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20 『虎志譚々』



 有栖川と共に地下情報室を目指していた。

 伽々里さんから聞いた話では、地下情報室へと続く階段は中央階段の真下にあるらしい。

 そんな話は一度も聞いたことがなかったが、ついてみれば壁の一部が横にスライドして開いていた。

 中を覗き込めば真新しい足跡が残されていたため、ここだろうと確信を得た俺と有栖川は狭く暗い螺旋階段を下っていく。


 最後の段を下り終えと俺たちをセンサーが感知し、のっぺりとした白い扉が静かに開いた。


「……学院の地下にこんなとこがあったとはな。SFかよ」

「国営の学院に隠された地下……いかにも怪しいですよね」


 リノリウム張りの廊下は長く長く終わりが見えない。

 天井のLEDライトが過不足なく照らし、外と変わらない空気が満ちる空間は地下であることを忘れそうだ。

 人気(ひとけ)はないものの、薄っすらと多数の足跡が奥へと続いている。

 ここへ先に侵入している『皓王会』の連中か、あるいは。


 なんにせよ、ここで立ち止まっている場合ではないか。


「考えのは後にしよう。今は侵入者にデータを盗まれないように最速で追うことが最優先だ」

「わかっています。行きますよ」


 学院が襲撃を受けてから結構な時間が経過しているため、猶予はそこまでないと考えて動くべきだ。

 異能強度で引き上げられた身体能力を最大限に活用して廊下を疾駆する。

 側面の扉のセンサーにかかって開くよりも早く足跡を追ってかけていく。

 証拠隠滅も疎かなのは急いでいたからか、単にばれても問題ないと思っているのか。


 おかげで俺たちが追跡できているので感謝しかないが。


 足跡を追って右へ左へ。

 迷路のような地下情報室を駆け抜け、遂に閉ざされた大きな扉の前で足跡が途切れた。


「ここか?」

「そのようですね」

「どうやって中に入ろうか……見たところスイッチもなさそうだし」

「万能のマスターキーがあるじゃないですか」

「そんなのどこに――って、まさかっ」


 はっとして有栖川を止めようとしたときにはもう遅い。


「——『剣刃展開(ブレード・オン)』」


 有栖川が唱えると、虚空から銀色の細かな刃が花弁のように周囲に咲いた。

 無数の銀片が渦を描いて寄り集まり、一振りの大剣を形作る。

 大剣が大きく振りかぶり、


「斬り刻め」


 斬、と鋼鉄の扉を横に薙ぎ、途中で銀片へ姿を変えて竜巻のように荒れ狂う。

 刃の嵐が止まぬ金属音を奏でる。

 扉はシュレッターにかけられた紙のように粉々に斬り刻まれ、鋼色の粉となって床に降り積もった。


「——力はこうやって使うものです」

「釈然としねえ……」


 何もかもを隔絶した力で強引に突破するのは有栖川らしい。

 脳筋ともいうが……まあ、気にしないことにする。


 銀片が晴れて、扉の先の部屋が視界に入る。

 壁一面に並んだモニターには英数字の羅列が目にもとまらぬ速さで流れていた。

 その下のコンソールで作業していたらしい男たちが振り返り、思わず手を止めて目を剝いていた。

 まさか力技で突破されるとは考えていなかったのだろう。


 だが、


「——お前、強そうだなぁッ!!」

「っ!?」


 視界に突如割り込んできた大男の腕を咄嗟に腕を交差して防御する。

 重い衝撃が駆け抜け、後方へ大きく吹き飛ばされた。

 床に踵をこすりつけてブレーキをかけ、止まったところで正面に佇む男の全容を垣間見た。


 身長が二メートルはありそうな巨躯を盛り上がった筋肉が覆いつくす姿は熊のよう。

 無精髭を蓄えた顔は好戦的に嗤っている。

 振り抜いた腕を戻し、前傾姿勢で俺を真っ直ぐに注視していた。

 早くも目をつけられたらしい。


 実戦経験を漂わせる余裕は揺るぎない力への自信か。

 さっき殴られた腕はまだ痺れが残っている。

『│異極者ハイエンド』の身体能力をもってしても相殺することはできなかったのだ。


 これは、相当面倒なのがでてきたな。

 距離が開いた隙に場の状況を確認する。


 侵入者の数は目視で十三。

 武装は突撃銃や短機関銃、閃光手榴弾なんかの小道具も警戒しなければ。

 それと、異能も。


「お前ら、今俺が殴ったほうは俺の獲物だ。手ぇ出したら……わかってんだろうなぁっ!!」


 咆哮をあげて、大男は俺へ再び飛び込んでくる。

 ちっ……仕方ない。


『ほかのやつの相手を頼む! こいつにつきっきりになりそうだ』

『貸し一つね』

『ええ……まあいいやそれで。とにかく頼んだ!』


 インカムで分担を決めて、場が動き出す。


 複数の銃声が部屋に響いた。

 マズルフラッシュが閃き硝煙を散らす。


 狙われている有栖川も異能で応戦する。

 銀色の刃がヴェールのように有栖川の周囲をぐるぐると周り、銃弾が体へ届く前に鉄粉へと姿を変えていた。

 こちら側には時折流れ弾が飛んでくるが気に留める必要はない。

 小細工で無力化することも出来るが大して痛くないのでガン無視。


 それよりも、この男をどうするかだ。


「うらああああああああああああああああっっ!!!!」


 拳の乱打。

 一撃の重さが変わらないとすれば、受けるのは得策じゃない。


「『隔壁(セパレイト・ウォール)』」


 重力を圧縮して疑似的な壁を作り、拳を受け止める。

 男は不可思議な感触に一瞬だけ眉根を寄せるも、


「おもしれえ、そうこなくちゃなあッ!!」


 一層笑みを大きくして、


「『虎志譚々(ティガーズ・テイル)』」


 そう呟いたのを皮切りに男の身体が目に見える変化を遂げる。

 上半身の服が破れ、露になる斑模様の毛皮に覆われた肉体。

 筋肉が隆起して常人ならざるほどに肥大化したそれは、野生動物を想起させる調和のとれたもの。

 鋭く伸びた両手の鉤爪を研ぎ合わせ、


「——いくぜ」


 縦に長い瞳孔が、俺を射抜いた。



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