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SINJÜ  作者: 平乃ひら
怪獣『出目金』と遭遇すること
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15/23

怪獣『出目金』と遭遇すること6

「うっそだろ魔術協会! あの連中目、A級を送ってきやがった! 浪木夜夢……! マジモンの怪物だ……!」

 それは天変地異でも起きたのかと錯覚するほどだった。

 視界全てを覆っていた出目金達の群れは消失し、もう観ることも叶わないと覚悟していた空が眼前に広がっている。

「あ、まだ沸いてくるぅ~。ねぇみそぎ、ちょっちここ任せていーい?」

「それ、私に任せる意味あります?」

「ん~、ほら、まえたてってやつ?」

「建前ですね。はいはい、とっととやってください」

 出鱈目な数の出目金を屠った少女を改めて視界に入れて、ぞくりと背筋が凍る。

(なに、あの人……なに……?)

 冷たい。

 いや、普通の女子高生だ。自分と何も違わない。学校の制服こそ違うものの、そこは間違いないだろう。だけれども何かが違う。根底にある魂そのものが違うとでもいえばいいのか。美穂は浪木夜夢と呼ばれた少女を直視できない。あの瞳に――蛇のような、獣のような瞳に見られてしまえば、恐らく一切動けなくなる。

 一瞥して尋常では無い少女が、美穂と穂花には一切の視線もくれることなく新たに現れてきた出目金の群れに向かって走り出していく。彼女が笑いながら手を振ると即座に出目金達が消失していく。

 思わず目を疑う。彼女は何をしているのか。何かをしているのは間違いないのだが、他の魔術師みたいに雷を産み出したり炎を出したりしていない。ただ手を向けるだけで出目金達が消えていくのだ。しかも――

「笑い声を呪文にしてるんだもの、つくづく格の違いを感じちゃうわね……」

 なんとかといった様子で立ち上がった空月が美穂達の傍に寄って、二人をつま先から頭まで眺めた後に、酷く安堵した様子で嘆息する。

「無事みたいね」

「せ、先生、あの人一体……?」

「ああ、訳分からないだろうけど、あれ別に消滅の魔術じゃないわ。単に攻撃の魔術と一緒に偽装の魔術も使って攻撃魔術を視覚や聴覚で周囲に感じさせないようにしているだけ。……だけ、といっても私には到底無理な技術だけどね。同時に魔術二つ使うとか、人間業じゃないわ。つか、あれだけポンポンと魔術を使っていて平然そうなのが腹立つわね」

「まぁまぁ先生」

「落ち着き先生」

「もう先生呼びが完全に定着しちゃってる……」

「つかさ」

 穂花も起き上がる。

「とっとと建物の中に逃げたほうがよくね?」

「そうね。まずは貴方達の安全を確保するのが先ね。ボブ、動ける?」

 ドライバーもといボブと呼ばれた男は、キラキラの瞳を絶やさないまま既に立ち上がっており、そして親指を立てて応えた。

「ぶっちゃけ限界さ!」

「元気そうね。行くわよ」

「ダメ!」

 美穂の叫ぶような声に、一同が一瞬固まる。即座に反応したのは空月だった。

「何言ってるの! ここにいても邪魔になるだけでしょ! あの馬鹿げた魔術に晒されたいの!」

「違う! 火力じゃ倒せない!」

「どういうこと……いえ、そうか、そうね」

「いぇァ、そういうこったな。どういう理屈かは分からないが、この嬢ちゃんならアレの消滅ができるってんだ。ったく、なんつー皮肉だ? まるで誰かの悪戯みてぇじゃねぇか。護衛対象こそその敵を取り除く唯一の術だなんてよ」

「ちょ、ボブ、あんた何いってんのっ……!」

 すかさず穂花が空月とボブの襟を掴む。

「あんたら! 美穂にこれ以上危険な目に遭わせるっていうわけ! 護衛なんだろーが!」

「ええ、対象を護り抜く為に一番合理的で確実な方法よ。理屈は後から考えればいい」

「先生ッ……!」

「凄まれてるのにそこで『先生』って言われると、なんかこう気が抜けるわねー……安心しなさい。私達が命懸けで守るから。元々私達はそういう組織の人間なんだし」

「そういう組織って……や、だめだめ、だめっしょ! こんな訳の分からないことさ!」

 空月と穂花の間に美穂が割って入り、主に穂花を止める。

「いーから穂花! だいじょーぶ! ……たぶん。きっと……?」

「怖がってんじゃん!」

「そりゃ怖いって! 当たり前じゃーん! でもやるっきゃないでしょ! 私以外にあんな怪物止められると思ってないっしょ!」

「ただの一般人が止められるわけないから!」

「なんか、あんまり只の一般人じゃないみたい、私」

 こちらを止めようとする穂花の腕をすっと抜けて、美穂は次々に消滅していく出目金に向かって駆け出していった。

 今まで凶悪な魔術で自分達を葬ってきたたった一人の魔術師から、一斉に美穂へと視線を向ける。まるで全ての存在が一つの意思として成り立っているかのようだ。

「そうよ! ほらほら、スイミーみたいに一つになってみなよ! んじゃないと私は殺せないぞ! おらー!」

 中指を立てて化け物達を挑発する。言葉が通じるかはともかく、出目金達が美穂の真正面にいる出目金の回りに集まってくる。

 ――まさに複数で一匹の怪物となるかのようだった。

「はっ、なにそれやるじゃん! おもしろ!」

 攻撃する手を止めて、夜夢が美穂のすぐ傍まで駆け寄ってくる。駆け寄るとはいってもまるで軽々しく駆け回る獣のように軽い足取りで、人間の全力疾走をあっさりと超える凄まじい速度でもあった。

「アタシが守ってやるからさ~、何すっか見せてみて?」

「え、思ったより良い人なん?」

「アタシが? ばっかでー。アタシを『良い人』だなんて、みそぎすら思ってないってば。ただ無限増殖する金魚にちょっと飽きてきたからさ、アタシに刺激を与えてちょーだい?」

「ただのヤバい人だった!」

「私も守ります!」

 ボブと一緒に駆けてくる空月に向かって、夜夢が目を細めて睨む。

「――邪魔」

「……!」

 大の大人二人が、子供の言葉で動けなくなる。

(A級魔術師……だっけ? それって最高位の魔術師ってことだっけ。あんなに強い先生を言葉一つで……)

 もしかしたこの浪木夜夢という少女一人で、本当にこの出目金達を全滅できるのかもしれない。圧倒的な力があるからこそアレだけの出目金を前に余裕の態度を取っていられるし、いざという時はどうにでもなるということだろう。

 ボブ曰く『怪物』と言わしめたのは伊達では無いというわけだ。

「……」

 出目金達に恐らく自分達と同じ感情は無い。それは個々を散々『解析』して理解していた。おかげで今も脳味噌は茹で上がりそうだし、実を言うと立つのも辛い。足が震えるのも恐怖というよりかは肉体の限界によるものだろう。

 死ぬのは怖い。死ぬほど怖い。当たり前だ。生き物ならば誰だってそう思うだろう。死にたくない。死にたくないからこそ、美穂は死なない最善の手を解読していたのだ。

「あ、あは、一匹になったじゃん」

 良く見ると出目金の群れだが、遠目に見るだけでまさに一匹の怪物であり、その形状も超巨大な出目金そのものだ。ご丁寧なことに出目金の象徴とも言えるぎょろりと出っ張った目玉と、魚であると協調するかのように長いヒレ部分まで再現している。

 だが、最早大きさは問題ではない。

 出目金の目的が自分をどうにかすることであることは確かだが、それも彼女にとっては些細な問題だ。既に出目金自体美穂にとって死を与える存在では無くなっている。

 それでも余りにも違い過ぎる身体の差は、それだけで本能的な恐怖を呼び起こす。

(怖い……怖い……めっちゃ怖い……ッ!)

 だが、この出目金はこうしなければ、この世界に魔力が存在する限り産まれてくるという本来の生物の枠を超えた生命体である。だから根本から、それこそ存在の意味すらも解析、解読し、理解し、消滅させる必要があるのだ。

 出目金が口を開く。それだけで周囲の空気が強い風へと変わり、ヒレを動かしただけで竜巻が生まれる。恐らく何かしら動く度に魔力が漏れ、それが勝手に意味を持っているのだろう。単なる巨大さだけでは説明できない現象が起こっているのだ。

 これでは近寄ることすら難しい――

「まだ?」

 突風に耐えている美穂に、夜夢がつまらなさそうに尋ねてくる。

「るっさいわ! やってやるっつーの!」

 一歩、前へ出る。

 それを見ていた夜夢が笑みを作る。

「おらぁ! 金魚ぉ! かかってこいやー!」

 思い切り拳を振り上げて挑発する。

 その意味を理解したかどうかは誰にも分からないが、出目金は真上から一気に美穂を飲み込もうとする。その巨大な口は夜夢どころか、離れた場所にいるはずの穂花や空月まで巻き込むほどだ。

「飛ばして!」

「はいはいっと~」

 本当に呪文とは思えない、ただ喋るだけで全く関係の無い意味を魔力に持たせる超高等技術を難なくやってみせる夜夢と、やってくれると『理解』していた美穂は右拳を真っ直ぐ上に突き上げながら出目金の咥内奥へと一気に突き進んでいく。身体から重力が無くなったような感覚だが、恐らく重力を扱うといった類のものではなく違う力だ。――そもそも重力を扱うためには重力を理解しなくては使えない。魔術とは具体的に想像することで具現化する。ならば現象を理解することが一番魔術の効果を発揮することになる。

 なので、原理云々はともかく美穂の拳が、複数が固まり一匹となった出目金に触れ、その瞬間、電撃のような衝撃が脳内を奔り抜けた。凄まじい情報量に再び鼻血を出すのも構わずに、美穂は流れてくる情報に身を任せながら、その怪物を初めて自分の意思で――


 ――完全に消滅させた。


「お」

 パン、という軽い音と共に一匹残らず全ての出目金が泡となって消え、そして美穂も空高くから当然といわんばかりに自由落下していく。

「お、え、えええー! 落下死すんのはやだー!」

「舞い上がる風よ!」

 あわや地面へと衝突かと思われた寸前、美穂の真下に空気が集まり圧縮され、上空へ向かって吹き荒れる。

「おばばばば!」

 身体中もみくちゃにされてはいるが、その強風は確実に美穂の落下速度を落とし、そして腰ぐらいの高さになってから風が止んで美穂は上手く両足で着地する。

「死ぬかと思った……特に最後……マジで……」

「美穂!」

 助かったことと使い果たした体力でぼぅっとする意識の中、親友が抱き着いてきてそのまま後ろへと倒れたのだった。

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