19 骨の髄まで理解らせてきます
武装した警察部隊に護衛されながら、俺たちは学院の大講堂へと辿り着いた。
大講堂には既に他の場所にいたであろう生徒も集まっている。
静香さんが異能訓練に参加していた生徒の名簿と照らし合わせて確認したところで、
「よし、全員揃っているな。勝手に外へは出るなよ。まだ安全が確認できていない」
浮足立たないように警告を残して静香さんは報告へいった。
しばらくして戻ってくると、
「有栖川と京介はいるか?」
「ええ、ここに」
「いますけど……」
「そうか。お前たちに話があるって人が来てる」
その言葉で俺と有栖川は疑問を抱きながらもついていった部屋に入れば、そこには。
「――伽々里さん?」
「あっ、来ましたねっ! 二人とも無事で何よりです」
ニッコリと笑みを浮かべる小柄な女性――伽々里佳苗さんが俺たちを呼びつけた本人だったようだ。
同時に突入へ時間がかかったことも納得する。
伽々里さんの異能『世界観測』で未来を視るための演算時間が必要だったのだろう。
「……それで、用事とは?」
「えーっとですね、まずは学院の現状についてお話しましょうか。現在、九割がたの制圧が終了しています。全生徒が無事に大講堂へ避難するのも時間の問題かと」
「残りの一割は」
「それについてです。学院へ侵入した『皓王会』構成員の残党がいるのは、学院が存在を秘匿している地下情報室。学院って国営ですので、都合のいい隠れ蓑なんですよ」
「……そんなの初めて知った。調べ物は『異特』のデータベースで事足りるし」
「お二人が知らないのは無理もありません。一応国家機密ですから。入るには特殊なキーが必要とのことでしたが、学院長でも脅して手に入れたのでしょう。そこには最新の異能研究に関する世界の情報が詰まっています――当然、京ちゃんに関する情報も」
……そりゃ拙いな。
異能者の極地『異極者』の情報ともなれば、希少性は言うまでもない。
普段は『異極者』であることを隠している俺の事情まで発覚すれば、平穏な日常が脅かされるのは確かだ。
他ならぬ自分のせいで他人に危険が及ぶのは流石に見過ごせない。
「俺と有栖川に残党の処理を任せたい、と?」
「そうです。私は『異特』からの応援として、こっちでの役目を果たすまで動けません。今頼れるのは二人だけ。……京ちゃんが表で動きたくないのは知っています。ですが、どうか」
「……わかりました。今回は自分のためでもありますし、仕方ないですよ」
「私もいきます。身の程知らずの馬鹿達が二度と抵抗しようと思わないように骨の髄まで理解らせてきます」
「別にそこまでしなくてもいいんですけどねー。……お願いですから精神に傷を残すようなことはしないでくださいよ? 身体の傷はともかく、心の傷を癒すには時間がかかるんですからね?」
伽々里さんの心配に吹き出しそうになるも、有栖川の刺し殺すような視線に射抜かれ息を詰まらせた。
女子高校生が出していい殺気じゃないだろそれ。
どこの暗殺者だよ。
運動場で抵抗出来なかったのは仕方ないとはいえ、殺意が高すぎやしないだろうか。
ただまあ、この様子だと心配は要らなさそうだ。
「……その気持ち悪い笑みを引っ込めて下さい。不愉快です」
「悪いな気持ち悪くて」
「では決まりですね! あ、二人ともこれを」
伽々里さんは背後に置かれていたトランクを開けて漁り、小さく丸められた何かを二つ取り出した。
それを俺と有栖川へ一つずつ手渡す。
なんだ、これ。
そう思ったのは有栖川も同じようで、ゴムっぽい手触りの何かをマジマジと見つめている。
「それは最近開発された全身式コンバットスーツです。肉体動作を妨げることの無い特殊繊維で作られています。学院生徒なのがバレないようにと持ってきてみたんですよ。顔はこっちのお面で隠してください」
続けて受け取ったのは右目だけが露出するデザインの黒いペストマスクだった。
厨二心が擽られるやつじゃん。
有栖川は仮面舞踏会で見るような目元だけのものが配られている。
「そっちは普通のやつなので、防御性能とかは期待しないでください。あ、あとインカムも渡しておきますね。会話の時は万が一外部に聞かれてもいいように京ちゃんがアルファ、あーちゃんがベータと名乗ってください」
「わかりました。なら早速着替えるか」
「女性の前で堂々と着替える宣言とは遂にド変態の領域へ達してしまったのですね。軽蔑します」
「誤解だろっ!?」
言葉が足りなかったのは認めるが、結論を出すのが早すぎる。
何はともあれ、隣の小部屋で順番に受け取ったコンバットスーツへ着替え終えた。
肌へピッチリと張り付くような仕様のため、身体のラインがそのままに浮き出るのは落ち着かない。
ペストマスクも装着し、インカムをつける。
準備は万端だ。
元の部屋に戻ると伽々里さんがにっこりと笑って、
「二人とも似合ってますよー。というか、あーちゃんが妙に……その、スタイルが際立っているというか、端的にいってグラビアさん並です」
伽々里さんが俺の隣で髪を直している有栖川を見て、「はわわっ」と仄かに頬を赤らめながら呟いた。
一方で本人の有栖川は身を包む黒いコンバットスーツを見下ろしながら、不満げに頬を膨らませながら口を開く。
「……伽々里さん。これをデザインした不埒者は誰ですか。頭が煩悩だけで出来ているのでは?」
「それはないだろ。機能は十分なんだから文句は言えない」
「黙って貰えませんか? それと私の胸へジロジロと不躾な視線を送るのはやめて下さい。行方不明にはなりたくないでしょう?」
「例え話が怖すぎるんだよ。てか、別に有栖川の姿を貶めてる訳じゃないんだから――」
「やめて」
「はい」
即答だった。
迷う暇なんてコンマ数秒たりとも存在しない。
警報がうるさいくらいに鳴り響いていた。
これ以上口を開けば命が危ういと。
有栖川が言いたいこともわからないでもない。
実際、有栖川のそれは目に毒だ。
慎ましくも確かな存在感を主張する胸元の膨らみと、くびれの曲線美がそのままに表れている。
日本人離れした、すらりと伸びる長い脚は目の離せない魅力に溢れていて、世の男は目線を釘づけにされることだろう。
当然、まじまじと見る勇気も口に出す必要もない。
「どうして興味なさげなのよ。私の身体が貧相だから……?」
「どんな思考を経てその結論に至ったんだよ。俺のことなんかいつもは案山子程度にしか思ってないくせに」
「うるさいっ!」
「あーあ……京ちゃんは乙女心がまるでわかっていないですねー」
「俺に人の感情を察するなんて高等技術を求めないでくれませんかね。ちゃんと言葉で言ってくれなきゃわからないんですよ」
「鈍感系が許されるのはイケメンだけです。——話が逸れましたが、二人とも頼みましたよ」
伽々里さんに背中を押され、俺と有栖川は残党処理へ向かった。




