第11回 横取りの噂
「……何だお前ら。本当にギルドを作り始めてやがる」
ドグラスは、広場の机を見てそう言った。
第二机。
第三机。
進行札。
苦情票。
そして、頑丈なはずなのに少しだけ不安になる机の脚。
全部を順に見て、最後に私を見た。
嫌そうな顔だった。
かなり。
でも、否定だけではない、という顔でもあった。
そこが少しだけ面倒だ。
「はい」
私は答える。
「作っています」
「返事が軽いな」
「窓口なので」
「それ便利だな」
「かなり」
後ろでロッドが小さく吹いた。
だめだ。
本当に広がってきている。
ボルドは笑わなかった。
今日も赤い。
しかも怒りで輪郭まで四角く見える。
不思議だ。
「勝手なことをするな!」
広場に怒鳴り声が響く。
何人かがびくっとする。
でも、列は崩れない。
そこが大きい。
前と違う。
「どれをですか」
私は聞いた。
ボルドが指を振り上げる。
「全部だ! 仕事の依頼を集めるな! うちの案件に手を出すな! 勝手に札を作るな!」
「三つですね」
「数えるな!」
「確認です」
「確認してる場合か!」
「はい。確認は必要です」
ノアが箱を抱えたまま、ぼそっと言う。
「かなりあるな」
サナも頷く。
「三つじゃ足りないね」
ボルドの額に青筋が浮く。
広場のあちこちで、笑いが起きた。
状況はよくない。
でも、空気はもう、向こうの味方をしていない。
その事実はかなり大きい。
「白狼の爪の案件を!」
ボルドがまた怒鳴る。
「お前らが横からさらってるって話だ!」
話だ、ときた。
つまり噂だ。
証拠も確証もない。
だが向こうのギルドへの依頼は激減しているのは確からしい。
だろうと思った。
かなり思っていた。
「そうですか」
私は答える。
「その話、聞きました」
「聞いただと!?」
「今、直接」
ドグラスが横で鼻を鳴らす。
「本人が来ると話が早いな」
「ドグラス様!」
「いや、来てるだろ」
それはその通りだ。
私は第二机の薬草樽案件票を取る。
進行札付き。
赤線付き。
嫌な情報が全部乗っている。
良い紙だ。
「薬草樽案件」
私は読み上げる。
ケベルがすぐに前へ出る。
早い。
本当にこの人は、声を出すべきタイミングだけは正確だ。
「俺のだ!」
「こちら、依頼主本人です」
私は言う。
「白狼の爪で受注後、停滞し」
「停滞なんてもんじゃねえ!」
「荷札番号も重複」
「樽崩れた!」
「護衛再編記録なし」
「それもだ!」
「それらの理由から、依頼主側が相談に来たので」
私は票を持ち上げる。
「新設ギルドは事態の確認作業に入りました」
ボルドが顔をしかめる。
「それを横取りって言うんだ!」
「言いません」
私は即答した。
「そちらのギルドへの依頼の後、処理されず止まっていたからです」
「止まってたら他所が取っていいのか!」
「依頼主本人が相談に来たので、話を聞きました」
「だからって!」
「だから、相談経由です」
私は第三机の横に立てた一覧板を指した。
相談経由。
停止案件。
苦情経由。
新規。
すべて分けてある。
誰の目にも見える。
ここが大事だ。
かなり。
「東の木橋案件」
今度はヘイムが前へ出る。
「こっちもだ」
「こちら、木橋の管理人本人です」
私は続ける。
「通行情報が不在」
「修繕費ご未払い」
「木材の搬入が停滞」
「苦情票が複数」
ノアが箱を叩く。
「箱で来たよ!」
「それを、新設ギルドが分類中です」
ボルドは一覧板を見る。
見たくない顔をしている。
でも、見ている。
見ざるを得ないのだ。
そこが掲示板の強さである。
「勝手に並べるな!」
「もう並んでいます」
「そういう意味じゃない!」
「でしょうね」
ロッドが吹き出した。
「受付、今日も強えな」
「静かにしてください」
「はいはい」
ドグラスは、広場の列を見ていた。
依頼主。
商人。
採取師。
荷運び待機所の男。
みんなが机を見ている。
ボルドではなく。
そこを見て、少しだけ目が細くなる。
「……おい」
「はい」
「何ですか」
「ここにいる連中、うちから流れたのか」
「一部はそうです」
「一部じゃないだろ」
ケベルが言う。
「だいぶだ」
ノアもうなずく。
「かなりだね」
サナも言う。
「うちはもう戻る気ないよ」
広場の空気が、また少しだけ動いた。
いい。
とてもいい。
噂は雑だ。
でも、本人の、当事者の一言は強い。
かなり強い。
「勝手に!」
ボルドが叫ぶ。
「勝手に流れるな!」
それはかなりすごい台詞だと思った。
そう思ったのは、私だけではなかったらしい。
広場が、一瞬止まる。
そして次の瞬間、あちこちで笑いが起きた。
ノアは腹を押さえている。
ロッドはしゃがみかけている。
ダンまで肩を震わせていた。
「お前ら……!」
ボルドが真っ赤になる。
「何笑ってやがる!?」
「いや、だって」
ダンが言う。
「流れるだろ」
「困ったらな」
ヘイムが低く続けた。
「橋が止められたら、別の道を探すよ」
サナも言う。
「布だってそうさ」
ノアが腕を組み直す。
「話を聞く方へ流れるよ」
そこまで言われて、ボルドはしばらく言葉を失っていた。
よかった。
たまには失ってほしい。
私は、その隙に新しい紙を引いた。
見出しを書く。
相談経由案件一覧。
今ある板とは別だ。
今日の広場用。
大きな字。
見やすい字。
噂に対抗するには、雑な言葉より、見える言葉だ。
たぶん。
かなりたぶんだが。
「何をしている!」
ボルドが気づく。
「一覧を作っています」
「増やすな!」
「増やします」
「何でだ!」
「見えるようにしないと、また『横取り』と言われるので」
ドグラスが横で、ふっと笑う。
「確かにな」
「ドグラス様!」
「実際、今わかった」
「何がですか」
私は聞く。
「お前らが勝手にさらってるんじゃなくて」
ドグラスは広場の人々を見た。
「こっちへ来てるんだな」
「はい」
私は言う。
「自分の足で」
「……だろうな」
ボルドの顔がさらにひどくなった。
空気が良い。
かなり良い。
でも、ここで終わらせるとただの言い争いだ。
もう広場では、言葉より並んだ紙のほうが強い。
私は新しい一覧に書き込み始めた。
薬草樽案件。
相談経由。
東の木橋案件。
苦情経由。
布搬入相談。
新規。
荷運び待機所相談。
新規。
一つずつ。
見えるように。
「おい」
ボルドが言う。
「そんなもの、好きに書けるだろうが」
はい、来た。
そう来るだろうと思った。
私は顔を上げる。
「では、本人に確認をします」
「は?」
「相談経由案件について、依頼主本人」
ケベルが前へ。
「俺だ!」
「苦情経由案件について、採取師組合」
ノアが前へ。
「あたしだよ!」
「木橋案件について、管理人本人」
ヘイムが前へ。
「俺だ」
「新規相談について、布商」
サナの横の男が前へ。
「ハルムだ」
私は紙を置いた。
「皆さんから、当ギルドへの依頼です」
「「「そのとおり!」」」
「……以上です」
広場が静まる。
ボルドの顔だけがうるさい。だが、すぐには声にならなかった。
「……そ、そんなもの、仕込みに決まってる!」
「こんな面倒な仕込みを?」
ノアが言う。
「箱抱えて来るのが趣味なわけないだろ!」
「それは本当にそうです」
私が言うと、また笑いが起きた。
よし。
だいぶ良い。
かなり良い。
セレナが横で手帳を閉じた。
「出どころ、見えましたね」
「ええ」
「はい?」
ルノがまだ首から札を下げたまま、おろおろしている。
私は広場の後ろを見る。
こそこそ話していた人たち。
さっきまで横取り、横取りと言っていた顔。
今は少しだけ気まずそうだ。
噂というのは、こういうものだ。
誰かが簡単な言葉で流し、意味が曖昧なまま膨らむ。
だから潰すには、はっきりさせる。
そのために目に見える順番が要る。
「一覧をもう一枚作ります」
私が言う。
「どこに貼るんですか」
ルノが聞く。
「ここです」
「もういっぱいです!」
「詰めます」
「雑!」
「今は勝てばいいので」
セレナがすぐに新しい板を持ってきた。
この人、本当に早い。
怖い。
だが、こういうときは、この人のこういうところはかなり助かる。
「依頼横取りと言われた案件について」
私は大きく書く。
「相談経由であることを明示します」
「やめろ!」
ボルドが言う。
「書くな!」
「なぜですか」
「なぜって……!」
「困りますか」
「困るに決まってるだろ!」
しまった、という顔になった。
でも遅い。
かなり遅い。この人はいつも。
ノアが箱を叩く。
「やっぱり困るんじゃないか」
ヘイムも低く言う。
「見えたら困ることをしてたってことだろう」
ダンが腕を組む。
「荷は止めるより、止めたのが見えるほうが痛い」
名言だ。
今日は本当に名言が多い。
「リゼ」
アーヴィンが低く言う。
「はい」
「場を作る」
「場」
「今日の夕方、ここで説明する」
広場が少しだけざわつく。
公開説明だ。
そうなるだろうと思っていた。
ここまで来たら、そうするしかない。
噂は、広い場所に引っ張っり出して、皆の目の前で潰したほうが早い。
「紙、飛びますね」
私は言った。
アーヴィンが少しだけ間を置く。
「板を増やす」
「助かります」
「そこかよ」
ロッドが言う。
「ええ、そこです」
本当にかなりそこが大事だ。
風は敵である。
机上においては。
「広場で、だと……?」
ボルドが顔をしかめる。
「そうだ」
アーヴィンが答える。
「依頼主、商人、組合、待機所、関係ある者も、ない者も、聞きたいなら来い」
ドグラスが横で鼻を鳴らす。
「おもしれえ」
「面白くない!」
ボルドが叫ぶ。
「ドグラス様まで何を!」
「いや、お前今かなり押されてるぞ」
直球だ。
その直球は効く。
かなり効く。
ボルドは何か言い返そうとして、言えなかった。
空気が悪い方へではなく、ちゃんと事実の方へ流れている。
この広場、思ったより育ちがいいらしい。
もしくは、ギルド「白狼の爪」が思ったより嫌われている。
たぶん両方だろう。
「では、説明のために整理します」
私は板に向き直った。
相談経由案件一覧。
苦情経由案件一覧。
停止案件一覧。
三つに分ける。
大きな字。
短い説明。
依頼主本人確認済。
組合確認済。
管理人確認済。
「何だそれ」
ルノが目を丸くする。
「見ればわかるようにしています」
「うちにはなかったです」
「でしょうね」
「すみません、またそれ!」
「確認です」
マーナが、少し震える声で言った。
「……リゼさん」
「はい」
「うち、今からでもこういうの作れますか」
私は少しだけ見つめた。
レムではない。
マーナだ。
会計補助。
顔色が悪い。
でも、今は逃げていない。
「今からでも作れます」
「本当?」
「ただし」
「何ですか」
「最初は、全部を見るのをやめてください」
「え」
「分けてください」
マーナはぽかんとする。
私は指を折った。
「前金」
「完了報酬」
「苦情」
「依頼主相談」
「危険度保留」
「まずそこです。大切なものから。一つずつ。」
マーナはしばらく何も言わなかった。
それから、小さくうなずく。
「ああ……」
「はい」
「だから、全部が同じ机にあると死ぬんだ……」
「はい、そうです」
「うわあ……」
良い“うわあ”だった。
理解のうわあだ。
事務職にとってはかなり良い音である。
私は少しだけ息を吐いた。
白狼の爪の方にも、まだ見える人間はいる。
それはたぶん悪いことではない。
戻るつもりはないが。
そこは別。
「受付」
ノアが言う。
「じゃあ、夕方にここで全部言うのかい」
「全部ではありません」
私は答える。
「必要なだけです」
「怖いね」
「よく言われます」
「今日は特に怖いよ」
そうかもしれない。
でも、今はたぶんこれでいい。
噂は、早く、大きく、見える形で潰す。
そういう日だ。
その時だった。
広場の外れから、また別の商人が駆け込んできた。
息を切らしている。
紙を振っている。
「受付!」
「はい」
「うちの荷も、白狼の爪で止まってる!」
広場の空気が、また一段ざわつく。
ああ。
まだ増える。
そして、止まっている案件は、もう一つ二つではなさそうだ。
私は新しい紙を引いた。
大きく書く。
停止案件一覧。
そしてその下に、もう一本、太い線を引いた。




