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2 養い親になる

グレイベアを討伐して拠点にしている辺境の街、イグリラへと戻ったハリス。まず門兵の若い連中に怪訝な顔をされた。が、幼子の純真な瞳に思わず目をそらし、それから笑顔を向けられて破顔した。「可愛い」「ちっちゃいなぁ」と手を伸ばす彼らをあしらってハリスは街中へと進んだ。全く、進めやしない。「もっと触らせてくださいよーっ」の声は無視した。


そして着いたのは、通称ギルドと呼ばれる建物。1つの街に1つは必ずある冒険者ギルド。そこに入るや、ハリスはまた多数の視線に晒された。それを無視して受付前に立ったハリスは、困惑顔の受付嬢に声を掛けた。


「なあ、どうしたらいいと思う?」


「どう、と言われましても……」


受付嬢の彼女も、ハリスの腕にあるそれに目線を向ける。いつもなら依頼達成の討伐部位なりの鑑定に入るはずが、予想外の出来事に対処しようにも出来ないでいた。本来のランクより格下ランクの依頼を受けて出て行ったはずなのに、生まれて1年経ったかも怪しい幼子を抱えて戻って来るなど誰が想像できるのか。


「その子はどこで?」


「イードルの森だ」


「……イードルの森?」


ギルド内ではまず見ることがない、冒険者が幼子を抱えているという光景にざわざわと驚きと好奇の視線が向けられるのを感じ、ハリスはさり気なく腕の中の子供に視線が刺さらないように遮り、周囲を一瞥した。ハリスの鋭い眼にその場の大半が視線を逸らす。高ランクの彼に尋ねようとする勇者はいない。彼は内心で嘆息した。自分だって何も好き好んでこの子供を捜し見つけたわけではない。でも仕方ないじゃないか。イグリラから近いとはいえ、この地は辺境だ。夜になれば街の外はモンスターが跋扈するのだ。幾らその森が低ランクモンスターしか出現していなくとも、希少種や上位種が出現しないとも限らない。


(そんなところに置いとけるかよ!)


1人の方が気楽だからと今までパーティの誘いを蹴り、ソロでこのランクまで上ってきたハリスだが決して冷徹なわけではない。どんな理由があるにしろ、放置して帰ってこの子供が死んだら後味の悪い思いをする。そうして連れ帰って来たのだが、彼にしても想定外のこの幼子。どうしたものかと思いついた先がギルドだったのだ。


「ギルドマスターに会えるか?」


「分かりました。少し待っていてくださいね」


「ああ」


一番壁側の椅子に、半分あぐらをかくように片足首をもう片方の腿に置いて腰掛ける。首が据わりそんなに経っていないだろう幼子は、街に入ってからギルドに来るまで、今の今まで寝ていたくせにぱちぱちと瞬きするとふわぁとあくびをした。


「起きたのか」


その大きな鳶色の瞳を動かし、自分を脚の上に座らせ見下ろす男を見上げた。彼はぐずられるのは面倒だと思っていたが、特にぐずることもなく泣くでもなく、ただただじいっと自分を抱えるハリスを見つめるだけだ。そして何分経ったか、こてんと首を傾げる。半分あぐらの脚で支えられ、そのジャストフィット感が余程お気に召したらしい。にこにことやたら上機嫌なこの幼子は、自分を、そしてハリスをガン見する周囲の野郎共に気付くこともなく笑った。あどけなく、満面の笑みで。


(やっぱ可愛い……っ)


ハリスの頬が僅かに緩んだ。年端もいかない幼い子供の無邪気な笑顔というのは男だらけの場を和ませた。椅子の背もたれに寄り掛かり、あぐらの左脚とは逆の右手で構うかのように幼子に指を出してみれば、そのもみじのような小さな両手を伸ばして太い男の指を掴もうとする。何だか面白くなり焦らして手を揺らしてみれば、懸命に伸ばして指を追う小さな手。


「ギルドマスターが会うそうですよ。……何してるんです?」


「いやなに、起きたから構ってたんだ」


「あら、綺麗な鳶色の瞳なんですね」


「ああ。何故かさっきから随分と上機嫌なんだよな」


「上機嫌?確かに」


自分を覗き込んだ受付嬢の彼女に、幼子は何とも愛らしくにぱっと笑う。「はう」と頬を薄っすらと赤らめた彼女が呻き、心を撃ち抜かれた1人目の犠牲者がこうして生まれた。


「可愛いっ!」


「やっぱそう思うか?っと、ギルドマスターに会わなきゃな」


「そうでした。どうぞ」


本題を思い出して受付奥のギルドマスターの部屋に案内されると、面会希望者を見たイグリラのギルドマスター、グルトスが「は?」と瞠目した。その目は彼が腕に抱く幼子に釘付けであるのが一目で分かる。


「……何だ、それは」


「子供だよ。見ての通り」


SS〜Hの幅があるランクで元Sランクの猛者であり、何事にも動じない豪胆な性格のグルトスだがこの時ばかりは唖然とした。


「どこからそんなもん攫ってきたんだ」


「拾ったんだよ、攫ったなんて人聞きの悪い。イードルの森で、この着の身着のままで木の根元にいたんだ」


「……所持品は?」


「なかったな。いつからあそこにいかも分からないし、保護者らしき影もなし。食い物の類はあったとしても動物とかに食われてるだろうし。よくまあ無事でいたもんだと思ってるよ」


その口調が砕けてるのは、2人がそれなりに気心知れた仲だからだ。あとは片方は「元」がつくが、どちらも冒険者故の気質だろう。


「で、どうするんだ?ハリス」


「……どうするかな。少なくとも外よりはましだろうと連れ帰って来たんだが」


ハリスはきょとんと自分とグルトスを見上げ、自分へと手を伸ばす子供を見やった。いつモンスターと遭遇するかもしれない森で見つけた時もそうだが、今後もどうなるか分からぬ身で全く呑気なものだと思う。幼子にそんな事が分かるはずがないとは理解していても。ふにふにとその柔らかそうな頬を指で突けば、構ってもらったと思ったのか相好を崩した。


「……可愛いな、おい」


「既に1人、犠牲者が出てる」


「は?」


「受付のリラ嬢がこの子にやられたよ」


「おいおい」


リラの奴……と1階に居るであろう人族の受付嬢に呆れつつ、だが確かに思わず愛でたくなる可愛さの幼子に、自然と顔が緩む。元冒険者だけあってごつい体躯をしている厳つい男がにやける顔というのは、どうにも受け付けにくいものだ。


「ギルドマスター……」


「うっさいわ」


ハリスの胡乱な眼から「気持ち悪い」と的確に意を読み取り、ぶっきらぼうに言い放つ。


「……お前、どうするよ?」


ハリスは片脚に器用に乗っけた幼子の頭をそっと撫でながら呟く。拠点としているこのイグリラに知り合いはそれなりにいるが、既に家庭を持っている者が大半だ。店を営む者もおり、そんな所に「幼い子供を育ててくれないか」とはとてもじゃないが言えるはずもない。そうでない者もいるが、今度は独身の奴ばかりである。しかも自分と同じ冒険者なのだ、子持ちの冒険者など聞いたことがない。そもそも幼い子供を連れてとなると、それが弱点になりかねない。冒険者というものは身軽なフットワークも必要となるだけに、その弱点は致命的だ。


「俺も冒険者だしなぁ。お前の面倒は」


「面倒は見れないんだよ」と言おうとした言葉は、子供の急変した表情に途切れてしまう。ついさっきまであんなに機嫌が良かったはずなのに、うるうると今にも泣きそうな瞳になったのだからぎょっとするしかない。そして一言も声を発することなく俯いてしまった。その様相は捨てられた仔犬そっくりだ。


「な、え?お、おい、どうしたよ?」


「捨てられると思ったんじゃないのか」


「す?!」


扱い慣れない幼子の一変した態度におろおろしていたハリスだが、取り敢えずと頭を撫でたり小さな背中をさすったりしているうちに、あることに気付いた。


「……お前、声が出ないのか?」


「何?」


そう言えば、と思い返す。ギルドマスターの面会まで待っていた時も、あんなに上機嫌だったのに声は聞いていない気がする。イードルの森で見つけた時もそうだった。


「それとも『取られた』か……」


イナーシュというこの世界は、魔法が存在する世界だ。その魔法の中には『呪い』というものもある。それを受けてしまうことで、容姿が醜く変貌したり、特定の力を封じられてしまうこともある。まさかとは思ったが、ハリスはそれを懸念した。


「ステータスは見れたのか?」


「見れた。……そうだ、ギルドマスター。気になることがあるんだ」


「何だ」


「この子に『称号』が付いているんだよ」


「『称号』が?」


通常、他人のステータスは本人の了承なしに見ることは出来ず、また表示も出来ない。だが親しければその証に本人から見せることは可能だし、今のような年端もいかない幼子相手であれば閲覧可能となる。ステータスというものは未だ解明されていない謎の部分がある。だが嘘偽りだけはない。


まあ、それはともかくとしてだ。ハリスは幼子を拾った時に見たステータスの称号をグルトスに話した。


「『愛し子(いとしご)』って何だろうな?何かに愛されているって事なのは想像できるんだけどな」


「『愛し子』?……ステータス」


グルトスは何だそれはと言わんばかりに首を捻り、子供のステータスを開示させる。


ーーーーー

名無し

年齢:0

性別:女

種族:人族

HP:5/5



称号:愛し子

ーーーーー


「確かに『愛し子』だな。……この妙な空間は何だ?」


「女の子だったのか、お前。しかも『名無し』って」


2人して別の気になる点を挙げる。通常、ステータスにはその者の名を始め、年齢、性別、種族、HP(体力)、MP(魔力)、所持スキル、状態異常、そして称号の項目がある。イードルの森で確認した時よりも開示された部分が増えたことにハリスは気付いた。『名前』と『性別』が増えている?……HPが回復しているのはまあ、寝ていたせいだろう。で、だ。


「お前、どうするよ?」


幼子には答えようもないのは分かっていながらも、そう声を掛けずにはいられない。知り合いを頼ることはできない、とは言いつつ自分も世話をしてやることはできない。そもそも幼子の世話なんぞしたこともなければ、どうすれば良いのかもわからない。お手上げ状態だった。

すり寄るように自分に凭れかかる幼子の頭を撫でながら、その革鎧越しに伝わる温さを感じていると、その様子をじっと見ていたグルトスが突飛もないことを言った。


「ハリス。お前がその子を育てろ」


「はっ?!」


何を、とハリスが凝視するとソファに座り直したグルトスは幼子を愛でる好々爺からギルドマスターの顔へと戻った、至って真面目な目を向けた。


「知り合いに預けることも出来ない中で、どんな理由にしろ連れてきたのはお前だろう?なら最後まで面倒を見ろ」


その子はモンスターでも消耗品でもねえんだぞ、との正論にぐっと言葉を詰まらせたハリス。しかし彼は独身であり、子供どころか恋人すらつくったことはない。幼子の世話ならば尚更のこと、一体何から手を付ければ良いのかすら分からないのだ。それをこの目の前の男は知っていて尚育てろと言う。なんて無茶な。


「ま、待てよ、俺は子供の世話なんてしたこともないんだぞ!こんな幼子なら尚更だ。どうやって育てろっていうんだ?!」


「何も1人でやれとは言ってねえよ。お前の知り合いにだって育児経験のある奴居るんだろう?分からなければ聞け。俺達(ギルド)も少しくらい手を貸してやる。この街(イグリラ)に孤児院があるならそこに預けりゃ良いが、んなもんねえだろうが」


「確かにそうかもしれないけどよ……」


「それにお前、ギルドの口座にどれだけ貯めてると思ってんだ。浴びるほど酒を飲むわけでもない、豪遊するでもない。貯まる一方なんだよ、お前の口座。この機会に使っちまえ!」


「何に使おうが俺の自由だろうが!それになぁっ、……」




ぎゃいのぎゃいのとギルドマスター室で騒ぎながら、結局ハリスが幼子を育てることになった。ギルドマスターに言いくるめられたともいう。


幼子も捨てられるわけではないと理解したかしらずか笑みを浮かべ、ハリスに懐いているようにも見える。満更でもなさそうな表情で、片腕に幼子を抱きつつハリスは養父となる手続きを済ませたのだった。

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