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第24話

 アンジール国の再建に向けた引っ越し準備で、城は騒がしくなった。有り難いことに、私の古参の侍女の何人かが一緒に来てくれるという。心強い限りだ。


 侍女たちが荷造りをしてくれている最中に、私は隠し通路の中の初代皇帝バエルの隠し部屋にジーンと一緒に居た。


「ジーン。最後のお願いを決めたの」

『願いは何?』

「初代皇帝バエル・レメゲトンと同じ様にジーンと契約したい」

『契約・・・』


 ジーンは少し驚いたようだった。


「これから新しい国造りをしなくてはいけない。その時、ジーンの力が絶対必要になるから」

『サミジーナ、悪魔との契約を甘く見てる』

「そうかもね。でも、新しいお城にも隠し通路は必要かもしれないでしょ?」


 ジーンは黒猫から最初に見た黒衣の女性の姿になった。


『私、先払いしか認めない』

「ここにあるバエルの秘蔵のワインはどう?」


 ジーンは諦めたようにため息をついた。


『了承。サミジーナ・レメゲトンと新たな契約を』


 私は悪魔と正式に契約した。


 出立の日。私は城を見上げた。これが本当に最後だ。


「お寂しいですか?」


 私の横に来たミシェルが問いかける。


「少しね」

「私は最初にこの城を見上げた時とは、随分違った気持ちです」

「そう・・・」

「さあ、参りましょう」


 私は馬車へと乗り込んだ。一緒に乗った侍女は、奇しくも幼少の折、要塞デカラビアへ叙勲に行った時と同じ侍女だった。


 馬車が動き出した。貴族街は人の影一つも無い。貴族たちの見送りで顔が引きつりそうになったことが懐かしい。馬車は早々と貴族街を抜けた。


「カーテンを・・・」

「閉めなくて良いわ。私はもうレメゲトン皇国の皇族では無いもの」


 私は小窓の外を見続けた。朝から働く人々。クーデター軍の移動と知ってか知らずか、物珍しそうに立ち並ぶ主婦たち。華やかに装った馬と馬車に喜ぶ子供たち。


「お別れね」

「そうでございますね」

 

 一度は、もう戻らないと思っていた城と都。戻ってきてからの波乱の日々。そして、去って行く自分。


「人生とは不思議なものだわ」


 転生して、逃げることばかり考えていた結果が新天地への引っ越しだなんて、本当に事実は小説より奇なりである。


 昔と同じように、隊列は休み休み進んだ。私はあまり外に出なかった。そして、隊列はアンジール国への旅の中で、最も緊張するであろう場所に差し掛かった。要塞デカラビアである。


 馬車の中に居ても、緊張感が伝わってくるようだった。ガードナー将軍が人格者であることも、有能な統率者であることも知ってはいるが、末端の兵が命令に逆らって攻撃してくるかもしれない。


 しかし、心配は杞憂に終わった。隊列を待っていたのは、レメゲトン皇国のシンボルである『黒翼の鷲』が描かれた旗を持った整列した兵士たちだった。先頭にはガードナー将軍が立っていた。馬車が隣を通った時、小窓から目が合った。彼は小さく頷いていた。私は目礼を返した。


 ガードナー将軍が頷いたのを見て、私の選択を認められたような気がした。少し、ホッとする自分が居た。そして、奇跡を願いながら窓の外を見ていた。そして、奇跡は起こった。


 遠くにサブノックの姿が見えた。やっと顔が分かる程度の本当に遠くだった。その距離がサブノックの心を表しているようだった。私は目に焼き付ける様に、その姿を見続けた。サブノックは微動だにしなかった。ただ、立っているだけであった。


(それでも・・・)


 それでも、嬉しかった。見送ってくれた、ただ一人の弟。


(ありがとう。サブノック・・・)


 私は静かに涙を流した。


 約2ヶ月をかけて、アンジール国の都であったレギーナに到着した。民衆は私たちの到着を、ミシェルの帰還を喜んでいた。城は戦争で壊れてしまったため、先行していた者たちが用意してくれていた屋敷に住むことになった。


「サミジーナ様にはお狭いでしょうが・・・」

「あら。私はこれでも村で農家をやっていたことがあるのよ?」


 ガブリールの心配を笑い飛ばすと、和やかな雰囲気になった。荷解きをしていると日が暮れたため、早めの夕食を取り休むことにした。


 さあ眠ろうとしたところで、ミシェルが上着を持ってきた。


「少し、外を歩きませんか?」

「分かったわ」

 

 私は上着を受け取って羽織った。そして、ミシェルと静かに屋敷を出た。


 ミシェルが私を連れてきたのは、屋敷の裏手の丘だった。丘からは眠りについた街並みが見えた。


「ここが、私たちの新たな国です」

「そうね。でも、ミシェルにとっては故郷でもあるでしょう?」

「そうですね。でも、昔と違ったように見えます」

「・・・それは、戦争で街並みが変わったからではないかしら」

「それもあるかもしれませんが・・・サミジーナ。貴女が隣に居るから」


 私はミシェルを見上げた。


「初めて『様』を付けないで、私の名前を呼んだわね」

「練習しました」


 思わず笑った。恐らく、ミシェルが本当に真面目に練習したのだと分かったからだ。


「もう一度、呼んで」

「・・・サミジーナ。私の前から消えないで」

「ええ・貴方が奪わない限り、私は消えないわ」


 ミシェルの手を握って、私は言った。


「でも、新しい城には隠し通路を作るからね」

お付き合いいただき、ありがとうございました。

この場を借りまして御礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです 逃げることをずっと思考していた主人公が切り替え、弟への贖罪と国の舵を切るところが人らしく感じました [気になる点] クーデター軍の戻った母国がほぼ詰んでいるところ 軍事力も…
[一言] よかったです。応援してます。
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