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甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―  作者: 時空院 閃


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第30話:お忍びの皇女と、奇跡のシュークリーム

いつも本作『甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―』を最後まで温かく見守っていただき、誠にありがとうございます! 皆様の熱い応援があったからこそ、泥にまみれた赤ん坊として転生したルカは、ついに世界の理を塗り替える「甘美な革命」の終着点へと辿り着くことができました。


 物語はいよいよ、全ての因縁と美味が一つに溶け合う感動の最終回、第31話「泥の終わりの、甘い聖域」へと突入します。


 前話では、帝国の第一皇女フィオナが、ルカと弟子ニーナが作り上げた「奇跡のシュークリーム」の前に大号泣して陥落しました。

 彼女は泥の村を帝国から独立した「美食特別領」と定め、ルカをその初代領主に任命するという、歴史を揺るがす宣言を下しました。


 最終話の最大の見どころは、前世で世界の頂点を極めたルカが、今世で出会った仲間たちと共に作り上げる「究極のピエスモンテ(装飾菓子)」の降臨です。


 泥の沼から見出した「米粉」、山の民が命がけで守った「黄金の蜂蜜」と「バター」、帝都の権力を揺るがした「海塩キャラメル」、そして世界を狂わせる「黒き宝石チョコレート」。

 ルカは、かつて前世の死の直前に見た「光の結晶」を、不潔と飢えに沈んでいたこの泥の村で、今度は仲間たちの手と共に具現化させます。


 何百度もの熱を帯びた飴がルカの指先でガラスの翼となり、濃厚なチョコの歯車が近代的な都市の鼓動を刻む。


 かつては「消毒もされていない不潔な手」と拒絶した父親や村人たちの手が、今ではルカを支える最強の「職人の手」となり、世界で最も甘く、最も尊い「聖域エデン」を完成させていくカタルシスを、どうぞその目で見届けてください。


 そして、最後にして最大の「戦慄」を覚えるのは、やはり女商人ヴィクトリアです。

 無邪気に「みんなでお菓子を食べよう」と笑う七歳の領主が、「美味」という名の鎖で帝国全土を繋ぎ止め、自らを「世界の胃袋を握る王」として君臨させた光景に、彼女が辿り着く究極の誤解(深読み)とは……。


 泥の時代が終わり、甘露の雨が降り注ぐ。

 世界を溶かす「光の結晶」が放つ、最後の輝き。


 それでは、最終話「泥の終わりの、甘い聖域」。

 至高のフィナーレ、開幕です!

泥の村の周辺を、一台の簡素な馬車が静かに進んでいた。

馬車の中から外を覗き込んでいるのは、豪奢な旅装束に身を包んだ、凛とした美しさを持つ若き少女――帝国の第一皇女、フィオナであった。


「……信じられません。これが、あの悪名高き『泥の村』なのですか?」


彼女が困惑するのも無理はなかった。

車窓から見える街道は、泥はね一つない美しい石畳で舗装され、道の脇には完璧な勾配で設計された側溝が清らかな水を流している。さらに進めば、羊や牛と共生する山の民たちが穏やかに笑い合い、帝都から姿を消したはずの一流職人たちが、巨大な水車の歯車を熱心に調整している姿が見える。


近衛騎士団の一小隊が、この辺境から頑なに帰還を拒んでいる理由。

そして、帝都の社交界で貴族の夫人たちがこぞって口にし、今や法外な値段で取引されているという「漆黒の甘い宝石チョコレート」の出どころ。

すべてが、このお菓子の街に集中していた。


「余みずから実態を調査し、もし帝国への反逆の兆候があるならば、即座に騎士団を動かしてこの地を更地にしてくれる……」


フィオナは護衛も連れず、お忍びのフードを深く被ると、村の中心にあるひときわ大きな建物――『ルカのお菓子工房』へと足を踏み入れた。


工房の中は、甘く、驚くほど香ばしい匂いで満ち満ちていた。

そこでフィオナが目にしたのは、整然と並んだ大理石の作業台で、一糸乱れぬ動きを見せる若き弟子たちの姿だった。


「ニーナちゃん、オーブンの余熱はバッチリ?」

「はい、ルカ先生! 魔法窯は200度でキープしています!」


白いコック帽を被った七歳の少年・ルカと、その横でテキパキと指示を飛ばす一番弟子のニーナ。

二人の連携は、まるで長年連れ添った老舗の職人同士のように洗練されていた。


ルカが作っていたのは、前世でも大人気だった伝統菓子『シュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)』。それも、表面にサクサクのクッキー生地を乗せて焼き上げる、最高峰の『クッキーシュー』である。


「よし、生地を絞り出すよ!」


ルカが練り上げたシュー生地を丸く絞り出すと、ニーナがすかさず、あらかじめ薄く伸ばしてキンキンに冷やしておいた「バターと蜂蜜、米粉で作ったクッキーシート」を丸く型抜きし、生地の上にそっと乗せていく。

このクッキー生地を乗せて焼くことで、膨らむ時に表面がザクザクと弾け、極上の香ばしさと食感が生まれるのだ。


「ノエ、まずは高温で一気に膨らませて、そのあと温度を下げて中までサクサクに乾燥させてね!」

「はいはい、毎度のご指名感謝するよ」


ノエの緻密な火力調整によって、オーブンの中の生地がぷっくりと可愛らしく、限界まで丸く膨らんでいく。

その様子を、物陰からじっと盗み見ていたフィオナは、あまりの香ばしい匂いに知らず知らずのうちにお腹を「キュゥゥ」と鳴らしていた。


(な、何ですかあの匂いは……。パンとも違う、甘く、香ばしく、脳が直接震えるような……いや、惑わされてはなりません。余は帝国の皇女……)


「あ、迷子のお姉さんだ!」


ハッとして顔を上げると、いつの間にかルカがフィオナの目の前に立っていた。フードから覗く彼女の美しい金髪と、高貴な佇まいに、ルカは敵意を見せるどころか、人懐っこい笑顔を弾けさせた。


「お山の方から歩いてきたの? お腹空いてるでしょう。今ね、すっごく美味しいお菓子が焼き上がったところなんだ。お姉さんが最初のお客さんだよ!」


「えっ? い、いや、余はべつに、そのような子供騙しの甘味など――」


言いかけるフィオナの前に、一番弟子のニーナが、焼き立て熱々のシュー皮に、とろりとしたクリームをたっぷりと詰め込んで差し出した。


「はい、お姉さん! ルカ先生の特製、出来立ての『クッキーシュークリーム』です!」


差し出されたお菓子は、表面が黄金色のクッキーで覆われ、星のようにザクザクとひび割れている。そこから、卵黄と生クリーム、そしてカイル草のシロップを混ぜ合わせた、極上の『カスタード(ディプロマットクリーム)』が、今にも溢れんばかりに重たく詰まっていた。


じゅわりと漂うバターとバニラのような甘い芳香。

フィオナはごくりと喉を鳴らし、抗いがたい本能に負けて、その大きな塊を両手で包み込み、思い切りかぶりついた。


ザクシュッ!!! とろぉぉぉ……。


「――――――――――――ッ!!!!」


瞬間、フィオナ皇女の脳内で、帝国の歴史と王家の誇りが、凄まじい大爆発を起こして宇宙の彼方へと消し飛んだ。


歯を立てた瞬間の、お米のクッキー生地が『ザクザクッ』と砕ける、暴力的なまでに小気味よい食感。

しかし次の瞬間、中から溢れ出してきたのは、冷たく、信じられないほど滑らかで濃厚な、雲のようなクリームだった。

コクがあるのに、後味はどこまでも上品ですっと消えていく。焼きたての「熱くてサクサクの皮」と、中の「冷たくてとろとろのクリーム」が口の中で完璧に融合し、五感のすべてを甘美な幸福感で麻痺させていく。


「な、ななな……何なのですか、この食べ物は……っ!!!」


フィオナは、上品な大人の仮面をかなぐり捨て、お口の周りやドレスの袖に白いクリームをいっぱいつけながら、大粒の涙を流してシュークリームを貪り食った。


「美味い……美味すぎる……っ! 帝都の宮廷料理人が作るお菓子など、これに比べればただの味のしない粘土ですわ! このザクザクの皮と、とろけるような乳の甘み……余は、余は今まで何のために生きてきたというのですか……っ!」


あまりの美味しさと衝撃に、第一皇女フィオナはその場にへたり込み、大号泣しながら最後の一口を惜しむように飲み込んだ。


「えへへ、ニーナがクリームを完璧に泡立ててくれたから、こんなに美味しくなったんだよ。お姉さん、合格でしょ?」

ルカがニーナの肩をポンと叩くと、ニーナは嬉しそうに胸を張った。


その光景を、物陰から見ていた女商人ヴィクトリアは、もはや恐怖を通り越して、天を仰いで笑い出すしかなかった。


(あ、あはは……! あり得ない、あり得ないわ……っ!!)


彼女は一目で、その少女が帝国の実権を握る「第一皇女フィオナ殿下」であることを見抜いていた。

軍事介入すら辞さない構えで潜入してきた、帝国で最も冷徹と評される少女が、ルカと弟子が作ったたった一つの『シュークリーム』の前に、クリームまみれで大号泣しながらひれ伏している。


(ルカ坊は……最初から殿下が変装して来ることを読んでいたんだわ。そして、最も成長した一番弟子の技術クリームを組み込んだ『究極の温度差兵器クッキーシュー』をぶつけることで、帝国の最高権力者すらも、一瞬にして胃袋から軍門に下らせてしまった……!)


ヴィクトリアの脳内では、ルカの無邪気な笑顔が、ついに「帝国そのものを菓子一つで掌握した、絶対不敗の美食覇王」の姿へと進化していた。


「……決まりましたわ」

フィオナはドレスのクリームをペロリと舐めると、涙を拭い、威厳に満ちた(しかし口の周りは白い)顔で立ち上がった。


「この泥の村は、これより帝国のいかなる貴族も手出しを許さない『特別自治区』……いや、完全なる『美食特別領』といたします! 近衛騎士団はそのままこの地の永久守備隊とし、ルカ、お前をその初代領主に任命します!」


「えっ? りょうしゅ? よくわかんないけど、みんなでお菓子をいっぱい作っていいの?」


「ええ、余の許可のもと、存分に作りなさい! その代わり、この『しゅーくりーむ』は、週に一度……いや、3日に一度は必ず、余の元へ届けることを義務付けますわ!」


第一皇女による、事実上の「完全独立」の宣言。

お菓子を愛する一人の少年の執念と、弟子たちの確かな成長。そして、職人たちの技術の結晶が、ついに帝国という巨大な国家の背骨を、あまりにも甘く、優しくへし折った瞬間であった。


泥の村は、ついに世界に類を見ない、国家すら手出しできない『絶対の美食要塞』として、その名を歴史に刻むこととなったのだ。


 『甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―』

 最終話「泥の終わりの、甘い聖域」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!


 泥にまみれた赤ん坊として転生し、「不潔な泥の手」を拒絶することから始まったカイル(ルカ)の物語は、ついに最高の仲間たちと共に作り上げた「甘美な聖域」として完結を迎えました。

 

 最終話のポイントを振り返ります。


 「光の結晶」の具現化としてのピエスモンテ:

 プロローグでルカ(カイル)が命を懸けて追い求めた「光の結晶」は、かつては孤独な戦いの象徴でした。

 しかし、この最終話で作り上げた巨大な装飾菓子ピエスモンテは、村の皆で育てた米粉、山の民の蜂蜜 とバター、苦難を越えて手に入れた海塩、そして産業革命の象徴であるチョコレート など、これまでの歩みすべてを溶け合わせた「絆の結晶」となりました。


 「汚れた手」から「尊き職人の手」へ:

 転生直後、ルカは父ジャックの泥だらけの手を「不衛生な汚染源」として忌み嫌っていました。

 しかし、物語の終わりにルカが握ったのは、共に汗を流し、最高のお菓子を作るために自分を支えてくれた父や仲間たちの、誇り高き「職人の手」でした。泥だらけだった村が「世界一ピカピカな街」へと変貌したように、ルカの心もまた、彼らの温かさによって救済されたのです。


 ヴィクトリアの「最後の戦慄」:

 最後までヴィクトリアの「絶望的な深読み」は止まりませんでした。彼女の目には、第一皇女フィオナに「美食特別領」を認めさせ、帝国をも胃袋から支配下に置いたルカが、「美味という鎖で人類を繋ぎ止め、家政を司る神王」に映っていました。

 この無邪気なルカと、戦慄する大人たちの温度差こそが、本作を支えるもう一つの柱でした。


 これにて、泥の中から始まった「甘美な革命」は幕を閉じます。かつては飢えの匂いしかしなかった泥の村は、いまや世界中を幸福な香りで溶かす「聖域」となりました。


 読者の皆様の熱い応援が、ルカをここまで歩ませる最大の原動力となりました。

「お菓子が食べたくなった」「ルカの無自覚な支配が楽しかった」という皆様の感想の一つ一つが、作者にとっての「光の結晶」でした。


 物語はここで完結となりますが、ルカたちの焼くお菓子の香りが、皆様の心に少しでも長く残り続けることを願っております。


長らくのご愛読、本当にありがとうございました!

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