84話目【天界 4 保管庫の中で】
「どっせーい」
魂をセットし、転生君のハンドルを回す天使達。
テラスでは3匹の犬が走り回っている。
部屋の主である女神と松本の姿は無い。
机の上のモニターと机の下のパソコン本体も見当たらない。
保管庫の扉は開かれ、地面には数本の配線が続いている。
「そろそろ休憩しようー」
「神様達にも飲み物持っていこうー」
ハンドルから手を放し転生君の前に『休憩中』と書かれた看板を置く。
天使達は台所に消え、お菓子とお茶の乗った台車を押しながら戻ってきた。
2段になった台車の上にお菓子が乗っており、
下の段には紅茶の入った魔法瓶とコップ類が入っている。
「いこうー」
「うんー」
台車を押しながら保管庫に入っていく。
入口から一番奥の壁まで徒歩30分程の大きな空間、
通常、中にいる女神と松本の位置を特定することは困難だが
天使達は迷わず進んでいく。
「その線踏んだらダメだよー」
「わかってるよー」
床に伸びる配線を追う天使達と台車。
配線の先の棚が光っている。
「次の石板下さい」
「よい…しょ、これでこの棚は最後よ」
「俺もう目がしょぼしょぼで…ほら」
翻訳眼鏡を外すと目が3になる松本。
「私も腕がパンパンよ…」
パソコンの画面に照らされた棚の間に目がしょぼしょぼの松本と
椅子に腰かけ腕をだらりと垂らす女神がいた。
「やっといたー」
「神様ー休憩ですよー」
「ありがとう天使ちゃん達、ちょっと休憩しましょうか」
「そうしましょう」
石板を運ぶ時間と手間が勿体ないということで、
松本と女神は保管庫にパソコンを持ち込んでた。
電源は入り口から延長コードで引いている。
電圧降下? それって、あなたの世界での常識ですよね?
心配しなくて大丈夫です。
そこは神の御業でなんたらかんたら…
※例の分厚い業務用用品カタログに載っていた凄い延長ケーブルで解決しました。
いつものテラス席ではないのでパソコンの机にカップを並べ、魔法瓶から紅茶を注ぐ。
立ち上がる香りで少しだけ疲れが軽くなった。
台車の上にはクッキーとアップルパイ。
クッキーは皿のまま、アップルパイは小皿に取り分け机に並べた。
『いただきまーす』
暖かい紅茶を含み、安らぐ松本と女神。
天使達の顔も緩くなり空間に花が咲いた。
「アップルパイ冷めてるー」
「冷めてもおいしいー」
フォークと皿を持ち口をモゴモゴさせる天使達。
目の保養をした松本と女神もアップルパイを食べる。
「果肉が多くて美味しいわね」
「甘さが脳に染みる~」
安らぎの時間である。
パイを食べ終え、クッキーを摘まむ一同。
「神様ー作業は順調ですかー?」
「進んでますかー?」
「そうねーもう少しで石板は終わりそう、まぁ順調かしら」
「「 おぉ~ 」」
「石板の次はパピルスですね、このままガンガン行きましょう」
「頑張ってくださいー」
「クッキーと紅茶は置いていきますー」
「助かるわ~天使ちゃん達」
「ありがとう2人共」
天使達は台車を押して戻っていった。
「さて、休憩もしたし再開するか~」
「頑張るわよ~」
なんとも覇気のない2人。
言動と態度に差異が感じられる。
数時間後、食パンとトースタを乗せた台車と天使達がやって来た。
「神様ーご飯ですよー」
「パン持って来ましたよー」
棚の間を覗き込む天使達。
「テヲトメルナ…テヲトメルナ…テヲトメルナ…」
ブツブツと呟き、血走った目でキーボード叩く松本と
女神はパピルスを持ったまま椅子で真っ白になっている。
「か、神様ー!?」
「だ、大丈夫ですかー!?」
「あ…あら天使ちゃん達…私は大丈夫よ、ちょっと現実に打ちひしがれてただけだから…」
「と、とりあえず休憩しましょうー」
「パン焼きますー」
椅子に座り、虚空を見つめブツブツと何かを呟く松本。
女神は両肩を掴み振る。
「ウゴケ…ウゴケ…ウゴケ…」
「ちょっと!? しっかりしなさい! 休憩よ、帰ってきなさい!」
「ウゴケ…ウゴケ…ウゴケ…ウゴイテヨー」
空中で指を動かしながら目の焦点が合わない松本。
「おらぁぁぁ! 目を覚ませぇぇぇ!」
「ぐはぁ!? っは!?」
女神が頬を引っぱたくと松本が戻ってきた。
ジジジジジ…
チンッ!
シァッ!
香ばしい香りと共に食パンが飛び出す。
「パン焼けましたよー神様たちが先に食べてくださいー」
「私達は後でいいわよ…天使ちゃん達が先に食べて…」
「どれ…オジサンが瓶を開けてあげよう…」
「い、いえ…僕達は後で食べますー」
「さ、先に食べてくださいー」
疲弊した2人を見て天使達が気を使った。
イチゴジャムを塗る松本とパンを齧る女神。
「一体どうしたんですかー?」
「何が起きたんですかー?」
「何も起きてないよ、ただずっと同じことの繰り返しなだけ…永遠と繰り返すだけ…」
「石板は重かったけど、1個が大きかったから作業が進んでいる感じがあったの…
パピルスは軽くて小さいんだけど、その分棚に並んでる量が多くて…作業が進んでる実感がないの…」
松本と女神は精神的に疲弊していた。
「あまり無理しないで下さいー」
「冷めちゃいましたけどウィンナーとハムもありますー」
「ありがとう天使ちゃん達…」
「冷めてても有難いです…」
冷めたウィンナーとハムを食べた松本と女神は作業を再開した。
天使達は皿を回収し戻っていった。
数時間後、お菓子と紅茶を乗せた台車と天使達がやってきた。
「神様ー休憩ですよー」
「大丈夫ですかー」
棚の間を覗く天使達。
「トメタラダメ…トメタラダメ…トメタラダメ…」
机の座る女神が何やらブツブツと呟きながらキーボードを突いている。
「フヒヒ…フ、フヒッ…」
松本は床に横たわり、虚空を見つめ存在しないキーボードを叩いている。
「か、神様ー!?」
「あわわわ…」
台車に乗せられ、2人は仮眠室に連れていかれた。
黒電話のダイヤルを回す天使、受話器の向こう側で年配の男性が応えた。
「ハデス様ですかー?」
「そうじゃよ~天使ちゃんかの~?」
「そうですー」
「ほっほっほ。元気そうじゃの~、それで今日はどうしたんじゃ?」
「実は…」
事情を説明する天使。
「なるほどの~、ペルセポネのことだから絶対にサボると思っとったが
真面目にやっとるみたいじゃの~」
「サボってはいましたよー」
「そ、そうかの…いつも通りじゃの…」
「あと人の子を監禁してますー」
「そ、それはイカンの…」
「そもそもワシの依頼したのは、3人分の記録整理だったんじゃがの~」
「そうなんですかー」
「そうなんじゃよ~、説明不足だったかの~。
その監禁されている人の子の世界に転生した、3人だけでよかったんじゃが…
まぁ、折角記録整理してくれとるんじゃ、この機会にやってしまうかの~」
「でも凄い量ですよー、また倒れちゃいますよー」
「大丈夫じゃよ~後でワシの部下を送るからの~」
「ありがとう御座いますーハデス様ー」
「それじゃまたの~」
ハデスが受話器を置き通話が切れた。
「お手伝いさんが来るらしいよー」
「僕達も休憩しようー」
仮眠室で天使達も布団に入った。
「お~い、アマダおるかの~?」
「何でしょうかハデス様?」
「ちょっとペルセポネの所で記録整理の手伝いして貰えんかの?」
「記録整理とは、あの保管庫のですか? エリートの私がですか?」
「そうじゃよ、優秀なお主の力が必要なんじゃよ」
「しかしですね…何も私がいかなくても…」
「ペルセポネは美人じゃよ」
「そ、そんなこと、今は関係ないじゃないですか…」
「今人手が足りなくて困っとるらしくての~
もしかしたら優秀なお主に惚れてしまうかもしれんの~」
「しかたないですね、行きましょう!」
急にやる気になるアマダ。
「よろしく頼むの~」
「ペルセポネ様、この優秀なエリート天使アマダが今助けに行きます! とうっ!」
決め顔のアマダは羽を広げペルセポネの部署に向かった。
「アマダ…優秀じゃけど、ちょっと阿保なんじゃよな…」




