第九話 ここにいて
夕飯の時にエレーヌは唐突に聞いて来た。
「リナは歳いくつなの?」
「とし?何?」
「私は14、リアムは23よ」
今日必死に覚えた数字をエレーヌが言った。
これはもしや、年齢を聞いているのだろうか?
この世界の1年がわからないが「18」と言うと、2人とも同じように目を見開いてこっちを見た。
エレーヌに関しては口をあんぐりとさせて「同い年くらいかと思った…」と言っていた。
2人の反応に、やはり日本人は幼く見えるのかと苦笑いした。
夕飯の後は、覚えたら何かと便利な動詞を勉強する事にした。
「食べる」「飲む」「書く」「寝る」「起きる」と、思いついたものをジェスチャーで聞いていく。
ジェスチャー当てゲームのように2人で楽しく言葉を覚えた。
時間が過ぎるのは早いもので、外が暗くなった頃エレーヌが帰らなきゃと言い出した。
リアムも一緒に外に出ようとしていて、昼間は平気だったのに暗い外を見て、一人残されることに急に不安になった。
「リアムも行く?私ひとり?」
「エレーヌを送っていくだけだ。すぐ戻る。リナは先に寝ていろ。外には出るなよ。わかったな?」
「わかった。家から出ない。リアムを待つ」
そう言って手を振って送り出したが、不安で2人が見えなくなるまでずっと見送った。
シンと静まりかえったリビングに一人になって、不安でしばらくソワソワしたが、お風呂を先に済ませておこうとお風呂場へ向かった。
お風呂から上がったが、彼はまだ帰ってきていないようだった。
少し眠かったが、リアムの帰りを勉強しながら待とうと、ダイニングテーブルにノートを広げた。
パラパラとノートをめくる。
今日で挨拶、名詞、動詞、数字を書いたノートはもう1/3を埋めていた。
こんなに書いたり、読み上げたりしたのはいつぶりだろう。
英語の授業では発音は苦手で、聞き取りなんてもっとダメだった。と高校での日常を思い出した。
試験前に徹夜したのがなんだか遠い昔のように感じた。
そして、あるページで手を止めた。
自分で書いた黒い狼の絵。
今日はあの子を一度も見ていない。今日は来るだろか?
ペンを手に取りその狼の周りを円で囲って勉強を再開した。
日常会話のために発音を覚えようと、自分の絵と横に書いた発音と日本語の意味を何度も繰り返し声に出した。
しばらくして少し一息つこうとテーブルに右頬をついて、そっと目を閉じた。
今日こそリアムに今までのお礼をちゃんと言いたいと彼の顔を思い浮かべた。
彼は突然降って湧いた私をどう思っているのだろうか。いつまでここに居ていいんだろう。怖くてずっと聞けないでいたが、彼は迷惑に思っているだろうか。
ズキリと胸が痛んだ。
彼に頼りすぎている。早く自立しなきゃとノートに向かおうとするが、思った以上に疲れていたようだ。
ノートを広げたまま、ダイニングテーブルに突っ伏して、吸い込まれるように眠りに落ちていった。
………………………………
しばらくして帰って来たリアムがダイニングで寝ているリナを見つける。
広げた彼女のノートを手に取ってパラパラとめくる。
今日1日、沢山書いて、聞いて、拙い発音で復唱するリナの姿を思い出す。そして、ノートの端に書かれた黒い狼を見つける。
しばらくその狼の絵を見つめた後、スッと指でなぞった。
ノートをそっと置いて、寝ている彼女を起こさないように抱き抱えて寝室に運ぶ。
ベッドに下ろして顔にかかった髪を払ってやる。
『行かないで』
何かを言ったが、彼女の国の言葉だろう。意味はわからなかったが、覗き込んだ彼女は起きてはいないようだった。そして一筋の涙がこめかみを濡らしていることに気づく。
指の背でそっと涙を拭う。
この世界に来てからずっと不安だっただろう。明るく笑う彼女と不安げに揺れる黒い瞳を思い出す。
『ひとりにしないで』
また彼女が小さく呟いた。
「大丈夫だ」
そう言って頭を撫でた。
「ここにいて」
こちらの言葉を言った彼女にビクリと手を止めるが、目を瞑る彼女からは規則正しい小さな寝息が聞こえてきた。
「大丈夫だ。ここにいる」
ちょっとリアム目線。
やっとヒーローらしくなったかな(^^;;




