表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

騒然と庇護欲

夏休みが終わった。


二学期の始業を告げるチャイムが鳴り響く。


廊下を埋め尽くす生徒たちの喧騒の中、その光景はあまりに異様だった。



桜木由紀は、カーストナンバー1としての華やかな面影を完全に消し去っていた。


かつて誰もが憧れた輝きはどこへやら、彼女は蓮の影に貼り付くようにして歩いている。


蓮の制服の袖口を、まるで飼い主に捨てられることを恐れる捨て犬のように、指先で小さく掴んで。


「……蓮くん、今日は、放課後どうする?」



由紀の声は、クラスの生徒たちに聞こえることも厭わないほど甘く、無防備だ。


蓮が立ち止まれば彼女も止まり、蓮が動けば彼女も動く。


蓮が椅子に座れば、彼女はその隣で、教科書を見ることもなく、ただひたすらに彼の横顔を潤んだ瞳で見つめ続ける。


周囲の反応は冷ややかを通り越して、ドン引きという他なかった。


「あれ、桜木だろ?」


「何やってんの……気味が悪い」


「蓮ってあいつ、何か弱みでも握ってるのか?」



そんな囁きが教室に充満する。由紀に対する崇拝は、既に嫌悪と好奇の目に取って代わられていた。


だが、由紀は周囲の蔑視など、空気の揺らぎほどにも感じていないようだった。


彼女の世界には、蓮以外の人間など存在しないのだから。



その空気感に我慢ならなくなったのは、かつて由紀を「高嶺の花」として崇めていた女子グループだった。


彼女たちにとって、由紀が蓮のような陰気な男に執着し、あまつさえ「犬」のように成り下がった姿は、許しがたい裏切りだったのだ。




放課後の屋上近くの廊下。



由紀が一人で蓮を待っていた隙を突き、グループの中心だった女生徒が彼女を取り囲んだ。


「桜木さん、いい加減にしたら? その男のどこがいいのよ。あんた、自分が何やってるか分かってる?」


女生徒は、蔑むような目で由紀を見下ろす。


彼女の心底には、自分たちが憧れた完璧な桜木由紀を壊し、蓮という男に独占されていることへの激しい嫉妬が渦巻いていた。


「あいつ、ただの不気味な寺の小僧よ。あんたを洗脳してるんでしょ。目を覚ましなよ」


女生徒が強引に由紀の腕を掴み、引き剥がそうとする。


その瞬間、由紀の瞳から光が消えた。


嫉妬に狂った彼女たちの言葉ではなく、蓮を侮辱されたことへの、鋭い獣のような敵意が剥き出しになる。


「……蓮くんのこと、汚い口で言わないでよ」


由紀は掴まれた腕を振り払い、女生徒を睨みつける。


その殺気立った表情に、女生徒たちはたじろいだ。


しかし、嫉妬は暴力的な衝動へと変わる。

女生徒の一人が、由紀の胸ぐらを掴み、激しく壁に押し付けた。


「あんたこそ、何様のつもり!? アイドルぶって、結局男に媚びて! 惨めなのはどっちよ!」



ドサリ、と鈍い音がして由紀が床に崩れ落ちる。


制服が乱れ、彼女の肩が激しく上下する。


その時、角を曲がってきた蓮の姿が廊下に現れた。


騒ぎを察して歩みを止める。


床に座り込み、無様に制服を汚した由紀と、興奮した面持ちで彼女を見下ろす生徒たち。


生徒たちは、蓮の冷徹な視線を感じて凍りついた。


だが、由紀は違った。


彼女は埃にまみれ、髪を乱しながら、すがりつくようにして蓮を見上げたのだ。


「……蓮くん……っ、この人たちが、あんたのこと……っ」



それは、自分のことなどどうでもいいと言わんばかりの、あまりに痛々しく、同時にあまりに歪んだ純粋な愛の形だった。


蓮は無言で歩み寄る。


生徒たちが身構える中、彼は由紀の前でしゃがみこむと、彼女の乱れた髪を無造作に指で梳いた。


「……邪魔だ」


彼は由紀の顔を汚していた埃を拭い取ると、立ち上がり、生徒たちの方を一瞥した。


彼の瞳には、怒りも感情もない。


ただ、視界に入った「邪魔なゴミ」を認識しただけの冷徹さ。


それだけで、生徒たちは理由のわからない恐怖に駆られ、一人、また一人と廊下の端へと後退していった。


蓮は、生徒たちを追い払うこともしない。


ただ、震える由紀の手を取り、引き上げる。



彼女は彼の手に触れた瞬間、先ほどまでの恐怖が嘘のように消え去り、安堵に満ちた表情を浮かべた。


「……ごめんね、蓮くん。私、また迷惑かけちゃった」


由紀は彼のシャツを掴み、彼の中に沈み込もうとする。


周囲の視線など、もう何も見えていない。


この騒動によって、彼女の中で蓮への執着はより強固になり、蓮もまた、彼女という「所有物」に対する庇護欲のようなものを、無意識のうちに突きつけられていた。



二人の間には、他者が踏み込めない、ドロリとした濃密な結界が再び張り巡らされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ