79話 星寓・ルシファーの痛み
地上宇宙は十の海で構成されている。十の海には、数えきれないほどの星があり、惑星国家が建国された。宇宙空間があり、生身での生存は不可能。そのため、専用の戦艦に乗って、星から星へと渡る。
戦艦から覗く宇宙空間の星々は、広大であり、全体像を見れば歪な形をしていることもある。だが、星に降り立てば、星一つの広大さは忘れてしまう。夜空を眺めれば、黒に染まる宇宙空間と、点在する星々が輝いて、美しい風景を映し出す。
壮大さと神秘を併せ持ち、一つの生命体である星に、人類も神も敬意を抱き、その分野には触れてこなかった。あっても、星の構成を知り、名をつける程度。ある種の禁忌。だが、その禁忌に踏み込み、星ひいては宇宙を専属の武器とする二柱の神と、一人の人間がいる。
原初神三十二柱に数えられ、宇宙そのものを創造した原初神全の一。
始まりの星々の概念を持つアトゥム神を除いた一柱と一人が、相対する。
神々の居住区天界宇宙と、人類の住まう地上宇宙は異なる宇宙である。二つの宇宙は横に並んでおり、一部分が融合し、二つの宇宙が一つの宇宙のように繋がっている。その融合部分は、神と人類の文明が混在する未知の場所。大地と天、海洋の接続点である宇宙の開始点、別名臍と呼ばれる。正式名称は、宇宙軸。
一基準など些事である。それゆえに、神姫の黙示録の条項が該当しない無法の地。ここで、行われる星々の殺し合い。
淡桃色の目と髪を靡かせる見目麗しい女。深い紅のリップを引いた魅惑的な女。全身に入れ墨を施した野蛮さが垣間見える。百六十センチメートルくらいだろうか。小柄な体系には似つかわしくない巨大なウォーハンマーを持つ女。
紅帝族序列七位夜の一族長ライラの側近であり、人類随一の空間技術を保有する最高戦力守護者アストラ・スパティウム。
それに対する神。
檳榔子黒のドレス、金のフリル、蝶の刺繍が小さくだが施されている。ハイヒールを履いている。編み込みの錫色が風に靡く。紫の瞳に、人間が映らない。
七洋の一柱である星神玲瓏のルシファー。
大戦が始まって、早々に勃発した星を冠する傑物同士の戦いは、既に五日と繰り広げられていた。宇宙軸に存在する星々が破壊され、その総数は優に四十個を超える。星々の破壊がされてなお、戦いに進展は見られない。似通った能力ではなく、権能対象が天体であるために継続する相性のない戦い。もしかすると、この戦いは永遠に続くのかもしれない。
「ふざけるなよ」
アストラが毒素のこもった暴言を吐いた。ウォーハンマーを振り上げ、空間そのものをぶっ叩き、宇宙軸を揺らした。ぐらぐらと大地震が、宇宙軸に暴発する。星々の軌道が大きく歪み、衝突し、星エネルギーが爆発を引き起こし、隕石を降らす。
ルシファーは黄金に輝く杖を掲げ、隕石の雨を己の支配下に入れた。直線に駆ける隕石の根幹を意のままに操作し、アストラに向けて、再度放った。
正面から駆ける隕石に動じることなく、アストラは淡桃色の瞳で見つめ、粉砕した。反撃する隙を与えず、同時並行で宇宙空間を屈折していた光を集約して、アストラに放った。目を焼き尽くす白光の閃光が屈折を繰り返していく。ハンマーを振りかざして、破壊を試みようとしたが白光の閃光は威力を失うことなく、屈折する。アストラは仕方なく、星を動かし、盾代わりにした。彼女の判断で、星の盾と衝突した白光の閃光が威力を喪い、光は四方に散乱した。
『埒があきませんね』
ルシファーが口を開いた。出会った瞬間、星々を操作した戦いが幕を開けた。言葉は交わさず、ただただ殺戮を本能に、星を慮る神と人の戦い。平行線を脱しようと、神が言の葉の力を借りた。
アストラはハンマーを下ろした。
『初めて、空間を裂いた戦いができた。よもや、星を操る道化のような戦士と同じ土俵で戦えるとは…元祖に勝る人類一の空間技術の持ち主。実際にやり合ってみないと、結果とはわからないものだ』
「また、元祖か…」
アストラはうんざりした様子で、星を眺めた。
「私達は領土を狙って、争いを繰り返していた。やれ先住民だの、移民だのと人種紛争の、種を作った。
紅魔族、明帝族、紅帝族、純紅魔族、純明帝族、混血。視えない血で人類を区分し、意味の分からない侵略を繰り返した。そして、今も醜い争いを選んだ。それが仕組まれたものだと、疑いもせず!」
激昂した圧に当たったルシファーは悟った。
『知っているんですね』
「…ギハラから聞いた。獄中でな」
アストラは神々の監獄に収容されていた時のことを思い出す。そこで知り合ったギハラという素性の分からない漢と暇つぶし程度に話をして、神と人類の関係を知ることとなった。
『アザトース様は人類に興味はない。カオスさん以外どうでもよかったんだ。
でも、カオスさんが子孫神に飽きたらず、人類を創造し、教育しようと提案した。荒れ狂った当時の地上宇宙を鎮めるため、また神でない対等な種族を創り、文明を発展させる宇宙の調停者としての仕事だった。それは原初神三十二柱の課題となった。
神と神獣、異形の天界宇宙で人類は創造され、原初神の教育を受けた。カオスに愛された人類にアザトースは嫉妬した。皆殺しにしてやりたかったが、自ら秩序を乱してしまえば、カオスと離れる可能性もあった。だから、原初神の生んだ明帝族に対抗する人類紅魔族を創造した。
人類同士の殺し合いに、神は介入できない。道理がない。アザトースはそれを狙った。だが、人類とはおかしなものさ。神に教えられても、予想外の思考を持つ。人類で一番最初に予想外な行動をしたのが、のちに明帝族リーダーとして降り立つイアシオンだった。神は自我の確立に喜んだが、アザトースは、もしかしたら二つの人類が共存し、殺し合いを止めるかもしれないと懸念した』
『…!』
『殺しを継続させるために、殺しを生み出すために、どちらの人類にも戦わせる理由を作る必要があった。いづれ、明帝族を利用し、全ての人類が殺し合う凄惨な現実を生み出すために、アザトースは八人の嫡流に血を分け与え、嫡流の教えを継ぐ嫡流を含んだ元祖という殺戮集団を造ろうと考えた。勿論、元祖が揃うのは時の運さ。長きに渡る役目を果たさせるために、アザトースは嫡流に存在意義を創った。
長男ノーヴァに女神を宛がい、惚れさせた。その女神が地上宇宙で死に、ノーヴァは女神を生き返らそうとした。七洋を利用して、禁忌とされる明帝族を用いた蘇生法を伝授した。女神に会いたい一心のノーヴァは、アザトースの思惑が分からなかったわけじゃない。決して理性が残っていなかったわけでもない。ただ、愛しのママ・キリャ神と話をしたかった。
神が喜んだ自我と予想外の行動をうまく利用した。その後も、嫡流に深い動機を与え、戦う理由を作った。目論み通り、ノーヴァは弟妹を明帝族と争わせた。元祖の中で、明帝族に味方し、混じり、紅帝族という新たな人種が出来ても、異種族の排他という名目で戦争は続いていった。
人類がどう進化しようが、戦いからは逃れられない。神に仕組まれたものであろうが、神の野望に近づいてしまおうが、戦いは続いていく。
戦いの継続にある人類同士の殺し合いを、無意識のうちに担っているのが、クヴァレ帝国を建国させた紅魔族の頂点元祖だ。そして、クヴァレ帝国を悪にするために、紅帝族に酷い仕打ちをする。紅帝族は妬み、元祖を殺そうとする。そうすれば、両人類は一生相容れない。感情と利害が一致せず、悪意がぶつかり合う。この戦いが終わっても、残ってるものはない。何もなくなった人類を最後に滅ぼす。たった一柱の神が嘲笑うだけだ』
『子孫神が滅ぼされたのは…』
『カオスの思考が向かないためさ。カオスは愛する子孫神を殺されて絶望し、戦いを放棄した。原初神は幽閉され、アザトースと七洋が天界宇宙を支配した。残る人類はいつか滅ぼされる。アザトースが存続を許した人類以外は、誰かの手によって殺される。美しい宇宙が壊されてしまう』
蝋燭の仄かな火だけが頼りの獄中で、初対面にも関わらず、宇宙の真相を語るギハラという男の本心を聞いた。
『アザトースは人類の自我と予想外の行動を利用した。なら、こっちも利用してやらなきゃ悔しいだろ?』
『貴殿が姐殿の判断で獄中にいるのも、貴殿が大人しく従って表舞台から姿を消したのも、神に一泡吹かせるためか』
アストラが、ギハラの現状の理由を理解した。彼は微笑んで、交渉してくる。
『このままやられっぱなしな上、君が出来損ないだって蔑まれ続けるのは割に合ってない。セアから話は聞いてる。戦い方も教えるし、君を守護する天使の使い道も伝授しよう。君に最適な相手は、セアが用意してくれる。最上の舞台が待ってる。
でかいの一発やってくれるだろ。外界の守護者。星を紡ぐ星座。全ての星の異名を恣に。
星に愛されたアストラ・スパティウム』
アストラの背後に、一柱の天使が現れた。奇抜な風貌の、青々とした髪の天使。星と宇宙のオベリスクを道具として扱う奇妙な天使。
夜の一族は天使に愛された一族であり、一族を統括する上の立場の者となれば、一柱の天使を従えている。契約は守護対象の寿命が尽きるその時まで。
「神に咆え面をかかせる時だ。幾星霜の屈辱を共に返してやろう、アストライオス」
『主人』
アストラと永劫の契りを結ぶ星の天使アストライオスは機械的な口調だった。天使の風貌と星という言葉に、ルシファーは思い出す。
『誰かと思えば星空の神アストライオスではありませんか。失敬、元ですね。ゼウスを筆頭にした子孫神の一柱。殺される寸前に逃げた臆病者が、まさか人間に力を借りなければ戦えぬとは。実に汚らわしい』
『極点の翼の温情で天使になった。暁の女神、明けの明星神、宵の明星神、星の女神アストライア。アザトースに滅ぼされた星の神々の魂を集め、我の蘇生の一助にした。我が主アストラは人類における星の守護者であり、神々における星の象徴人である。
二度落とされた星神が、大層な口を利ける相手ではない』
アストライオスの無礼な妄言に、ルシファーは殺意が芽生える。
『同じ星を司る相手ですので、私の養分にして差し上げようと救済措置を用意していたのですが…星屑にしてやります』
杖を掲げ、宇宙軸全土に権能を発令した。宇宙空間を漂う宇宙の塵を結集させ、無尽蔵の隕石を形成した。そして、宇宙空間に放たれた光を集め、圧縮する。数えきれないほどの高密度超高温な光線を的を定めずに放った。
塵の隕石は、片っ端から破壊を始め、光線は星を焼き尽くし、溶岩を生み出す。広大な宇宙軸とはいえ、重力の法則が崩れた異質な場所。そのため、地上での物体の動きが適用されず、莫大な塵や溶岩が浮遊し、足場が安定しない。いや、足場という足場はない。立っているという自覚を常に持っていなければ、底無しの宇宙軸を彷徨い続けることになる。ルシファーの放った一撃の連続で、宇宙軸に現存する星が崩れ、標的を定めず飛んでくる。
『主』
「うん」
全ての星が壊れてしまう前に、アストラは権能を目覚めさせた。彼女の左目に赤の薊の花が咲くと、空間が僅かに膨張した。次に茎や葉が顔全体に巻きつくと、彼女の背後から蔦のような形状の靄が宇宙空間を取り巻いた。茎から色とりどりのアザミが咲き乱れると、充満した靄が媒介となり、宇宙空間を彷徨っていた溶岩と塵を結合させ、新たな星を作り出した。アストラはルシファーのいる空間の座標を指定し、空間そのものを破壊した。
『化け物がっ…』
間一髪回避したルシファーは、背後に周り、権能を作動させた。
七洋星神玲瓏のルシファーは太陽光操作に基づく光の操作を得意とするが、元来、かの神の扱う対象は星である。恒星・惑星・衛星全ての星エネルギーを操作する。
アストラが再構築した星の持つ制御不可能なエネルギーを支配し、光に変換した。燦爛と光り輝く光の檻を構築し、アストラを包囲した。アストラが見上げた。頭上に巨大な光柱が、燦然とその存在を発揮していた。光柱の輝きは強大で、光は皮膚だけでなく骨の髄まで燃やすような、攻撃に満たない厄介な効力を持っていた。
冷徹な紫の瞳が見下ろす。
『光の鉄槌』
杖を振り下ろし、光柱を落下させた。檻に閉じ込められたアストラは直撃し、音もなく消された。骨さえ残らなかったことに、ルシファーは満足した。だが、
「檻の中は相も変わらず退屈だな」
更に頭上から、聞きなれた声がした。驚いた神が見上げると、そこには先程焼き殺したはずの人間が、アストラが悠々と宇宙軸を浮遊していた。神は目を疑った。
花は枯れず、ただ意固地に馨しい薊を顔に咲かす異端の女が、忌々しくも第二の権能を発動させている。深い紅のリップを引いた女が言った。
「禁忌を侵そう」
アストラが自覚した権能”空間”は、空間を変幻自在に操る権能である。また、彼女は母である”星”の元祖ステラから才を受け継いだ。”黄道”の真骨頂は記憶の空間化である。
アストラは自身の権能と”黄道”を組み合わせ、神に侵されない空間能力を手に入れた。だが、ただ単に能力を手に入れたからと言って、守護者に選抜されるわけではない。彼女が持つ高い空間把握能力と座標演算能力であった。オベロンが人類随一の頭脳を持つ人類であるならば、アストラは人類奇才の頭脳を持つ人類である。
そして、アストラは外界的に結んだ契りで、もう一つの権能を有している。それが星の天使アストライオスの権能である。通常、天使は己の名を基にした能力を神気を介して発動する。天使であるアストライオスも例外ではなく、神であったころの権能を維持することは不可能である。だが、アザトース神に敗れ、存在が滅亡する寸前、原初神極点の翼の了承を得て、天使として蘇生された。多くの神々の権能が合わさったことで、星空を司るだけの権能が、星そのものを司る権能へと昇華した。莫大な力を誇る権能は、天使でありながら、神の権能として保有することを許された。
天使アストライオスの存在意義は、宇宙の四方を支える。
権能の名は、サフ。エネルギーだけでなく、星そのものを操作する能力である。
第一の権能”空間”と、第二の権能サフ。二つの権能を高い空間把握能力と座標演算能力で最大限発揮することができるのは、宇宙の片隅を探しても、アストラしかいない。
アストラの周囲に、八芒星の半透明な石碑が形成されていく。これは二つの権能を同時発動させた時に生じる媒介する神気が具現化したものだ。石碑は霧散し、塵芥となり、宇宙軸を漂う。神気で空間の形を見定め、脳で立体化し、空間に点在する星々の特長を把握した。把握した星々の座標を検出し、融合地の座標を設定し、得意の演算能力で、星の移動距離と自転速度を合わせ、同時結合を実現した。
(星が…)
アストラが操作した星々が衝突し、急速に星のエネルギーが失われ、爆発を引き起こした。爆発の直前、アストラは数多の中心核を保護し、それぞれをまた結合させた。中心核は核融合を繰り返し、強烈な重力が働いた。周囲のガスを吸い込み、急成長を遂げ、核融合を繰り返していくと、中心核はやがて一つの黒い星になった。黒い星は極限の密度を誇り、見えないはずの特異点が手招きをしているようだった。
ルシファーはここに来て、同じ星を司る競争相手だと思った人間が、自身と相性が最も悪い相手であることを悟ってしまった。
(ブラックホールを人為的に創りましたか…!?)
正直、驚いただけではない。宇宙の神秘の一片に触れることができたルシファーは深く感銘を受けた。
『はは、貴殿は星などと貧小なものを司っていたわけではなかったのですね!』
「光の操作に長けた神。光さえ脱出できないブラックホール。皮肉が過ぎるな。味わうが良い」
どこか喜んでいるルシファーに対して、アストラはハンマーを振りかざした。神に容赦なく、ブラックホールを直撃させた。
「神聖幾何学立体=コラプサー」
星に愛された夜の一族副長アストラ・スパティウムは、神秘の二つ名を冠する。
―曰く、大破の天文者




