究極のチーズ(アックー視点)
「誇り高き騎士たち、誇り高き村人たちに告ぐ。
我々は我がヅケース家の名において手配書を出した元閃光の英傑のメンバーであり我が妹ツヌークを汚したノージと、我が家の侍女でありながらノージに加担しまた我が妹の名を騙るハラセキを討伐せねばならぬ。さらに言えば、両名は誇り高き閃光の英傑のメンバーであり村人たちの誇りであった魔導士ギビキを死に追いやった。オカマゴ村の村人たちは両名に惑わされ自分たちの当主であるこのヅケース家に歯向かおうとしている。
そして彼らは事もあろうに、我が双子の兄であったキミハラをもそそのかし、新たな当主と言う名の傀儡を作ろうとしている。キミハラが当主となればヅケース家の威は全く失われ、村人たちによる独裁が始まる。それこそ我が家はおろか貴族、いや王家に対する挑戦でしかない!」
ずいぶんとまあ吠えるもんだ。隣で聞いてるけど本当によく通る声だし、それからまったくすらすらと読んでいる。
「王家への挑戦、それは秩序への挑戦である!なればこそ我々は、真の秩序をもって我が領国を治める事を宣言する!この戦いは、そのための聖戦である!」
聖戦。
よくもまあ、そんな言葉が使えるもんだ。
それこそ、可愛い可愛い妹のツヌークがノージの奴にやられた恨みを晴らしたいだけじゃねえかよ。
(まあ十幾年越しの美貌が十数秒で台無しにされたとありゃ怒り狂うのもごもっともだよ……ぶっちゃけ俺も似たような気持ちだし……)
俺自身、意外とノージの奴が使える事が分かったから呼び戻してやろうと思っただけだった。
なのになぜかあいつがつまんねえ意地を張って幼馴染のギビキの言う事も聞こうとせず、あげく平然とその幼馴染を殺しまでするもんだからいい加減にしやがれとほんのちょっと、キレちまったんだ。
そう、ほんのちょっと。
「あー、決して浮かれ上がってはならない。少しばかり慎重すぎたなってぐらいで万事うまくいくもんだ。それを忘れるなよ」
で、お貴族様に話を振られたもんだからこう言って適当にごまかした。
この戦いが終わったら、俺はこのヅケース家の騎士団長になる。
冒険者としての生活も、ここで終わりだって訳だ。
「なああんた、これからの戦いは頼むぜ」
「ありがたい言葉です。それで当主様は」
「何だか知らねえけど寝室に引きこもっちまってさ、何だかブルブル震えててカッコイイ親父なんかどこにもいねえんでやんの」
「それもあいつらのせいですか」
「そうだよそうだよ、物分かりのいい男だよな。まあこれでも食えよ」
皿に盛られた、チーズ。
「チーズか…」
「食い飽きたか?」
「いや、結局チーズ野郎を負かすにはチーズしかねえのかなって」
「そうだよ。しょせん自分が特別だからって浮かれてやがるんだ。それからハラセキだってうちのお袋がチーズを出せる事も知らねえで浮かれ上がっちまってよ、もうみっともねえ事この上ねえ」
そうだよな、あの野郎の鼻っ柱を徹底的に叩き折るには、何もかも自分たちが上だって事を見せつけてやるしかねえよな……。
同じやり方で。
「こいつを食べると強くなれるし、闘志も湧いてくる。ツヌークも俺も毎日食ってたんだ」
「そうですか」
俺は丁寧に口に運ぶ。
味は普通だ。だが、キミカッタ様のお言葉通り、噛めば噛むほど力が湧いてくる。
ついでに、なんだか闘志も湧いて来る。
「あいつだよ……あいつがいなきゃ、誰も不幸にならなかったんだ……」
「全くだよ、あんなのを引っ張り出しちまったギビキってのも不幸な女だよな」
「最後は頭いかれてたとか言いふらしてるけどよ、そんなふざけた話があるもんかい!」
どんどんあの野郎の悪口が湧いてくる。
「これで、これであの野郎を……!」
「そうだよそうだよ、それからあんたにはさらに格上のそれも用意してあるらしくてな!楽しみで楽しみで仕方がねえ!」
そうだ、もうおしおきとか言う次元の話じゃ済まねえ!
「で、だ。こいつを」
「村人にもですか!」
「そうだよ!フッフッフッフッフ……アッハッハッハ…………!!」
生まれ故郷のやつらまで敵に回るのか…………こりゃ愉快痛快だぜ!ああいけねえ、キミカッタ様に釣られて俺まで笑えて来たぜ…………クックック……ハッハッハッハ……
「大変です!」
そこに割り込む、デーキの声。
明らかにただならぬ事があったのが丸分かりの声。
「ったくどうしたんだよ!」
「奥方様、が……!私のたったひとりの、弟子が……!」
奥方様。
キミカッタ様とツヌーク様の母君にして、デーキが昔チーズ作りを教えたって言うただひとりの弟子。
俺は一度しか会ったことねえけど、自信満々な女の人。
「…………息は」
「残念ながら既に」
駆け付けた俺たちの下で、奥方様は倒れていた。
真っ青な顔をして、苦しそうに目を剥き大口を開けている。美女のはずなのにすげえ不細工になってるじゃねえかよ…………!
「まさか」
「ええ、あの男の尻をなめようとする輩がおりましてな、当主などキミハラ様さえいればいいと……」
「ふざけんなぶっ殺して!」
「先にまずあの二人です」
キミハラにまで気に入られたからって、どこまで増長すれば…………!!
「…あの野郎!」
もう、これ以上どうこう言う意味はねえ。
もう、これでたくさんだ!
「とことんまで、馬鹿にしやがって…………あの野郎、許してやらねえ…………」
「そうだな!デーキ!ノージに与した奴が奥方様を殺したと言っとけ!!」
……なぜか知らねえけど泣けて来た。
全く、どんだけ俺をもてあそびゃ気が済むんだよ……!!
「その前にこのチーズを……」
デーキは、ひとつのチーズを俺の手のひらに乗せた。
黒くて、正方形のチーズ。
「これは…………」
「彼らの前で、パクリと行くのです。そうすれば彼らは泣いて許しを乞うか悪あがきして死に至るかの二者択一……!」
「まさか、究極の…」
「そう、キミカッタ様にも教えられなかったそれです」
愛弟子にさえも教えられなかった、究極の秘伝。
「これで…!」
「そうです、クロミール様やギビキ殿の無念を……!」
そうだ。
ここまでコケにして来たあの男。
あいつを懲らしめためならば、俺は……………………!!
待ってろ、ノージ!!
てめえだけは、てめえだけは、絶対に、絶対に許さねえ!許して、やらねえ…………!!




