プロローグ:熱の終わり、泥の始まり
初めまして、あるいはいつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
時空院 閃 です。
本作『甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―』を執筆しております。
本作は、現代の地球で世界の頂点を極めた天才菓子職人が、魔法や身分制度が存在するものの、「食文化」や「衛生観念」が絶望的に遅れた異世界に転生することから始まる、甘美なる内政・世直しファンタジーです。
このプロローグ『熱の終わり、泥の始まり』では、主人公が前世の技術の極致である「ピエスモンテ」を完成させた直後に力尽き、次の瞬間、窓すらない不衛生で過酷な農村の赤ん坊「ルカ」として生まれ変わる衝撃の幕開けが描かれます。
周囲にあるものは、消毒もされていない泥まみれの手、飢餓、そして「砂糖」という概念すら存在しない絶望的な環境。しかし、すべてを失ったルカの脳内には、前世で培ったお菓子作りの知識と、物質を冷徹に解析する超感覚『マイスター・ヴィジョン』がしっかりと息づいていました。
「道具も材料もマイナスなら、自分の手でゼロから精製してやる」
最底辺の泥の中に堕とされた天才職人が、パティシエとしての矜持だけを武器に、濁った世界を透き通った「光の結晶」で満たしていく孤独な戦いがここから始まります。
砂糖一粒、お菓子一つが、身分制度や王侯貴族の価値観をドロドロに溶かしていく……そんな爽快感と、こだわり抜いたお菓子作りの描写、そして緻密な内政劇をお届けできれば幸いです。
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それでは、天才パティシエによる甘美なる革命のプロローグ、どうぞごゆっくりお楽しみください!
最後に見た光景は、光と熱、そして極限の均衡だった。
世界最高峰の菓子職人たちが鎬を削る、聖地での最終局面。
カイル――かつて別の名で呼ばれていたその男は、自らのすべてを賭けた「ピエスモンテ」の前に立っていた。
アメとチョコレート。本来は繊細で壊れやすい素材を、物理限界を書き換えるような構造体へと組み上げていく。
糖の煮詰め温度、摂氏百六十度。湿度は三十五パーセントを維持。
指先を焼くアメの熱も、背中を流れる汗も、今の彼には情報のノイズでしかなかった。
(……ここだ。今、この瞬間にしか、この輝きは固定できない)
最後の透明なパーツを接合し、完璧な均衡が完成したその瞬間。
万雷の拍手が、遠くの波音のように聞こえた。
それと同時に、限界を超えていた彼の意識に、暗い幕が下りた。
(ああ……ようやく、辿り着いたのに……)
それが、世界の頂点を極めた男の、最後の一息だった。
次に目を開けたとき、世界は一変していた。
肺の奥を刺すような、冷たく湿った空気。
「――ッ、……ぁ、うあ……ッ!」
叫ぼうとした口には、鉄の味のする液体と、生温かい粘膜が絡みついていた。
眩いスポットライトは、煤けた低い天井に置き換わっている。
拍手喝采の代わりに聞こえるのは、激しい雨音と、家畜の不規則な鳴き声。
視界がぼやける中、彼を抱き上げた「大きな手」が見えた。
それはかつて、彼が世界で最も遠ざけていたもの――消毒もされていない、爪の間に 黒い泥が詰まった、ひび割れた人間の手だった。
「産まれたぞ、エマ! 元気な、本当に元気な男の子だ!」
男の咆哮に近い歓喜の声が、赤子のカイルの鼓膜を震わせる。
自分を産み落としたらしい女が、荒い息をつきながら、ガタガタと震える手でカイルの頬に触れた。
(……転生? 嘘だろ。あんな不潔な手で、触るな……)
プロフェッショナルとしての本能が拒絶反応を示す。
だが、今の彼には、その手を払いのける筋肉も、抗議する言葉もなかった。
石造りの粗末な壁。隙間風が吹き込む、窓すらない寝床。
そして、漂ってくるのは「飢え」の匂いだ。
ここには精製された砂糖など一粒もなく、温度を一定に保つオーブンも、細菌を排除する衛生観念も存在しない。
「名は……ルカだ。ルカ。この村に差す光になってくれ」
父となった男、ジャックの涙が、カイルの額に落ちた。
その涙さえも、今のルカにとっては「不衛生な汚染源」でしかなかったが、同時にその熱さに、ある種の戦慄を覚えた。
(いいだろう。材料も道具も、ゼロどころかマイナスだ……)
不自由な赤子の視界の隅に、青白く光る情報の断片が走った。
【衛生状態:劣悪】
【栄養価:極低】
【周囲の糖分:未検出】
前世で培った超感覚――『マイスター・ヴィジョン』が、未発達な脳に過酷な現実を突きつける。
(だが、俺の脳までは奪えていない。光だと? ……笑わせるな。俺はこの暗い泥を精製し、透き通った『光の結晶』で満たしてやる)
ルカは、泣き叫ぶふりをして、泥にまみれた小さな拳を固く握りしめた。
パティシエとしての矜持を懸けた、二度目の、そして最も孤独な戦いが幕を開けた。
プロローグ『熱の終わり、泥の始まり』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
世界最高峰の舞台から、一転して「不衛生・飢餓・砂糖ゼロ」という、パティシエにとっては最悪の地獄へと叩き落とされた主人公・ルカ。
まともな道具も材料もない最底辺の農村で、彼が唯一携えてきた武器は、前世の記憶と、物質を解析する超感覚『マイスター・ヴィジョン』だけです。
この世界では、私たちが当たり前に使っている「白いお砂糖」はおろか、まともな精製技術すら存在しません。そんな絶望的な状況から、ルカがどうやって最初の「甘味」を作り出していくのか……。
次回の第1話『泥の中の結晶』から、いよいよ物語が本格的に動き出します!
7歳になったルカが、村でカイル草と呼ばれる「ある雑草の根」に目をつけ、前世の知識と化学反応を駆使して、世界を揺るがす琥珀色のシロップを精製するエピソードをお届けします。
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それでは、次回第1話もどうぞお楽しみに!




