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不運死する幼馴染を救ったら懐かれた  作者: ChaCha


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リセット

初夏が近い、と空が言っていた。


雲の輪郭は柔らかく、陽射しはもう春のそれじゃない。

森の上を抜ける風も、湿り気を含んでいて、

この三ヶ月で何度も見上げた空より、少しだけ高く見えた。


拠点は、完成していた。


いや――

「完成」という言葉では足りない。


住める。

生きられる。

笑える。


火は安定し、畑は回り、保存庫には食料があり、

夜になれば灯りが点いて、誰かの声が聞こえた。


ここはもう、

ただの訓練地じゃなかった。


……なのに。


「はーい!注目!」


軽い声が、空気を切り裂いた。


反射的に、全員の背筋が伸びる。

ざわついていた森が、一斉に静まる。


誰もが、嫌な予感を抱いていた。

それでも、口に出せない。


前に立つ人影は、いつもと同じ調子だった。

楽しそうで、朗らかで、

この三ヶ月、ずっとそうだったように。


「それでは、今日をもってリセットするぞー!」


……え?


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


胸の奥で、何かがひっかかったまま、

頭だけが遅れて回り始める。


リセット。


その単語が、ようやく形を持った瞬間、

時間が、ずるりと巻き戻った。


――あ。


三ヶ月。


そうだ。

三ヶ月が、終わったのだ。


「本日中に、さら地にするぞー!」

「術式展開、はじめっ!!」


声が、明るすぎた。


誰かが息を呑む音。

誰かが、小さく喉を鳴らす音。

誰かが、動けないまま立ち尽くす。


……私たちの。


私たちの、変成科村が。


誰かが、震える指で地面に触れた。

誰かが、目を伏せた。

誰かが、唇を噛んだ。


術式が、走る。


床が、ほどける。

壁が、溶ける。

積み上げたものが、音もなく崩れていく。


「待って……」


声にならない声が、零れた。


ここで笑った。

ここで喧嘩した。

ここで、夜を越えた。


火を囲んで、

腹を抱えて笑って、

怖くて眠れなくて、

それでも、誰かがそばにいた。


それが――


削がれていく。


「やだ……」


誰かが、泣いた。


止めようとする者はいない。

止められない。


変成魔術は、正確だ。

情を挟まない。

だからこそ、残酷だった。


土台が消え、

畑が戻り、

保存庫が、ただの空間に変わる。


森の木々が、再生していく。

最初から、そこにあったかのように。


痕跡が、消える。


「……っ」


膝から、力が抜けた。


立っていられない。

胸が、苦しい。


作り上げてきたものが、

「なかったこと」にされていく。


それが、

こんなに痛いなんて。


リセット。


その言葉は、

「やり直せる」なんて意味じゃない。


「奪う」だ。


ここで生きた時間を。

ここで築いた関係を。

ここで積み上げた感覚を。


全部、

全部、

一度、殺す。


「……ひどいよ」


誰に向けた言葉かも、わからなかった。


崩れていく仲間たち。

泣きながら、立ち尽くす姿。

声を殺して、肩を震わせる背中。


強かった人ほど、

折れ方が、酷かった。


だって、

本気で、生きていたから。


森は、何事もなかった顔をしている。

鳥が鳴き、

風が吹き、

青空は、変わらない。


変わったのは、

私たちだけだ。


リセット。


それは、

「戻る」ことじゃない。


「喪失」だ。


誰が、こんな残酷さを教えてくれただろう。


誰が、

生きた証を、

こんな簡単に消せると教えてくれただろう。


変成科は、

泣きながら、立ち上がった。


何もなくなった地面に、

もう一度、足をつけて。


……それでも。


ここで生きたことだけは、

消えなかった。


胸の奥に残った痛みが、

それを、証明していた。



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