壁の外
かつて世界には12241個の、
核兵器があった
『メッセージ発信、シスター・アサ』
『夜分にすみません、今少し、いいですか?』
『ええ、構わないわよぉ、豚♪』
『ありがとうございます』
『単刀直入にいきます』
『今夜のシロトへの処置に』
『カイの立ち会いも許可してもらいたいです』
『どうか、お願いします』
『シスター・モエに話をしてみるわ』
『少し待ちなさい』
『ありがとうございます』
『ヤマト』
『貴方は大丈夫?』
『はい』
『そう』
メッセージウィンドウを消し、息を吐く
俺は、胸に溜まっていた、黒くて、ドロドロして、重いものが、幾分か、軽くなっているのを感じた。
一人ではどうやっても、変わらなかったソレが変化したのは、間違いなくカイのおかげだ。
だけど、その代わりに、彼に俺と同じモノを、胸に抱かせてしまった事を、申し訳なく思う。
「シスター・アサはなんて?」
「シスター長に話してくれるって」
「…そう」
みんな、「そう」って言うんだな、その二文字にどれだけの言葉を込めているんだろう、と、埒もあかない事を考える。
場所は、夜の庭園、少し風が吹いてきて、その少し肌寒い感覚で、今が春の夜である事を思い出させてくれた。
そして、だからこそ、俺の腕にしがみつく様にして、抱きついているカイの体温がより一層感じられ、それが救われるくらいに温かった。
「………」
「………」
二人で無言で月を見上げる時間が、しばらく過ぎ、
『メッセージ着信 シスター・アサ』
『許可が出たわ』
『連れて来なさい』
『わかりました、ありがとうございます』
ウィンドウを消し、カイに目を向ける、
「許可が出たよ……本当にいいんだな、カイ?」
「うん、もう、ヤマトくん一人に背負わせたくないんだ、だから…大丈夫」
全然、大丈夫じゃないだろ、とは決して言えなかった。
だって、俺も、
そうだったんだから…
施設内にある「保健室」と呼ばれる医療区画を、カイと二人で歩く。
相変わらず、ここは、静かで、真っ白だ。
体内のナノマシンによって、人間はほぼ全ての病気を克服した。
医療が必要になるのは、主に、外傷と、精神的な障害がおきた時になる。
その外傷も、ナノマシンによる強化によって、過去の人間とは比べものにならない程、早く治癒する。
例としては、個人差はあれど、骨折なら一週間程度で治ってしまう。
「おっ!来たね!ヤマト様!カイ様!こんばんは!」
「シスター・エリ、ここは保健室です、お静かに」
「いや、アタシら以外、殆ど誰も居ないのに、誰に気を使ってんのよ」
「私は、一般常識の話をさせて頂いています」
「アサは相変わらずだね」
夜の医療区画に、場違いな程、明るく元気なシスターともにシスター・アサが出迎えてくれた。
「シスター・エリ、シスター・アサ、今回は、僕の立ち会いを許可してくれて、ありがとございます」
「何?何?カイ様まで、そんなに固くなちゃって、ダメダメ、ココではスマイルが1番の薬なんだから!ほーら、笑って笑って」
「ひゃ!ちょ!あは、やめ!あはは!」
「ほれほれ、ええんか、ここが、ええんか、なあ…」
ドゴッ!!
「へぶらぁ!!」
「いい加減にしなさい」
乙女としてあるまじき声を出しながら、シスター・アサに腰の入った、完璧な角度のリバーブローを叩き込まれ、ブルブルとしながら腹を押さえて蹲るシスター・エリ。
先程まで、カイを好色なオッサンそのものの顔で、くすぐっていたこの女性も、13人のシスター達の一人である。
シスター・エリ
身長は俺と同じくらい、肌は黄、髪はオレンジブラウン、目の色はブラウン、フィギュアスケートの選手の様に、スラリとした肢体をしている。
とにかく陽気で明るい雰囲気が、太陽光のように放射されているような女性だ。
「相変わらず、元気そうで良かったです。シスター・エリ」
「アレ?今の流れで、笑顔で、私にそう言うの?ヤマト様?
何かアタシの扱い雑くない?」
「いや…なんか、もう、慣れちゃって」
「やだやだ!もっともっとアタシにかまって!褒めて!優しくして!それでついでにお嫁さんにして!お妾さんでもいいよ!」
ゴッ!
「…コロスゾ…」
「…はい…調子に乗りすぎました…ごめんなさい…」
シスター・アサの肘を頭に喰らって、蹲りながら謝罪する、シスター・エリ。
今までの流れでは想像が付きにくいが、彼女は保健室専門のシスターである。
つまり、ドクターということだ。
ナノマシンによって、超健康優良児が席巻するこの世界で、彼女と関わりが深い男子は、過去ココの常連であった俺くらいなものだろう。
だが今はそれよりも、
「シスター・エリは、俺達を元気づけようとしてくれたんですよね、ありがとうございます」
彼女に感謝するのが先だろう、
実際、今は、彼女の変わらぬ明るさが、ありがたくて堪らなかった。
だから、せめてもの感謝が伝わりますようにと願いを込めて、
「大丈夫ですか?…はい、どうぞ」
まだ、頭を押さえながら、プルプルと震えるシスター・エリの頭を優しく撫でてから、笑顔で手を差し伸べ、支えながら彼女を立たせてあげる。
「アッ…ハイッ…アリガトウゴザイマス…♡」
そうすると、シスター・エリは、顔を紅く火照らせながら感謝を返してくれる
「………」
「………」
ん?なんかカイとシスター・アサの方から、すげぇ冷気が漂っているような気がする、冷房か?
「こほん………それじゃあ行きますか」
シスター・エリは居住まい治し、保健室の奥の区画へと俺達を先導していく、
シロトがいるところへと、ゆっくりと、
俺とシロトとのエクスカリバーのリンクに関して、その危険性故に、シスター達は許可する際、一つの罰則つきの誓約を求めた。
エクスカリバーを展開するのは、必ず俺であること
以上だ。
当然の要求だ、もしシロトがエクスカリバーを展開し、それに対して、もし俺以外の男子がリンクしてしまったら、その時点で暴走が発生してしまう。
だから、俺もシロトもこれを受け入れた。
受け入れた筈だった…
「脳波の安定を確認…エクスカリバーは、どうですか?ヤマト様」
「…シロトのエクスカリバーの展開が、止まりました、シロトは………完全に眠っています」
「ああっ…シロト兄さん!」
シスター達との誓約に反した際の罰則は、
違反した場合、シロトに特殊な睡眠薬を注入、強制的に意識を奪い、シスター長の許可があるまで眠らせ続ける
というものだった。
俺はシロトが入っている、目の前の大きな銀の筒を見る、本当にただの筒だ、説明されなければ、これの中に人間が入っているなど誰も思わないだろう。
この銀の筒がシロトの今の姿だった。
「シスター達に心から感謝します。俺達に…いや、俺に気持ちを整理する時間を与えてくれて…本当にありがとうございました」
俺は、銀の筒を見ながら、はらはらと泣くカイの隣で、シスター・アサとシスター・エリに深く深くお辞儀をしながら頭を下げる。
シロトのモニターをしている機器から、星力の使用が検知されたのが今朝未明、
本来であれば、その時点で問答無用で罰は下される。
だが、シスター達は俺の心情を考慮して、昼にシスター・アサを通して俺にのみ説明、箝口令を明示されたが、俺は耐えられずカイに相談、
それすらも赦し、カイの同席すら赦し、
今この時間まで刑の執行を猶予してくれた。
そんな彼女たちに対して、頭を下げる以外に何ができるというのだ。感謝以外の何を思えというのだ。
「…うん!ヤマト様も、カイ様も、もう夜も遅いから、悲しい事とか、しんどい事とかは、明日考えて、今日はもう寝よう!」
「そうですね、それがよろしいかと…エリ、アナタはカイ様を部屋へ送ってさしあげなさい、私はヤマト様を送って差し上げるわ」
「了解、さっ、カイ様、お部屋に戻りましょう?」
「…はい」
「カイ」
「?」
「また、明日な」
「…うん、また明日ね」
お互いに目を真っ赤に腫らし、涙の跡が残るぐちゃぐちゃの顔で、少しだけ笑い合いながら、俺達は明日の約束をした。
カイがシロトがいる部屋から出て、その足音が完全に消えるまで、俺は目をつむって、その笑顔を決して忘れないように心に刻んだ。
「…私達も行くわよお」
「はい」
こうして俺は、シロト・リュートと完全に決別することになった。
「………私は、反対したわぁ」
「………」
少し外の空気を吸いたいという俺の要望で、庭園を通って宿舎に戻ることになった、その途中、
シスター・アサが俺に向かって声をかける。
「…豚が、あの白の豚と繋がると聞いた時、私は強く反対したわぁ」
「………」
「…きっと、豚が傷付くことになるから、止めてと、私は何度も反対したわぁ」
「…そう、でしたね…」
「…白の豚も、黒の豚も、金の豚も、皆、皆、」
「………」
「貴方に甘えて、縋って、駄々をこねるばかり…」
風が強く吹いた、空を見れば、満月は雲に隠れようとしていた、遠くにはいつも見える壁が見える
「…シスター・アサ」
「なぁに」
「外の世界って、本当に核戦争で滅んでいるんですか?」
「そうよぉ、280年前の核戦争でねぇ」
「ここは、地上シェルターで、あの壁はドーム型のシールド発生装置…ですよね」
「ええ、あれでぇ人間に有害なモノを、全て防いでいるのぉ」
「それで、俺達男子は人類の絶滅回避を目的として、人工授精と人工子宮で生み出された子供」
「ええ、だからぁ、皆、同じ誕生日なのよぉ」
「人類の絶滅回避が絶対的な目標、だから、いずれシスター1人に対して、複数の男子達が結婚して子供をつくり、人口を増やす」
「……べっ、別にぃ、一対一の結婚だってぇ、いいのよぉ…うん、ちゃんと許可されてるしぃ、子供さえできればぁ……うん…ゴニョゴニョ」
何かゴニョゴニョ言っている、シスター・アサを見る、真っすぐと、強く、その薄いブルーの瞳を、
「…核戦争って、嘘ですよね…」
先人達の偉大さを痛感する日々です。どうしよう…とりあえず、ぼちぼちやってみます




