チーズとチーズ
アタゼンの手に握られていた物体。
それは紛れもなく、チーズだった。
「みんなこのチーズでここまで来たんだよ!」
「そんな力を持ったチーズがあるのか!」
「お前はいつから自分が特別だと思ってたんだ!」
いつの間にか取り出したチーズを見せびらかすその顔は、見覚えたくないのに見覚えてしまっていた。
「これがノージを孤児と言うだけで見下していた人間の顔か?」
「その通りですよ」
「そうだ、俺の娘と一緒にいられるだけでありがたいはずなのに、それを殺すとはどこまでも恩と恥を知らねえんだなあ!」
「冒険者になった以上上も下もない、同僚であるだけだ。その様子だとギビキの装備の方がずっとノージのそれより良かったんだろう、どっちも新米冒険者だったくせに」
「ああそうだ、それの一体何が悪いんだぁ?」
ギビキには、ローブと帽子と杖と、路銀。俺はナイフ一本。どう考えても主人とお供だった。今更それについてうんたらかんたら言う気もないが、それだけで俺とギビキの差は明らかだった。
「フフフ、兄貴。チーズを作る方法を知ってるか」
「何だよ急に元気になりやがって」
「兄貴らがボーっとしてる間に俺も食ったんだよ、チーズをなあ!」
キミカッタの刃が、再び動き出す。
速い。これまでのそれよりさらに速い。
「うぐ…!」
しかも重い。キミハラ様とコトシさんが加わってくれたが、それでも状況は良くない。
「お前たち」
「あ、後はキミカッタ様おひとりでお願いします!」
「腰抜けがぁ……!」
もっともそんなのが騎士たちの感情を揺るがすわけでもなかったが、それでもキミカッタの強さには変わりがない。
「俺も兄貴も同じもんを食ってたのにどうしてここまで差が付いたんだろうなぁ~!お袋の飯が恋しくねえのか!」
「よくそんな言葉を吐きながら甘ったれと言えるな!」
「庶民の女にいい子いい子してもらいたいんだろ、庶民バンザイなんだろ!」
「庶民と貴族の差はたまたまそっちに産まれたか否かだけだろう!」
「庶民のチーズのが恋しいのかよ!お袋のよりも!」
「それっておい!まさかあのおばさんも!」
「そうだよ!俺達はそのチーズを食って育ったはずなんだってのに、どうしてこんなにも……!」
また、チーズ。確かに貴族様なら金があるだろうけど、たぶんそれとは関係なく、俺と同じ力で作られただろうチーズ。
「水桶に張られた水は人を潤し大地を清める。だがそこに強引に顔を突っ込ませれば人を殺せる」
「もっともらしい事を抜かすな、お前こそギビキを殺した仲間だろ!」
「それほどの力があるのならばもっと有効に使えと言う事だ。ノージを殺して金を得る気か?この程度の貴族の家から金貨一万枚など」
「俺は親父として、ギビキを殺した奴を殺さなきゃ気が済まねえんだよ!」
「そんな矮小な欲望のために!」
矮小と言う言葉と共に振りかざされる剣。ミナレさんの顔が歪み、その刃はキミカッタのそれすらも上回っている。
「お前も、お前もまさか!」
「悪いか、私とてノージに対する思いはある。その思いを力に変えてこうしてやっていると言うだけの事だ!」
その刃がアタゼンの手を襲い、チーズを真っ二つにする。
「貴様ぁ…!覚えてろぉ!!」
その捨て台詞と共に、アタゼンはチーズを口に放り込み、そして、消えた。
「まったく、ワープするチーズまであるのか……!」
「そうだ、兄貴の大好きな庶民様のチーズにそんな力はねえだろ!」
「庶民様に威張り散らし見下すのが貴族様って言うんなら、俺は貴族じゃなくていいよ!お袋も親父も妹の存在を何故隠したんだよ!」
この状況になってなお、キミカッタの態度は変わらない。
「言っとくけどな、俺もこの前知ったんだがな、俺にはとんでもない味方がいるんだ」
「味方?」
「じゃあな、しばらく甘えてろ」
そして、キミカッタも消えた。
「どこに消えた!」
「おそらくは屋敷か、あるいは……!」
「屋敷ですよ、戦いは一人ではできないですからね。甘えん坊たちを修正する義務がありますから」
そこに割り込む、明らかに男の声。
しかもやけに高い所から。
「お前は…!」
「デーキ…!!」
空中に浮いている、その体。
そして、その声。
間違いなかった。
「お前か、お前が……!」
「閃光の英傑のデーキ!」
「そうです、いかにも閃光の英傑のデーキです」
——————————閃光の英傑——————————。
「ノージがいたパーティーの新メンバーが…!」
「いかにも。そして私はキミカッタ様の母上の師匠……」
「師匠!?」
「そう、彼女にチーズの出し方を教えたのはこの私です……」
「そんな…………」
俺がかつてその身を置いていた冒険者グループ。
Aランクまで登り詰めた、栄光を誇っていた冒険者グループ。
その閃光の英傑のメンバーが、この事件を巻き起こしたキミカッタとそんな風につながっていたとは……!
「まさかお前アックーまでも…!」
「いかにも!」
俺が考えたくもなかった言葉を口にすると奴はそうだと言わんばかりに深くうなずいて来た。
「アックーから伝言です、絶対にお前を許さないと……」
「勝手な!」
「ではさらばです……フッフッフ……」
その言葉と共に、デーキは消えた。
この前よりも、ずっと強い魔法だ。
「ノージ様、ミナレ様、兄上……様」
「キミハラ……」
そして戦いの終わりと共に、ずっと輝いていた白い光も途切れ、ハラセキの言葉も元に戻っていた気がした。
「私が、まさか……」
「お袋、いやクロミールはどうして今までずっと大ウソを吐いてたんだ……!」
そのハラセキの肩を抱きながらもまったく憤りを隠そうともしないキミハラ様。
「間違いなく彼女は、ヅケース家当主の息女……」
「俺は十幾年間もあそこまで苦しんでいた妹を放置していたのかよ……!チキショウ、チキショウ……!!」
ハラセキのエプロンドレスが濡れている。
キミハラ様の、悔しさの涙で。
なんでだよ、なんでこんなに悲しくならなきゃいけないんだよ。
キミハラ様も、ハラセキも。
オカマゴ村の村人も。
そしてミナレさんも、俺も……!




