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閑話〜鎧兜の間〜

「皆の衆! 俺は有言実行する男だ。宣言通りに捕ってきたぜぇ!」


 魔界の城の中、鎧兜の間で一人の男が嬉々とした声を張り上げた。手には真っ黒の巨大な魚、ヤンバロを鷲掴みしている。その声とブツに、周りを取り囲んでいた男達は驚きまじりの歓声を上げる。


「本当にやったんですかっ!」

「正直絶対できっこないって思ってました!」

「ダグさんでもできるだなんて!」

「おうよっ! もっと俺を褒め称えてくれい」


 それとなく馬鹿にされていることに気がつかない幸せな男、ダグ・ストレムブラードは、何かを言われるたびに、そうだろうそうだろう、と得意げな顔をしてみせている。

 そんな彼に呆れ、直接的な嫌味を言ってのけた勇者がいた。名前が無駄に長いので、皆から“アス”と呼ばれている青年である。


「ダグさンの事ダから、ドうせマグれデショ」


 アスは自分の防具の手入れをしながらわざとらしいため息をついた。その後でダグの方をチラリとも見ずに冷たい口調でそう言う。

 誰がどう聞いても嫌味としかとれない言葉を、ダグは都合のいい方に解釈した。


「だろ? 御天道様が俺の味方をしてくれたんだっ」

「俺達魔界に住ム魔族ダケドネ、太陽の陽ノ光の恩恵受ケた事ナイケドネ」


 周りは笑顔を浮かべながらも、ダグに対して「こいつは救いようのない馬鹿だ」という視線を寄越したが、脳内お花畑のダグは一向に気がつかない。

 

「今夜は皆で宴といこうや!」

「あっ、じゃあ俺は酒とってきます!」

「俺はクイモジアのスープを」

「飾り用にテイヒルムの角でも!」

「バウリシュラガーでいいナラ狩っテくるケドネ」


 ダグの宴宣言に、場は盛り上がりをみせた。

 若干一名、ダグが捕ったヤンバロとは比べ物にならないほどの大物魔獣、バウリシュラガーの名前をサラリと言った者もいるが。

 わいわいガヤガヤと皆が宴についての話しに花を咲かせている中で、一人の男がダグの異変に気がついた。


「……あれ、ダグさん。服の色が黒いんで気がつかなかったんですけど、その、腹のとこの、ちょっと赤っぽいのってもしかして」

「ん? ああ、勝利の勲章だっ!」


 言いながら、ヤンバロを持っている手とは反対の手で服を捲り上げるダグ。あらわれた肌には生々しい傷口があり、そこからはまだ血が流れ出ていた。

 それにはこの場にいる誰もが驚愕し、目を見張る。


「ケガしてたんっすか!?」

「ちょ、早く手当てしてくださいって!」

「がっはっは! 平気だ、俺には神様がついてるからなっ」

「んなこといってないで!」

「そもそもその傷は、明らかにヤンバロにやられたのじゃないでしょう!」

「ハヴェルに出くわしちまってな!」

「何軽くいってんです!」

「ていうか、ダグさんなんだから逃げてくださいよ!」

「いやぁ、ちっちゃくて可愛かったから、ついな、抱き上げようとしたら牙むかれちまってよぉ」

「なんで自分から近づいたんです!」

「ハヴェルに触ろウとスルなンテ正真正銘ノ馬鹿だネ」


 ハヴェルとは、主にバストレクの森に生息している縄張り意識と警戒心が強い魔物である。たとえ子供のハヴェルでも近づくものには容赦なく牙をむく。それは誰もが知っていることであり、好き好んで近づいていく阿呆はまずいない。もっとも、ハヴェルを相手にできる強さがあればまた別だが。

 

「少し、よろしいですか」


 慌ただしく、周りが救急箱を運んできたり、ダグに向かってあれやこれやと言い続けている最中で、突如その場に似つかわしくない落ち着いた声が聞こえてくる。

 その声に廊下の方を振り向いた男が一人、あっ、と驚きの声をあげた。それにつられて他の者もそちらを見て、驚いた。

 そこには、魔王補佐官のジルヴェスタークが立っていたからだ。

 

「おお! ジル様、お久しぶりです。一体どうしたんですか?」


 突然現れたジルに驚き皆が呆気にとられていると、ダグだけが陽気な声でジルに向かって話しかけた。位がどうの、自分よりも偉い人だからどうのということをあまり気にしないからだ。良くいえばおおらかで、悪くいえば大ざっぱな性格なのである。


「そのヤンバロを、少し頂けないかと思いまして」

「おお? いいっすよ、どうぞ好きなだけ! また捕ってくりゃいいんですから!」

「ああ、いえ。ほんの少しで結構ですよ。そしてできれば、焼いてもらえると助かるのですが」


 その言葉にダグが満面の笑みを浮かべて「お安い御用ですよ! ここは俺が」と挙手をする。が、そこで我に返った者たちの必死の制止活動が始まった。


「ばっ、あんたはここにいてくださいって!」

「ケガしてんですから!」


 男が言った言葉を、聡いジルは聞き逃さなかった。


「ケガをしているのですか? 確かに、少し血のにおいがするような」


 思案顔のジルに、うっかり口を滑らせてしまった男はギクリとしていた。

 ダグが、ヤンバロ一匹捕ってくるのも満足にできないなどと思われ、ジルに使えない奴だと判断を下されでもしたら。最悪、解雇されかねない。少々大げさかも知れないが、可能性がないとは言い切れない。

 そこですぐさま、他の者がフォローにまわる。


「ああああっ! ほらっ、ジル様、きっとお急ぎでしょう!? さぁ、早く調理場へ行きましょう!」

「こうみえて魚を捌くのが得意なんです!」

「焼くのは私にお任せください!」


 皆、もはやフォローといっていいのか怪しいほどに動揺しまくっていたが、幸いな事にジルは首をかしげながらも数人の男達と一緒に鎧兜の間を出ていき、調理場へと向かっていった。

 それに伴って、鎧兜の間に残った者達は安堵のため息をもらす。


「皆、どうしたんだろうな?」

「……とりアエズ、怪我ノ手当てデもシタラ」


 ダグは周りの気など知らずに、どこまでも呑気な男であった。

 だが、なんだかんだでそんなダグのことを皆、好いているのである。

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