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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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訓練 七

小春が逃げ、代わりに嵐のような男がとびきりの大声と笑顔を持って禄士郎の元に現れた。

 禄士郎のペアの座を狙っていた同期たちは蜘蛛の子を散らすように解散し、残ったのは男と禄士郎だけだ。

 あろうことか、(たちばな)嵐丸と名乗った男は馴れ馴れしく肩を組んでくる。


「禄士郎くん、嫌だというのが顔に出ているぞぉ?」

「誰のせいだと」

「僕だね〜!」


 先輩でなければ投げ飛ばしていただろう。

 だが、適当に同期の誰かとペア組んでいたらそれもそれで面倒だったので、まだ嵐丸と組んだ方がマシとも言えた。

 遠くに見える小春は嬉しそうに、そして照れながら知らない女の先輩の申し出に頷いていた。

 そんな小春を眺めていたのがバレたのか、嵐丸が面白そうなものを見つけたと言わんばかりに目を細めて口角を上げる。


「小春くんが気になるかい?」

「…まあ、随分嬉しそうだなと思って」

「かかっ!先輩の彼女はうちのパートナーなんだ、あんまり嫉妬してやらないでくれ。彼女は子リス並みに心臓が小さいんだ」

「先輩のパートナーにどうこう言うつもりはないですよ。ただ小春は言葉でも行動でも示さないと気づかないんですよ」

「お?雲行きが怪しくなってきたな?」


 かの子の開始の宣言が訓練場に響き、次々と周りで戦闘が始まる。

 この機会に禄士郎に勝ちたいと思っている連中が目を光らせているのも見える。

 だがそんなことはどうでも良かった。

 小春は悪くない。小春に声をかけた子リスの先輩も悪くない。

 ただ禄士郎の心中は穏やかではなかった。分かっている。これは禄士郎のわがままで、世間から見れば見苦しい嫉妬であることも。

 周りの喧騒が耳を掻きむしりたくなるほどわずわらしく聞こえる。

 あの日のように奥歯を噛み締めてしまう。


「君、今何を考えているんだい?」


 嵐丸の呼び声に意識が戻る。どうやら意識がかつての記憶に溺れていたようだ。

 失礼しました、と思ってもない言葉を吐き、口元に入れていた力を緩める。


「橘先輩」

「嵐丸先輩」

「……嵐丸先輩、俺の武器、大鎌なんですけど作れますか?」

「なるほど大鎌か、君らしくていいね!だがせっかくいつもと違うペアなんだ。武器も変えようじゃないか!」


 そう言った嵐丸は手を鳴らし、耳飾り型のバッシキを起動させて禄士郎の心臓から糸を引き抜く。

 だが引き抜いた瞬間、目を見開いて動作を止めた。

 何か問題があっただろうか。禄士郎は首を傾げて嵐丸の顔を見る。

 そこには信じられないと言いたげな眉間に皺を寄せた表情があった。


「おい君、全ての糸を差し出すんじゃない。こんなことありえないぞ」

「いつもこんな感じですよ」

「バッシキの補助無しで小春くんにこんなことさせているのかい!?他人に輪廻の糸を全て預けて引き抜かせるなんて命知らずがすることだぞ!?」

「バッシキの補助があると全力が出せませんから。それに糸が切れなければ死ぬことは無い。妖や化け物、人の命を狙うんですよ。ならばこちらも全てを賭けないとつまらないじゃないですか」


 香るはずのない血の匂いが鼻腔をくすぐった。

 命を狙うということは命を取られる隙が生まれる。

 いつだって禄士郎はその隙を楽しんできた。

 そうでもしないと生きる楽しみを見いだせなかった。

 そんな禄士郎を見た嵐丸は深くため息を吐き、大鎌ではなくハルバードを紡いだ。

 長い柄の槍に斧の刃が付いている。中世欧羅巴(ヨーロッパ)を彷彿させるデザインだ。

 大鎌と似たような形態で扱いに問題はなかったが、扱ったことのない武器は新鮮だった。


「先輩のパートナーのお名前を伺っても?」

「箕原深琴。心臓は子リスだが僕の優秀な祓魔師だよ」

「なるほど。じゃあ勝負を申し込んできますね」

「は?おいおい!」


 嵐丸の制止の声を振り切り、妖力の膜を纏った禄士郎は二人の元へ駆け出した。

 そして跳躍してハルバードを大きく振りかぶる。


「箕原先輩〜!小春〜!」


 小春の驚きの顔が見える。

 好きなものほど取られたくないと考えてしまう人の心理とは厄介なものだ。

 今こうして小春の目に自分が映っていることにどこかで安堵してしまっている。

 禄士郎は小春でも避けられるように少しハルバードの軌道を変えていく。

 だが小春は深琴に抱き上げられ、ハルバードの一撃は空振りに終わった。

 心臓が子リスと言ったていたが、優秀な祓魔師であることは間違いではないようだ。


「霧崎さん大丈夫!?」

「はい、先輩が助けてくれなければ斬られていました。禄士郎様に」


 小春は禄士郎が困らせるようなことを言うとよく睨んでくるが、そう言った嗜めるようなものではなかった。

 怒りなのか、恐怖なのか、深琴の軍服を握る手が強く、皺ができている。

 無意識に残念と呟いてしまう。これはただの訓練授業。頭では分かっているはずなのに。

 心にかかった(もや)が一向に晴れない。


「えっと、桃坂さん。これは勝負の申し込みですか…?」


 先輩だというのに禄士郎を見上げる顔が青ざめていた。流石に良心が少し痛んだが、引く気はなかった。

 その心情を察したのか、小春は深琴の腕から離れる。


「先輩、得意武器はなんですか?」

「え、これってもう勝負する流れなの!?」

「こうなった禄士郎様から逃れるのは難しいです。それに執拗い(しつこい)ですから」

「ひぃん…嵐丸くんからも何か言ってよぉ…!」

「ソーリー!僕には無理だ!諦めて戦ってくれ深琴!」


 そんなぁ!と涙目で叫ぶ深琴。

 だが叫んだとて状況は変わらない。ぺしょぺしょになっている深琴の手を掴んで小春があんよが上手と言わんばかりに立ち上がらせた。

 小春のほうが身長が低く、小柄なのに先輩に見える。


「霧崎さん、薙刀作れますかぁ…?」


 小春は頷いて手を鳴らす。二人のバッシキが起動し、心臓から糸が引き抜かれる。

 引き抜かれた糸は螺旋を描きながら薙刀へと紡がれていく。

 すると後ろにいた嵐丸が顎に手を起きながら、面白そうに小春の動作を見た。


「ほう…小春くん、中々の腕前だね!糸の扱いが丁寧だし、普通初めましての人に武器を作ってって言われてその人に合った武器を作るのは難しいからね」

「もしかしてこのハルバードが重いのは、そういうことなんですか?」


 紡がれたハルバードを見る。少しの誤差ではあるし扱いに問題があるわけじゃないが、小春が紡ぐ大鎌より重かった。

 その分、攻撃威力が上がっていたのだ。


「そう、所謂紬師による『個性』みたいなものだね。紬師が大鎌を作ったとてどれも同じとはならないもんだ。僕が作る武器は基本的に重めに作る。その方が威力も上がるし、武器が折れにくくなるからね」


 特に君にはそれが必要そうだ、と付け加えて嵐丸は苦笑した。


「小春くんはどうやら祓魔師の体格や性格に合った武器を作るのが得意そうだね。僕の紡ぐ薙刀より軽そうだが刀身が両橋に付いている。僕の紡いだハルバードの威力に対抗するためかな」


 持っているハルバードを指さしながら嵐丸は禄士郎の顔を覗きながら言う。

 その顔はどこか面白がっていてにんまりと笑っている。

 そうこうしているうちに小春達は準備を終え、戦闘体制に入っていた。

 心臓が脈を打つ。込み上げる熱が獣を起き上がらせる。

 

「霧崎さん、援護お願いしますね…!」

「任されました」


 目つきを変えた深琴が走り出し、構えた薙刀を禄士郎と嵐丸に向かって振り下ろす。

 嵐丸を庇うように前に出て、振り下ろされた刃をハルバードで受け止める。

 恐らく嵐丸を庇いながら戦う必要はないだろうが、武器を紡いでもらっている祓魔師にとって紬師は大きな致命傷になりうる。

 コンビを組んでいるなら尚更。


「僕に骨折している女の子を負かすのは趣味はないんだけどなぁ」

「だったら降参してよ嵐丸くん!」

「ならこの坊ちゃんを説得することだね!それじゃあ頑張りたまえ深琴!」

「嵐丸くんの裏切り者ぉ!」


 片目だけ閉じて笑みを浮かべた嵐丸は早々に立ち去っていった。

 二人だけになったことが気まずいのか、薙刀で攻撃しながら深琴は無言になってしまった。

 そもそも深琴と話すこともないので禄士郎としてはこのまままでもいいのだが。

 どうやら深琴はそう思っていないのか、「えっと、話題…話題を…!」と本音が漏れている。

 戦闘の場数をそれなりに踏んでいる禄士郎だが流石にずっとモゴモゴと呟かれては気が削がれていく。


 (わざとって訳でもなそうなんだよな…)


 禄士郎は攻撃の手を緩めずに口を開いた。


「箕原先輩、お聞きしたいことがあります」

「ん!?え!?何かな!?」

「どうして小春に声をかけたんですか?」


 その質問に答えようと深琴の動きが止まる。小春と似たような真面目な人だ。

 だがさすが厳しい任務を乗り越えてきた先輩なだけあって、どう答えようかと考えながらも禄士郎の攻撃を薙刀で相殺している。

 そして閉じていた口がようやく開き、深琴は顔を上げた。


「勘、でしょうか」

「勘、ですか」

「はい。面識はありませんでしたがすごく気になりました」


 朗らかに深琴は言った。

 チラリと横目で嵐丸と戦っている小春を見た。

 その視線に気付いたのか、深琴は笑みを零す。


「くびったけなんですね」

「…それ以上ですよ、これは」


 禄士郎は深琴の薙刀を勢い良く薙ぎ払う。

 力の差に体勢を崩れた深琴はすぐさま距離を取る。

 そしてまた薙刀を構え直し、禄士郎に向き直った。

 その出で立ちは戦場の乙女だった。


「霧崎さん、武器強化をお願い!」

「…あー、すみません。無理です先輩」

「え?なん…」


 深琴と禄士郎は視線を小春の方へと動かした。

 そこには小春に馬乗りになり、矢の切っ先を喉元に向けている嵐丸がいた。

 嵐丸がそのクロスボウの引き金を引けば小春の命が終わる手前と言えよう。


「この通り、王手されました」

「いえーい!勝ったよ禄士郎くん!」


 禄士郎と深琴より命のやり取りをしてる二人なのになんとも呑気だ。

 だが呑気な二人に対してペアである祓魔師達に漂う空気は一瞬にして凍っていた。

 そしてわなわなと震えながら出た声は悲鳴と怒号だった。


「いやぁぁ!!霧崎さぁん!!」

「何やってんだお前ぇ!!」


 後に禄士郎と嵐丸ペアは三勝し、開発技術部隊送りにはならなかった。

 だが代わりに嵐丸は禄士郎から本気の拳を頬に受け、腫らすことになった。

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