貴族たちの結末
「……何だよ甘ったれ」
キミカッタは相変わらずだ。
戦いが全く終わり、後ろ手に縛られてもなお憎まれ口を叩くのをやめない。
「お互い、チーズのせいでとんでもない目に遭ったもんだな」
「チーズのおかげで当主になれたんだから文句言うな」
「当主になれた、か。俺は、当主になっちまったんだよ」
当主になっちまった、か。
広大な領土を持った貴族の当主だなんて、なりたい奴は山ほどいるはずだ。
それなのにこの物言い、キミハラ様は本当に地位に執着してないんだな。
「お前こそなんで当主になったんだよ。まさかそれが自然だとか考えていたとか抜かさないよな」
「俺は強くなりたかった。誰よりも強い奴になって、この国を強い国にしたかった!」
「取ってつけた様な言い草だな。ママのチーズが食えなくなって冷めたのか。あるいはあのチーズのせいで……」
「同じもん食ってた時からお前は甘えん坊だったよな、同じ人間から産まれたとは思えねえほどに」
キミハラ様に自分を見下ろさせながら、キミカッタは言いたい事を言いつつハラセキの方を見る。
本当、俺でもどうしてこうなったのかって思わずにいられねえ。
「妹かよ、あーあ、妹かよ……」
「お兄様…」
「お前が最初から妹だってわかってたら、な。俺はとっくに死んでたよ」
「言いたい事はそれだけか」
「ああそうだ。早くやれよ、それがお前の役目だろ」
その「キミカッタ様」の命は、
「そうだな」
と言うキミハラ様の軽い言葉と共に終わった。
「馬鹿馬鹿しいですね」
「ノージ!」
ツッコミが入っちまったが、この処刑に対しての俺の正直な感想はそれしかない。
「ああそうだ。ギルドとしてもキミハラ様としても、クロミールとデーキを責任者にして入牢の上ほんの数年ほどの労役刑で済ませる予定だったのに、本人がどうしてもとな……」
「結局、チーズに負けちまったんですね……」
チーズのおかげで、俺はここに立っていられる。
だが同時に、チーズのおかげで多くの人間が命を落とし、そうでなくても大きく運命を狂わされた。
「首は謀叛人として差し上げます。御家の責任として」
「そうですか」
残念だけど、クロミールが作ったチーズをたっぷり食べたキミカッタ様の望みはそれだっただろう。
勝てば官軍負ければ賊軍の理念に従い、敗者となった自分にふさわしい待遇を得ることが。
えらく自分勝手な話だよ。本当、無責任だ。
「父上」
で、キミカッタ様の処刑の後、俺とキミハラ様とハラセキが入った部屋で出迎えたのは、やけに腰の曲がっていた《《前々》》当主様と、その娘だ。
「キミカッタと言う謀反人とクロミールと言うデーキの手先など存在しない。そう言う事です」
「……ああ」
「それからクロミールの使用人に対する横暴を看過していた罪を見過ごす事はできません。もちろんクロミールの責任は重大ですが父上にも責任はあります。今後の事はハラセキ次第と思ってください」
厳しい話だ。
クロミールが嫉妬に駆られてハラセキの存在を夫でありハラセキの実父であるこの人からさえも隠してこき使ったのがそもそもの原因だって言うのに、前々ヅケース家当主様は再び強引に隠居させられた。
そして、これまで大事にして来た妻や息子の事を思う事もできない。
妻も息子も、当主様によって決められた存在しか愛せなくなる。とても、大事にして来たとは言えない存在を。
「父上…」
「まあそういう事です」
「……ああ……」
すっかり弱り切ってしまった中年男性がベッドに座り込む。
その父親を抱き起そうとする娘に対し、もう一人の娘が割り込んで来た。
「ちょっと…!」
「何がちょっとだ、修道女」
もう俺と出会う前の姿には戻れない事がほぼ確定的な娘が、異母姉妹に張り合おうとしている。
「ほどなくして迎えが来る。そこで父親には出来ない事をして過ごしてもらう」
彼女は修道院に送られる事になった。
そこで一生クロミールとキミカッタの供養をする役目を担うらしい。
「あんたは」
「姉上様…」
「何よ、本当あんたって」
「知らない奴そっくりだなんてよく言えるな、お前はもう謀叛人に加担したとして貴族の位などとっくに召し上げられている。ヅケース家はもう俺とハラセキだけだ」
知らない奴そっくり。
その一撃だけで、ツヌークは泣いていた。
悲しい涙ではなく、文字通りの悔し涙。
おそらくツヌークもまた、クロミールのようにエゼトーナ様への憎しみを抱いてたんだろう。クロミールが吹き込んだのかどうかはもう知らねえけど。
「だいたい、何もかもお前のせいよ!お前があんな、あんな物を……!」
「俺に吠えて何か変わるんですか」
八つ当たりと呼ばれない程度には正当な怒りを持った拳を振りかざしたツヌークの一撃を受け止めたのは、俺の頬でも胸でもなく、異母姉妹の右腕だった。
「ちょっと…!!」
「私は守りたいんです、父上も、姉上も、ノージ様も…!」
「何よ、何よ、何よぉ!」
自分なりの渾身の一撃を右手一本で簡単に受け止められてしまったツヌークは、もう一本の腕で異母姉妹を狙う。まるで母親と兄の無念を晴らすように。
—————でも、そうなったら。
「きゃあっ!」
俺はツヌークの足下を、これまで何度もして来たように蹴飛ばした。
ツヌークが顔だけはとかばうように両手を顔に当てながら、床に向かって倒れ込む。
「そうだ。本来ならば貴族の位を持たない人間が貴族に乱暴狼藉を働けばそれこそ死刑だ。良く配慮してくれた」
ほんの少し前まで、俺が死刑にされる立場だったのに。
「うう、ああ……わあああああああ……!!」
さっきの一撃で泣き出した元貴族令嬢様は、完全に気力を失って泣きわめいた。
自分が、完全に、全てを失ってしまったという残酷すぎる証明。
いやそれ以上に、自分が持っていたすべてが全くその気のない人間に奪われた事の証明—————。
「威張りなさいよ……頼むから、威張ってよ……!」
「そんな」
「これは、私からの最後の、命令よ、頼むから……!」
「では初めて抗命させていただきます。お嬢様、私はあなたのそれでないとしてもあくまでもノージ様の従者です。どうして冒険者の従者がそんな事が出来るのですか」
ハラセキの自然とも言える言葉。あくまでも自分の立場をしっかりと主張し、その上で意思表示している。
(聖女とか以前の差があるな…)
こうなるのは必然って奴だったかもしれない。
「では」
「待ちなさい、待ちな、さ……!」
「そういう事だ。あと三十分もすれば迎えが来る。案ずるな、父上とは連絡が取れるようにしておく」
やるべきことが終わった俺達は踵を返した。
大きな泣き声とわずかなため息が部屋を覆うが、振り返る気分にはならない。
——————————もう、終わったのだから。




