実験はよし(デーキ視点)
「ノージ、ノージ、ノージィ!」
クックックックック……!
まさかここまでうまく行くとはな……。
口では大した事ない上から目線を装っていても、内情は真っ黒だと言う事を知らしめられた……。
まあ、ここまでとは思わなかったけどな。
かつていくつもの町を破壊した伝説の魔物にまでなるとは……。
体中に刃を生やし、いかなる攻撃も受け止める。
魔物自身が切り刻みたい存在を刻むまで止まらぬ……。
「援護しますよ」
私はその間にひっそりと火の玉を放つ……。それだけで十分だ。下手に動くとこっちが狙われかねないから……。
(素晴らしい、実に素晴らしい……)
魔物自身が切り刻みたい存在を刻むまで止まらない、それまでならばただそれまでだが———。
だが今のアックーが伝説の魔物たるゆえんは、自分に向けられる敵意にも敏感な事だ。
切り刻みたい存在を切り刻むから当然最低一人の犠牲を産むまで止まらないが、そう言われてはいそうですかと首を差し出す奴はいない。そうして逃げる間に数多の犠牲が産まれ、その犠牲者の関係者が憎悪を抱く。
その負の連鎖こそもっともこの魔物が恐れられる理由…。
「どけどけどけ、そこをどけぇ!」
暴れている。自由に暴れている。
「アックーを止めるためにも!」
そしてその対象を守ろうと欲している数多の人間たち。
ここまで実験がうまく行くとは思わなかった……。
(思った以上に単調で、悩みもなく威張りくさっているように見えてどす黒い……)
アックーと言う男は、パッと見では良くも悪くも小悪党風の、顔がいい事だけが取り柄の仕様もない輩に過ぎない。
自分では優秀だとか吹聴している身体能力もしょせんはチーズありきであり、それがなければ一山いくらの中での当たりくじのレベル。
その自覚もないのだろうが、内心では自分ほどの存在が虐げられていると強く思い込んでいるのだろう。
ほんの少し、吹き込んだだけで。
「ギルドマスターや古参のような存在は下から浮かび上がって来る人間を恐れている。認めないのはそれが怖いからだ」
「ノージはあなたを貶めるためにチーズを撒いている。そのチーズの力で歓心を得て、自分を守ってもらおうとしている」
「ギビキは殺すように仕向けたのはノージだ。自分を裏切った存在に脅え、村人たちを焚き付けて殺させた。それほどの彼は臆病だ」
この程度の言葉で、口では平静を装いながらも内心では激昂してくれた。
だからこそ、素直に謝ろうとしたルワーダを殺し、死体を魔物として利用する事に賛成もした……。
(あとはあやつだ、あやつさえいなくなれば私の研究を邪魔する者は当分いなくなる……)
予想外だったとすれば、そのノージとか言う小僧だった。
あいつの使うチーズのせいで、ギビキも敗れ愛弟子の願いも壊された。
(あの王女様を縛る呪いさえも解いてしまうチーズも使う……)
強く正しく清い王女様。それが冒険者と言う名の騎士として名を挙げれば王家の威信は高まり、さらに厳しく取り締まられる。それは不都合だ。
だからこそ、料理人にチーズでなりすましてカースチーズを食べさせたのに!
ひどい頭痛に陥ったと聞いて内心ほくそえんでいたのに!
そしてあのレインボーチーズ!
あれこそ、私のブラックチーズを無効化してしまうこの上なく恐ろしいチーズ!
イリュージョンも、チェンジも、キルも、もちろんカースも、あるいは我が最高傑作さえも……!
幸い私が弟子に教えたそれにはあまり有効ではない感じだが、自分が食べて強くなるためのそれはともかく武器として相手に食わせるそれが有効かどうかわからない。その気になれば口に突っ込む事は可能だろうが、記憶を一時的に封じるシールはともかく美醜を操る二種類に何の意味があるのか。
————殺すか。愛弟子と言う名の道具を用済みとして抹殺したそれで。
だがあれは相手が凡人だからこそ通じたそれで、村人たちならともかくノージを殺せる自信はない。
(まあ、この辺りが潮時か)
本来ならばここでお暇したいけど、ワープチーズって作った本人が食べても無効なのが辛い。とにかく、これほどの争乱となれば見届けなくても後から情報は山と届く。なんならイリュージョンチーズでイリュージョンを作り、目だけ残しておいても構わないぐらいだ。
まあ、どっちが勝った所で私はどうでもいい。この辺でお暇しよう。
まったく、ギビキをあのオカマゴ村にやったりルワーダをオカマゴ村に飛ばしたりしたワープチーズが、作った本人に効かないと言う性質を克服できなんだとはまだまだ研究が足らんと言う事か……。
さ、今の内…
「邪魔すんじゃねえええええええ!!」
とんでもない痛みが、背中に走った。
体が大きく傾き、倒れ込む。
口と背中から、血があふれた。
「うぐ、アッ、クー……!なぜ、こっち、に」
「どけ!俺は、俺はノージをぉ……!」
ノージへの怒りと憎しみで暴走したアックーがこっちに向かって来た事に、なぜ気付けなかったのか……!
(まさかチーズ、いや違う、村人たちが……)
ハラセキなる聖女の力で回復する…リンモウ村とオカマゴ村の村人たち。
その予想外の攻撃に私は騎士やこちらについた村人たちを支援するしかなくなった。まさかその隙を突いてこちらに誘導、されたと言うのか……!
(こ、こんな、所で……!)
そんな、なぜだ。どうして、こんな、油断していた訳じゃない、のに……!
どんどん、気が遠くなって行く。
ずっと生きて来た。チーズの効果を知るために。
貴族の馬鹿な娘、とその馬鹿な娘の息子と娘を利用し、
さらにこうして、のぼせあがった、冒険者、グルー、プを……!
(おしまい、だと言うのか……!?)
治癒魔法を自分にかけるが、ちっとも血が止まらない。むしろ中途半端に回復されるせいで余計に体が痛い。
「もう駄目、なのか?私、は……こん、な……こんな、所で……!」
————長年の成果をこんな形でふいにするかとばかりに力を込めて二本の足で立ち上がろうとした私は、その一撃を目の当たりにする事はできなかった。
「デーキっ!」
私の首元を正確に狙う事となった刃—————
否、最後に自分の名前を呼んだ王女の首を狙おうとして、無関係な存在を斬った刃を。




