47話目【ウルダ祭 20 松本対クルミちゃん】
「さぁ! 第3ブロックの代表者も決定致しました! 残すは第4ブロックのみ!
一体誰が代表者となるのか? 南東ステージに注目です!」
決勝トーナメントに出場する3人の代表者が決まり、カルニのアナウンスが流れる。
南東ステージには松本とクルミちゃんの姿がある。
「おいミーシャ、ルドルフ、松本の試合だぞ」
「相手は女の子なの? マツモトより小さいし負ける要素はないんじゃない?」
「まだ決勝トーナメントじゃねぇんだろ? 本番は次の試合からだぜバトー」
「ま、そうだな。あの女の子にマツモトが負けるとは思えんしな。
もう少しゆっくりするか…店員さーんビールと串を適当にお願いしまーす!」
「俺もビールを1つとチーズをー!」
「私も果実酒と何かさっぱりした物をお願いしまーす!」
「そんじゃ続きやろうぜ! さっき最下位だったんだからカード配れよルドルフ」
「わかってるわよ、覚えときなさいよ。次は私が勝つわ!」
「いや、それは無理だなルドルフ。俺が勝つからな」
バトーとミーシャの手元に5枚のカードが配られる。
カードを見て手札を捨て、テーブルに置かれた山札から同じ枚数引く。
「降りるかミーシャ?」
「冗談いうなよ、俺は強いぜー」
「ルドルフはどうする?」
「わたしも強いわよ、降りない、絶対に降りない」
「なら勝負だ、2ペア」
「俺は3カード」
「1ペア…」
「なっはっは! またルドルフの負けだな!」
「はっはっは! ルドルフの弱気は顔に出るからな!」
「くぅぅぅぅ! 別なゲームにしましょうよ! このルールが向いてないだけよ!」
「じゃ、大貴族やろうぜー。 カード配れよルドルフ」
「わかってるわよ! 次こそは勝つわ!」
「大貴族は記憶力が重要だぞ? 俺が勝つさ!」
配られるカードはトランプに酷似している。
背面には地方都市ウルダのギルド紋章が描かれており、4種類のマークにそれぞれ1~12までの数字。
13は無く、ジョーカーには6本脚の虫が描かれている。
黒、紫、赤、緑の4色で、マークがトランプと異なる。
スペードの代わりにキノコ、クローバーの代わりにブドウ、
ダイヤの代わりに芋、ハートの代わりにヘタの付いた何か。
「なぁ、この緑のマークってなんなんだ? リンゴか?」
「柿じゃないの?」
「カボチャだと思ってたが、違うのか?」
正解はピーマン。
カードのマークは地方都市ウルダで栽培されている農作物である。
ウルダ農作物カード、20シルバー。
お求めの方はウルダのギルドまで、カウンターにてご購入頂けます。
酒場のテラス席でカードゲーム楽しむ3人。
決勝トーナメント以外の松本の試合は、あまり興味がなかった。
酒場のテラス席とは対照的に北の観覧席の2人は、松本の試合に注目していた。
「ロックフォール伯爵、この試合で賞品を手にする子供が決まります」
「立ちふさがる最後の壁が、よりにもよってチャンピオンを下した彼とは…運命とは残酷ですね」
「彼女にとって、いや、我々とって重要な1戦となります」
「ふふ…私としてはどちらでも問題ありませんが、デフラ町長としては是非とも彼女に勝って貰いたいでしょう」
「そうですね、彼には気の毒ですが、私は彼女を応援します」
「おや、率直に述べられるのですね。嫌いではありませんが…
上に立つ者は、あまり本心を見せない方が身のためですよ」
「ハハハ、安い芝居を見せても意味は無いでしょう。
私の考えなど、あなたは既に見抜いていらっしゃる。
それならいっそ、彼女が勝った時に本心から喜びたいですからね」
ロックフォール伯爵の心配を笑い飛ばすデフラ町長。
「そこまでお考えでしたか、いらぬ心配でしたね。どのような結果になるか非常に楽しみです」
「私にとっては、決勝よりも、この試合が重要です。是非頑張って頂きたい」
「本当に楽しみですよ…」
南東ステージ上で対峙する松本とクルミちゃん。
松本の背後にはラッテオとカイ、クルミちゃんの背後には片足の松葉杖を付く父親の姿がある。
「第4ブロック最終戦、試合開始でーす」
カルニ弟子の合図により試合が開始さえる。
「ヤァァァ!」
「え?」
ラッテオ戦と違い、クルミちゃんが打って出る。
虚を突かれた松本は、上段からの攻撃に盾を上げる。
「ヤァ! ヤァ!」
「あいたー!?」
上段からの攻撃は方向を変え、松本の脛を左右から襲う。
しゃがんで脛を擦る松本。
いったぁぁぁ! また脛なんですけどぉぉぉぉ!?
なに!? この世界じゃ脛を狙うのが定石なの!?
「マツモト君後ろー!」
「危ないよマツモト君ー!」
カイとラッテオが注意を促す。
声を聞き松本が顔を上げるが、クルミちゃんの姿が無い。
「そこだクルミー、思いっきりいけー!」
父親が声援を送り、背後に立つクルミちゃんが松本の尻に全力で剣を振る。
「ヤァー!」
「あだー!?」
尻を叩かれステージに伏せる松本、とっさに首を庇う。
首に構わず尻を連打するクルミちゃん。
「ヤヤヤヤヤヤヤヤァー!」
「あだだだだだだ!」
何ぃぃぃぃ!? 今度はお尻だとぉぉぉぉ!?
こ…これはまさか!?
横に回転し、仰向けになる松本。
後ろに引き距離を取るクルミちゃん。
こ、これは…まさか研究されている?
だとすれば、このままクルミちゃんに負けるのもありか?
しかし、仰向けで待つ松本に対してクルミちゃんは全く近寄ってこない。
攻撃してこないな…さっきまでの勢いはどこいったんだ?
う~ん…しかたない、立つか…
立ち上がろうと横に回転し、うつ伏せになる松本。
瞬時に間合いを詰め、尻を滅多打ちにするクルミちゃん。
「ヤヤヤヤヤヤヤヤァー!」
「あだだだだだだ!」
なんでだぁぁぁ!? お尻見せたら攻撃してくるんですけどぉぉぉ!?
すっごい攻撃的なんですけどぉぉぉ! やめてぇぇぇ!
「上手いぞクルミー! 効いてるぞー!」
「マツモト君お尻見せたら駄目だよー!」
「お尻隠してマツモト君ー!」
父親からクルミちゃんへ、カイとラッテオから松本へ声援が送られる。
たまらず仰向けになる松本、距離を取るクルミちゃん。
クルクルと横に回転する松本、尻が見えると距離を詰め、消えると離れるクルミちゃん。
松本の横回転に合わせ、前後にシャカシャカと動く。
こりゃだめだ…流石にこのままお尻を叩かれ続けるのは無理がある。
て言うかお尻が限界…最初の作戦通りいくか。
剣と盾を捨て、寝そべったままクルクルと北側に転がっていく松本。
松本の尻に反応し、前後にシャカシャカと移動しながら追いかけるクルミちゃん。
北側ステージ淵が近くなると尻を見せうつ伏せで止まる松本。
クルミちゃんが近寄り、尻目掛けて剣を振る。
「お尻見せて止まったら駄目だよマツモト君ー!」
「来るよマツモト君ー!(あんなステージ端に寄って、どうするつもりだろう?)」
松本の尻を心配するカイ、カルニから頼まれた任務を心配するラッテオ。
「ヤァァァ!」
「甘いわぁ!」
ガシッ!
「ひゃ!?」
うつ伏せの状態から上半身をねじりクルミちゃんの右手首を掴む松本。
血の気が引き、白目を剥くクルミちゃん。
手首を掴んだまま立ち上がる松本、悪い顔をしている。
「ふっふっふ…随分と俺のお尻を叩いてくれたじゃないの~? これはお返しが必要ですねぇ、ヘッヘッへ」
「あわわわわわわわ…」
下種な笑みを浮かべる松本、ガクガクと膝が笑うすクルミちゃん。
剣を持つ右手首を左手で、クルミちゃんの左襟を右手で掴み、柔道の右組手の形をとる。
「まずは脛の分ー!」
「きゃぁぁぁ!?」
クルミちゃんの右手首と左襟を掴んだまま、グルングルンと左回転に振り回す松本。
松本を中心に回るクルミちゃん、両足が浮き、遠心力で左手の盾が飛んでいく。
「凄いけどやり過ぎだよマツモト君ー!」
「あわわわわわわ…マツモト君ー!」
「あばばばば…クルミー!」
焦り出す両陣営、遠くで焦り散らすカルニ。
クルミちゃんをステージ中央側に置き、場外を背負う位置で松本が止まる。
「そして、これはお尻の分だー!」
「ひゃぁぁぁ!?」
背負い投げで北側ステージの場外にクルミちゃんを投げる松本。
「マツモト君ー!?」
「あわー!?」
「クルミー!?」
カルニ弟子が駆け寄り止めに入ろうとする。
遠くでカルニの魂が抜けている。
デフラ町長とロックフォール伯爵も拳を握りしめ前のめりになっている。
ここでぇぇぇ! こうして! こうぁぁぁどっせーい!
観客全員が前のめりで目を見開く中、
クルミちゃんは北側ステージに着地し、次の瞬間、松本が宙を舞う。
ふふふ、完璧
我ながら完全完璧な作戦だ...ぐぶぉっ!?
「え!?」
「何!?」
「クルミ!?」
カイとラッテオが消えた松本を探し、北側ステージ外に走る。
場外に落ちた松本は腰に手を当て悶絶していた。
ぎゃぁぁぁぁぁ腰がぁぁぁ…距離間違ったぁぁぁ!
角が、ステージ角が腰にぃぃぃ!
クルミちゃんが投げ返したように見えるが、そうではない。
松本がクルミちゃんを着地させた後、自分から前回り受け身の要領で飛んだのだ。
「じ、場外に落ちましたー! けっちゃ…いや、まだです! まだわかりません!
もう1人も場外に落ちそうでーす、両者共リングアウトすると再戦となりまーす!」
「耐えろクルミー! 落ちちゃ駄目だー!」
「わわわわわわ…」
北側ステージ端でクルミちゃんが、目を回しながら両手を振ってバランスを取っている。
北側の観客は両手を前に出しクルミちゃんを押し戻そうと念を送り、南側の観客は念を引いている。
「耐えなさい! あと少しです!」
観覧席でデフラ町長も念を送っている、ロックフォール伯爵は静観しているようだが握る拳に血管が浮いている。
会場全体がクルミちゃんを押し戻そうとしていた。
なにぃぃぃ!? クルミちゃんがフラフラしているぅぅぅ!?
投げる前に振り回し過ぎたか!?
耐えてぇぇぇ! 2戦目は無理よぉぉぉぉ!
フラ…
クルミちゃんが松本の上に傾く、会場全体が目を覆う。
ギュム…
クルミちゃんの剣が松本のお腹に刺さる。
つま先はステージ端、両手は剣を持ち、お尻を上げた態勢で耐えるクルミちゃん。
身体は完全にステージ外に出ており、力を抜くとそのままリングアウトになる。
あだだだだだだだお腹がぁぁぁ!
穴あくぅぅぅ、お腹に穴空いちゃうってこれぇぇぇ!
出ちゃう! 中身出ちゃぅぅぅいろんな所からいろいろ出ちゃうぅぅぅ!
「マツモト君耐えてー!」
「動いたらクルミちゃん落ちちゃう、耐えてマツモト君ー!」
松本の元に駆け寄りながらカイとラッテオが叫ぶ。
「落ちていいぞー! クルミー、怪我だけはしないようにしてー!」
父親はクルミちゃんの身を心配している。
「うぅぅぅ…」
クルミちゃんがプルプルしている、限界が近そうだ。
「頑張ってー耐えるのよー!」
「耐えたら勝ちだよー! 戻ってー!」
会場はクルミちゃん一色である。
あばばばばば、無理ぃぃぃぃ! これムリィィィ!
ででででやぁぁぁ、うなれ俺のアブゥゥゥ‼
白目を剥いた松本が死力を尽くし腹筋に力を入れいる。
クルミちゃんが押し返されステージに座り込んだ。
「ステージに残りましたー! ひとまず試合終了でーす!」
会場全体が安堵した。
「マツモト君大丈夫!?」
「よく頑張ったねマツモト君!」
「…」
返事をしない松本、
駆け付けたカイとラッテオが松本のお腹に回復魔法を掛けている。
遠くでカルニが飛び跳ねている。
「えー、会場の皆様、静粛にお願い致します! 試合はまだ決着しておりません!
ステージ残った選手は先程、武器を場外に着きました! 通常ならリングアウトに該当します!
しかし、今回は直接場外に着いたのではなく、落ちた選手に武器を着き、
間接的にリングアウトしたことになります! 極めて稀な結果のため採決を取りたいと思います!」
カルニ弟子の説明を聞き静まる会場。
「親指を立て、右手を前に出して下さい! ステージに残った選手の勝利と思う方は親指を上に!
両者共リングアウトとし、再選を望む方は親指を下に!
いきますよー! ギルティ? オア ノットギルティ?
『『『ノットギルティー!』』』
満場一致で親指が上。クルミちゃんの勝利が確定し歓声が沸く。
会場全体に認められたクルミちゃんは大喜びでステージを降り、父親に抱き着く。
片足の父親はバランスを崩し、娘と一緒に倒れた。
盛大な拍手の中、白目を剥いた松本はカイとラッテオに運ばれていった。
「いっよぉぉぉぉぉし‼」
観覧席ではデフラ町長が隠すことなく全力で喜んでいた。
拍手を送るロックフォール伯爵は密かに喜んでいた。




