第八話 おかえり
リナがこちらの世界の言葉を覚えるので、これからはこちらの世界の会話は「」。日本語が『』になります。
朝食の後は、自分の持っていた学生手帳に今まで聞き取ったこちらの言葉をまとめた。
エレーヌは私の手帳やペンに興味津々だった。
言葉を早く覚えるために、発音は一度彼らに読んでもらって、スペルも書いてもらった。その横にカタカナで発音や日本語で意味も書き出した。これまで覚えた挨拶や、単語も書いたら小さい手帳は文字で埋め尽くされた。
その間、リアムはどこかに行っていたので、仕事か何か用事なのだろう。
エレーヌも朝食を食べたあとは家を出て行った。
「リアムが帰ってくるから、家に、いてね。どこにも、行っちゃダメ!わかった?」
「わかった。家、いる。大丈夫」
心配なのか何度も振り返る彼女に「いってらっしゃい」と手を振って見送った。
エレーヌは学校か家の行事だろうか。少し心細くなったが勉強を再開した。
日が真上に登った頃、ひとり黙々とダイニングテーブルで勉強していると鐘が鳴り響いた。
お昼の時間のようだった。
眩しい太陽を見上げて、少し遠くに見える街並みを眺めた。
エレーヌは私が勝手にどこか行かないか心配しているようだったけど、言葉もろくに話せない異世界で出歩こうとは思わなかった。
しばらくしてリアムが帰って来て、嬉しくて『おかえり』と日本語だが笑顔で出迎えると、少し目を見開いた彼は「ただいま」とこちらの言葉で言った。
お昼ご飯はパンに野菜とハムを挟んで食べた。こっちの世界のサンドウィッチのようだ。
昼食後には数字を覚えようと手帳を開いた。するとリアムが一冊の冊子を渡して来た。ペラペラめくると何も書いていないノートのようだった。
「やる。好きに使え」
ぶっきら棒に言うので、彼がノートをくれたと理解するまで数秒を要した。
「リアムありがとう!私嬉しい。使う!」
満面の笑みで彼を見上げてお礼を言うと、リアムは少し居心地が悪そうにすぐ横を向いた。イマイチ表情がわかりにくい彼だが、照れているようだ。
「わかった、わかった」
そう言って少し乱暴に私の頭をくしゃくしゃに撫でた。
早速、数字を覚えるために貰ったノートに書いていくが、この世界の数字の読みは少しややこしかった。
先ず、10以降(11〜16)にも個々の読み方がある。例えば英語の11(イレブン)のように。
日本の11(じゅう、いち)のような10の位と1の位を並べて言わない。ただ、17、18、19は日本と似た17(じゅう、なな)という言い方をするらしい。
日本だと20、30も(に、じゅう)(さん、じゅう)と言うだけでいいが、この世界の20、30、40、50、60も個々の読み方があるようだ…
そしてなぜか70以降は70(60+10、ろくじゅうとじゅう)となる。
ノートに70まで書いて、残りの数字はまたの機会にしよう、と半ば諦めてノートを閉じたところでリアムが話しかけて来た。
「俺は今から出かけるが、エレーヌがまた来る。いいな、ここにいろ、家から出るなよ」
朝、出かけて行ったエレーヌと同じように、動くなと手でジェスチャーしているリアムの目はエレーヌのそれと同じく心配そうだった。
2人の心配する顔がそっくりだったので、やっぱり兄妹だなぁと笑った。
「大丈夫。私、ここにいる」
心配気な彼に伝わるようにジェスチャーで返事をした。
彼の言ったとおり、しばらくしてエレーヌが帰って来た。
『おかえり』と言うと、彼女もリアムと同じように「ただいま」と言った。
「ただいま」「おかえり」
エレーヌはお互いを交互に指差しながら言ってくれた。
これで、こちらの世界のただいまと、おかえりもわかった。
今度リアムが帰ってきたら「おかえり」と言おうと、何度も頭の中で復唱した。
「そうだ、リナ、それリアムの服でしょ?私のだけど服と寝巻きと、使っていない下着も持ってきたよ!」
エレーヌは持って来た紙袋から女物の服を数着出してきた。
「エレーヌ!ありがとう!大好き!」
なんて気が効く子なんだ!と私は彼女に抱きついた。
「あはは、大袈裟だなぁ。どういたしまして」
それからはエレーヌの着せ替え人形だった。
彼女の洋服は、淡い色や、フリルが多かったが、中でも1番シンプルなAラインの赤いワンピースを彼女は推して来た。
「あ、それやっぱりリナに似合うと思った!私には丈も少し長かったから、あまり着なかったの」
今日はそのままその服を着ることにした。
ついでにリアムが居ないうちにと洗濯をした。さすがに下着を干したままにはできない。
夕飯までの時間はエレーヌが名詞の勉強に付き合ってくれた。
「てーぶる、いす、といれ、おふろ…」
物を指差して、エレーヌに発音してもらいスペルを書いてもらう。その横に日本語で発音や強弱のポイントも書き込んでいく。
覚えやすいように、簡単な絵も単語の横に書いた。
粗方、部屋の目につく物の名前を書き出した頃、夕方の鐘が鳴り響いた。
オレンジ色に染まる夕暮れどきの空を眺めながら鐘の音を聞いていると、昔、町内に流れていた「夕焼け小焼け」を思い出した。
どこも同じだな〜と懐かしく思いながら夕焼け空に響く鐘の音を聞いていると、リアムが帰ってくるのが見えたので手を振って「おかえり」と言った。
彼は少し目を見開いて驚いていたが、間を開けてから静かに「ただいま」と言って、私の頭をくしゃりと撫でた。
リアム 無口な男だなぁ(´-ω-`)




