもを捧げきっていた。


彼が彼女を見なくても、何も言わなくても、彼の傍にいられるなら、彼女はどんな汚れも地獄も受け入れることができた。





その日も、離れで冷え切った肌を彼に押し付けていた時のことだった。




空気が、決定的に歪んだ。



凍てついた冬の空を貫くような、重苦しい波動。



由紀の背筋に、氷柱が突き刺さるような悪寒が走る。



視界の端で、学校の方角が黒く濁り、風景そのものが腐り落ちていくのが見えた。



「……っ!」



由紀は呼吸を止めた。



そこに蠢いているのは、言葉にするのも悍ましい、漆黒の「災厄級」の怨霊。



工藤という憎悪の塊の器を完全に飲み込み、校舎を捕食し始めている最強クラスの怪物だった。





同時刻、街の結界を監視していた「凪」のメンバーたちは、その波動を冷静に受信していた。


彼らは慌てることなく、しかし確実に、状況を分析する。


「……なるほど。学生の嫉妬の暴走、か」




「出力は測定不能。クラスSどころか、特級の呪霊だな。結界が食い破られるまで、あと3分と見ていい」



「随分と派手な開幕だ。これなら街を巻き込む前に、力ずくで引き剥がすしかないな」


彼らの声には、焦りなどない。



それは、数多の修羅場を潜り抜けてきた者の、冷徹なまでの落ち着きだった。


淡々と装備を整え、最小限の動きで校舎へと向かう。騒ぐ必要などない。彼らにとって、それはただの「業務」に過ぎないのだから。




寺の離れでは、蓮が静かに立ち上がった。


彼もまた、その波動を敏感に感じ取っている。


由紀は彼のシャツを掴み、震える足で立ち上がる。



「……蓮くん、あれは……」


「掃除だ」



蓮は短くそう告げると、由紀の手を引いた。



「ついてこい」



由紀は蓮の手を強く握り返した。



外は刺すような寒さだが、彼の掌から伝わる冷たさは、由紀にとっては唯一の安らぎだった。


校舎から放たれる、おぞましい叫びが風に乗って聞こえる。


それでも由紀は、蓮という絶対的な庇護者の背中さえ見失わなければ、この地獄を歩き抜けることができると信じていた。



二人は雪混じりの風を切って、闇の深まる校舎へと走り出した。




彼女にとっての世界は、蓮という軸を中心に、静かに、そして確実に狂気へと加速していった。

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