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霧崎小春の花影  作者: 椄瀬結


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訓練 五

月に一度。祓魔師、紬師、調査部隊の学生が合同で実技訓練を行う。

 訓練内容はその時の担当する上官によって異なる。

 軍学校は二年制で一学年、六十名ほどで構成されている。祓魔師と紬師が合計で四十五名、調査部が十五名。

 つまり今小春達が来た訓練場には約百二十名が集まっているということになるのだが。


「やっぱり数が減ったね。特に先輩達」

「そうですね。中には海外遠征に行っておられる方もいるでしょうけど…」

 

 小春は静かに頷き、上級生達の顔を見た。

 訓練場には百二十名もいるとは思えない少なさだ。ざっとみたとしても百名いれば良い方だろう。

 上級生のほとんどが任務へと向かわされる。中には海外遠征もある。

 任務も増え、その危険性ももちろん上がっていく。

 無事で帰って来る者もいれば遺体で帰ってくることもある。

 故に白夜軍は実力がなければ生き残れない。その分、任務成功報酬金額と死んだ時の保険金はかなりの額で保証されている。

 白夜軍の軍服を着るということはそういうことだ。


「諸君、訓練の時間だ!」


 そう言って訓練場に現れたのはかの子であった。

 訓練場にいる上級生が次々に阿鼻叫喚を奏で始める。

 小春達の学年がかの子の訓練を受けるのは初めてなので上級生の悲鳴には共感はできないが、つまりはそういうことなのだろう。

 隣では禄士郎が目を輝かせておお!と言っている。最悪だ。


「随分と私は嫌われているようだな。なあ、吾妻中尉?」

「訓練内容が嫌いなのであってあなたを嫌ってるということではないと思います。多分」

「多分はいらぬわ、たわけ。さて、訓練を開始するにあたってまず祓魔師と紬師で二人一組になれ!ただし普段のパートナーとは違う奴と組め!それが条件だ!」


 かの子の凜とした声が訓練場に響く。

 そしてほんの少しの静寂が訪れたのち、生徒が一斉に動き出した。

 その瞬間を小春は見逃さなかった。生徒が一斉に動き出した瞬間に小春もまた全力で禄士郎から距離を取ったのだ。

 なぜ離れたのか。それは言わずもがな。


「桃坂様!ぜひ私とペアに!」

「桃坂君!俺とペアにならないか!?」

「同じ名家として僕とどうだい?」

「桃坂様、私とペアに…いえいっそコンビに!」


 禄士郎を取り囲むようにできる人だかり。これが小春には容易に想像できたのだ。ここまで想像通りだと笑えてきてしまう。

 囲われた禄士郎はぎこちない笑みを浮かべながら小春に助けを求めるように視線を送っていた。


 (筺辺大佐ばんざ〜〜い!)

 

 だがそんな視線を無視して小春は喜びの拳を掲げながら人が少ない安全地帯まで走り去った。

 短い時間ではあるが禄士郎との戦闘から開放された。これには喜びの拳も掲げたくもなる。


「ヘーイ!そこの骨折三つ編みガール!」


 ふと軽やかな声が小春の鼓膜に流れる。

 小春は見渡して同じく骨折をして三つ編みをしている女の子を探した。

 だが周りにいて誰もが小春と声の主を交互に見ている。

 勘違いでなければ小春が呼ばれたらしい。

 声の方を見ると2人の男女が立っていた。

 淡い栗色を一つに結わえており、色素の薄い瞳が小春を見つめていた。しかも目が合ったことに喜んで大きく手を振っている。

 その隣りには恐らく男のパートナーらしき女が視線を泳がせながら、ちらちらと小春を見ていた。

 小春と同じ黒髪。緊張と不安が入り交じった瞳は揺らぎ、薄い唇を真一文字で結んでいる。

 スカート式の小春とは違い、ズボン式がよく似合う整った体つきなのに背中が丸まっているせいか、怯えたリスにしか見えない。

 呼ばれた小春は掲げた拳を下ろして二人の元へと近づいた。


「君、ペアってもう組んだかい?」

「いいえ、まだです。もしかしてこれが『ひっかける』というやつですか」

「残念ながらひっかけたいのは僕じゃなくて相方のほうだよ。ね、深琴(みこと)?」

「ちょっと、嵐丸(らんまる)くん! 私はそんなんじゃ…!」


 深琴と呼ばれた女は慌てたり、顔を青くしたりと随分忙しい。


 (冷やかしか、これ)


 禄士郎と組んでいる小春に面白半分に近づく者は多い。

 大抵そういう場合は桃坂家のことや小春の連絡先など土足であれやこれやを聞いてくる。

 小春としても冷やかしであるならさっさとこの場を離れて他の人とペアを組みたい。

 周りを見れば続々ペアが決まっている。

 知り合いが少ない小春としては早くペアの申し込みをしに行きたいところなのだが。

 また周りを見渡し始めた小春を見た深琴は覚悟を決めたようで自分の頬を軽く叩いて背筋を伸ばした。


「私、祓魔師見習いの箕原(みのはら)深琴です!良ければ私とペアを組んでくれませんか…!」

「いいですよ」

「そうですよね、嫌ですよね…えぇ!?今いいって言った!?本当に!?」


 もう一度いいですよと言おうとしても深琴が興奮して肩を揺さぶるので言えなくなる。

 むしろ小春としては有難いことだ。

 何せ、今は左手を骨折している。そんな不調子な奴とペアを組んでくれる人は少ないだろう。


「はーい、そこまで!深琴、ストップだ!」

「あ、ごめんなさい!」


 止まった。良かった。

 これ以上揺さぶられていたら医者に治りが遅くなってると怪訝な顔をされるところだった。


「ところで、君…そういえば名前は?」

「霧崎小春です」

「ふむ、小さな春であっているかい?」

「お見事、当たりです」

「時に小春くんはなぜあの人集りから拳掲げて抜け出してきたんだい?」


 嵐丸と呼ばれた男は禄士郎を囲う人集りを指した。

 人集りは今にも禄士郎を口説き落としたい選手達で乱闘が起きそうだ。

 改めて禄士郎が人々からどう見られているか知る。人気とは違うものかもしれないが。


「あの真ん中にいる桃坂のお姫様は私のパートナーで、私はつかの間の休みを手に入れました」

「嗚呼、なるほど!ならば春の代わりに嵐である僕が行くとしようか!」


 そう言って嵐丸は人集りの中へに意気揚々と飛び込んで行った。ならばって何だ。なぜそうなる。

 しかもあっという間に禄士郎のペアの座をもぎ取り、嫌がる禄士郎の肩を組んでいた。

 本当に名前の通り嵐のような男だ。

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