79話 星噺・ルシファーの痛み
人類が地上宇宙に降り立って早々、アザトース神率いる七洋と子孫神の大戦が勃発した。かの大戦は、アザトース神が天界宇宙を支配するため、子孫神の撲滅を掲げた。かの神は同じ原初神の権能を制限し、争いに直属の配下七洋を遣わせた。神の領域で遺憾なく権能を発揮したため、子孫神は次々と消滅していった。
最も過激だった戦いは、神の星の領域を巡る争いだった。この戦いは、七洋ルシファー神を相手に、星を司る全ての子孫神が奮闘した。だが、ルシファー神の星分野に関して、万物の権能に成すすべなく、次々と倒れていった。
そんな中、星を司る子孫神のリーダー的存在であった星空の神アストライオスが、ルシファー神に敗北してしまった。子孫神の戦意は喪失し、かの大戦で最初の降伏を上げてしまった。
『ああ…君もか』
瀕死のアストライオスを見た永の智慧が、見飽きたと言わんばかりの素っ気ない態度を取った。権能を制限された原初神は、こうして前線で死線を潜り抜けられなかった己の子孫たちの救護に当たるしかなかった。本来、救護は命を救うための行為であるが、ここに運び込まれる子孫神は権能そのものが破壊されていた。神の力の根源である権能を破壊されれば、いくら原初神であろうと治すことはできない。
原初神の中でも医療に秀でたトートであろうと。その相手が、トートの嫡流アストライオスであっても。もう叶わぬことなのだ。
毎日運ばれる子孫神の苦しむ姿に、心を病み、感情を抑えなければ、やっていけない。
『七洋はやはり強い。特にルシファーは厄介だ』
七洋は成長が終わり、権能も完成している。だが、ルシファーだけは権能が完成していない。星を操るという未完成の権能で戦って尚、多勢に無勢の子孫神が呆気なく倒されてしまった。これは恐るべきことだ。
『ルシファーは…っ倒さなぐては、ならない神、です…!』
トート神がその場を離れようとした瞬間、瀕死のアストライオスが声を上げた。彼の権能は脆弱ながら、まだ夜空の煌きの如く輝いていた。
トート神は諦めていた治療を始めた。
『トート様。今、負けたとして、我々はいづれ七洋とも戦います! ならば、その先の未来で戦い、勝てばいいのです! だから、治してください…』
『いづれなど、不明確な話をするな。戦いで何を学んだ。勝てぬ相手ならば、戦わず、ただ従い、平穏であればいい』
トート神は、アストライオスの思想に反対した。
『駄目です。神が負ければ、次は人類です!
貴殿らが愛した人類が、我々と同じよう七洋に殺されてしまうのです!』
嫡流の勢いに、トート神はもの悲しそうな目をした。
『私達は人間を神の道具にしないよう、下に創っていない。だが、傲慢にならないよう、上に創ってもいない。進化の過程で屈強な戦士は生まれるが、神に対抗できる戦力が人類に揃う時は一体どれほどの時を待たなければならないのか…私は想像もできない。なにより、神の不始末を人類に負わせるのは、もっと違うだろ』
脳が限界を超えているのか、トート神が弱音を吐いた。平和を尊ぶはずの原初神から裏切り者を出してしまったことに、贖罪を感じている。
『そう思ってくださるなら、戦ってください。原初神として、七洋打倒やアザトース神打倒を目標にして、いつか動いてください。人類は神が関わっていなくとも、人類同士で戦います。いつか、真実に気づき、その標的が神に移るだけです。私は真実を気づかせるための道具として、いつか来る七洋に対抗する人類の武器として、生き続けたいです』
『…』
『神に仕組まれた争いでも、それは人類が人類の為に戦うと決めたものです。が、七洋とアザトース神に滅ぼされるのは、人類が決めた判断ではない不条理な不幸です。私は嫡流として、それは許せない。だから、戦い続けたいのです。力を貸してください…トート先生』
弟子の説得に、トート神は分かったと言い、同じ原初神である極点の翼を呼んだ。会話を聞いていたイル神は、うんともすんとも言わず、ただ治療の為だと目を瞑った。
『荒治療になるけど、アストライオス。君を神ではなく、天使として蘇生するよ?』
イル神の問いかけに、アストライオスは頷き、師であるトート神は異議を申し立てなかった。
『蘇生するに当たり、欠けてしまった権能を復元しなきゃいけない。私達がかき集めた魂では足りない。相性もある。
暁の女神、明けの明星神、宵の明星神、星の女神アストライア。足りないよ、全く』
対策が思いつかなかった。だが、アストライオスの決断した言葉を聞いた四柱が名乗りを上げた。
『お困りのようですね』
原初神現象の劫の嫡流・太陽神ヒュペリオン。
荒地の播種の嫡流・天の羊クレイオス。
大栄の調和の嫡流・死神イアペトス
二面性の環の嫡流・天球神コイオス。
アストライオスと同じ嫡流に選ばれた神が揃った。
『イル様、アストライオスの蘇生材料に我らをお使いください』
トート神とイル神は、ヒュペリオンの進言に驚いた。コイオスが経緯を話してくれた。
『今、海を争う戦いで子孫神が敗北しました。アザトース神は対価として、炎神ペレと記憶神ムネモシュネを要求してきました。子孫神が負けるたび、恐らくですが、嫡流を手駒にするつもりでしょう。原初神に忠誠を誓った我々が牙をむくなど、到底考えられません。アザトース神の手駒になるくらいなら、姿を捨て、権能だけ生き延び、人類の武器になることを望みます。
我らは嫡流の中でも天体に関わる神です。相性で適任はこれ以上いないかと…』
『各原初神様には了承を得ています。アストライオスと同じ考えである原初神様もいらっしゃいます。仕組んだ戦いの兵器だとしても、アザトース神を打倒するため、動こうと考えを固めています。考えの先導を、我らとアストライオスで体現してまいりましょう。どうか―!』
イアペトスも意気込みを語る。同じ原初神でも、人類に危害を加えてしまうことを良いとは思っていないようだ。だが、アザトースと七洋の戦いは避けては通れない。だから、兵器を用意し、それが運命であったように人類に送り出すということか。
トート神は、嫡流の意思を尊重した。
『天使として蘇生は出来るが、主人は誰にするつもりだ?』
トート神の疑問を聴き、クレイオスが既に解決策を用意していた。
『ヴィシュヌ様の助力を得、人類の概要を聞いてまいりました。曰く、人類が一万年の時を過ごしたのち、夜の一族なる民族組織ができると。夜の一族は天使に愛され、天使と公明に契りを結ぶことのできる一族であると、仰っておりました。
さらに一万年が経つ頃に、”星”の元祖と空間能力の権能を持つ男の間に、一人の赤子が生まれます。赤子は両者の能力を受け継ぐ存在となり、人類の戦力となりましょう』
『その赤子と、天使となったアストライオスが契りを交わすのかい?』
『はい』
『途方もないね。実に不明確かつ実現性のない。だが、ヴィシュヌが予言したことなら、必ず起こるだろうね。無関係の赤子に、こんな使命を負わせていいのかな?』
イル神も深く疑問に思った。確かに勝つためには犠牲がつきものだが、その犠牲が遠い未来のたった一人の赤子にあると言われても、納得はできない。
『ですので、かの赤子に祝福を。
使命を終えた暁に、幸福が訪れるよう。
願わくは人類最高峰の頂を。
星を紡ぐ星座長。全ての星の異名を恣に。
星に愛されたアストラ・スパティウム。
司るは、天体―』
原初神は弟子を取る。弟子の中で優秀な神は、後継神や代理神として認められ、嫡流と名乗ることを許される。アザトース神の八人の嫡流は、関係が歪で利害関係の一致で成り立っている。
アストライオスは自身の権能で生きる神々の魂を知覚した。同じ嫡流として研鑽を積んだ四つの権能が、サフと共鳴してくれている。
宇宙軸に低音の呻き声のような正体不明の悲鳴が轟く。悲鳴の正体は、アストラが創造したブラックホールの声である。天体は生きていると、神々は考えている。大きな生物。生物を人工的に創造できる逸材。
ブラックホールに直撃したルシファーの権能が、まだ僅かに感じる。対するアストラは、大技を繰り出して尚、無表情で見下ろしていた。人間であるはずなのに、彼女の強烈な気迫に息をのんだ。
(倒さなきゃいけない相手。倒すために、長い年月を待った。結果として、あのルシファーに勝てる。だが…)
抜群の相性で圧巻の戦闘スタイルを披露したアストラと天使アストライオスだが、アストライオスは一方的に、この関係を憂いた。
(勝つために、私が守護する主人を未来の人類から選んだ。本当は無関係なことに首を突っ込ませて、宿願を果たしたとして、それはアストラの本望ではない。一人の人生を利用した…)
遥か昔、瀕死に陥った生死の際で、戦うことを志願し、我儘に近い願望で蘇生された。そして、現在、主人に仕え、もう一度、七洋と相まみえることとなり、願望は叶った。だが、戦うために、一人の人間に戦いを強制することにした。使命を負わせていいのかな、と呟いていたイル神の言葉の意味が漸く理解できた。
『主人…』
「聞いた。ギハラから、全部、聞いた」
単語を繋ぎ合わせた返事に、天使は沈黙した。
「なぜ、私を星の異名を冠する特例の天使が守ってくれたのか。ずっと、傍にい続けてくれるのか。こんなに優れた能力があるのか。ヴァイスが言った私が親を選んで生まれてきたという通説。死者が集う宇宙ゼノバースの存在。ゼノバースに集まる命は負の感情を持ち、狂暴な状態へと醜化する。輪廻転生の概念が崩壊した宇宙では、未練がましく生き地獄を味わっているそうだ。
ただ、その中に私の両親は含まれていなかった。つまり、負の感情は持ち合わせていないということだ。
そして、もう一つ、死者の魂が集まる場所を知っている。精霊が守護する領域ユートピアなる場所で、私の両親は眠っている。精霊王が教えてくれた。私の両親は、強大で稀有な能力を継承して尚、私を心配し、転生の輪に乗っていない。
人は死んでなお、魂が残っている限りは、記憶を捨て新たな肉体と境遇を体現する。私は母の腹の中にいた時から、親の名と声を知っていた。言葉の概念すらない赤子が、知っていたのだ。輪廻転生論では、輪に乗るまで、魂が脱走し、稀に彷徨うことがあるそうだ。私はその稀に該当したらしい。私はヴァイスの最期に立ち会った時、ヴァイスから愛情を感じた。私を娘だと当たり前に言って、私を死から遠ざけようとし、私の我儘を聞き、盾となって叶えてくれた。これが親の愛なのだと悟った。そして、選んでよかったと無意識のうちに思ってしまった。私は母さんと父さんの娘に産まれてよかったと、心底、思っている」
『”星”の元祖と空間能力の権能を持つ男の間に、一人の赤子が生まれます』
『途方もないね。実に不明確かつ実現性のない。だが、ヴィシュヌが予言したことなら、必ず起こるだろうね』
アストライオスは、過去の記憶の言葉を一つ一つ思い出していく。
「私が娘でよかったと思う気持ちがあるなら、前世の私は恐らく、母さんと父さんの子供になりたいと願ったのだろう。
だが、ギハラから聞いた私と星の天使が二万年以上先の未来で相棒として出会い、神と戦うシナリオが整っていた。それは神が無意識のうちに干渉し、定めた運命だ。だが、その運命のおかげで、私は母さんと父さんの娘として、人生を送ることができた。一人の人間の我儘を、神々が運命という不確かな力で後押しし、剰え祝福を捧げ、私に親の愛情を与えてくれた。最後の最後まで、親の前で子供らしくいることを許してくれた。
アストライオス。お前の勇断のおかげで、私は人生を最高に謳歌している。
星の神々の使命を与えられた誇るべき戦士だと。
星を掴んだ偉大なる最強だと。
天で宇宙一輝く一等星だと。
これほどまでに祝福を与えられ、神々に生まれることを望まれた人類はいないだろう。苦しい時もあったが、神は決して、私から家族を奪いはしなかった。なにより、新たな家族を与えてくれた」
アストラは幼少を思い出す。突如として現れた天使は、多忙なヴァイス代わりに、遊んでくれた。寂しい思いなんて感じなかった。だから、ヴァイスを恨むことはなかった。辛い時、傍にいてくれた天使からは天文を教えてくれて、知識を与えてくれた。
「私を戦士として一人前にするために、傍にいたと思えば、そこで終わりだろう。だが、お前は私を対等な存在のように接し、人生の何たるかを説き続けた。
アストライオス。私はお前の主人ではない。お前は私の師匠だ。これで、私は無関係の赤子ではない」
アストラの言葉は、天使がずっと悩んでいた使命の代償だった。他人の人生を利用した罪悪感で押し殺されそうだった星の天使アストライオスを救った。
彼女の顔を見た。彼女は意気揚々とした笑みで、天使を視界に捉えた。
今まで救われたから、救い返した。
そう言っている。
天使は思った。
(利用していたんじゃない。利用されていたのか?)
気弱だった赤子が、今では神と天使の思惑を逆手に取り、運命を覆そうと足掻いている。その勇ましさに、アストライオスは生物として、心を奪われた。
発言しようと戸惑っていた時、特異点から光の一閃が放たれ、ブラックホールが崩壊した。膨大な星エネルギーを持った神が、満面の笑みで覗いている。肉体の一部が変容し、今まさに進化しようと、足掻いている。誇るべき美が失われ、全てが変化していく。
(ルシファーは成長する。未完成の権能が…完成していく)
天使は、ルシファー神の風貌が変化しているよりも、かの神の権能が常時歪み続け、最適な形を求めていることに驚いた。それは即ち、未熟な神が完全体として顕現する前兆だった。
人間の姿を模していた肉体は、白くなり、無機質な肉体組織を作り上げた。そうして、赤くひび割れた腕を何本も生やし、黄金に輝く杖を握った。白い体躯を赤い布が覆う。頭から手と目が生え、まるで髪飾りのようだ。目しかない顔で、紫の瞳が薄気味悪く歪んでいる。原形をとどめていない異形の姿に進化した玲瓏のルシファーに、星の天使アストライオスは恐怖で言葉を失った。
まさか、これを倒さないといけないのか。そもそも戦いになるのか。
そんな情けない考えを抱いてしまった。
不安そうにしていたのを察して、アストラが宣言する。
「私が戦う理由は三つ。
一つ、両親がもう大丈夫だと、安心して新たな人生を謳歌できるよう、勝ち続けなければならない。
一つ、祝福を与えてくださった神々のご期待に沿えるよう、戦うこと。
一つ、人類の存続を憂う善良な神々の努力と嫡流の英断を決して無下にしないこと。
人の未来は予め決まっている。神によって定められた運命は変わらずとも、私達が個の生物として、神の使命を果たしたその時、戦いで新たに会得した人生を謳歌することができる。運命を決められても、生き様までは介入されない。抗いの象徴に、神を相手しよう」
星の天使アストライオスが権能だけでなく、存在意義そのものをアストラに譲渡した。天使の了承を得て、アストラは極致に至るため、権能を開花させた。
アストラは、星の水面を打つ。
『アルタイルの星彩。キロノヴァの玉輪。
ヴォア・ラクテの紅炎。グラン・シャリオの冠。ヘリオスフィアの朔望。
流星閃く銀河は、文明の変革を促す。
宇宙は如何なるものも、許容す。
宇宙の拡がりは、如何なるものも拒絶する』
星掲げるは、存在意義。
『デウス・エクス・マキナ=プルーラリズム』
星演じるは、神を呼び起こす呪文。
『―天命の哲学者』
星咲かすは、神の名。
二つの権能が大輪となる。
空間と星の権能が核融合を成し、アストラの権能は、宇宙そのものと天体を司るものへと昇華した。
星の権能サフの真髄を開花した証に、かの権能を構築する全ての神々の象徴が、アストラの肉体に、紋として刻まれる。だが、外見は一切変わらない。アストラにとって、家族の遺伝子を大いに引き継いだ全てを変化させる意思はなかった。
勿論、アストライオスも彼女の意思は理解している。だから、彼女の背中を押す最高の言葉を掛けた。
『じゃあ、最高にぶちかまそう!』
宇宙軸が、絶大で神秘の神気で満たされる。
『これより、我が上の星は見えん。
守護者アストラ・スパティウムの名において、運命論を覆す偉業を成し遂げよう―!』
アストラの秘話
誕生日は一月七日、誕生星はデネブ【大器晩成】を意味します。
アストラは星と天体を司るあらゆる神に祝福され、産まれることを切望させれていました。彼女が産まれる直後に、アストライオスは赤子であったアストラの守護天使になり、成長を見守っていました。空間技術を扱う貴重な人材に成長し、七洋の特異点存在であるルシファーを同じ分野で感化させる存在になっています。
神に祝福されたとは言っても、神が彼女の運命を定めていなくても、アストラは、ヴァイスとステラの子供として産まれていたと思います。才能と能力の継承に関係なく、優れていなくても、ヴァイスとステラは、アストラを大切な子供として愛していました。神はあくまでも、この親子関係を確実なものとして定めただけです。
アストラとしての成長過程と困難は変わらず、ステラはレヴィアタンの策略で殺され、ヴァイスは娘が空間能力で影響を及ぼす範囲を極力抑えるために犠牲にします。アストラは監獄で自責の念に駈られていましたが、家族の平穏と娘を思う両親であるからこその行動だと、ギハラが諭すと、自分にできることをやり遂げると決意し、戦場に立ちました。
それは神の描いたシナリオに合流し、運命は定まってしまいましたが、大戦後の運命は自分で切り開く新たな野望を持っています。
ヴァイスと共闘するまでは、自分が父の大切な人を奪ってしまったと思い込んでいましたが、最後、父ヴァイスが道を切り開いてくれた行動に、親子の関係が健在であることを認識し、ヴァイスとステラが誇れる娘として、戦いたいとセアに打ち明けました。




