1 邂逅
区切りの良いところで1話とするので、話の長さはまちまちになると思います。
「はぁああああっ!」
雄叫びと共にその剣撃で一刀両断。
胴体を分割させられ、グリズリー並みの体躯と強さを誇るグレイベアが地面へと横たわる。そのそばにはグレイベアの血に塗れた大剣を携えた男がこともなげに立っていた。
「うしっ。討伐完了、かな」
良く良く見れば男の周りに絶命し倒れるグレイベアは3匹程いた。Gランク、良くてFランクのゴブリンとは違い、グレイベアはCランクモンスターだ。それもCランクの中でもその凶暴さからBランクに近い位置に格付けされている。それをしかも複数を単体で討伐したその男……ハリスは、170を超す身の丈もある大剣を腰に帯ける大きさまで縮小して左腰に帯くと、右腰に付けていたサバイバルナイフの様な短剣で素早く素材剥ぎ取りに掛かった。
グレイベアの討伐部位は前足の爪と右耳。毛皮や肉は素材や食材だ。モンスターの肉は、高ランクであればあるほど美味であるというのは誰もが知っていることでもある。逆に低ランクーーーゴブリンなどになると、不味くて食い物どころか素材になる部分すらない。討伐部位を持ち帰れば金になるというだけで。
モンスターの血の匂いは、他のモンスターを呼び寄せる。ハリスは手早く手慣れた動作で肉を捌き毛皮を剥ぎ討伐部位を手に入れた。それらをまとめてアイテムボックスならぬアイテムポーチにしまうとさっさとその場を後にした。
帰り道に思いもよらない「拾い物」をすることなど、ハリスは知る由もない。
ハリスが受けたCランクのグレイベアの討伐は、Cランク向けのボードに貼ってある依頼。対して彼はAランクという高ランクの冒険者であり、明らかに格下の依頼だった。彼にとってはCランクの魔物など片手間程度で、それなのに何故受けたのかといえば、たまたまAランクとBランクのボードに目ぼしい討伐依頼が無かったからである。
ハリスがそれに気付いたのは、鍛えられた五感に、微かに何かが引っかかったからだった。とても小さな生物らしいもの。魔物とは到底思えないが、だが確かに生きている気配。
「……何だ?」
Cランクのグレイベア討伐の依頼の帰路、イグリラへと向かう途中で通ったイードルの森。道から離れた木々の間にその気配はあって、剣の柄に手を掛け1本の木へと近寄ったハリスだったが……呆気に取られることになる。
「幼子?なんだってこんなとこに……」
イードルの森はイグリラの街に近く、初心者向けの森だ。モンスターの中には擬態を覚えるものもいるが、そんなモンスターは特殊な奴で、こんな森ではまず見かけない。擬態を覚えるスライム、ミミックスライムですらランクはD。スライムは普通Fランクと低いことから、イードルの森に擬態するモンスターなど居ないはずなのだ。だからこそこんなところに幼子がいることが不可解である。食べ物になるようなものは無し、所持品も無し。だがすやすやと寝ているその様子からは、盗賊やモンスターの被害に遭った様子は皆目無かった。
(なんとなく、だが……厄介事の匂いがするな)
じりじりと警戒しつつ幼子へと近付き観察すれば、警戒のけの字もない。あどけない表情ですぴーと寝ていたそれは、ハリスが観察していた視線で目が覚めたのか、ぱちぱちと瞬きし視線を彷徨わせて彼を認めると笑った。
「っ!」
大好きなものを見つけた時のような邪心も何もない、ほにゃりと満面の笑みを浮かべた幼子に、ハリスは思わず警戒していた事も忘れてしまった。ハリスは冒険者だ。剣を帯き、捌き、時には血塗れになる事もある。もちろん独身なので子供の扱いなんてものも分かるはずもない武骨者。見目は良いがそんなもの幼子に通用するはずもない。ハリスはその笑顔に陥落してしまっていた。
「……お前、良く無事だったなぁ。モンスターだって居るのに怪我の1つも無いなんてな」
そっと両脇から手を差し込み、慣れない手つきで幼子を抱き上げると立ち上がる。擬態モンスターかもしれないという疑惑は既になくなってはいる。とは言っても一体どこの誰なのか、この幼子。
「ステータス」
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年齢:0
種族:人族
HP:4/5
称号:愛し子
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ところどころに空間が空いた幼子のステータス。が、ハリスが気になったのはその空いた空間の不自然さよりも、称号だった。通常、称号はその者が何かを成し遂げた時に現れるもの。もしSランクにも匹敵する竜種を討伐した場合、その者の称号に『竜殺し』の号がステータスに付与される。そうおいそれと付くものではないのが称号。それなのにこの幼子には称号がある。
「……『愛し子』?」
何かに愛された子供。『何』に愛されているのかはこの称号からは分からない。けれど普通、『愛し子』という称号は良いものとされる。悪い方に組みされる場合は『〜に魅せられし者』と出る。ということは何かを害するような者ではないはず、とハリスは判断した。何よりステータスには人族とある。ステータスは嘘をつくことはないのだ、偽装スキルで隠されていない限りは。それが1番ハリスを安心させた。
「こんな所に置いていくのもなぁ……、こう、良心がね」
腕の中で、自分の胸当てのベルトをなんとか掴もうとしては失敗して腕を動かす幼子を見下ろす。……うん、可愛いな。
ゆっくりそおっと小さな頭を撫でると、きょとんと自分を見上げてくる。そのふわふわでシルキースパイダーの上等な糸のような触り心地をハリスは少しの間堪能したのだった。