79話 星骸・ルシファーの痛み
完全形態となり、権能が確立したルシファー神が杖を傾けた。すると、星に宿るエネルギーが無条件に支配され、黒の光柱を頭上から振り下ろす。光柱が一瞬でも、寸分でも接触した星と空間は消滅した。天から降り注ぐ光柱が、大粒の雨のように、見えた。普通の生活を送っていては到底拝見できない御業が、目の前で起こっている。
(光柱の根源は、星エネルギー。だが、掛かる概念は星がさらに昇華した天体。天体の力を掌握し、消滅エネルギーへと無条件に変換する。すでに、ルシファーは成長している。未完はいずれ完結する。私が天体使いだと知り、活用法を見ただけで、模倣した。取り入れた。今、ルシファーは宇宙にある全てのエネルギーを掌握し、ただ滅亡の手立てとしか考えていない)
アストラは冷静に、神の挙動を観察した。光柱から零れる粒子。微細以下の、眼中に入らない規模の小さい小さい粒子が、星に当たった。星は音もたてず、静かに崩れ去った。役目を果たそうと粒子は当てもなく、宇宙軸を彷徨い、崩壊を誘導している。数多ある星々。手に届かなかった星の正体を確かめられる根源的な場所が崩壊の一途をたどる。能力が禁忌にしか触れないアストラからすれば、宇宙軸は無法地帯で、禁忌を侵し放題の娯楽の場所だ。それが崩壊すると言うのは、少々腸が煮えくり返る。
宇宙軸という天体を空間化し、記憶として自身の脳に入力し、記憶の空間化を利用し、出力した。直ちに修復された天体は、自転と公転を繰り返し、宇宙軸という銀河を成り立たせた。
(概念を司ることは、強大な力を得る近道だが、その分の代償が伴う。既に…)
アストラは目を凝らした。ルシファーの権能が、徐々に宇宙そのものと同化している。宇宙になろうと、抗っている。未だ成長を見せている。だが、宇宙軸という銀河は異物を弾き、拒んでいる。言語を失った知的な神は、宇宙の神秘に取り憑かれた亡者と言って差し支えない。一瞬でも教訓を説いたアストラの存在が眼中にないという態度だ。
(放っておいても、このままルシファーは消滅する。屈強な権能はどれだけ強い力を与えられても壊れないが、概念が絡む力では微力たりとも歪む。宇宙軸という空間概念に手を出した愚者が、自ずと崩壊する。傍観さえすれば、私はかの七洋を単独で討ち取った英雄だと讃えられる。が…)
アストラは自身を祝福した神々を思い出す。不明確な赤子に期待を寄せ、人生全てを賭ける嫡流の子孫神を思い出す。かつて、星を賭けた戦いで無念にも散った子孫神の思いを汲み取った。願わくば、彼らの思いがこめられた執着の一撃で、ルシファーに勝ったと誇らしく叫びたい。
光柱が絶え間なく降り注ぎ、玲瓏の現象が宇宙軸を襲っている。そんな中、アストラは動き出す。彼女は自身の手に握られた武器ウォーハンマーに権能を注ぎ込み、本来の形へと開花させた。
イニティウムが造り出した三種の神器は、彼女が神聖時代中期から終焉までの一万年の間に自らの手で製造し、神器だと認めたものを指す。
一つ目は、精霊王の為に製造した神器。所持者の感情の増幅で効果を発揮する【バースの双刃刀】。
二つ目は、妖精王の為に製造した神器。矢も一本一本手作りである徹底ぶり。妖精王の力と、オベロンの頭脳に対応した【イオフィエルの弓】。
三つ目は、天体を守護する不確かな誰かの為に製造した神器。強烈であろう、かの力を完璧に制御するための神器。
かの神器の名を【ヘレル・ベン・シャハルの鉄槌】。
鉄槌に、アストラの両親の象徴であるラナンキュラスの大輪が、紋として刻印された。それは不確かな誰かの為の神器ではない。神器がアストラを主として認めた。
宇宙は、銀河の集まりである。それは地上宇宙という次元も例外ではない。この宇宙の十の区分を、人類や神は海と呼ぶ。海の正体は、惑星や天体が集まった銀河が、銀河が更に集まり銀河群が、銀河群が更に集まり銀河団が、銀河団が更に集まった成れの果て。つまりは、超銀河団なのだ。
十個の超銀河団で構成された地上宇宙では、超銀河団が隣り合い、接触している。その境目が、二つの打ち潮がぶつかり合う海の一現象に見えた。
超銀河団の局所で、突如発生するブラックホール規模の災害が、青だけの海を白にかき回す渦潮に見えた。
超銀河団を構成する最小単位の銀河が、巨大な泡のように見えた宇宙の泡構造が、強風が海を泡立ててできた海中を漂う海に視えた。
宇宙の壮絶で果てしなき魅力を目にしたものが、比較的身近にある一瞬思考を放棄させる魅力を与える海を彷彿とさせた。
神秘の自然構成という共通点を基に、とある太古の哲学者が十個の超銀河団を、十の海と提唱した。そして、海を守護する、いや、海をかき回すことのできる十人の逸材が集う未来は普遍的に起こり得ると提唱した。
曰く、【守護者降臨論】。
逸材らは、旧体制を壊し、新体制を擁立する。それは宇宙に渦潮を発生させ、かき回すことと同義である。
そして、かの逸材の一人に名を列ねるアストラ・スパティウムは、七洋に敗北するという旧体制を破壊する。ある天体が寿命を迎え、超新星爆発を起こし、些細なさざ波を起こすような、微細かつ重要な手段を、アストラ・スパティウムは用いるのだ。
星の天使アストライオスは、星の権能サフを譲渡した。アストラは自身の空間の権能を核融合させ、天体の権能へと昇華した。
アストラの新たに持つ天体の権能の極致【天命の哲学者】とは、宇宙構造を抽出し、指定した座標に上書きする崩落の御業である。
かの御業に、無条件という規則はない。だが、アストラは敵そのものに宇宙構造を上書きするのではなく、敵のいる空間に上書きする。空間の概念を用いた必中の御業は、原初神の御業と対等に渡り合える。
アストラは、御業を用いて、宇宙構造の一部を抽出した。それは、禁忌を侵したときと同じ宇宙構造。かつて、母ステラも使用し、代償に命を落とした恐るべき宇宙構造。銀河で成り立つ宇宙に、銀河が一切存在しない領域―超空洞”ヴォイド”である。かの領域では、生物活動も空しく、かの領域空間の死を意味する。
光柱が絶えず降り注ぎ、嫌というほど見続ける玲瓏の宇宙。宇宙軸の空間を蝕むルシファーに照準を合わせて、ルシファーが存在する座標を指定して、抽出した超空洞”ヴォイド”を、その空間に上書きした。すると、光柱が止んで、玲瓏だった宇宙軸が、暗い宇宙へと戻った。偶然、超空洞ヴォイドが発生した領域空間にいたルシファーは呻き声をあげた。神の肉体が灰のように崩壊していく。抵抗しているわけではないだろうが、呻き声が断末魔のようだった。
肉体が完全に崩壊し、その灰は宇宙軸を彷徨った。その中に、一際異彩を放つ小さな、掌に乗る天体があった。アストラは急いで、その天体を回収した。
黒く透明度のある真球に近い天体の正体は、ルシファーの権能だ。透明度の高い真球に近いそれは、ぱちぱちと眩い点状の光を宿す。
アストラは、会議の時、セアが見せてくれた真球状のコアを思い出す。それは、原初神三十二柱の権能であると。俄かには信じられなかったが、今、ルシファーという神の権能を見て触れて、セアが嘘をついていないと分かった。あの時も、今も、コアからは圧倒的なエネルギーを感じる。
『基本的に、神っていうのは不死身だ。神の権能とは存在意義そのものであり、上位の存在であればあるほど、世界に必須の要素を存在意義と結びつける。ただ、原初神を除く神は宇宙の構成に必ず必要というわけではない。権能を破壊できれば、神は死ぬ。まあ、死んだ分、ある程度の影響はあるけど。
七洋はアザトースの存在意義を多少なりとも分裂させた神々。殺せば、かなりめんどくさい規模の影響があるだろう。だから、監獄にぶち込む』
七洋と遭遇した場合の対処法は、既に、セアが用意していた。
『私達の生きる次元で大罪を犯した愚者を収容する宇宙一の大監獄エパネノスィ・ミラ。原初神未了の泥梨の存在意義曰く概念でできた領域。原初神以外の神が堕ちれば、大抵は監獄で飢え死ぬ。原初神の断片で生きる七洋が、滞りなく監獄で過ごせるよう、肉体をそぎ落とし権能だけで、堕とせ』
会議の時、七洋の処罰もセアは教えてくれた。監獄に収容するだけ。一見、甘い処罰だが、セアの象徴たる緑の宇宙の目の中から、星が消えていた。稀に現れるセアの獰猛な本性が、この大戦を導いていると、感じた。
(姐殿の私怨。因果。平和と友好。良き隣人。気遣い。この大戦は一体、どの過去が一番根強く関わっているんだろうな…)
アストラは、天界宇宙の局所の座標を指定し、ルシファーの権能を転送した。ガチャリと、鎖に繋がれた音がした。
仄かな優越感に浸っていると、アストライオスが感傷に浸り、涙目で天を仰いだ。
『返せた。全部。報われた』
「先生」
アストラが、天使を呼び止めた。
「すまないが、まだ私達の戦いは終わっていない。喜ぶのは我慢してくれ」
『是』
「これで少しはいい方向に進んでいるはずだ。今のところ、オベロンの指揮は外れていない。ああ、嫌だな。これだから大戦というのは…」
アストラは仲間の功績を讃えると同時に、嫌気が差したように、大戦を非難した。彼女の目には、星の天使として、神々から正式な任務を受けたアストライオスが映った。彼は非常に驚いて、開いた口が塞がらない。
「二つの勢力だけで、終わるはずもない。それで、天使は新たに…誰を排除対象に組み込んだ?」
アストラの問いに、天使が答えた。
『…キフェ・フェイラが、消息を絶った』
「天使はそんなことまで知っているのか…」
『天使は宇宙の平和を維持させるために、日々情報をかき集めている。人類の諜報活動を担う原初一族みたいな感じで、神の諜報活動を担うのは天使だ。子孫神がいない今、天使が天界宇宙を整理している。
アザトース神が本格的に動き出した。決戦は、地上宇宙になりそうだ』
「…」
アストラは不安そうに、天使を見つめた。
『会議の結果、原初神も降り立つ。三十二柱同士が争うだけでも破壊規模は想像を絶する。事前に、神王とも対談を取り決め、来訪は許可されている。まだ、時間はかかりそうだが…』
「天使…原初神は何を焦っている? 私は部外者だが、姐殿とは交流がある。姐殿は賢明に動いていた。関係がどうか知りはしないが、原初神を貶めることはしない」
『神王の動きは知っている。アザトース神を除く原初神の利になる行動はする。ただ、原初神は神王が結果を出すための手段として、宇宙を破壊してしまうのではと考えている…もし、神王が秩序を乱す行為をするのであれば、原初神自らの手で罰さなくてはならない』
神と天使の考えを初めて聞いたアストラは、正直否定できなかった。アストラから見て、セアは良い統治者だ。だが、不意に見せる澱んだ感情が怖いと思う。戦場ともなれば、淀みが顕著に表れる。セアは勝つために、危険な橋を渡る可能性を考えなかったわけではない。
「キフェはクヴァレ側、私達にとっては敵。奇襲を仕掛けられるリスクで慌てるのは分かるが、何故、姐殿と関連する?」
『…お前は私が原初神の嫡流なのは知ってるだろ?』
「ああ」
『嫡流は本来直系の子を指すが、私達に当てはめる嫡流は、優秀な弟子で原初神が信頼のおける相手であり、かの神の代弁者である。原初神が指名することで、やっと嫡流であると名乗ることができる。太古の昔、子孫神の中では五十柱の嫡流が選ばれた。嫡流が神なら、原初神の行動に異を唱えない。だが、嫡流が人間である場合、原初神の思考を超える奇抜な行動をする。今まで、そんなことは幸いにも起こらなかった。嫡流同士で監視していたから。
だが、子孫神とアザトース神との戦いで多くの嫡流は死んでしまった。中には、権能だけになり、未来で戦う礎となる嫡流もいる。
肥沃の海洋嫡流炎神ペレ、人の名ではプロエレ。創造の狂暴嫡流軍神ウルスラグナ、人の名をラウルス。同じく嫡流水神ルサルカ、人の名をレヴィアタン。人間となって、原初神の威光を存続させるための嫡流も、この大戦で既に命を落としている。彼らの代弁者にあたるオリゴ殿も、嫡流の手によって殺されている。
嫡流が貴重な中、原初神を人類に掲示する役目の彼らから、謀反に疑わしい行動を感知した。原初神は、四名の嫡流を危険戦力として指定した。天使の諜報では、四名の嫡流は、秘密裏に同盟組織を結成したとある。かの組織は原初神打倒を掲げ、動き出した』
「誰が…そんなこと」
『破壊の慈愛嫡流ギハラ。
創造の狂暴嫡流キフェ・フェイラ。
夢寐の天穹嫡流エドガー・アゲリアフォロス。
暫定嫡流セア・アぺイロン。
対原初神特化戦力組織同盟―ノア。
ノアに対抗すべく、原初神は秩序の守護者である六天使を遣わした。六翼の天使は、秩序維持のため、ノアを創設したギハラを大罪人として本能へ認知。捕縛へ動いた。
この大戦は、既に混迷を極めている』
魔法の海に、六翼の天使が降臨した。
「エパネノスィ・ミラに、ルシファーの権能が繋がれたよ!
凄いね〜。これが守護者の本領ってこと?」
―失効【アルマロス】
「アストライオスが宿願を果たした。嫡流の執念が、大輪となった」
―失墜【シェムハザ】
「嫡流の人間なんて信用できないわね。やっぱり、神に仕えるべきは天使が一番ってことかしら?」
―荒野【アザゼル】
「やっぱり、セアは捕まえておくべきだったわ。出来損ないが、無駄に原初神と同等の力を得るのは、秩序に響くのよね。使えない子」
―契約【サンダルフォン】
「口を慎め」
―神の代理人【メタトロン】
「【守護者降臨論】を提唱した哲学者が、自らの手で説を壊した。勅命を即刻、全うしよう」
―自由意志【タブリス】
秩序の守護者、六天使が大罪人を迎えに行った。
七様ルシファーの秘話
ルシファーは以前は天使として神に仕えていた存在でした。天界宇宙における天使の一集団悪性謀反軍団”堕天使”に属しており、軍団の団長を任せられるほど優秀で武に通じていた天使でした。当時の名はサタンと言い、神であると言われても信じてしまうほど強かったです。
そんなサタンですが、原初神アザトースに心酔して、無理やり天使の地位を放棄して、主人の場から強引に離れました。忠義を受けたアザトースは、権能で上書きし、サタンを神として迎え入れ、眷属または側近として認めました。それ以降は、ルシファーと改め、神としての成長を期待されました。




