1 楽しい休暇と嵐の予感
王都の外縁部。
平民たちがひしめき合う一角に、その店はあった。
琥珀の雫亭。
焼けた肉の匂いと、酒に酔った男たちの熱気が、店内に満ちている。
騒がしく、雑多で、――そして妙に居心地がいい。
そのカウンターで、二人の青年が小さくジョッキを掲げた。
「ふって沸いた休暇に!」
「働かない日の昼酒に!!」
「「かんぱーい!」」
軽やかな音を立ててグラスを合わせ、そのまま一気に煽る。
炭酸が喉を刺す感覚に、二人は同時に息を吐いた。
「はぁー……生き返るな」
「それねぇ」
どこまでも気の抜けた顔で、すぐさまメニューに手を伸ばす。
「肉、食おうよ! にくー」
「ん、いいな。特盛にしちまうか? なんなら二皿いくか!」
「いいねぇ。 食えるだけ食っちゃおうよ」
額を突き合わせて、あれこれとメニューを覗き込む様子に、緊張感の欠片もない。
「こーら! あんた達、飲み食いは良いけど、金は持ってんでしょうね?」
頭上から落ちてきた声に、二人が同時に顔を上げる。
その顔を見た瞬間、女は盛大にため息をついた。
「ダメだ、金の無さそうな顔してるわ」
「なんだと、てめぇ!」
「酷いよアリー!」
オーダー伝票を片手に、アリーと呼ばれた赤毛の女は片眉を上げた。
「金もないくせに、オーダーだけは一人前ね。何が特盛よ」
鼻で笑いながらも、手元は迷いなく動いている。
常連に対する扱いは、雑でいて、どこか甘い。
「え、いいの?いつも、もっと渋るのに」
「今日は前払いをもらってるからね。アリーちゃんも優しいのよ」
ひょこっと横から顔を出したのは、お下げ髪の小柄な女だった。
「ベス! ホールにいるの、珍しいね」
「リンちゃんとガイちゃんが来るって聞いてたからね。見に来たの」
すらりとしたアリーの隣に並ぶと、ベスはまるで小動物のように見える。
柔らかな笑顔と丸い瞳が、妙に印象に残る。
――どこにでもある店。どこにでもいる店員。
「誰に聞いたんだよ、俺らがここに来るって」
リンが頬杖をついて問うと、アリーとベスはそろって三日月みたいに目を細めた。
「あんたんとこの、オトコマエ」
「レオン、昨日も格好良かったよ」
所属ギルドの最強メンバーの名が出た途端、リンが嫌そうに顔をしかめる。
「……あいつ、来てたのかよ」
「レオンの急な仕事で訓練なくなったんでしょ? で、暇なら絶対ここ来るだろうって」
完全に読まれている。
そして、外れていないのが腹立たしい。
「余計なお世話だっつーの」
「いいじゃんねー、休みくらい何してたってさぁ」
ぶすっと不貞腐れる二人に、アリーとベスは顔を見合わせて吹き出した。
「拗ねなさんなよ」
「いいじゃない。レオン、お金置いていったわよ」
――その瞬間、時間が止まった。
「……は?」
「今、なんて?」
「『なんでも食わせてやれ』って」
一拍。
「マジで!?最高じゃん!!」
「レオン神!!!」
見事なまでの手のひら返しだった。
アリーは肩をすくめる。
「現金すぎるわ」
「この情けなさが、お金に逃げられる原因よねぇ」
ベスの呆れた視線を浴びながらも、二人は全く気にしない。
「うるせぇな、良いんだよ。アイツ金持ってんだし」
「そうそう! じゃあ、追加オーダーお願い!」
嬉々としてメニューを引き寄せ、さらに注文を重ねていく。
その合間に滑り込ませるように、リンが何気ない顔で口を開いた。
「レオン、ここに『琥珀の中の虫』でも食いに来たの?」
まるで、店のおすすめ料理でも尋ねるような気軽さだった。
アリーとベスは、変わらず三日月のように目を細めた。
「生憎、それは昨日で品切れ」
「ごめんね?二人には出せないわ」
リンが小さく舌打ちをして、ジョッキに口をつける。
「……けち」
「ダメかぁ。ぽろっと漏らすかなって期待したんだけど?」
「ダメなものはダメ。合言葉使ってもね」
にっこり。
――完全に拒否である。
「ちっ……」
「まだまだってことかー」
二人は不満げに唇を尖らせたが、すぐに気を取り直す。
「ま、レオンがどこに行ったかなんてどうでもいいか」
「同感。せっかくのオフだしね」
再びメニューに手を伸ばした、その時。
「あー、やっぱりここにいた!」
騒がしい声とともに、店の扉が乱暴に開いた。
「リン!ガイ!ちょっと聞いてよ!!」
どかどかと踏み込んできた女の姿に、二人は同時に顔をしかめる。
「うわ……」
「めんどくさいのが、来ちゃったよ」
――せっかくの休日は、どうやらここまでらしい。




