ブラックチーズ(アックー視点)
「握り潰す気か!?」
「いや、この依頼を誰も受けようとしないと言うだけだ。受ける受けないを見極めるのは冒険者の技量だろう。ましてや今の閃光の英傑…の状態では無謀だ」
…何も反論できねえ。
ったく、いくら酒を呑んでも酔えそうにねえ。
これ以上、俺にどうしろっつーんだよ!
「ずいぶんと荒れているようですね」
「当たり前だ!どこのどいつがこんな金銀財宝の山を見逃すって言うんだ!」
最近ではもう誰も俺に寄り付かない。デーキと二人っきりで酒を呑み、チーズを食い荒らすのが日課となっている。
ギビキのせいだって言うのか?それともルワーダが死んだからだって言うのか?
まさか、あのノージのせいなのか?
「デーキ……世の中おかしいと思わないか?」
「おかしいとは」
「おかしいだろ。どうしてだ、どうしてノージのようなチーズを出す事しか取り柄のないような奴がもてはやされ、貴族様が出した討伐令すらないがしろにされなければならない?どいつもこいつもあいつのチーズに胃袋を掴まれてるだけだ、絶対そうだ」
「うむうむ」
「あいつは名のある冒険者を殺したんだ。それだけでも罪人扱いされてしかるべきだろ?それなのに誰も彼もその事を指摘しようとしない」
ノジローのおっさんと来たら、被害者のはずのギビキの「罪状」とやらを鵜呑みにして「自業自得」の一言で終わらせやがった。仮にも自分のギルドに所属するひとかどの冒険者であり一流冒険者パーティの一員が勝手に処刑されたって言うのにまったく冷たいもんだ。
「ノージは俺達の、取り分けギビキがいなければとっくに死んでいたような奴だ。それをこれまでと同じように保護しようとして何が悪い」
「なぜ単身で行かせたのかとなりますが」
「うるせえ!俺も大丈夫だと思ったんだよ!」
「これは失礼……」
デーキは俺にチーズの入った皿を押しながら酒を飲む。本当、うま味のねえチーズだがそれでも今の俺にはむしろありがたかった。下手に味があるとあの野郎を思い出さずにいられねえからだ。
「まあ貴族様の権威を彼らは知らないのか、それとも口だけだと侮っているのです。貴族様と言うのは本来領国の最高の存在であり、最高の武の持ち主でもあるのです。いざとなれば力ずくでこのようなギルドなど潰せる事をすっかり忘れておいでなのでしょう」
「ふぅ……本当、すげえよな。本当」
どいつもこいつも、身のほど知らずばかり。
どんなに一流の冒険者でも、権力ににらまれてはまともに動けない。いいとこ持ちつ持たれつの関係になるぐらいで、抱き込まれるように家臣になるケースは多々ある。と言うか根無し草と言うべき冒険者でいたい人間ってのは、正直頭がおかしい。
「……この仕事が終わったら俺達は貴族様の家臣になれるのか」
「あの男が殺した仲間の穴埋めにですが」
「十分だ。そのための礎になれるんならあいつも本望だろう」
俺はあいつのせいで、ギビキもルワーダも失った。
腹立たしいが、あのノジローの言う通り今の「閃光の英傑」でどれだけの事ができるのかわからねえ。
これもまた、ノージのせいだ。
「おや、こき使う予定だったのでは」
「それじゃ足りねえ。だが一思いにやっちまうと俺の出世栄達を見れねえしギビキ達に対しての悔恨の念も湧かねえままだろう。貴族様に頼んで、終身刑にでもしてもらうか」
「そのためには成果を上げねばなりませんからね」
「だからこそ、呼びつけたんだろ」
デーキの笑顔が俺を癒してくれる。
時が経てば経つだけ荒んで行く俺の心を支えるたった一つの存在。
「しかしあいつも不遇だよな、せっかくの故郷なのに」
「そういう事です。彼らにしてみればノージの出世栄達はそれこそ予想外の事態であり、ギビキこそ村の希望だったのです」
「その希望を奪った同士、手を組めると踏んだ訳か。まったく、お前は本当に気が利くよな!しかもニセモノまで作らせて油断させるだなんて!」
そのデーキが呼んで来てくれた、アタゼンと言う名のギビキの親父とその仲間たち。
—————ノージの奴の手によりギビキが処刑させられた、って正直に話したら本当にあっさりと付いて来てくれた方々。さらにはその前にニセモノまで出して油断させ失望させるだなんて、本当にこいつは頭がいい。
「とは言え相手もかなり強くなっています。それに対抗するには」
「チーズか」
「ええ。ついさっきまで食べていたあれではまだ無理です」
「あれでも無理って、あの貴族様の跡目に見せたあれか」
「ええ、遠く離れた所に幻影を映せる……ね」
チーズを食べると遠い場所に姿を作って声も聞かせられるらしい。しかも距離さえ近ければそれこそ実際に攻撃する事も可能であり、一人で数人分の働きもできる訳だ。
「そして、まだ切り札は残っています」
「これまで見せなかったか」
「そうです、ノシップはおろか私の弟子を含め誰にも見せなかった、とっておきのが……」
とっておきの、切り札か…………。
「もちろんチーズなんだよな」
「ええ、とっておきのですよ」
「そうか、そうか、そうか……フッフッフ、ハッハッハッハッハ……!」
これで、これであの野郎を……!
「落ち着いて下さい」
「ああいかんいかん、少し酔っちまったらしい」
ふー、まったく。
どうも嬉しすぎて無駄に元気になっちまう。
最近いい事がないからその反動かもしれねえ。
「でもその前に、行きますか」
「行くって、できたのかよ」
「ええ。これでもし心服するのならばよし、さもなくば……と言う事です」
さもなくば、か。
「もちろん肝心な時まで取っておくのもありでしょうが」
「いい。あの野郎に力の差を思い知らせてやれ」
俺はその時が楽しみだった。
あいつが血の海に沈み、その中で俺に許しを請う姿を見られるのが。
そのために、あいつの心を折ってやるために。
俺は、次の一手を打った。




