【コミカライズ3巻発売記念SS】シン家庭教師
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「あ、カウレイン」
「あれ? 殿下? 今は授業の時間じゃ……?」
「しぃー! しぃー!」
城の庭でしゃがんでいる殿下を見かけた。
クリス殿下は自分から声をかけてきたのに、俺が返事をすると静かにしろと身振り手振りも交えて言ってくる。
安心安定の無茶ぶりと理不尽だ。
クリス殿下は周囲をきょろきょろ見回して、ふぅと息を吐く。
「まさか、殿下……」
「だって、シンかてーきょーしになったんだもん」
「そうなんですか?」
「うん、まえのセンセーのほうがよかった」
以前の家庭教師と言えば……穏やかなおじいちゃん先生を見た覚えがある。
座っているのが苦手なクリス殿下をよく庭に連れ出しては、虫や花や木を観察していたっけ?
あぁ、あのおじいちゃん先生のおかげで殿下は花とかに詳しいのか。
「あの人、きびしくってぇ」
「どういうところがでしょう?」
「ピーマンたべろって」
俺は廊下の向こうにシン家庭教師らしきマダムを発見した。
そのマダムは何かを探すようにきょろきょろしており、こちらを見て──メガネがキランと光った気がした。
うん、見た目からして厳しそうだ。でも、王太子殿下がお決めになったんだろうから仕方がない。いつまでも甘いおじいちゃん先生ではいけない。
「殿下はまだピーマンがお嫌いですか」
「そうなんだよ……ピーマンがダメならケーキをたべればいいじゃな~い」
殿下がピーマンを嫌い過ぎて変な歌を歌い出した。
歌は面白いのだが、マダムは着々とこちらに向かってきている。足が速くないか?
殿下はまだマダムの接近に気づいていない。
マダムは笑みを浮かべているが、メガネは激しく光っていた。ちょっと怖いんだが。
「はぁ、おやさいよりもケーキがいいなぁ」
「殿下」
俺ではない声が頭上からして、殿下はビクッとして後ろを向いた。
「こちらにいらっしゃいましたか。侍従も探し回っていましたよ。さぁ、授業のお時間です。十分遅れているので十分延長しましょうね?」
シン家庭教師はメガネをくいくい上げながらあれだけ速く歩いてきたのに息一つ乱していない。
このシン家庭教師……絶対にデキる人だ。
というか殿下、侍従を撒いたのか。
「えーっと、きょうはおなかがいたくってぇ」
「殿下、それは大変です。お医者様に診てもらいましょう」
「ねてればなおるから!」
「いえ、病気を見過ごしてはなりません」
「おそとでじゅぎょうがいい」
「殿下は花の名前をたくさんご存じですので、課外授業は私の父のでもう十分です。さぁ、ダリアお嬢様を将来お支えするのでしょう? お勉強しますよ」
殿下は走って逃げ出そうとしたが、シン家庭教師がパッと手を上げるとダニエルを始めとする護衛騎士が数人、殿下の行く手を阻むように現れた。
……このシン家庭教師、デキる……わざとここまで見逃している説まであるな。
「王太子殿下から許可は頂いています。さぁ、クリスティアン殿下。歴史のお勉強のお時間ですよ。この城が作られた時の国王陛下のお話をしましょうね」
シン家庭教師は逃げ損ねたクリス殿下の腰に手を回して抱えると、颯爽と去って行こうとして俺をちらっと見た。
メガネの奥の鋭い視線に思わず背筋を伸ばす。
「殿下の新しい家庭教師であるシンシアと申します。父の加減が悪くなり私に交代となりました。以後、よろしくお願いいたします」
あ、あのおじいちゃん先生のお嬢さんなんだ……。シン家庭教師は四十代くらいに見える。
王族の家庭教師って厳しい身元チェックが要るもんな。まさか殿下の言うシン家庭教師って……シンシアさんから取ったものだったのか……。
「カウレインッ!」
殿下が俺に助けを求めて手を伸ばしてくるが、俺ではどうすることもできない。
「殿下、ダリアお嬢様のためにお勉強頑張ってください。俺も仕事を頑張ります」
ケーキを食べてもいいけど、ピーマンも食べなきゃいけない時があるんだよな。
俺は抱えられて去って行く殿下を小さく手を振って見送ったのだった。
シン家庭教師の足取りは相変わらずキビキビしていた。




