ハラセキって子
「わからん、わからん、本当にわからん……」
結局ミナレさんに吹っ飛ばされて騎士のメンツをまるっきり失ったナオムンはブツブツ下を向きながら俺らを屋敷へと案内する事となった。
ああ、シューキチさんは帰したけど。
「しかしお屋敷への道だって言うのに山道ですね」
「防御のためだ。何せこの辺り一帯の村々を支配するヅケース様のお屋敷なのだからな」
高い山の上にあるお屋敷のはずなのに、なぜ見えないんだろう。半分そのつもりでナオムンに聞いてやったが、相変わらずそっけない。
っつーかなんでハラセキさんに引かせるんだよこんな荷車を、俺がやろうとするとダメだしか言わねえし。ああ、汗だくじゃねえか。
「いいえ、慣れてますから」
で、慣れてる?
こんな過酷な事に?そりゃ俺だってそれなりに力仕事を手伝ったりもしたよ、でもどう見ても俺より細いじゃねえか!
「あんたやれよ」
「それをやった事が見つかれば当主様は嚇怒なさる。私の身の上をお前に保証できるか」
「そうです、ナオムンさんを傷つけないでください」
…………何も言えねえ。当主様自らんな事言って、何をしたいんだよ。
「と言うかさ、あんなに一撃で吹っ飛ばされておいて何を今さら」
「そうだ。あれはそなたが修練を怠っているからであろう。なればこそ私たちを腕利きとして連れていくと」
「違う、いや違わん。だがそれ以上に、なぜにこの、ハラセキが農民に人気があるのか知りたいのだ!」
道を進むたびに寒気がして来るのは、このナオムンって奴のせいだろう。こいつは本気で、ハラセキって子の事が分かってない。いや俺だってよくは知らないけどさ、初対面でいきなり頭を丁重に下げる人間といきなりいばりくさる人間のどっちが好きになるかなんて明白だろ。ましてや自分の不始末をかばってくれるだなんてますます尊敬してしかるべきはずだ。
「村人に丁重に頭を下げ、先ほども聞いたように感謝の気持ちを忘れない。そんな人間がなぜ嫌がられるのか、わかるかノージ」
「自分の考えてる答えと違うからでしょ」
俺が最初にチーズを出せるようになった時は、これじゃないんだよと幾度もぼやいたり吠えたりした。今思えばそれなりにうまかったしある意味期待には応えていたのだが、その時は自分の思い通りのそれが作れない事を嘆きもした。結果的に六種類しか作れない事を悟ってからはその気持ちも落ち着いたが、単純に「失敗」したのにはむかついた。もちろん、アックーたちからそう言われた事もある。
「村に来るたび皆そう言う。私はさっきも言った通りあくまでも当主様一家の命を忠実に実行しているだけなのに」
「租税の取立にしてももう少しやり方と言う物があると思いますけど。って言うかそんなにお屋敷内では受けが悪いんですか」
「どうしてそんなに不思議そうな顔ができるのか……」
心底からの困惑ぶり。当主様の命令とか以前にこのナオムンって人自体がハラセキさんって人が嫌いなんだろう。
「八つ当たりをするな」
「するか!」
「山賊を本当に全滅できたかどうか、私自身自信がないからな」
で、ミナレさんがそういうとたちまち震えた。確かにこんな山道で襲われれば目撃者なんて俺とハラセキさんだけだからな。脅しにしても怖い。
にしてもたった二人で、かつ監視役と一緒に来させるだなんて本当に何を考えてるんだろうな。
「ちょっと休ませてもらいますよ」
「……勝手にしろ」
「そんで、はいよ」
俺は立ち止まって穴だらけのチーズを三枚出した。ナオムンにはやらない。
「それにしてもだ、ハラセキ殿。そなたは正直きれいだ」
「ハァ…………」
で、ミナレさんが強引にハラセキさんを立ち止まらせてチーズを突っ込むと、ナオムンがものすごい大きさのため息を吐いた。ああ、さっきミナレさんが蹴っ飛ばしたように、俺の手でぶっ飛ばしてやりてえ。
「いえそんな、私はとてもきれいじゃないです!」
「心根がまず美しい、それ以上に顔も美しい」
「そうか、そう見えるのか…………」
「少し黙っててくれ」
「当主様、奥方様、ご令嬢様、弟君様。私は庶民の感覚がわかりません……」
俺がタメ口で答えても怒りもせず、自分たちの主人に向かって訴え続ける。
ああ、訳が分からねえ。
「何なんですかね」
「一足す一はいくつだ」
「二ですけど」
「その程度の常識を覆されてしまっているのだ、正直どうしてそうなってしまったのかがまずわからんのだがな」
ハラセキさんは醜い。虐げても構わない。
もしそんな感覚を当主様を始めとした家族が持ってるんなら、それこそ一家揃って頭がおかしいとしか思えない。
「なあ、チーズで何とかならんのか」
ミナレさんは俺に縋るように問いかけた。
確かにハラセキさんの事は何とかしたい。
確かに今食べさせたチーズは身体能力を高めるチーズだけどそんなのは一時しのぎだ。根本的な解決にはならない。
「……何とかなるかもしれませんけど」
だが、俺はこう答えた。
そう、その方法がないわけでもないのだ。




